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異世界育児  作者: 葉山 友貴
第一章 育児奮闘・開拓編
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58話 決戦(一)

 魔の森は静寂に包まれていた。


 魔王が少し殺気を放っただけで魔物達が我先にと一斉に逃げ出したためだ。


 俺とウルフはそれぞれ黒と白の鎧を身に纏い、完全に本気モードだ。

 空を見上げれば雲一つない満月。


 月下の決戦が今始まる。




鉄血武装(てっけつぶそう)


 黒鎧の上から赤い螺旋状の紐を筋肉のように覆う。習得してから何度も行なっている技だ。流れるように発動できる。


「ウルフ、行くぞ!」

「おう!」


 先手必勝。

 魔王の前後から同時に攻撃を仕掛けた。

 俺が正面から拳を振り下ろし、背後に回ったウルフは巨大な剣を真横に振り回す。


 二人の渾身の一撃が魔王に直撃する。

 いや、避ける必要がなかったと言うべきか。


「直接戦闘はあまり得意じゃないんだけどっ」


 魔王の両腕に阻まれる。

 静止した瞬間、それぞれの武器(えもの)を掴まれた。まるで巨大な岩のようだ。力の限り引き抜こうとするが、びくともしない。

 魔王はそのままダンスを踊るかのように軽やかに回転すると、遠心力に耐えられず俺とウルフは吹き飛んだ。


「ッウグ!ーーハァハァ」


 大木に背中から叩きつけられた。肺の空気が一気に外に出る。一瞬息が止まる。

 ウルフは空中でうまく体勢を立て直し、地面を低く滑るように着地する。まるで野生の獣のような動きだ。


「ボクも武器を使おう」


 魔王は足元にある木の小枝を拾い上げ、何度か素振りした。

 何かの冗談だろう?

 魔王に小枝を向けられると、先ほどまではただの木の棒が、研ぎ済まれた業物(わざもの)の切っ先を向けられているかように錯覚する。

 

 冗談だろう?

 巨大な質量を伴ったウルフの大剣が、ただの小枝に弾かれる。何度か切り結ぶと徐々にウルフが力負けしていた。


 ウルフと入れ替わるように魔王の死角から襲いかかるが、こちらも見ずに小枝に防がれた。

 ゆっくり魔王が振り向き、小枝を正眼に構える。


 全身から汗が噴き出た。

 ウルフはこんな威圧感と戦っていたのか。せめてウルフが体勢を整えるまで時間を稼がないと。

 いや、そんな弱気でいいのか?ウルフに頼ってばかりじゃないか。俺が倒すくらいの気概でいくぞ。


「雷電二式」


 全身に、指先にまで魔素を巡らせる。


 すると、魔王の魔素が小枝を包んでいるのが見えた。紫紺の輝きだ。その美しさに思わず見惚れてしまう。


 戦闘再開だ。先程よりも魔王の動きについていけている。ウルフも戦線に復帰した。

 魔王は俺達二人を相手取り、大立ち回りを演じていた。少しずつであるが、俺達が押しているように感じる。


「なかなかやるね、さすが守さんだ。

 それじゃあ今度はどうかな?」


 小枝に留まっていた紫紺の輝きが、魔王の体全体を覆い始めた。

 圧が、比にならない。魔の森全体が震えているようだ。思わず体が硬直する。

 次の瞬間、何かが横を通り過ぎた。


「え?」


 先刻まで肩を並べていたウルフがいない。

 破壊音の方向に顔を向けると、大木の根を抉るように横たわるウルフの姿があった。とっさに大剣を差し込んだようだ。あの頑丈な大剣が木っ端微塵に破壊されている。


 微かに、息はある。

 ウルフは死ななくていい。

 後は俺にまかせろ。暫くそこで寝ていてくれ。


「久しぶりだから加減が難しいな。やっぱりたまには運動しないと、鈍っちゃうね。

 まだ死なないでよ、守さん」


 集中しろ。

 浅く、息を吐く。

 瞬きはしない。

 一瞬で命が終わってしまうから。


 魔王が消えた瞬間、目の前に現れる。

 肩口に振り下ろされる小枝を半身を傾け、紙一重で避ける。脇腹に拳を叩き込むが、これは空いている片手で払われる。今度は体の中心に突きが繰り出された。両手を交差し、防御に回る。衝撃を吸収しきれずに地面をえぐり、止まる。


