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異世界育児  作者: 葉山 友貴
第一章 育児奮闘・開拓編
61/91

60話 決着


「守さんは、不死身のゾンビみたいだね」


 鋭い斬撃を放ちながら、魔王が話しかけてくる。


「ゾンビとは失礼だな。こちとら歴とした人間だぞ。魔王こそ化物なのに、人間みたいだな」


 魔王が少しだけ悲しい表情を見せた気がした。


「人間はそんなにすぐ治らないよ!

 ボクだって昔は人間だったからね」


 唐突にとんでもないことを聞いた。


「な!?」


「あ、みんなには内緒で」


 しまったという顔の魔王。そんな冗談を言いながら、鋭い攻撃を仕掛けてくる。

 魔王に不死身と言わしめた俺の戦い方だ。致命傷になりそうな攻撃は回避または四肢を犠牲にした防御。その他は防御を捨て、肉を切らせて骨を断つと言わんばかりに捨て身で反撃する。傷を瞬時に癒し、次の攻撃に備える。即死でなければ死なない。防御主体である俺のタレント『守護者(ガーディアン)』との相性もいい。

 ブリギットの加護は、凄まじい能力を秘めていた。


 その黒炎は死を撒き散らし、一方で俺自身の傷を一瞬で癒す。


 この能力(タレント)のお陰で、魔王と対等に渡り合っていた。互いに消耗し、息も上がってきた。


 始まり有れば終わりが有り。楽しい時間も段々と終わりが近づいている。

 何度目になるだろうか、黒刀が破壊された。すぐに次の黒刀を作り出そうとするが、時間がかかった。恐らくこれで最後だろう。

 回復速度も落ちてきた。次に重傷を負ったら治らないかもしれない。


 次が最後の一撃だ。


 魔王は迎え撃つつもりのようだ。ありがたい。

 ピンと張った弦のように空気が張り詰めていく。


 目を瞑り、体の隅々から魔素をかき集める。それを納刀した状態の黒刀と右腕に集中させる。

 満月を背中に、剣を構える魔王に向けて全力で疾走する。


落月一閃(らくげついっせん)


 居合い斬り。

 俺を見下ろす満月ごと切って落とすだけの力を込めた。


 遅れて魔王の左手が地面に落ちる。

 俺の刃が首に届く刹那、魔王は左腕を捨てた。命には届かなかった…。


「ハァ、ハァ。危なかった。

 まさに全身全霊だね、左手を犠牲にする判断が遅ければやられていたよ」


 魔王は息を荒げ、落ちた左手を拾い上げると、大事そうに魔法で包み込んだ。


「とど、かな、かった、か。

 あ、かね…。最後に、一目、見た、かった」


 受け身も取れずに倒れ込む。

 目を開けているのも億劫だ。このまま眠りたい。


 魔王の足音が徐々に大きくなってくる。そこ足音が止まった。


 俺は、魔王に仰向けに転がされたのか。

 ご丁寧にとどめを刺しにきたんだな。


「グフッ」


 左胸に痛みが走った。

 鼓動が体から失われている。音がしない。

 これが死か…。


 うっすらと目を開けると、木々の間から茜が見えた。ローズとフォルカス、ニーナもいる。死に際の幻覚だな。


 茜、これから君はどんな人生を歩むのかな。俺が居なくて泣いてしまうかな。いずれ時間が解決してくれるだろう、町のみんなもいるしな。

 誰かと恋に落ちて、結婚するかな。旦那にするなら、優しくて器の大きい男じゃなきゃ認めないからな。茜はきっと気が強い女の子になると思うから、優しい人が合うと思うぞ。

 そして、子供が生まれて、育てる。茜の子だ、きっとかわいいだろうな。こうして命を繋いで回っていくのだな。


 どうか、茜の人生に、幸あらんことを。

 彩香、茜に出会えて、俺は幸せだった。

 あと心残りは…。





「パパ!!!」「守さん!!!」「守ッ!」

「まもるっ!」


 魔の森の深部である、この場所まで茜、ローズ、フォルカス、ニーナの四人はやってきた。守が急に町から姿を消したことで、捜索に来たのだった。

 守の不在に一番最初に気づいたのは茜だった。寝惚け眼を擦りながら、守の捜索を必死に呼びかけたのも茜だった。




 何でパパが倒れてるの?

 胸から血が出てる!何でちっとも動かないの?

 何でいつもみたいに茜を抱っこしてくれないの?

 おひげで顔をジョリジョリしてくれないの?


