40話 太陽(一)
異世界生活 857日目
「止まれ! ここからは我々の領域だ。
何人たりとも立ち入ることは許さぬ」
大木がいくつも並び立つ森の中。
唐突に頭上から警告を浴びせられた。
見上げると、枝に何人もの人影がこちらの挙動を観察している。中には弓で狙いをつけている者もいた。
反射的に戦闘体制を取る味方に、手を広げて制止する。
「俺達に敵意はない。森を抜ける途中だった。
一つお願いがある。あなた方の村で補給と休憩をさせて欲しい。
代表者はいるか?」
俺は声を張り上げる。攻撃されない限りはこちらから手を出さないように厳命していたはずだが、マントスは拳を打ち鳴らしている。
ちゃんと覚えているか不安だ。ローズに目配せし、マントスを後方に押し込む。
「私がこの場の代表だ。 村の掟は絶対だ。
部外者が村に入れる方法は『代替わりの儀』のみだ」
頭上から高圧的に男が答える。全員が仮面のような物で顔を隠しているため、表情は読み取れない。
それにしても随分と閉鎖的な村だ。交渉の余地無しとは。
それより、代替わりの儀、とは何だろう。
名前からして気軽に受けていいものでは無さそうだが、ここで補給地を確保出来るのは大きい。
閉鎖的ということは魔族にも内通していない可能性が高い。
要塞での作戦が成功し、脱出する場合、逃げ道の一つとして是非とも抑えておきたい場所だ。
「その代替わりの儀とは何だ? 生死に関わるのか?」
「掟により、こちらから話すことは何もない。
さぁ、受けるのか、ここから立ち去るか、選べ」
男は鬼気迫る雰囲気で二択を提案する。
皆の視線が俺に集中する。
仮面の者達からはゴクリと唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
迷っている暇はない。魔王軍が戦力を整える前に潜入しなければならない。
「…受けよう」
「「おぉ…」」
仮面達から感嘆の声が漏れる。
もしかして俺やっちゃいました?
「…そうか。ついてこい」
代表の男が先導し、後にぞろぞろとついて行く。
木の枝を渡り、時には崖を降り、道無き道を進んでいくと、ポツンと佇む石碑がある場所に到着した。
他に何もない所だが、ここが目的地だったようだ。
「凄い…。複雑で、とても古い魔法がかかっているわ」
ネネは石碑を見ると、驚いた声でそう言った。
俺が見てもさっぱり分からないが、分析に長けたネネが言うのだ、間違い無いのだろう。
「我ら太陽の民。我らに帰郷への道を示せ」
仮面の男がそう呪文を唱えると、石碑から光があふれ、眩しさに思わず目を瞑ってしまった。
次に目を開けると、俺達は村の入口に立っていた。
あの石碑が一種の転移装置の役目をしていたのだろう。
事態が飲み込めていない俺達に、ゆっくりと仮面を取り、ここまで先導してくれた男が話しかける。
褐色の肌をした精悍な顔つきの男だった。
「ようこそ。太陽の民の隠れ里、トナティウへ。
初めての来訪者だ。歓迎しよう。
申し遅れたが、俺はドナウだ。よろしくな」
ドナウから村の中へと案内される。
さっきまでの高圧的な態度から、うって変わり物腰が柔らかい。こちらが本来の性格かな。
失礼にならないようにさりげなく周りを見渡した。
子供の数が少ない…?中年や老人ばかりが目立つ。
「族長の元へ案内しよう。粗相のないように、とは言っても俺の妹なんだがな。
とんだはねっ返り娘でな…、まぁ頑張ってくれ」
ドナウはご愁傷様と言わんばかりの哀れみの表情だ。族長の家に着くや否や、勢いよく扉が開いた。
「おう!よく来たな!
お前が代替わりの儀をするのか!?」
そこには良く言えば男勝り、悪く言えば乱暴でがさつな女性がいた。
例に漏れず褐色の肌で、二十歳くらいだろうか。
肉感的な身体をしている。
その女性がマントスに対して絡んでいる。
あのマントスが後手に回っている。これは厄介なことになった。
「何?!違うのか!? じゃあお前か!?
