50話 七五三(一)
異世界生活 1200日目
俺は今、ウルフとフロールの町に来ている。
なぜかというと、教会を町に誘致するためだ。それも早急に。
先日、茜の七五三を思い出した。
そもそも七五三とは、子どもの成長を祝う伝統的な行事のことで、昔は七歳までの生存率が低かったため、「子どもが無事に成長できるように」と願いを込めて行われてきた。
三歳、五歳、七歳に分けてお祝いする。
昔はそれぞれに意味があった。
1.髪置の儀:三歳に行われる子供が髪を伸ばし始める儀式
2.袴着の儀:五歳に行われる初めて袴をつける儀式
3.帯解の儀:七歳に行われる初めて帯を結ぶ儀式
男の子は三歳と五歳、女の子は三歳と七歳に着物を着て行われるところや、男の子は五歳だけのところもある。地域によって様々だ。
七五三のタイミングは、昔は数え年で行うのが正式とされていましたが、現在は満年齢で行うことが多い。
『満年齢』と『数え年』のどちらで祝ってもよいとされ、今でも数え年でお祝いする地域もある。
満年齢とは、現時点での年齢のことで、誕生日を迎える度に年を取る一般的な数え方だ。
一方で、数え年とは生まれた時を一歳とし、誕生日は関係なく一月一日を迎えると年を取る数え方だ。
七五三は神社で祈祷してもらうが、開拓町には神社がない。というかこの世界に神社はあるのか?
教会は大きな町で見かけるから、教会の方が一般的なのだろう。
そこでだ。
開拓町に教会を建てたい。
そして、そこで七五三をやりたい。
そのために、開拓町に移住してくれる変わり者の司祭やシスターを探しに来た。
ダメ元で、フロール町の教会に突撃スカウトを敢行してみた。
結果、惨敗。
シスター達に鼻で笑われ、司祭に取り次ぎさえもしてもらえなかった。
一旦、知り合いに相談しよう。魔石屋ネネのところへ向かった。
「たのもー!」
「あら、いらっしゃい。今日はどんな厄介ごとを持ち込んできたのらかしら」
「また来たニャー!」
ネネとノノの二人がいた。
なにやら相談ごとをしていたらしい。
「毎回迷惑かけてます。今回は…」
かくかくしかじかで、教会を誘致したい旨を説明する。
「また、難しいことを言うわね」
「絶対、無理ニャ」
反応がよろしくない。やはり難しいことなのか。
「教会は規律と秩序を重んじるわ。一度レールを外れてしまえば、もう戻れない。
どこの馬の骨とも分からない開拓町に赴任したい変わり者は、余程のことがない限りいないでしょうね」
うーん、そうか。
望み薄かー。
「…待って。
最近、噂を聞いたわ。落ちこぼれシスターの話よ。彼女ならもしかしら話に乗ってくれるかもね。会えればだけど」
落ちこぼれ?
不安は残るが、望みが繋がったならそれに賭ける。とにかく行動あるのみだ。
「落ちこぼれだろうが、なんだろうが人柄が良ければそれでいいよ。とりあえず会えるかもう一回教会に行ってくる!情報ありがとうな!」
善は急げだ。
すぐに魔石屋を出ると、教会に向かう。
「あ、ちょっと!もう、人の話を聞かないんだから…」
「ナナ姉くらいせっかちな奴ニャ。またすぐ会えるニャ」
※
教会に来たものの正面から行ったらまた追い返されるに違いない。
どうしたものか…。
「守、あそこの扉!」
ーークンクン
「たぶん教会の中に続いてると思う」
人間形態に変化したウルフが一筋の希望を見つけた。
裏口にある扉が、少し開いている。
中から匂いがするのと、隙間風が微かに聞こえるそうだ。
ウルフは人の形態だと、嗅覚はだいぶ落ちるらしいが、それでも常人よりは遥かに五感に優れる。
「…こっそり入ってみるか。何かヒントが見つかるかもしれないし」
ウルフを先頭に、俺達は無用心にも施錠されていない裏口の扉から侵入を試みた。
※
目下には煌びやかな聖堂が見える。
俺とウルフは二階に身を隠して息を殺し、見下ろす形で様子を探っていた。
二人の人影が見えた。
「もう、何度言ったら分かるのよ!このグズ!
