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異世界育児  作者: 葉山 友貴
第一章 育児奮闘・開拓編
39/91

38話 砦(四)

 互いに決め手に欠ける攻防が続いていた。


 俺とウルフは連携することでフォルカスの攻撃をまともに正面から受けないようにして、何とか(しの)いでいた。

 ノノからの援護はあまり期待出来ない。

 フォルカスが魔法の気配を感じると、真っ先に狙われ、発動には至らない。

 何度か繰り返されると、嫌でも気付く。

 フォルカスは魔法を発動するタイミングが読めるのだ。実に厄介な敵だ。


 それでもフォルカスの攻撃を掻い潜り、ネネが精神魔法を当てることができたが、レジストされてしまった。遠距離攻撃では効果が薄いらしい。

 近距離で相手に触れながら魔法を発動すれば効果はあるようだが、この(フォルカス)には危険すぎる。


 一方で、俺とウルフの攻撃も見事に防がれていた。

 受け流され、カウンターを狙われたりと一瞬たりとも気が抜けない。


「いいぞ。本気で戦える相手は久しぶりだ。楽しませてくれ」


 フォルカスの鎧の隙間から熱気が立ち昇る。陽炎のようにゆらゆらと揺れて見える。

 集中する立ち姿が、隙と感じたのだろう。


 ローズが一気に距離を詰める。

 一筋の矢のように駆け、短剣を突き出した。全体重を乗せた一撃は、鎧の隙間に確かに差し込まれた。

 仕掛けた側のローズが首を傾げている。フォルカスは何事もなかったかのように振る舞っていた。

 ローズが急にハッとした表情になった。


「守さん!こいつの正体は…」


「秘密をバラしてもらっては困るな」


 何かを言いかけたローズに、フォルカスが迫る。

 すれ違い様に腹部に当て身を食らわすとローズは一瞬で気を失った。

 どうやら命までは取る気がないらしい。

 ローズをこちらに引き渡すと、仕切り直しだと構える。

 対峙した瞬間、本能的に悟った。

 このままでは負けると。


「…雷電二式(らいでんにしき)


 体内の魔素を循環させることで、身体能力を向上させる技だ。血液操作が発現してからは出番が少なかった技を発動させる。そこまでしないと瞬殺されかねないと思ったからだ。ただし、これは時間制限付きだ。


 ウルフは独断で狼形態に変化した。最も動き易い姿へと変えなければとウルフも何かを感じとったのだろう。

 

「これで邪魔者は消えた。そこの猫人族達も邪魔するなよ。我はただ強い者と戦いだけだ」


 フォルカスはネネとノノにそう警告した。


「…二人とも下がってくれ。 俺とウルフでやる」


 下手に援護して、フォルカスの反感を買ったら大怪我で済まないかもしれない。

 ネネとノノがその場を離れると、戦闘が再開される。雷電二式を発動していても反応するのがやっとだ。

 徐々にフォルカスの高速突きが俺の体に当たり始めた。このままではまずい。


 ウルフが俺を援護しようと、フォルカスの後方から突撃する。

 次の瞬間、フォルカスは反転。

 上段、中断、下段への三段突きをまともに受けてしまった。貫通はしていないものの浅くはない傷を負ってしまった。


「うう…。守、ごめん。オイラ油断した」


 ウルフは己を鼓舞しながら、立ち上がろうとする。


「ウルフ!もういい!