私はヴォルガってんだ!よろしくな」
目が合うと自ら名乗り、話が進んでいく。
日頃からドナウの苦労が目に浮かぶ。
「それより、代替わりの儀とは何だ?」
俺は気になっていことを聞く。
「簡単に言うと、族長の座をかけて戦う儀式だ。見て分かる通り、この村には若者や子供が少ない。なかなか生まれないのだ。
村の存続のために、外部の血を取り入れる為にある制度なんだが、いかんせん挑戦者がいなくて困っていた。今回は初めて現れた挑戦者なんだ」
族長であるヴォルガの代わりにドナウが答える。
ヴォルガは仰々しく頷いているだけだ。
こんな大事になるなら、先に言って欲しかった。
文句を言ったら、先に言ったら断られると思ったらしい。
こいつ、確信犯だ。真面目そうな顔をしてとんだ食わせ者じゃないか。
「私の妹ーヴォルガはこう見えても族長だ。つまりはこの村で最も強い。油断はせぬように」
「せぬように!」
ドナウが親切に忠告してくれた。その後にヴォルガがオウムのように繰り返す。
薄っすらと俺に勝って欲しいような雰囲気を感じる。
「勝負は明日の正午!
それまではゆっくり村の見学でもして、くつろいでくれ」
「くれ!」
相変わらずヴォルガは胸を張っている。
急いではいるが、皆のいい休養になるだろう。
流れに任せよう。
「分かった。お手柔らかに頼む」
ヴォルガはニヤリと悪い笑みで返す。嫌な予感しかしない。
それから俺達は村で思い思いの時間を過ごした。
外の人間が珍しいからか、村の数少ない子供達が隠れてこちらの様子を伺っている。
俺は手招きして、一緒に遊ぶよう提案すると、子供達が笑顔で駆け寄ってきた。
特にノノは大人気だ。
子供と同じ目線でかけっこや隠れんぼで遊んでいるが、アレは素だろう。マントスは片腕に何人もの子供達がぶら下がっている。みんな楽しそうで何よりだ。
翌日、指定された村の祠の前に集合した。既に取り囲むように人垣が出来ている。
ドナウが審判を務める。緊張した表情だ。
一方、ヴォルガはリラックスして自然体でいる。
俺はヴォルガと向き合った。
みんなは人垣の位置まで下がり、戦いの合図を待っている。
「二人とも準備はいいか?」
ドナウが最後に俺達に声をかけた。
「もちろん」「いつでもどうぞ」
「ベレヌス神よ。この戦いをあなたに捧げます。どうか私達を見守りください。
それでは…はじめ!」
開始の合図と共に、ヴォルガの蹴りが目前に迫る。
予想よりも速い。
右手で蹴りを弾き、反撃に移ろうとすると空中で捻りもう一方の足から蹴りが繰り出される。
それも防ぐと、空中で一回転し、距離を取られた。
獣人のローズやノノと比較しても粗食ない速さと身のこなしだ。
ムエタイのような構えだ。蹴りが主体なんだろうか。まだ小手調べのようで、余力を感じさせられる。
「なかなかやるね。 次は本気でいくよっ!」
「荒ぶる炎よ、我の矛となり、敵を打ち破れ。
眩い光よ、何人たりとも通さぬ、我を守る鎧となれ。
複合魔法『炎光武装』」
四肢からは炎が立ち昇り、その熱量は距離をあけても感じられる。
身体は光輝く服装となり、その強度は全くの未知数だ。
次の瞬間、ヴォルガの体がブレた。
いや正確には何重にも重なって見えた。
俺の防御をすり抜けて、ヴォルガが攻撃が通った。
炎による熱と衝撃で鈍い痛みを覚える。
「おかしい。確かに防御したはずなのに」
「守はタフだね! フフフ、驚いたでしょ?
私はよく分からないけど、光と熱で屈折させるとこんなことが出来るんだって!」
自らネタばらしをしてくれるとは予想外だ。
ドナウが頭を抱えている。
透過したのではないなら、そこに存在しているのなら、いくらでもやりようはある。
今度はこちらの番だ。
「『鉄血武装』」
守の周囲に血が螺旋状に旋回、収束していく。
鎧の上から肉付けする筋肉のように覆われる。
鉄と血が混ざり合い、脈動した。
フォルカスとの戦いで、披露したそれは砦の兵士達から鉄血の騎士と呼ばれた。
魔素の操作をフォルカスから習い、血液操作に応用し、さらに磨きをかけた。
反撃開始だ。