身の回りの雑用一つ出来ないなんて!」
「申し訳ねぇですだ」
年配のシスターに、若いシスターが平謝りしていた。二人の服装から階級の違いが見て取れた。
清潔で着心地が良さそうな修道服を着た年配のシスターに対し、若いシスターは薄汚れてブカブカのサイズの合わない服を着ていた。
ーーバシン
乾いた音が聖堂に木霊する。
若いシスターは口を切り、薄く血を流していた。
「もういいわ、今日のところはこれで許してあげる。次、ミスをしたら許さないわよ」
「…本当にごめんなさいですだ」
床に投げ出されたままそう言うと、年配のシスターは足早にその場を離れた。
「父ちゃん、母ちゃん、また上手くいかなかっただよ…。
オラ、何やっても失敗ばかりだべ」
急に、閃いた。
「ウルフ、ちょっと耳をかせ」
ゴニョゴニョゴニョ。
「えー、ホントにやるの?」
「いいから、やるぞ!」
「上手く行くとは思えないけど…、分かったよ」
※
若きシスターは跪き、祈りを捧げる。
手は赤切れ、口元にはかさぶたが出来ている。
「聖なる神よ、オラを正しき道へとお導きくだせえ…どうか…」
「その願い聞き届けた」
「え?」
声が聞こえた気がした。
ここには私しか居ないはずなのに。
「ここだ」
上を見上げると、ゆっくりと空から舞い降りる天使様?がいらっしゃった!
血のような真紅。
蝙蝠のような形の羽を大きく広げ、体の周りには火の玉が浮かんでいた。
その隣には大きな大きな白銀の狼。
オラは、夢でも見ているべか。
「我は、神の使い。お主に、天啓を授ける」
教典に登場する天使と従者からはかけ離れたその容姿。
天使と言うよりは悪魔を名乗った方が納得する者は多いだろう。
しかし、この若きシスターにとってこの出会いはその後の人生を大きく変えるものであった。
「お主に、ここは合っていない。自身の力を試すべきだ。新天地、西を目指せ。
そう、例えば開拓町なんかがいいな」
「天使様。オラ何やってもダメで、きっと新しい土地でも迷惑をかけるだ」
「誰でも最初は失敗する。
失敗は悪いことではない、成功よりも学ぶことが多いのだ。途中で諦めるから、失敗なのだ。諦めなければ、それは成功への過程なのだ」
若きシスターは雷に打たれたかのような衝撃が走った。今まで考えたこともなかった。
「天使様…、オラ…、そんなこと言われたの初めてだ!
開拓町に行けばいいんだな!?頑張ってみるべさ!」
「うむ、待っているぞ。
じゃなかった、励むように。それでは」
ーー ウォーーン
狼が遠吠えをすると、天使様は狼に跨り、空へと駆けて行った。
天使の施しか、悪魔の誘いか見るものによって見解は分かれるが、このシスターにとっては暗い人生を照らす一筋の希望の光。
そして、それは守にとっても。
翌朝、若きシスターは司祭のもとを訪れていた。
「オラ、決めました。新しい土地を目指して、旅立ちます。
司祭様には本当によくしていただいてありがとうございました!
貧しいオラの家を救ってくれてただけでなく、色々と気にかけてもらっただ」
「お主、本気か?いや、その眼を見れば分かるな。
…期待してただけに残念じゃが、門出を祝して祈ろう。お主の進む道に祝福があらんことを」
うら若き乙女の涙と共に祝詞が捧げられた。
その日、シスターは開拓町に向けて出発した。
少女一人の長旅だったが、なぜか開拓町に到着するまでに魔物や盗賊といった危険に襲われることはなかった。
赤き翼をもつ天使と白銀の狼に導きを受けたのだ。二人は至極当然のよつに影から見守っていた。
「オラは、アヤメといいます。
シスターやってます、よろすくお願いしますだ」
「待っていたよ…じゃなくて、俺は守。
君を歓迎しよう」
俺達は開拓町の一室で、固く握手を結んだ。
次は、教会を建てるぞ!
異世界日記 1230日目
シスターを確保した。
次は、教会だ!早くしないと、茜がどんどん成長していってしまう。




