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異世界育児  作者: 葉山 友貴
第一章 育児奮闘・開拓編
43/91

42話 潜入

異世界生活 860日目


 小高い丘の上からマルボルグ要塞を見下ろす。


 正面は堅牢な門に閉ざされ、塀の上には見張りがいる。正面突破は分が悪そうだ。


 ローズが手招きしている。


「この下に下水道の入口があります」


 要塞の裏手には川が流れており、下水道へと続いているそうだ。当然、人が入れないように鉄格子が嵌められている。


「火魔法『炎の直剣(バーンブレード)』」


 以前は魔石を消費して、鎧の仕掛けで起動していた技だが、火魔法を習得したことで使いやすくなった。


 ゆっくりと炎で鉄格子を焼き切る。


 人、一人が通れるだけの隙間ができた。

 体の大きいマントスは自力で隙間を広げてもらおう。


 ローズ、ノノを先頭に下水道を進む。凄まじく強烈な匂いだ。魔王軍の首謀者を倒してもこの匂いを纏ったままだと格好がつかない。

 こんなときマリアさんが居れば、生活魔法で綺麗にしてくれたのに。今更ながら少し後悔。


 ヴォルガの光魔法で生じた小さな灯を頼りに、一同は進む。幸にして、下水道には魔物や見張りの兵には遭遇していない。

 それにしてもネズミ一匹いないのはおかしくないか?

 ネネに意見を聞こうと、振り向くと長く伸びた影を視界の端に捉えた。悪寒を感じて、違和感の正体を突き止めようと目を凝らす。

 ノノの耳がレーダーのように忙しなく動いた。


「伏せろニャ!!」


 一同がノノの声に反応し、一斉に地面に伏す。


 次の瞬間、頭上を巨大な質量が通過する。

 間一髪だった。


 ヴォルガが光をかざすと、()()は姿を現した。全体像までは把握できない。単純に大きすぎるのだ。

 下水道から伸びるのは、樹齢を重ねた大木ほどの太さの触手。吸盤が隙間なく埋め尽くされているーーまるでイカの足だ。


「そんな、まさか…」


 いつも冷静なネネが驚愕の表情を隠せないでいる。

 よく見ると、膝が微かに震えているようだ。


「クラーケンーー海の大怪物、深海の魔物。

 地方によって呼び方はあるけど、共通するのはお伽話に出てくるような神話の怪物よ。

 私も見るのは初めてだわ、さっきから体の震えが止まらないもの」


 クラーケン…この前に戦ったベヒーモスクラスの魔物か?

