35話 砦(一)
異世界生活 832日目
マリアさんの魔法で魔物の進行が一時的に止まった。
この好機を逃してはいけない。
足を止めた魔物達に激昂しながら指示を飛ばしている指揮官らしき魔族を見つけた。
よく観察すると、一定の集団ごとに指揮官のような魔族が付いていることに気付いた。
「テオ! あの魔族を狙えるか?」
俺は遠距離攻撃部隊からテオを呼んだ。
この距離では狙いを定めず、山なりに放つ矢が基本だ。個を狙う通常の矢は届かないが、テオは特別だ。
「…出来ます!やってみせます!」
テオは目を瞑り集中すると、弓に矢をつがえた。
「風魔法『飛翔矢』」
弦を引き絞り、弓から放たれた矢はぐんぐんと飛距離を伸ばし、魔族の頭に吸い込まれていった。
虎のような魔物に跨っていた魔族は頭から矢を生やし地面に落ちる。
成功だ!
訓練場でたくさん練習していたからな。立派な武器に成長した。
魔族が倒れると、その周囲いた魔物達は統率を失ったように同士討ちを始めた。その場から離脱する魔物もいる。
魔族が魔物の近くに配置されていたのは、魔法などで魔物を操っていたからか?そして、その魔族が死ぬとその魔法が解けると考えていいな。
その後もテオは次々と長距離狙撃を成功させていった。
「テオ、よくやった。 よくここまで精度を上げたな。あとは休憩して、魔素を回復しておいてくれ」
テオは魔素が無くなるまで狙撃を続けた。
弱い魔法は魔素の消費が少ないが、それでも日に何度も発動すれば、魔素は尽きる。
魔法が再び使えるまでの魔素の回復(蓄積)には個人差もあるが、数日はかかる。
俺は事前にカザンに相談し、魔素の問題をクリアしていた。
一緒に魔の森を探索し、大量に魔素を溜め込んだ植物やキノコを採取してきていた。これを食べることで一日で回復できることは確認済みだ。
テオの活躍で、魔王軍の一角が崩れたがそれでも母数が多い。再び動き出すと、砦の近くまで迫っていた。
ここは最も外周にある第一砦。
砦は全部で三つあり、魔物が砦を突破する前に放棄し、次の砦で迎撃する作戦だ。
次はゼオの番。目的の場所まで魔物が進行するのを見計らい、
「串刺草!」
一瞬にして、地中から鋭利な茎が生えた。事前に埋めておいた種を一気に成長させることで
三メートルほどの巨大な杭となり、魔物を貫く。
貫かれた魔物の中に魔族もいたようだ。その周囲の魔物が術から解放され、暴れ出した。
「もう一つ、噛み付き草改一式!」
ボコボコと地面から生えてきた。蛇のように頭をもたげると、近くにいた魔物に襲いかかる。
以前、ワイルドボアに使った噛み付き草とは異なり、これは魔素を吸い取る。実がなれば吸い取った魔素が濃縮され、魔素の回復薬となる。
ゼオは魔の森で、植物の品種改良に取り組んでいた。試行錯誤の末、失敗と成功を繰り返し、様々な状況に対応できる植物を作り上げていた。
魔素を吸い取られた魔物達は動けずにいると、後続の魔物に踏み潰される。魔物を操る術は正常な判断さえも奪ってしまうのか。
「ゼオ、もういいぞ。ありがとな。
お前ら二人は、本当に成長したな、努力の賜物だ」
ゼオにも休憩を指示し、テオとゼオの二人はその場を離れた。
「ゼオ、やったね…」「ああ、俺達頑張った成果がでたな…」
「嬉しいねぇ」「嬉しいなぁ…」
二人は互いを褒め合い、肩を叩き合った。
俺はこれまでに分かった情報をまとめ、司令部に伝令を送った。今後の戦い方は変わってくるだろうな。
その後、方針を魔族狙いにしたことにより、砦に張り付かれることはなく一日目は終わった。魔物の同士討ちによる混乱で一日持ったと思う。
※
ーー魔王軍陣営にて、
魔王軍の長とその幹部が集結していた。
「アムドキアスよ。あの脆弱な砦は、まだ落とせないのか?」
禍々しい玉座のような椅子に座る魔族はアムドギアスに問いかけた。
「ハーゲンティ様。下級魔族が次々とやられ、魔物が同士討ちを始めました」
「ほう、傀儡の術を見破った者がいるのか。人間を侮っていたが、なかなかやるじゃないか。その程度、全体の戦況に影響はないがな。
初日は花を持たせてやろうじゃないか。フハハハ」
戦場に木霊するハーゲンティの高笑い。
長い戦いが始まった。
※
二日目。
この日は開始からいきなり苛烈を極めていた。
砦に迫り来る魔物達。昨日より圧か増しているように感じる。
ついに、砦に張り付かれた。
もう少し貯めて…、
