04話 接触
異世界生活 7日目開始…。
商隊に遭遇してから、四日間が経過した。食糧の減り具合に焦りを感じている。その後、何度か西方面に通ってみたが、人影はいっこうに見つからない。さすがに、もうオムツは被っていない。反省したからね。
ただし、成果はあった。
俺は効率的にモンスターを倒す方法を編み出していた。
相手に気づかれてから攻防を繰り返すと、俺には相手の攻撃は効かないが、どうしても時間がかかる。
攻撃されても痛くはない。しかし、俺は戦闘に関して自慢じゃないが、ド素人なのだ。武道はかじったことすらない。
結論なら言ってしまうと、弱いのだ。それも、ゴブリンとタメを張るくらいに。
試行錯誤を繰り返し、最も効率がいい方法を発見した。
不意打ちによる不可避の一撃である。
相手に気づかれることなく、忍び寄り、棍棒をぶん投げるのが最も効率がよい。
ウルフによる誘導や石を遠くに投げて気を引いたりと色々と試したが、答えはシンプルだった。
効率が上がると、戦利品である棍棒は増えた。
暇だから棍棒に名前でもつけようかな。
カロリーナ、ガルシア、メサイヤ…いかんいかん、このまま誰とも会話しないと、いい加減病むぞ。
ちなみに水晶もコンビニのビニール袋一杯分くらいは貯まった。
使い道がある訳ではないけど、一度集め始めると案外癖になる。上手く水晶が剥がれると、かさぶたを剥がしたような快感があって気持ちいい。
やることはないし。今日も探索に精を出しますか。
行くぞ、カロリーナ!
森の中を西に進む。毎日の日課である。
やはり川辺の近くで、ゴブリンを二匹発見。
奴ら警戒心がないのか、学習力がないのか。見張りを立てない。
気づかれるギリギリまで近づく。
呼吸は小さく、足音を立てないよう慎重に。
今だ!カロリーナ(棍棒)を思いっきりぶん投げる。
ーーおし、命中!
すかさず、二投目をもう一匹のゴブリンに投げる。
あ、手が滑った!
ゴブリンを大きく外し、森の中に吸い込まれていった。いっぱいあるから、一本くらいいいか。
気を取り直して、ウルフをけしかけた隙に、もう一投…、命中!!
終了〜、ね?簡単でしょ。
いそいそと相棒を回収し、かさぶた剥がしならぬ水晶剥がし作業に没頭するとしよう。
突然、ウルフが森の奥を見つめて、焦ったように急に振り返った。様子がおかしい。
何か来る?
ゴブリンハンターの俺様に怖いものはないぜ!
次の瞬間。
大きな牙が二本。
巨大な茶色の塊が目の前に現れた。
調子に乗って、すみませんでしたー!!
踵を返し、全力で逃げる。背後を見せたら行けない?そんな生やさしいものではない、逃げの一択。勝てるわけがない。
ウルフはすでに数メートル先を走っている。
あいつ、先に逃げてたな。晩ご飯は抜きだ!
近くで見ると分からなかったが、遠くから全体を見ると分かる。
バカでかい猪だ。
某国民的アニメに出てくるなんとか主レベル。
そんな化物猪の目と鼻の先を、おっさんが足を引きずりながら逃げているのを見つけた!人だ!おっさんだ!
おっさんに会えた嬉しさが一瞬、恐怖を上回る。
そのおっさんは弓を担ぎ、ナタのような武器を腰にさしている。どうやら右足をケガしているようだ。このままでは逃げきれないだろう。
普段なら絶対しないが、この時の俺は一味違った。
おっさんは俺が守る!!
バケモノ猪の前に立ちはだかる。
「馬鹿野郎!見てわからねえのか?!
こいつはワイルドボアだ! 俺のことはいいから、今すぐ逃げろ!」
おっさんから怒号が飛ぶ。
「おお、言葉が分かる! 神様よ、気が利くじゃないか! おっさん俺の言葉分かるか?
あー、ワタシハ、ヤマト、マモルと、イイマス」
緊張して、カタコトになってしまった。
「俺は、カザン…じゃねぇ! もう目の前まできちまってるぞ!」
「カザン、ここは任せろ」
カザンを庇うように化物猪こと、ワイルドボアとの斜線上に入り、待ち構える。
決まった…男は背中で魅せるものだ。
緊張のあまり、片言になったことは内緒にして欲しい。
両手を交差する。
腰を落とし、衝撃に備える。
ーーズンッ!!