「やぁ、痛いところを見られてしまったね。

 守さんの名誉のために言わせてもらうと、彼は強かった。魔王であるこのボクがこんなにボロボロになるくらいに。

 茜ちゃん、ボクを恨んでくれていいよ。怒りは力になる。

 君にはその資格がある」


「どうして、パパを…」


 茜の声は誰にも届かない。


「魔王様!どうして守を!?」


「おや、フォルカスかい?元気にやっているそうだね。もし戻りたくなったらいつでも魔王軍に来ていいからね」


「そんな事より、どうして守を殺したんですか!?答えてください!」


「それは、『必要』だったからだ。悪者は退散するとしよう」


 魔王はゲートを開くと、切り落とされた左手を抱えたまま中へと消えていった。


「パパ!パパ!」


 茜は横たわっていた守に駆け寄り、勢いよく肩を揺らすが返事がない。


「茜ちゃん…守さんはもう…」


 ローズが茜の肩にそっと手を置いた。


「いやああああぁぁぁ」


 次の瞬間、茜の足首に巻いてあった宝石が砕け散った。

 それが合図かのように茜は力の奔流にのまれていった。


「力が抜ける?いや、吸い取られている!

 茜に魔素が集まっているぞ!可視化できるほどの魔素なんて、上位者でなければあり得ない!」


 思わず片膝をついたフォルカスが叫ぶ。


「守さんに、茜ちゃん足飾りについて聞いたことがあるのよ。あれは茜ちゃんの能力(タレント)を封じるためなんだって」


 ローズは昔を懐かしむように記憶をなぞる。ローズも徐々に立っていられなくなってきた。


「お姉ちゃんがなんとかしないと、でもどうすれば…」


 ニーナは突然の事態に右往左往していた。魔素の保有量が人一倍多いニーナは唯一動くことができた。


「気絶させて止めるんだ。このまま力を集め続ければいずれ限界がくる。

 早くしないと『厄災』と呼ばれる存在になってしまう」


 フォルカスは、呼吸するのさえも辛そうだ。


「わ、分かった!茜、ごめんね!じっとしててね」


 拳の握りは緩く、ニーナは独特の構えで深く腰を落とす。


『竜の鍵爪』


 同時に、茜が周囲から吸い上げる力が増す。


「上手く魔素が練れない…」


 ニーナの一撃は不発に終わった。


「魔王が悪いのに!私を虐めないでー!

 うわああぁぁぁん!」


 茜を中心に竜巻のように魔素が渦巻き、暴風と化す。


「嫌い!魔王も、茜を虐めるみんなも、大っ嫌い!」


 巨大な魔素の塊となった茜は、絶えず形を変えながら魔の森を突き進んだ。


ーーギャァア


 魔物の悲鳴がこだまする。

 大木ですら容易になぎ倒すほどに巨大な質量を伴い、異常なまでの速さで疾走する。

 魔物の特徴を吸収し、頭からは角が生え、肌は赤く、手足からは鋭い爪が伸びている。


ーーグェエエ


 茜が通った後には、幾つもの魔物の死体が転がっている。

 目的地はない。このまま暴走が続けば自我を失ってしまうだろう。




「全く魔王様も人使いが荒いんだらから、もう」


 蝙蝠のような翼を広げ、空に浮かぶ女性がいた。悪態をつきながらもどこか嬉しそうな表情だ。


「幻術魔法『眠りの森(スリーピィフォレスト)』」


 厄災となりつつあった怪物の進行が止まった。倒れ込んだ衝撃で地面にクレーターが出来たほどだった。

 ほどなくして規則的な寝息が魔の森に響き渡った。





 こうして、守とウルフはこの世を去った。

 残された者の悲しみのどん底に突き落とされたが、それでも人は立ち上がる。

 顔を上げて、明日のために、また今日を精一杯頑張るのだ。

 










 数年の月日が流れた。

 茜は十四歳になっていた。


 古びた日記をめくるその手が止まった。

 懐かしむように、愛おしそうにその文字を指でなぞる。

 真っ赤な髪を腰まで伸ばし、茜は勢いよく窓を開け放った。朝の日差しが眩しい。

 今日は何か起こりそうな予感がする。


「お父さん、行ってきます!」


 茜は日記を飾り棚に戻すと、いつもように手を合わせ、元気にあいさつをした。


 そこには成長した少女の姿があった。


 第一章はこれで終わりです。ここまでお読み頂きありがとうございました。

 亀のような更新頻度ですみませんでした。第二章は多少書き溜めしてから、投稿したいと思います。

 なので、少し時間が空きます、、懐が深い皆様、どうか長い目でお待ちいただけたら大変嬉しいです。


 ネタバレになりますが、二章からは主人公が交代する予定です。

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