41話 太陽(二)
鎧の上から筋肉のように纏われた血液が脈動する。
鉄血の騎士となった今は、攻撃面、防御面、速さの全てが大きく向上する。
ヴァンガに対抗するには、それでもまだ足りない。
「血の領域」
ケルベロス戦で見せたそれを展開させる。
赤い霧が俺とヴォルガの周りを満たしていく。
以前と異なり、今回の霧は薄い。
消耗を抑え、持続力を優先したためだ。
串刺しのような物理的な干渉は出来ないが、この霧の中は知覚が強化される。
「見えているぞ」
霧の中、ヴォルガは俺の死角から強襲する。
しかし、今なら手に取るように分かる、感じるといった方が正しいか。
俺はヴォルガの胸元を掴むと、地面に投げ飛ばす。反射的に殴るのは気が引けた結果だ。
ヴォルガはすぐに体勢を立て直す。
「うぐ…。 強いね。
じゃあこれは受けれるかな?」
ーー複合魔法『圧縮爆炎』
「み、皆な者。逃げるんだ!」
ドナウが焦った声で警告しているが、手遅れだ。
膨大な光が一か所に集中、辺りが一瞬暗くなる。
次の瞬間、光の奔流がやってきた。
遅れて爆発音が襲ってくる。
「みんな俺の後ろに隠れろ!
『血武器創造ーモデル:亀』」
一瞬で全身にプロテクターが装着された装いに変化する。さらに大きな盾を両手で握りしめる。
背中に人の気配を感じる。
「踏ん張れええぇぇぇ」
盾にかかる圧力が増していく。
吹き飛ばされそうになる体を必死に押さえつける。
一瞬とも、永遠にも思える時間が経った。
盾とプロテクターが役目を全うし、ボロボロと崩れ落ちる。
後ろを振り向くと、全員無事のようだ。
俺を起点として放射状に安全地帯が広がっていた。
「馬鹿者!!」
ヴォルガを探すと、大声の主に拳骨を食らっているところだった。
「守がいなかったら、大惨事だったぞ!」
ヴォルガに正座させながら、ドナウは説教をする。
「だって、守なら全力を出せそうな気がして…」
チラチラとこちらを見てくる。絶対に目は合わせない。
このままではらちがあかない。
「もうその辺にしてやったらどうだ? 全員無事なんだし、仕切り直しといこう」
ヴォルガがキラキラとした目で見つめてくる。
「守がそう言うならこちらは構わないんだが…」
「ただし、俺もなりふり構わないからな」
今度は俺からニヤリと悪い笑みがこぼれる。
ドナウがやや引いている。
とにかく、戦いは再開された。
もう遠慮はしない。
手段は選ばない。
卑怯とは言わせないからな。
「『血人形創造ーモード:戦士』」
目の前にカザンに似た三人の戦士が現れる。
俺の中で戦士のイメージはカザンだ。
俺を助けるために一人強敵に立ち向かう後ろ姿。
まさに理想の戦士そのものだった。その姿は俺の脳裏に強く叩き込まれ、この技に発現した。
「いけ。目標はあいつだ」
ヴォルガを指差すと、三人の戦士は一直線に向かう。
「な!? ずるいよ!」
ヴォルガは三人の相手で手一杯になる。
四方八方からの連撃だ。
三人の戦士は上手く連携をとりながら、ヴォルガに反撃の隙を与えない。
その間に俺は準備を整える。
目を瞑り、深呼吸。
魔素を右腕に集中させる。
その上から何重にも血の筋肉を纏わせる。
再び目を開けると、人の身には不釣り合いなほど巨大な右腕が完成していた。
「今度は俺の番だな。
俺の一撃は重いぞ」
右腕ごと全身で叩きつける。
「『巨人の一撃』」
衝撃。
土煙が晴れた先には小型のクレーター。
その中心には人型が原型を留めていたが、ピクリとも動かない。やりすぎたか。
「それまで! 勝者、守!」
ドナウが宣言する。
「おーい、生きてるかー?」
晴れやかな笑顔で話しかける。
地面にめり込んでいたヴォルガは俺の声に反応し、体を起こす。
「ひ、光魔法『治癒』」
光に包まれると、体の傷が癒えたヴォルガは立ち上がる。
治癒魔法も使えるとは、なんて多彩なんだ。
俺の前まで来ると、モジモジして恥ずかしそうにしている。どうしたんだろう、話が見えない。