二歩分、押された。
いったぁ、ちょっと痛い。やっぱりそこそこ痛い。足の小指をぶつけたくらいには痛い。
キンじゃなかった。
でも、まだ耐えられる痛みだ。
おっさんがポカーンと口を開けている。
もしや天然系おっさんか、ドジっ子属性持ちか?
ポイント高いじゃないか。
ただ、自分の能力を過信しすぎた。
攻撃無効かと思ってたら、攻撃軽減だった。こいつで試せてよかった…調子に乗ってもっと強大なモンスターと戦っていたら危なかった。
ワイルドボアは旋回し、戻ってくるようだ。
見た目によらず律儀な奴だ。
さて、ここからどうするか。
バットでタコ殴りにしてもいいが、時間がかかりそうだ。
バットも壊れそうだし、やだなー。
待てよ…。攻撃無効だったら、物理法則を無視してそうだが、攻撃軽減とは違う。つまり、めっちゃ硬い壁みたいなものだよな?
素手で殴った方がバットより強いんじゃないか…?
盲点だった。
早く試したくて興奮しながら、バットを脇に放り投げる。
助走をつけて、再び突進するボアさん。
カモン!
野球の投球フォームの動きで、思いっきりグーパンする。
ーードゴン!!
コンクリートの壁に車が突っ込んだような音だ。
突進の慣性と必殺パンチの衝突で、ボアの顔面が大きく陥没した。ゆっくりと倒れるボア。
勝ったあああ!右手がいてええええ!!ちょっと腫れてるううう!え?折れてないよね?大丈夫だよね?
「嘘だろ?!素手で一撃で倒しただと!?」
おっさんの絶叫が木霊する。大声は他のモンスターに気づかれるからやめて欲しい。
俺はおっさんに一つ提案する。
「ケガの手当てもあるし、うちに来ませんか?カザンさん」
さっきはつい馴れ馴れしく呼び捨てにしたけど、年長者は敬わないとね。さん付けだ。
「カザンでいい。お前ここに住んでいるのか!?聞きたいことは山ほどあるが、正直助かる。この足じゃあ村には帰れないだろうからな、遠慮なく世話になるぞ」
こうして、営業スマイルを貼り付けた天使の微笑みにより、おっさんを自宅に連れ込むことに成功する。
べ、別にやましい気持ちなんてないんだからね。
根掘り葉掘り、こっちから聞きまくってやるぜ…。
ちなみにウルフは戦闘が終わった頃にひょっこり出てきた。やっぱり今日の晩飯はなしだ。
※
自宅までの道中、俺はおっさん、改めカザンから色々な話を聞けた。
どうやらカザンは、普段からこの森で魔物を狩って、生計を立てていた。
先ほどの川辺付近は街道にほど近く、弱い魔物しか出ない。森の深部に近づくほど、強くて凶暴な魔物が出るらしい。
ゴブリンやホーンラビット達はモンスターではなく、『魔物』と呼ぶとのことだ。
先ほどのワイルドボアはこの辺では見ない魔物で、森の中部らへんに生息しているそうだ。
いつもは中部の魔物にも遅れは取らないが、絶妙なタイミングで棍棒が飛んできた。
それに気を取られ、ゲガをしたと俺の棍棒コレクションを一瞥して教えてくれた。もしかして俺のせいか?バレませんように。
ただし、今回、森に入った目的は狩りではなく、調査らしい。
何でも人語を話す新種の魔物を見かけた、とか。
「……。 その新種の魔物って、頭が白いモコモコで、両手に棍棒を振り回してたりした…?」
「そいつだ! どこで見かけたんだ?!」
まじか。
当てちゃったよ。
「見かけたというか、本人というか」
カザンの目が大きく開かれる。
こういう時は、先手必勝だ。
「久々に人を見たので、調子に乗りました!すみませんでした!」
九十度に腰を折り、謝罪する。
やらかした時の十八番。
「ガハハ。終わり良ければすべてよしだ。
生きてるし、面白い奴にも会えたしな」
そう言って、背中をバンバン叩かれる。
気持ちのいいおっさんだ、気が合いそうだ。
もうバレてるかもしれないが俺が棍棒を投げたことは、黙っておこう
異世界日記 7日目
ついに人と出会った。
天然系おっさんだったが、逃がさない。
必殺パンチでデカい猪を倒した、ウルフは飯抜き。
新種の魔物になりました。