60話 決着
「守さんは、不死身のゾンビみたいだね」
鋭い斬撃を放ちながら、魔王が話しかけてくる。
「ゾンビとは失礼だな。こちとら歴とした人間だぞ。魔王こそ化物なのに、人間みたいだな」
魔王が少しだけ悲しい表情を見せた気がした。
「人間はそんなにすぐ治らないよ!
ボクだって昔は人間だったからね」
唐突にとんでもないことを聞いた。
「な!?」
「あ、みんなには内緒で」
しまったという顔の魔王。そんな冗談を言いながら、鋭い攻撃を仕掛けてくる。
魔王に不死身と言わしめた俺の戦い方だ。致命傷になりそうな攻撃は回避または四肢を犠牲にした防御。その他は防御を捨て、肉を切らせて骨を断つと言わんばかりに捨て身で反撃する。傷を瞬時に癒し、次の攻撃に備える。即死でなければ死なない。防御主体である俺のタレント『守護者』との相性もいい。
ブリギットの加護は、凄まじい能力を秘めていた。
その黒炎は死を撒き散らし、一方で俺自身の傷を一瞬で癒す。
この能力のお陰で、魔王と対等に渡り合っていた。互いに消耗し、息も上がってきた。
始まり有れば終わりが有り。楽しい時間も段々と終わりが近づいている。
何度目になるだろうか、黒刀が破壊された。すぐに次の黒刀を作り出そうとするが、時間がかかった。恐らくこれで最後だろう。
回復速度も落ちてきた。次に重傷を負ったら治らないかもしれない。
次が最後の一撃だ。
魔王は迎え撃つつもりのようだ。ありがたい。
ピンと張った弦のように空気が張り詰めていく。
目を瞑り、体の隅々から魔素をかき集める。それを納刀した状態の黒刀と右腕に集中させる。
満月を背中に、剣を構える魔王に向けて全力で疾走する。
『落月一閃』
居合い斬り。
俺を見下ろす満月ごと切って落とすだけの力を込めた。
遅れて魔王の左手が地面に落ちる。
俺の刃が首に届く刹那、魔王は左腕を捨てた。命には届かなかった…。
「ハァ、ハァ。危なかった。
まさに全身全霊だね、左手を犠牲にする判断が遅ければやられていたよ」
魔王は息を荒げ、落ちた左手を拾い上げると、大事そうに魔法で包み込んだ。
「とど、かな、かった、か。
あ、かね…。最後に、一目、見た、かった」
受け身も取れずに倒れ込む。
目を開けているのも億劫だ。このまま眠りたい。
魔王の足音が徐々に大きくなってくる。そこ足音が止まった。
俺は、魔王に仰向けに転がされたのか。
ご丁寧にとどめを刺しにきたんだな。
「グフッ」
左胸に痛みが走った。
鼓動が体から失われている。音がしない。
これが死か…。
うっすらと目を開けると、木々の間から茜が見えた。ローズとフォルカス、ニーナもいる。死に際の幻覚だな。
茜、これから君はどんな人生を歩むのかな。俺が居なくて泣いてしまうかな。いずれ時間が解決してくれるだろう、町のみんなもいるしな。
誰かと恋に落ちて、結婚するかな。旦那にするなら、優しくて器の大きい男じゃなきゃ認めないからな。茜はきっと気が強い女の子になると思うから、優しい人が合うと思うぞ。
そして、子供が生まれて、育てる。茜の子だ、きっとかわいいだろうな。こうして命を繋いで回っていくのだな。
どうか、茜の人生に、幸あらんことを。
彩香、茜に出会えて、俺は幸せだった。
あと心残りは…。
※
「パパ!!!」「守さん!!!」「守ッ!」
「まもるっ!」
魔の森の深部である、この場所まで茜、ローズ、フォルカス、ニーナの四人はやってきた。守が急に町から姿を消したことで、捜索に来たのだった。
守の不在に一番最初に気づいたのは茜だった。寝惚け眼を擦りながら、守の捜索を必死に呼びかけたのも茜だった。
何でパパが倒れてるの?
胸から血が出てる!何でちっとも動かないの?
何でいつもみたいに茜を抱っこしてくれないの?
おひげで顔をジョリジョリしてくれないの?