 あの巨大な触手で水中に引きずり込まれたら最後、二度と上がって来れないだろう。

 見張りはいなかったんじゃない。()()()()()()んだ。


 この狭い下水道では不利だ。協力してなんとか逃げ切ろう。


 巨大な足が壁をえぐりながら戻ってきた。


「来たぞ!かわせ!」


 俺の掛け声に合わせて跳躍し、難を逃れる。

 カウンターのように触手に拳を叩き込むが、ぶよぶよの皮膚が衝撃を吸収し、効いている気がしない。

 炎の直剣(バーンブラード)で焼き切る。一瞬、身震いし、触手の動きが鈍ったように見えた。

 結果としては、小さな火傷の跡が残っただけだったが成果はあった。

 攻撃を集中させて、一点突破を狙う。


 炎、闇、光、土、いくつもの魔法がクラーケンに殺到する。さらに、ローズ、マントス、ゼオテオによる渾身の攻撃を一箇所に集中して叩き込んだ。


ーーーギュアアアアギィイイイ


 クラーケンが悲鳴に似た叫びを上げながら、触手を乱れ打つ。

 頭の中で警笛が鳴る。


 反転したクラーケンから怒り狂った顔がこちらを覗いている。

 八本ある足のうち、一本がちぎれかけている。

 このまま全員で時間をかければ倒せないことはないだろう。しかし、今は一刻を争う。

 先の攻撃で要塞にいる魔族に気づかれたかもしれない。


 そういった考えが逡巡すると、クラーケンの怒りに任せた攻撃が一同を襲う。


ーー反応が一瞬遅れる。


「つ、土魔法『石の壁(ストーンウォール)』ニャ!」


 目の前に地面から攻撃を遮る壁が現れた。

 触手が叩きつけられると、一瞬で粉々に粉砕される。


「くッ、『血壁創造(ブラッディウォール)』」


 壁役のゴーレムは間に合わなかった。とっさにノノを真似て、血の壁を作り出す。


 一同を衝撃が襲う。

 慣性に従い、吹き飛ばされるのを覚悟していたが、身体は無事だ。

 徐々に土煙が晴れていくと、大きな背中だけが見えた。


 マントスが立ちはだかり、巨大な触手を止めていたのだ。


「ここ、は、俺に、任せろ。 先に、行け」


 歯を食いしばり、クラーケンの攻撃を一身に受けながらそう言い放った。


「ダメだ!勇敢と無謀は違うぞ」


 俺は断ると、マントスの身体が薄く発光しているこに気づいた。


「楽になってきたぜ。ようやく俺のタレントが発動したか」


「…ここはマントスに任せて、先を急ごう。

 大丈夫、あの姿で負けたことはないんだから」


 ローズはマントスを指差しながら決意をもった瞳でそう言う。


 ローズの説明では、マントスの能力ーー『不屈の闘志』は、逆境になって初めて発動する。

 自分の意思で発動はできず、自身の気持ちと深く関係する。なんとも使い勝手の悪い能力だった。

 しかし、その効果はシンプルで破格ー身体能力の著しい向上。

 マントスはその効果を身を持って証明した。


「分かった、ただしヴォルガも残ってくれ。治癒魔法は役に立つはずだ。二人とも絶対に死ぬな、これだけは約束してくれ」


「分かったよ。私もマントスのこと見直したからね」


「おう!この化物イカを倒してすぐに追いついてやるぜ!」


 マントスは胸を強く叩きながらそう宣言する。

 強がりなのは分かっていたが、それでも頼りがいのある言葉だった。


 マントスとヴォルガを残し、俺たちは先を急いだ。

 俺たちを逃さまいと、触手が追いかけてくるが、マントスが文字通り体を張ってそれを防ぐ。

 ヴォルガは火魔法と光魔法を駆使しながら、上手く逃げ回っている。隙を見て、マントスに治癒魔法をかけている。連携の取れたいいコンビだ。



 後ろ髪を引かれる思いで、地下道を抜けると倉庫のような部屋に出た。

 ここからは速さが命だ。

 極力、敵に見つからないように進み、魔王軍の親玉を倒す。

 ただどこに向かえばいいのかが分からない。

 手当たり次第に探していてはたちまち囲まれてしまう。


 扉の隙間から少しだけ覗くと見張りが巡回していた。砦の内部からは警戒がきつくなるのだろう。


「私の出番ね」


 ネネが薄らと笑みを浮かべながら先頭に進み出た。

 何かを呟くと、そのまま堂々と見張りに声をかけたではないか。


 様子がおかしい。

 ネネを同僚の魔族と認識しているようだった。

 しばらく談笑すると、鍵の束を受け取り、その場を離れたのであった。


「見事な手際だ」


 戦利品を片手に意気揚々と戻ってきたネネに労いの言葉をかける。


「私、こういうの得意なのよ」


 確かに手慣れているような印象を受けた。普段は悪用していないと信じたい。


 見張りの魔族は、「ボスが呼んでいるわよ」というネネの言葉を信じ、既に移動していた。


 そこからはネネが仕入れた情報に従い、順調に進んだ。途中、見張りがいたがネネやエキドナの闇魔法で視界を遮ることでやり過ごした。


「この先が目的地よ」


 この扉の先に魔王軍の首謀者がいる。

 俺は覚悟を決めて、扉を勢いよく開け放った。


「俺は連合軍の守だ! 魔王軍の長はどいつだ!?」


 そこには部下に囲まれ、優雅に食事をしていた小太りな魔族がいた。小物感が満載だ。


「なっ?! どこから入った!? お前ら生きて帰れると思うなよ」

「ハーゲンティ様を守れ!」


 大勢の魔族に囲まれる。

 普通なら万事休すだ。

 たが、俺には秘策がある。


ーーーピィイイイイイイイ


 懐から禍々しい笛を取り出し、力いっぱい吹いた。

 いつぞやの魔王がうちに来たときに貰った笛だ。

 窮地に陥った際、助力する約束だったはずだ。

 魔王軍の拠点に乗り込み、魔王に助けを求めるのはおかしな話だが、勝算はある。



 突然、空中に扉が現れた。


 ハーゲンティに驚愕の表情が浮かぶ。


「あ、あなたは…!」




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