「初めて負けた…、私は守の物だよ…」
上目遣いでこちらを見つめるヴォルガ。
「どういう事だ?」
「代替わりの儀とは、族長をかけて戦う儀式だ。
敗れた者には一族のために身を粉にして尽くす。そういうしきたりだ。
よって、守は族長となり、一族とヴォルガの生殺与奪の権利がある訳だが…まさか、ヴォルガに勝つとは…」
なんとも歯切れが悪い答えだ。
それにしても色々と要らないものが付いてきた。
俺は今回の要塞潜入の拠点と出来ればいいだけなのだが…。
当事者でとあるヴォルガはクネクネしながら、こちらに熱い視線を送るばかりだ。一緒に抗議して欲しいんだけど。
もう関わってしまった。
腹を括ろう。
このまま何もせずに放っては置けない。
この先、この村の人口は減少していくだろう。どこかで誰かが決断しなければならないはずだ。
俺は意を決して、村人達の前に立つ。
「…お前たち、俺が族長でもいいのか?」
「ヴォルガに比べたら誰でもマシだ!」「どうせ俺達に先はねぇんだ!」
普段のヴォルガの仕事ぶりが伺える。
「俺はマモル村の村長をしている。大和守だ。
これから俺達は四つの村をまとめ上げた町を作る。
何事にも立ち上げには人手がいる。ましてや一つの町を作るとなれば、相当なものだ。
決して楽な道ではないが、俺に着いてくれば町に住まわせるように手配しよう。
どうだ、着いてくる者はいるか?」
一気に今後の展望まで説明しきった。
停滞していた村人達には甘美な提案に見えたことだろう。説明したように楽な道ではない。
当初、よそ者には比較的きつい仕事が回されるのは容易に想像できる。
それでもこの提案は村人にとって、魅力的に映る。
「「おー!!」」
「俺はついて行くぞ!」「こういう機会は待ってたぜ!」
ドナウが一歩進み出て、村人の総意として答えた。
「…私達はあなたについて行きます、族長」
真っ直ぐ俺の目を見て、そう言った。
それは長年頼らない族長の代わりに一族を纏め上げ、影ながら支えてきた覚悟を持った目をしていた。
俺は何となく適当に答えてはいけない。そんな気がした。
「そうか。決断したからには後悔はさせない」
俺達は頷き合う。
それから族長の引き継ぎには正式な手順があるようで、ヴォルガと二人で祠に入った。
外から見れば洞窟のような入口であったが、中に入ると快適な気温で、外壁は平らに整っている。さらに見たこともない文字が壁に刻まれ、古代の遺跡のような雰囲気がある。
古くからそこにあるのに、風化や劣化した箇所は見当たらない。これが人の手で作られたとすれば、古代の人々は現代を遥かに凌ぐ技術力を持っていたことになる。
俺が思考の海に没頭していると、ヴォルガから袖を引かれ、現実に押し戻される。
「こっちだよ。中心にある祭壇の前でベレヌス神に祈るんだ。
守は王国民だから、スピカ神を信仰しているの?」
信仰か。
日本にいた頃から特に信仰はない。日本人にありがちな無宗教だった。
あえて挙げるとすれば、こちらの世界に引き込まれた時に聞いた女性の声。
あれが神ならば、信仰してもいいかな。この世界に転移してから大変だったが、刺激がある毎日だ。妻がいない日本より充実している。
教会ではスピカ神を信仰していた。
茜のお宮参りの時は、教会式の祝詞を唱えたからスピカ神へ祈りを捧げたのかな。
日常的には祈ってないから、無信仰でいいだろう。
「いや、特に信仰している神はいない。会ったみたい神はいるがな」
俺は思っている感情をありのまま伝える。
「よかった!それなら一緒にベレヌス神に祈りを捧げようよ。このまま信仰してもいいんじゃない?
ベレヌス神はすごいんだよ。光と火を司る太陽みたいな神様なんだ。
私達、太陽の民一族がずっと昔から祈りを捧げてきたんだよ」
「実際に会ってみないと決められないな。現実主義なもので」
「アハハ!守は面白いね。神様には会えないよ!