 お前のおかげで、ようやくこいつを倒せる算段がついた。俺一人で十分だ。

 後はゆっくり休んでくれ」


 俺はウルフに精一杯の笑顔で応える。


「さすが守…。それじゃあちょっと休ませてもらうよ」


 ヨロヨロと立ち上がり、砦の中に入っていった。


「ほう、算段があるのか。 早く見せてみろ」


 フォルカスは好奇心は隠さずにそう言った。


「まだその段階じゃないのでね。 それに奥の手は隠しておくものだ」


 確かに奥の手は一つ残しているが、不安定すぎてリスクが大きすぎる。可能な限り出したくはない。


「面白い。 やってみよう」


 そこからは一方的な戦いだった。

 こちらが一つ攻撃する度に二つ反撃を食らう。こちらの攻撃は完全に見切られていた。

 攻撃力、速さは全く歯が立たないが、一つだけ。防御力は俺が勝っている。

 急所だけは避けて、致命傷は負ってなかった。

 こうなったら、肉を切らせて骨を立つ作戦だ。相打ち覚悟で相手の攻撃に合わせよう。


「…本当に頑丈だな」


 フォルカスはため息混じりに呟いた。


「それだけが取り柄でね」


 俺は軽口を返す。

 刃を交えながら、俺達は会話をしていた。

 根はそんなに悪い奴じゃないのかもしれない。出会いが違えば友達になれたかもしれない。

 だが、それはもしもの話だ。


「そろそろ終わりにしよう。正真正銘の全力だ。

 隠し玉があるなら出しておいた方がいいぞ」


 フォルカスの全身を覆っていた鎧が弾け飛んだ。

 中からは、額に小さなツノがある少女が現れた。その少女を中心に視認できるほどの魔素が立ち昇る。

 どう見ても鎧が大きすぎた。おそらく鎧の中を魔素で満たし、手足のように操っていたのだろう。


 次の瞬間、残存を残して消えた。


 なに!?

 回避は間に合わない!


 気がつけば、スローモーションのように俺の右腕を狙う槍が見えた。

 とっさに利き腕を庇い左腕を犠牲にした。


 衝撃で吹き飛ばされる。


 地面を何度も転がり、城壁にぶつかって止まる。

 左腕の骨が粉砕していた。動かそうとしてもピクリとも動かない。自分の腕じゃないみたいだ。だが、生きている。右手も動くぞ。

 リスクを恐れてる場合じゃないな。


 俺は心臓の位置を右拳で叩く。

 左胸にはケルベロスの宝石を装着していた。


「…暗黒魔法『狂戦士化(バーサーカー)』」


 ドクン


 鼓動の音が頭に響く。


 ドクン、ドクン


 やけに大きい音だ。

 鼓動と共に徐々に意識が保てなくなる。


 ドクン、ドクン、ドクン


 視界が赤く染まる。



「グ、ギ、ギギ。 グルルル」



 その口からはおそよ人の言葉ではない唸り声が漏れる。

 自分を俯瞰して見ているようだ。

 俺は体の制御を手放した。


「お、お前は何だ? この魔素の量は!?」


 フォルカスの声色からはこの戦闘で初めて見せる焦りが感じ取れた。


「グ、ギャギャアアアア!!」


 『俺の形をした何か』の周りに、螺旋状に血が舞う。

 それは徐々に収束し、俺の体に纏わり付いた。

 元は血液だったものは筋肉のように収縮を繰り返し、黒い鎧と融合。一つの形が完成した。


 最初に目を引くのは大きな両腕だ。

 両腕は二回り以上肥大化し、地面すれすれまで成長していた。

 さらに血液の筋肉は全身に張り巡らされている。

 真っ赤な目に、ニヤリと広角が上がった状態で表情は固まっている。


「ギギギ」


 溜めを作った後、一気に跳躍し距離を詰める。


「意思無き獣には負けんぞ」


 フォルカスの渾身の突きは、大木のように太い腕に弾かれる。

 そのまま巨大な質量を伴った拳を叩き込まれる。

 フォルカスは、大量の魔素を防御に回し、威力を軽減してもなお少なくないダメージを負っていた。


「ぐ、はぁ」


 いつぶりだろうか。このような窮地に立たされたのは。フォルカスは自身の記憶を探る。

 そうだ、魔王様と戦って敗れた時以来だ。

 あの時からは強くなったと思っていたが、上には上がいるものだな。


 一瞬で異形の姿した何かが、目前まで迫っていた。容赦ない追撃がフォルカスを襲う。

 何度も拳を打ち込まれ、視界が目まぐるしく回転する。嵐のような攻撃から離脱すると、意識が混濁していた。


「強くならないといけないんだ…。

 我は、私は、ミレイアを守るんだ…」


 ミレイア?