「血液操作、解除!」
そこに現れたのは巨大な落とし穴だ。底には杭を設置して置いた。
俺の血液を混ぜた魔物の血を薄く伸ばし、蓋のように穴を覆っていた。
魔物達が殺到したところで蓋を解除。重力に従い、落ちていった次第だ。
その落とし穴も後続の魔族が重なるようにして、穴を埋めていく。物量作戦にもほどがある。
「…ここはもうダメだ。第二砦まで撤退するぞ」
砦の上から投石を続けていた隊員達に声をかける。
「撤退の時間は俺が稼ぐ。
『血人形創造 ーモード:壁』」
落とし穴の蓋に使っていた血から赤いゴーレムが十数体出現した。ゆっくりと魔物達に向き合うと、ゴーレム同士が肩を組み、壁が出来上がる。
「今のうちだ! 誰か、魔素回復薬をくれ!」
噛み付き草改一式の実をかじりながら、隊員達と撤退を開始する。魔物達の行手を阻むゴーレムの壁は十分な時間を稼いでくれた。
第二砦に着くと、二日目の終わりを迎えた頃だった。この二日間で俺の隊から死傷者は出ていない。
所感だが、魔王軍の一割は減らしたと思う。それでもまだ九万。相手が圧倒的に相手側が有利だ。
※
三日目。
俺の陣営の士気は高いだが、連合軍はそうもいかない。魔王軍の圧倒的な進軍を目の当たりにし、士気が落ちているようだ。
こういうときにミスは起こる。気を引き締めていこう。
連合軍は少しでも砦までの魔物の進行を遅らせようと、攻撃を加えながら徐々に戦線を下げているらしい。悪くないが、周囲の連携が求められる難しい作戦のように思える。急造の連合軍で、練度の高い動きが果たしてできるのか?
第一、第二の砦は放棄が前提で作られているため、簡易的な作りだ。魔物が砦内に侵入したタイミングで破壊し、魔物に打撃を与える段取りである。
第一砦は無事、成功したらしい。この作戦はバッカスが提案した。見た目と違い有能だったようだ。
俺達の隊は砦の上の有利な場所から攻撃を加え、魔物に張り付かれたら無理はせず撤退する方針だ。
本当の勝負は最後の第三砦で行う。それまでは温存しておこう。
「味方の兵が見えたぞー! もうすぐ魔物が来るぞー! まて、なんだか様子がおかしい!!」
見張りの兵が叫ぶ。様子が変だ。
ローズは見張り台を一気に駆け上がると、遠くに目を凝らした。
「守さん! 混乱して兵が逃げ出している! このままだと戦線が崩れる」
まずいな。何か手を打たないと。
「エキドナ、ローズ! 準備はいいか!? 出陣だ」
俺は二人を呼び出した。
「やっと出番ね。待ちくたびれたわ」
「守さん、見ててね。たくさん倒してくるよ」
意気込みは充分。
エキドナは砦の上に立つと、混乱した場を見渡した。落ち着いて右手を前に突き出した。
「闇魔法『真夜中の帳』」
エキドナが魔法を放つと、一定の範囲内にいる味方と魔物が暗闇のドームに覆われる。中の様子は全く見えない、完全な闇だ。
ローズは砦の上から直下、壁伝いに走る。滑るようにして地面に着地すると、さらに加速し躊躇せずに闇のドームに突っ込んだ。
ローズのタレントは暗殺者ーー『素早さ補正、気配隠蔽、不意打ち補正』を持つ。さらに獣人の特性である持ち前の嗅覚を生かし、暗闇でも活動が可能だ。
ローズの能力は、エキドナの闇魔法と相性がいい。エキドナが敵の視界を奪い、ローズが認識外からの一撃で葬る。
ローズは両手に短剣を握り、闇のドームの中を縦横無尽に駆け回り、次々と敵の指揮官を倒していった。エキドナが魔法を解除すると、味方だけがその場に立っていた。
指揮官の魔族を失った魔物達が暴れている隙に砦に逃げ込むことができたのだった。
「助かった…。 あんたはあの嬢ちゃんの知り合いかい? 会ったら礼を言っといてくれ。
あの子は恐ろしい、いや凄いな。何も見えない真っ暗闇の中で、呻き声と敵が倒れる音だけが聞こえてきたよ…」
どうやらローズは頑張りすぎたらしい。味方がドン引きしている。それでも多くの味方を助けたのは事実だ。これで少しは獣人の見方も変わるだろう。
いい汗をかいたとばかりに笑顔で戻ってくるローズ。服に付いた返り血が、いいアクセントになっている。
とんでもない獣人を引き入れてしまったか…?
味方にいるうちは頼もしい限りだ。
異世界日記 835日目
ついに魔王軍との戦いが始まった。
厳しい訓練に耐えたテオゼオや獣人組が活躍している。俺も負けてられないな。
ただ無理をするつもりはない。できる範囲で頑張ろう。