「やぁ、痛いところを見られてしまったね。
守さんの名誉のために言わせてもらうと、彼は強かった。魔王であるこのボクがこんなにボロボロになるくらいに。
茜ちゃん、ボクを恨んでくれていいよ。怒りは力になる。
君にはその資格がある」
「どうして、パパを…」
茜の声は誰にも届かない。
「魔王様!どうして守を!?」
「おや、フォルカスかい?元気にやっているそうだね。もし戻りたくなったらいつでも魔王軍に来ていいからね」
「そんな事より、どうして守を殺したんですか!?答えてください!」
「それは、『必要』だったからだ。悪者は退散するとしよう」
魔王はゲートを開くと、切り落とされた左手を抱えたまま中へと消えていった。
「パパ!パパ!」
茜は横たわっていた守に駆け寄り、勢いよく肩を揺らすが返事がない。
「茜ちゃん…守さんはもう…」
ローズが茜の肩にそっと手を置いた。
「いやああああぁぁぁ」
次の瞬間、茜の足首に巻いてあった宝石が砕け散った。
それが合図かのように茜は力の奔流にのまれていった。
「力が抜ける?いや、吸い取られている!
茜に魔素が集まっているぞ!可視化できるほどの魔素なんて、上位者でなければあり得ない!」
思わず片膝をついたフォルカスが叫ぶ。
「守さんに、茜ちゃん足飾りについて聞いたことがあるのよ。あれは茜ちゃんの能力を封じるためなんだって」
ローズは昔を懐かしむように記憶をなぞる。ローズも徐々に立っていられなくなってきた。
「お姉ちゃんがなんとかしないと、でもどうすれば…」
ニーナは突然の事態に右往左往していた。魔素の保有量が人一倍多いニーナは唯一動くことができた。
「気絶させて止めるんだ。このまま力を集め続ければいずれ限界がくる。
早くしないと『厄災』と呼ばれる存在になってしまう」
フォルカスは、呼吸するのさえも辛そうだ。
「わ、分かった!茜、ごめんね!じっとしててね」
拳の握りは緩く、ニーナは独特の構えで深く腰を落とす。
『竜の鍵爪』
同時に、茜が周囲から吸い上げる力が増す。
「上手く魔素が練れない…」
ニーナの一撃は不発に終わった。
「魔王が悪いのに!私を虐めないでー!
うわああぁぁぁん!」
茜を中心に竜巻のように魔素が渦巻き、暴風と化す。
「嫌い!魔王も、茜を虐めるみんなも、大っ嫌い!」
巨大な魔素の塊となった茜は、絶えず形を変えながら魔の森を突き進んだ。
ーーギャァア
魔物の悲鳴がこだまする。
大木ですら容易になぎ倒すほどに巨大な質量を伴い、異常なまでの速さで疾走する。
魔物の特徴を吸収し、頭からは角が生え、肌は赤く、手足からは鋭い爪が伸びている。
ーーグェエエ
茜が通った後には、幾つもの魔物の死体が転がっている。
目的地はない。このまま暴走が続けば自我を失ってしまうだろう。
「全く魔王様も人使いが荒いんだらから、もう」
蝙蝠のような翼を広げ、空に浮かぶ女性がいた。悪態をつきながらもどこか嬉しそうな表情だ。
「幻術魔法『眠りの森』」
厄災となりつつあった怪物の進行が止まった。倒れ込んだ衝撃で地面にクレーターが出来たほどだった。
ほどなくして規則的な寝息が魔の森に響き渡った。
こうして、守とウルフはこの世を去った。
残された者の悲しみのどん底に突き落とされたが、それでも人は立ち上がる。
顔を上げて、明日のために、また今日を精一杯頑張るのだ。
※
数年の月日が流れた。
茜は十四歳になっていた。
古びた日記をめくるその手が止まった。
懐かしむように、愛おしそうにその文字を指でなぞる。
真っ赤な髪を腰まで伸ばし、茜は勢いよく窓を開け放った。朝の日差しが眩しい。
今日は何か起こりそうな予感がする。
「お父さん、行ってきます!」
茜は日記を飾り棚に戻すと、いつもように手を合わせ、元気にあいさつをした。
そこには成長した少女の姿があった。
第一章はこれで終わりです。ここまでお読み頂きありがとうございました。
亀のような更新頻度ですみませんでした。第二章は多少書き溜めしてから、投稿したいと思います。
なので、少し時間が空きます、、懐が深い皆様、どうか長い目でお待ちいただけたら大変嬉しいです。
ネタバレになりますが、二章からは主人公が交代する予定です。