たまに声は聞けるけどね」
無邪気に笑うヴォルガ。
信仰は俺に向いてないな。
それにしても声が聞けることがあるのか。そういえば血液操作が発現した時も声が聞こえたような…。
今、思い返せばあれは俺をこの世界に呼び寄せた時に聞いた声と似ていたと思う。
次に聞こえてきたら質問してみよう。会話出来るか怪しいけどな。
俺達は二人で祭壇の前に跪き、手を組んだ。
「聖ベレヌスよ。
あなたの子、ヴォルガは代替わりの儀を持って、守に長としての力を譲渡しました。
これからは守が一族の長として、あなたの声を聞き、一族を導きます。
願わくば、守に太陽の民の祝福を…」
ヴォルガが祈りの言葉を紡ぐ。
話が大きくなったいる気がするが、水を差すのはやめておこう。
祭壇から後光のような眩しさを感じる。
ヴァンガは一種のトランス状態に陥っているようだ。あれは何だと聞こうと、体を揺すっても反応がない。
すると次の瞬間、頭に声が響く。
ーーーお前が、守か。『¥>%』から話は聞いていたが、面白そうな奴だ。
俺の力は貸せないが、力を授けよう。友に頼まれてな。おっと、これ以上は言ってはならない約束だ。
俺の子達を頼むぞ。
ーーー待ってください!あなたは?誰から話を聞いていたのですか?!
ーーー勝手に話したら後でドヤされるのでな。いずれ分かるだろう。それまで精進することだ。またな。
一方的に会話は終わった。
祭壇から後光が収まると、薄暗い暗闇が戻ってきた。頭の中に響いた声は間違いなくベレヌス神だろう。またな、ということは会う機会があるのか…。
今考えてもしょうがない。切り替えよう。
「守と一緒だと、ベレヌス神のお声が聞けた!すごいよ!」
ヴォルガが興奮している。
声を聞いたのは俺だけじゃなかった。
力を貸すと言ってたな。何ができるようになったんだろうか。
「代々、族長には『太陽の加護』っていうタレントが発言するんだ!
族長は守だから私のタレントが引き継がれて…アレ?まだ私が持ってるみたい。
それなら守は何を授かったんだろう…?」
ヴォルガが人差し指を顎に当てて、首を傾げている。
俺は意識を集中させ、体の隅々まで魔素を行き渡らせる。何となく直感的に分かったかも。
掌を前に突き出し、呪文を唱えた。
「火魔法『火球』」
拳大の炎の塊が掌から発出される。
「魔法が発言した…。魔法が使えるぞ!」
俺は思わずガッツポーズしてしまった。
今まで防御特化の地味なタレントや血液操作といったおどろおどろしい能力だった。
ここにきて、王道である魔法を習得できるとは!
ヴォルガのような複合的な魔法ではなかった。太陽の民ではない部外者は加護までは貰えないのかもしれない。
いいさ、配られたカードで勝負するだけだ。
「すごいよ!さすが私の旦那さんだ!
ベレヌス神から直接タレントを授かるなんて聞いたことないよ」
「待て。俺は旦那になったつもりはない。
今は居ないが、子供だっているんだ。奥さんだって…いたんだ」
「えー、そうなの?まーいいいよ。
私は細かいことは気にしないから!」
「気にしろ!とにかくみんなの前で変な事言うなよ。
砦に戻ったら怖い人がいっぱいいるんだからな…」
俺は先の戦争であったマリアさんが放った水蒸気爆発を起こす魔法の話を聞かせると、ヴォルガは大人しくなった。ごめん、マリアさん。
こうして俺達のチームに新たな仲間、ヴォルガが加わった。要塞の攻略にも着いて来てもらおう。
近距離戦闘に加え、使い所は選ぶが強力な中距離攻撃を持ち、回復魔法まで使える人材だ。要塞で戦闘があった際には活躍してくれるだろう。
本人も村の外に出れると、やる気を見せている。
遊びじゃないんだけどな。
俺との距離感が近いヴォルガを見て、ローズと一悶着あったが、他のメンバーには概ね良好な関係だ。
裏表のない性格と憎めない性格をしているためだろう。
森を抜けると、要塞は目の前だ。
気を引き締めて行こう。
異世界日記 858日目
ひょんな事から太陽の民の族長になっちゃった!
またカザンにも相談せずに一族丸ごと受け入れちゃったよ!どうしよう…、なるようになるか。
ヴォルガという強力な味方が加わったし、要塞攻略頑張るぞい。
すみません、明日から不定期更新になります。
2日に1回ペースは1ヶ月しか持たなかった…。
どうか生暖かく見守っていただけると幸いです。




