43話 決着
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「あ、あなたは…!」
魔王軍のボスー今回の戦争の首謀者ハーゲンティは動揺を隠せない。
空中に現れた扉から出てきたのは、悪魔の翼をもったおよそ戦場には似つかわしくない美少女ークレアだった。
彼女は魔王に付き添ってうちにも来ていた。あの時は気持ちが空回りする残念な性格のように思っていたが、魔族達の恐れぶりを見ると、彼女もまた怒られさてはいけない人物のようだ。
「笛に呼ばれて魔王様の代わりに来てみれば…。 守、説明しなさい!」
クレアを俺を見つけると、素早く命令する。相変わらず高圧的な態度だ。
魔王が来ると思っていたが大丈夫かな?
ここまで来たら引き返せないし、進むしかない。
「見てのとおりだ。 俺達連合軍と魔王軍は戦争中で、魔王軍のボス、ハーゲンティといったか、を追い詰めたところ」
「なんですって!? ハーゲンティ!!」
クレアはハーゲンティを睨みつけると大声で叫んだ。激昂しているようだ。物凄く怖い。
「こ、これはこれはクレア様。ご機嫌うるわしゅうごさいます。 これには事情がございまして…」
声が震えながらもなんとか受け答えしている。怯えていたのは俺だけじゃなかったようだ。
「私はーもちろん魔王様も聞いていないわよ。 戦争なんて! 序列下位ごときが…分かってるんでしょうね?」
クレアが凄みをきかすと、ハーゲンティとその取り巻き達は一斉に怯えだす。
「内輪揉めはその辺にして、笛を使った俺の願いを聞いてくれ」
その場にいる全員が俺の主張に耳を傾けた。
「俺は、そこにいる魔王軍のボスーハーゲンティとの一騎討ちを希望する。クレアは邪魔が入らないように見張っててくれ」
クレアは腕を組み、目を細めている。
まるで俺を品定めしているかのようだ。
「…いいわ。守の言う通り、こちらの問題ね。
ひとつだけ要望よ。ハーゲンティは殺さないでくれない? 聞きたいことがたくさんあるのよ」
悪そうにニヤリと笑うクレア。
殺さないでのくだりで一時安堵しかけていたハーゲンティは最後の言葉でまたビクビクと怯え始めた。
始めから殺すつもりはなかったが、この後の処遇を想像すると同情をせざるおえない。
自らが撒いたタネだ。責任は取ってもらおう。
ハーゲンティと向き合う。
仮にも魔王不在とはいえ魔王軍のトップとして戦争を始めた魔族だ。気を引き締めて油断はしない。
「「がんばれ〜」」
味方は呑気に応援モードだ。
フォルカスから事前にハーゲンティの情報は仕入れていない。
「私も舐められたものだ。人間風情が魔族に勝てるとでも思っているのか!」
ハーゲンティが持つ杖が黄金の輝きに変わる。
魔素が一気に膨れ上がり、顔が人から雄牛に変わる。
ーーーフシュウウウ。 さあ始めようか。
聞いてないぞ?!
フォルカスより強い魔族はいないんじゃないのか?
てっきり魔王軍のトップは軍を指揮する能力に長けていて戦闘なら楽にとは言わないが、なんとかなると思っていた。 勝てるかな…?
黄金の雨が降る。
ハーゲンティから放たれた石の礫はその能力により、黄金に変わり鋭利な飛来物となり守を襲う。
守は血の壁を出現させ、姿を隠している。
ハーゲンティの能力は物体を金に変化させる能力か…?
能力の汎用性なら俺の方が優れているとは思うが、雄牛に変化した後では魔素の量が完全に負けている。
作戦を立てるとしよう。
ついに壁が破壊され俺の体がさらけ出された。
好機とばかりにハーゲンティから先の尖った金の礫が飛ぶ。
正面から隙間なく攻撃された俺は風魔法と血で翼を作り、空中へと退路をとる。
「ばかめ! それは報告書で見たぞ!」
「う!」
ハーゲンティから液体を浴びせられた。
水…か?
