45話 竜人(一)
すみません、間違えて途中で投稿してしまいました。
二話に分けます。
異世界生活 1100日目
街の建造は順調に進んでいた。
下水道の整備に、共同風呂屋の設置。いくつかの世帯が共同で利用する井戸を掘った。
人々が行き交う道は区画整理され、道幅はすれ違うのに十分な広さがある。
ここまで一気に進んだのも、獣人と太陽の民のコンビが相乗効果で作業効率を底上げしているためだ。獣人の強靭な肉体で工事を進め、疲労や怪我をしたら、太陽の民が治癒魔法で治す。
そして何事もなかったかのように工事を再開するのだ。しかも硬い岩盤に当たった際は、太陽の民達による火魔法の乱れ打ち。
休憩しながらもっとゆっくりでいいと言っても誰もやめない。追われるように暮らしてきた彼らにとって、初めて故郷といえる場所なのだ。楽しくてしょうがないらしい。
「また随分と進んだな。これは差し入れだ」
「町長!」「族長!」
獣人と太陽の民達は俺を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
俺には様々な呼び名がある。
町長、族長、村長、守、最近では英雄や勇者なんて呼ぶ輩まで出てきた。
「イズミ村の酒だ!さすが町長!分かってるぜ」
獣人達は大喜びだ。
イズミ村の酒は最近また旨くなったからな。近隣の村や町でも評判になっている。
「これはこれは族長、わざわざ足をお運びいただきありがとうございます」
「相変わらず硬いな、ドナウ。これはお前達に差し入れだ」
太陽の民にはコムギ村産のチーズを持ってきた。
前に食べた時に涙を流して味わっていたのを覚えている。余程美味かったのだろう。
「こ、これは『ちーず』ではありませんか!? さすが我らの族長…感謝いたします」
ドナウは恭しく礼を述べた。
ヴォルガの兄ドナウには工事全体の進捗管理を任せている。自由奔放なヴォルガの手綱を握りながら、一族をまとめ上げてきた手腕は伊達じゃない。細やかな気配りもできる優秀な人材だった。
太陽の民達は初めて食べる食材に衝撃を受けてばかりだ。
それもそのはず。長年外の世界と交流を持たずに森の奥でひっそりと暮らしてきたのだ。初めての体験は驚きの連続だったと思うが、楽しんでいるようで何よりだ。
「お、兄貴じゃねーか!」
「マモル!」
マントスとヴォルガが手を振って走ってきた。
最近は常に二人で行動しているようだ。このままくっつくのかなんて下世話な事は言わない。俺もいい年なんでね、セクハラは弁えていますよ。
「二人とも元気でやってるか?」
「当たり前よ。それよか、ガンテツが兄貴のこと探していたぞ。何でもトラブルが起きたみたいだ」
「ん?そうか。知らせてくれてありがとな。後でガンテツ村に顔を出すよ」
俺は二人に別れを告げ、そのままガンテツ村に急ぐ。お供は毎度のことながらウルフだ。
魔王軍との戦争であまり活躍の場がなかったためか、拗ねている。
ガンテツ村に着いた。
村人は俺の顔を見るとすぐにガンテツを呼びに行った。大きな問題が起こったのか…、嫌な予感がする。
「守!探したぞ! ウルフもいるのか、ちょうどいい」
「どうした?何が起きた?」
「いや、それがな…採掘が出来なくて困ってんだ。
その日いつものように魔の山に採掘をしに向かったんだが、どこか山の様子がいつもと違ったんだ。
おかしいと思ってると、魔物やら動物が一斉に逃げ出してきたのよ。
次の瞬間、山が、地面が震えるような錯覚に陥った訳だ…。
あれは紛れもない、『竜の咆哮』だった。
調査しに行くにも相手が万が一、竜だった場合、命がねえからな…そこでお前さんの出番だ!」
ガンテツに肩をバンバンと叩かれた。
さらりと竜に会ってもお前なら大丈夫だと言われたが、そんなことないだろう!
俺には小さい娘がいるんだよ!死ねないよ!