 自分の声にハッとする。

 懐かしいようで暖かな響きだ。

 何か大事な事を忘れてしまったような焦りを感じる。

 思案したのは一瞬のことだった。


 戦闘中では一瞬が命取りとなる。

 気を引き締めたフォルカスの目の前には信じがたい光景が繰り広げられていた。

 異形の者が、何もない空間に向かって攻撃したり、苦しんだりしている。


「何だ? 何と戦っているんだ?」






 俺は、俺自身と戦っていた。

 フォルカスは自分の信念に従い戦っていたように感じた。

 俺が、フォルカスに追撃しようとした時、頭に茜の顔やマリアさん、村のみんなの顔がよぎった。

 このまま勝っても、胸を張らないな。

 体の主導権を握るためのせめぎ合いが始まった。

 一進一退を繰り返し、少しずつ体の感覚が戻ってきた。


「グ、ギ、ギ。

 …ひっ、こ、んで、ろ。


 ふうぅ…、迷惑をかけたな。

 これからが本番だ」


 血液を筋肉として纏うやり方は覚えた。

 バランス良く全身に張り巡らせれば効率はより上がるはずだ。

 先ほどよりも細い螺旋状の血を身に纏う。

 それは一つの境地に達した。



ーー鉄血(てっけつ)の騎士



 大戦において、連合軍の窮地を救った者の名をあげよと言われれば、皆がその名を口にするだろう。

 鉄と血を身に纏い、戦場を駆け抜けた。

 強靭な魔族を退け、人々に希望を授けた。

 人々は歴史に名を刻む英雄たるその姿を忘れはしないだろう。







 フォルカスは地面に寝転がりながら、空を見上げていた。

 完敗だ、全力を出し切って負けた。


「我の負けだ。 とどめを刺すがいい」


 フォルカスは静かに目を瞑った。

 しかし、いつまで経っても攻撃はこない。

 その代わり頬を指でつつかれているようだ。


「む。

 な、何をしている? 早く留めを!」


 ゆっくりと目を開けると、頬っぺたを摘む守と目があった。それを手で払い除けて、体を起こす。


「断る!俺には娘がいるんだ、まだ小さいがな。

 魔族とはいえ、少女は殺せない。

 それに第二砦は落とされたが、死傷者の数が圧倒的に少ない。お前のおかげなんだろ?」


「ち、違う。

 無駄な殺傷(せっしょう)が嫌いなだけだ!」


「やっぱりそうだ、決めた! 俺の村に来い!

 戦ってみて分かった。お前は悪い奴じゃない。俺が勝ったんだから、言うことを聞け」


 村で過ごす暮らしを想像した。悪くないかも知れない。でもダメだ、私が行っても受け入れられるはずがない。


「なんだと!? 人間と魔族は、戦争中なんだぞ?

 それに村人が納得するはずないだろう」


「それは後から考えよう。とにかくもう決めた。あとで妹も探してやるからな」


 守は自然とフォルカスの頭を撫でていた。

 フォルカスは困惑しながらもされるがまま、どこか浮かれた気持ちを隠さないでいた。

 それに、妹。私は一人のはず…だ。

 過去の記憶はないが、家族はいない。


 戦って負けたし、大人しく着いて行くか。

 このまま魔王軍に戻っても懲罰が待ち受けているだけだし。


 守に影響を受けたフォルカスは楽観的に決めてしまった。

 なんだか気持ちが軽くなったようだ。

 守とは不思議な人間だな。フフッ。






異世界日記 838日目

今回の敵は強かった。

今までで間違いなく一番強かった。

そしてまた後先考えずにやってしまった…。後でカザンに怒られるかな。

苦しそうな助けを求めているような顔を見たら思わず村に誘ってしまったけど、後悔はしていない。

なるようになるさ!



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