水に濡れた体がパキパキと音を立てて金色にコーティングされていく。それに伴い体の自由が奪われていく。
顔にも水がかかっている。
このままではまずい。
やがて全身が金色に覆われた守は動きを止める。
「守さん!」「守!」
ローズ、ウルフを始めとする味方から悲鳴が上がる。
「…」
フォルカスは静かに腕を組み何か考え事をしているようだ。心配してくれないとは薄情な奴め。
「フハハハ!! お前たちのリーダーは死んだ! そこで首をはねるところを指をくわえて見てるがよい!」
ひとしきり高笑いをすると、金色の刀で俺の首をはねた。
首が宙に舞う。
目があった気がした。
「…人形とはいえ気持ちのいいものではないな」
血溜まりの中からむくりと起き上がると、ハーゲンティに後ろに回り、血刀を突き刺す。
「な!? 確かに殺したはずだ?!」
「俺の能力で作り上げた人形だ。能力が未知の相手に馬鹿正直に正面からぶつらないだろう。非力な人間なんだから」
「守さん!」「守!」
甲高い音が鳴った。
おかしい。
何かに阻まれて刃が通らない。
「フハハ! 人形には驚いたが、人間ごときの攻撃など効かぬわ!」
黄金の鎧に大量の魔素を流し、とんでない防御力となっているようだ。
殺さずに勝つために手加減したのが仇となった。
「これでもくらえ。悪魔の抱擁だ」
ハーゲンティが俺の両腕の上から抱きしめるようにガッチリとホールドする。
するとそのまま人外の力で締め上げ始めた。みきみきと体中の骨が嫌な音を立てる。
木の枝が折れたような音がした。
再び味方から悲鳴が上がる。
次の瞬間、俺の体が溶けた。
「…人形とはいえ気持ちのいいものではないな。本日二回目…」
溶けた体はハーゲンティの体に纏わり付き、顔に向けて這うように移動していく。
やがて顔全体を血の球体が覆ってしまった。
ハーゲンティが苦しそうに喉を掻き毟る。
やがて動きが止まると、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
その様子を血溜まりの中から冷静に眺めていた。
完全に動きが止まるまで静観していると、クレアから声がかかった。
「それまで。勝者、守!」
味方から歓声があがる。
ずるずるとハーゲンティがクレアに引きずられて連れて行かれる。この後は厳しい尋問が待っていることだろう。俺には関係のない話だ。
「あ、そうそう。これ勝者の証」
クレアはハーゲンティの角を無造作にへし折ると、俺に投げてよこした。
今回の騒動は魔王や上層部は知らなかったらしい。魔王が大事な用事でしばらく留守にするため、上層部は魔王軍の管理運営で手一杯のところを狙い、若い魔族達を先導し、戦争を仕掛けたのが真相だった。
証を受け取ると、俺達は要塞で一泊し、砦への帰路についた。クラーケンとの死闘を演じたマントスとヴォルガは瀕死になりながらも生き残っていた。
道中、太陽の民の隠れ里により、潜入作戦の結果を報告する。今後については追って知らせるとして、その場を後にした。
なぜかヴォルガがついて来た。同行の理由を尋ねると、マントスが放っておけないかららしい。クラーケンとの戦いで妙な絆が結ばれたのか。これも何かの縁だ、太陽の民の移住計画を話す際、説得力が増すだろう。
かくして、魔王軍との戦いは連合軍の勝利で終わった。ハーゲンティの角を掲げながら帰還した俺達は熱狂的な歓声と共に迎え入れられたのは言うまでもない。
やっと家に帰れる。数ヶ月の戦いだったが、もっと長く感じる。
茜も嬉しそうだ。
陣営での生活で、いつの間にたくましくなったと思う。マリアさんの息子シモンはすっかり舎弟のように扱われていた。本人も満更嫌ではなさそうだ。先が思いやられる。
異世界日記 860日目
魔王軍との戦いは俺達の活躍で連合軍の勝利で終わった。気づいたことといえば、俺の味方が優秀すぎないか?置いて行かれないように気を引き締めねば。
なおハーゲンティのその後を知る者はいない。要塞を出発する際までに聞こえた断末魔だけが耳に残っている。やはりクレアは恐ろしい…。
茜がどんどんたくましくなっていく。丈夫になるのは親としては嬉しいが、将来が不安だ。シモンがいるし、いざとなれば大丈夫か。