まぁ、行くけどさ。町長だし?竜なんて、何十年も現れていないみたいだし、たぶん大丈夫でしょ。
仮にもし竜だとしても、ウルフが一緒なら何とか逃げ切れるでしょ。
俺はじとりした目をしながら、渋々と了承した。
ウルフがさりげなく逃げようとしたので確保しておいた。お前も道連れだ。
マモル村から魔の森が近いように、ガンテツ村からは魔の山が近い。
魔の山は鉱山資源が豊富で、それ故にガンテツ村は鍛治産業が発展したとも言える。
そんな魔の山の入口に俺、ウルフ、ガンテツの三人は立っていた。今回の目的はあくまで調査だ。ヤバそうなら、即撤退が前提の少数偵察だった。
入口から山を見上げると、恐ろしい怪物を閉じ込める檻のような印象をうける。平時ならば、山からたぎるマグマの熱気と活動的な魔物達で騒々しい雰囲気らしいが、今はただ静かな熱だけを感じる。非常に不気味だ。
「こっちだ」
ガンテツの案内で例の咆哮を聞いた場所まで案内された。
「特段、変わったところはないようだが…、あれは何だ?」
辺りを見渡すと、亀裂の奥に遺跡のような建物への入口が見えた。
「前はなかったぞ!やはり何かがおかしい!」
ガンテツは興奮しながらそう言った。
これはフラグか?厄介ごとの予感がする。
露骨に嫌な顔をしてみたが、ガンテツの興奮に後押しされ、断れきれずに後に続いた。
暑い。まるで蒸し風呂だ。
辺りを見渡せば、遺跡内にマグマの川が流れている。頭は朦朧とするが、気は抜けない。
汗が滝のように流れ落ちた。
何かあった時のために鎧を着込んできたが、今すぐにでも脱ぎたい。
ウルフは人間形態に変化している。毛むくじゃらの体ではこの暑さは耐えられない、いい判断だ。
ただそれでもこの暑さには堪えているようだ。
ガンテツだけが平気な顔をしている。
「なぁ、ガンテツは暑くないのか?」
「この程度で根を上げるとは、根性がなってないな。毎日、鉄を叩いている俺にすれば、むしろ涼しいくらいよ!ガハハ」
ガンテツの笑い声が神殿内に木霊する。
その時、マグマ川の水面に何かが跳ねた。
「ボルケーノフィッシュだ!」
ガンテツが叫ぶ。
「気を付けろ!こいつはマグマを吐くぞ!」
俺達は最新の注意を払いながら、慎重にマグマ川を迂回する。
「こいつの鱗は耐熱装備として一級品なんだがなぁ、惜しいな…」
ガンテツが口惜しそうに恨み節を呟いている。
無視だ、無視。まだ全貌も見えないのにそんなリスク犯せるか。
その後は順調に遺跡の奥へと進んだ。
すると、重厚な鉄の扉が現れた。
いかにもこの奥に何かある予感がする。
「どうする? 今ならまだ引き返せるが…」
「何を言っているんだ! この先にお宝が眠ってるかもしれないんだぞ!」
目の色を変えたガンテツがそう力強く言った。目的がいつの間にか調査から探索に変わっている。
吉と出るか凶と出るか。
ウルフも身構えている。何かを感じ取っているのかもしれない。
俺は扉に手をかけるが、びくともしない。
ーーズズズ
三人がかりで何とか開けることが出来た。
警戒しつつも俺達は中へ入った。
大広間のような部屋は外の温度とは対照的に涼しい。さらに山のような塊がいくつか点在しているだけで、生物の気配はない。
部屋の中は薄暗く、奥に子供大の大きさくらいの巨大な水晶が静かに佇んでいた。
「なんて大きさの水晶だ! しかも魔法的な力を感じるぞ。 守、ウルフ、手伝え!持って帰るぞ!」
この大きさを持って、マグマの川を進むのか…無理がないか。
「ん?これは…人…? いや、子供?」
水晶に近づいてよく見ると、子供が膝を抱えて蹲っていた。
次の瞬間、子供がゆっくりと目を開けた。
覗き込んでいた俺とバッチリ目が合う。
それが合図かのように、点在する塊が立ち上がり始めた。
「ゴーレムだ!」
ガンテツが叫ぶ。
ならば、こちらもゴーレムで応戦だ。
『血人形創造 -モード:壁』
ストックしていた血瓶を床にぶち撒けると血溜まりが出来た。そこから次々と赤いゴーレムが立ち上がった。
赤と黒のゴーレムが組み合う。
すぐに俺が作り出したゴーレムの腕が砕かれる。拮抗したのは序盤だけだった。
黒いゴーレムは見た目に以上に頑丈なようだ。
ウルフとガンテツはそれぞれがゴーレムと相手取っている。人間形態のウルフは大剣を操り、力比べでもゴーレムに負けていない。
一方、ガンテツは劣勢だった。小柄なガンテツとゴーレムの体格差は激しい。ゴーレムの足元を斧で斬りつけるが、あまり効いていないようだ。
グズグズはしてられないな。
『鉄血武装』
ゴーレムとの戦いの火蓋が切って落とされた。