 すぐに魔王の追撃がやってきた。休ませてはくれないらしい。

 的確に急所を突いてくる。肩、腿に何撃か入った。鈍痛が襲う。目を瞑るな、考えろ。


 胸の魔石が目に入った。躊躇してる暇はない。

 心臓の位置を右拳で強く叩く、そして叫んだ。



「暗黒魔法『狂戦士化(バーサーカー)』!!」



 憎い、憎い、憎い。

 落ち着いていたドス黒い感情が再び現れる。


 倒せ、倒せ、魔王を倒せ。

 意識が飛びそうだ。


「最後くらい自分の意思で戦わせろ!バカ犬!」


 黒い感情が萎んでいき、徐々に視界が晴れていく。

 それと共に頭が回るようになってきた。ここにきてケルベロスの魔石との付き合い方が分かってきたかな。


 正面からの戦闘にこだわりすぎていた。正々堂々なんて糞食らえだ。

 勝てば、生き残りすればいいんだ。


「すごい、真っ黒い魔素だ。どっちが魔王か分からないね」


 魔王は相変わらずの余裕を見せている。見てろ、一泡吹かせてやる。

 俺の能力の長所は対応力だ。

 魔王との直接戦闘は分が悪い。正面から当たるのは回避すべきだった。今までの戦いを思い出せ。


 ストックしていた全ての血を空中に投げる。

 特製俺の血液入りの魔物の血が地面にばら撒かれた。


「血の領域(ブラッティレギオン)


 周囲が赤い霧で満たされていく。

 濃霧だ。視界は全くない。

 この中で俺だけが全てを知覚できる。


「『血人形創造(クリエイトブラッディゴーレム)ーモード:戦士(ファイター)』」


 カザンに似た戦士を五体作り出す。


「目標、魔王」


 五体の戦士は霧の中、音もなく一直線に魔王にすり寄る。

 視界が遮られ、戦士達による多段攻撃にも気に留めない。一つ一つ丁寧に処理していく。

 見えてない…だよね?



 しかし、これは想定内だ。


「次はどんな手でくるかな?」


 くそっ、楽しんでるな。だがな、もう遅い。


「もうやってるよ」


 魔王の足元から複数の蛇が体中に巻きつく。


「…『血人形創造(クリエイトブラッディゴーレム)ーモード:拘束(レストレーション)』」


「く、こんなもの足止めにもならないよ」


 魔王が力を込めると、血の蛇達はいとも簡単に引きちぎられた。


 これでいい。

 一瞬でも隙が作れれば、



「複合魔法『炎の鉄血拳(アングリーフィスト)』」


 血と炎。

 月夜に浮かぶ赤熱の炎は徐々に収束し、鉄の拳となる。

 後のことは考えるな。


 怒りの拳に、ありったけを、全てを込めろ。

 


「くらぁえええええぇぇぇ!!!」


 雄叫びと衝撃が魔王を襲う。

 懐深く入った一撃。

 衝撃を殺しきれずに後方に吹き飛ぶ。

 巻き上げた煙が晴れると、拳を打ち込まれた魔王の体からはまだ炎が燻っていた。

 口から一筋の鮮血が垂れる。


「ぐふ、ここまでとはね。

 魔王軍でもボクの魔素を破れるのは少数だよ。やっぱり守さんはこうでなくちゃ。


 久しぶりに、本当の、姿を見せてあげる」


 魔王の魔素量がさらに膨れ上がった。


 頭からは螺旋状の角が生え、子供のような風貌は成長と共に青年となり、筋肉質に。


 悪魔の王、そう呼ぶのに相応しい見た目となった。


 震えが止まらない。

 本能でこの場から逃げ出したい欲求に駆られる。


「せっかくこの姿になったんだ。すぐに死なないでくれよ」


 魔王は笑う。

 速さは比べ物にならない。辛うじて目で追えるくらいだ。とてもじゃないが、追いつけない。

 体をひねり、急所だけは外しているが攻撃を受けるたびに体の芯まで響く鈍痛が襲う。

 長くは持たない。


 体が重い、自分の体じゃないみたいだ。

 魔素が少なくなっているのか。


「次はこれだ」


 火、水、風、土、闇と各種魔法が魔王の掌から乱れ飛ぶ。

 回避に専念し、避けられないものは歯を食いしばり、ただ耐える。これじゃあジリ貧だ。


「もういいかな。

 それじゃあ…、さようなら」


 魔王の抜き手が迫る。

 狙いは俺の心臓だ。


 ダメだ、間に合わない。

 両腕を交差し、守りに入る。腕を犠牲にしてでも命がだけは守らなければならない。



 思わず目を瞑るが、攻撃はやってこない。


 恐る恐る目を開けると、

 そこには細身の白銀の狼が佇んでいた。体躯は従前よりも引き締まり、力が凝縮しているように思えた。


「ウルフ…なのか?」


「オイラ、ウルフだよ。

 もっと速くなるように神様にお願いしたら、こうなったんだ」


 ウルフがいれば百人力だ。

 ウルフに跨り、魔王を睨め付ける。

 これからは二人で戦うぞ。

 簡単に殺されてたまるか。

 最後までとことん足掻いてやる。


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