34話 開戦
異世界生活 802日目
前線基地に到着した。
寝床を割り当てられたが、寝具などない。だだっ広い空き地のような場所だ。
テントを持ってきて正解だった。これからどのくらいの期間、戦うのだろうか。たまには茜とシモンをちゃんとした寝床にも寝かせたい。
その辺の木を伐採して、日曜大工よろしく木のベッド作ってみた。子供二人分の簡易的なものですぐに作れた。これに藁を敷き詰めて布で覆えば、少しはましだろう。俺も色々と器用になったものだ。日本にいた頃は何も出来なかった。環境は人を変えるな、しみじみと思う今日この頃。
前線基地に着いた翌日、作戦会議に呼ばれた。正確にはバッカスが呼ばれ、付き添いとして同行させられた。
大きな天幕だ。中には三十人くらいの隊長格の軍人が揃っていた。
そこでは、王国軍と貴族軍の間で苛烈な言い争いの真っ最中だった。相変わらず自分ながら間が悪い。
「だから、最初から出し惜しみせずに全戦力で突撃するべきなのだ!」
「相手はあの魔王だ。なにか奥の手があるに違いない。ここは戦力を温存すべきだ!」
意見は極端に対立していた。
「おお、丁度いいところにきた。
では、ここはあの有名なバッカスに意見を求めようではないか」
「お主にしては名案ではないか。個人の武勇は百戦錬磨、軍を率いればどんな不利な状況も覆したというあのバッカスか!?」
バッカスは有名なのか。彼らが言ってるのは本当の話だろうか。噂に尾ひれがついただけなのでは?飲んだくれで有名とかいう落ちではないよな?
「嫌な役を押し付けられちまったな。
そうだなぁ、俺の意見の前に守、お前さんはどう見る?」
そして、急にバッカスから話を振られた。
「俺!?
…まず、情報が足りないからそこから教えてください。 王都では前線基地に行けば分かると言われました。
知りたいのは、敵の戦力、特徴、そして、私達の作戦です」
「守とは、お主のことか! 王からも言われておる。守はいい戦力になるはずだと。
さて、敵の戦力であるが恐らくは十万ほどだ。
特徴は強靭な肉体を持つ魔物と強力な魔法を行使する魔族で構成されている。
作戦は勇敢な騎士らしく正面から突撃するのみだ」
王国軍の隊長格の兵士がそう言った。壮年の兵だ、いくつもの戦場を経験したことがあるのだろう。
「何を言う!敵の戦力は約十二万だったのではないか!?ただでさえ戦力がこちらより多いのだ。様子をみつつだな…」
俺は唖然としてしまった。そして、直感した。
このままでは負けると。
敵の数は少なくともこちらの二倍。人間相手なら作戦次第で勝てる可能性もあるだろう。
しかし相手は魔物。ゴブリンやラビットなら問題はないが、魔の森にいるワイルドボア級、もしくはビックベア級がいるかもしれない。そこに魔法が加わったら全く勝てる気がしない。
しかもダメ押しは、突撃作戦。本当に優秀な王国兵なのか?
俺は危機感を覚えた。みんなを連れてきたのは間違いだったか…。
それに圧倒的に情報が足りない。敵勢力の数すら曖昧だ。
敵の指揮官、兵糧の量、補給路など多方面の情報が欲しかった。
恨むようにバッカスを見ると、俺にしか見えない角度でニヤリと笑った。
こうなるのを見越して俺に話を振ったな。やられた。
「…ありがとうございます。分かりました、まずは王国軍と貴族軍双方が協力して、様々な情報を集めましょう。それから作戦を立案するのはいかかでしょうか。
私は魔の森が近にある辺境村の出身です。日々魔物の驚異に怯えて暮らしています。毎年、魔物にやられて亡くなる村人もいます。
単体であれほど強靭な魔物が、集団で、それも軍を構成して襲ってくる。考えただけで恐ろしい…決して侮っていい相手ではありません」
俺が村に来て、狩人を担ってからは魔物にやられる事は無くなったが、過去にはあった事実だ。少し盛ったところもあるが、警笛としてはいいだろう。
双方の隊長は俺の話を静かに聞いてくれた。
「…分かった。そなたも異論はないな?」
王国軍の隊長格は貴族軍に話を持ち掛ける。
「仕方ない。魔物は怖いというのは理解したからな」
もしかして弱い魔物しか見たことがないのか?
自陣に帰ると、すぐにローズ達、偵察部隊を呼び出した。
「ローズ達にやってもらいたいことができた。危険な任務だが、みんなの命がかかっている。やってくれるか?」
「守さん、アタイはあんたの剣よ。
あんたはただ、命じればいいのさ」
実に頼もしい。
怯えや恐れはなく、気圧されてもいない。俺は心のままに命じた。
「敵軍のありとあらゆる情報を集めよ。
敵指揮官のクセ、趣味嗜好、なんでもだ。情報は俺たちの生命線だ。
では、行け!」
「「ハッ!」」
号令と同時にローズ達は散開する。今回は慎重な任務だ。ノノには行かせられない。
情報を集めている間にやることがある。
俺はバッカスのもとを訪れていた。
「バッカスは今回の戦争をどう見てるんだ?」
「お前だけにならいいか。誰にも言うなよ。
守も気づいていると思うが、どうもきな臭いところが多い。
開戦したとしても、暫くは様子見だな。何かと理由をつけて、前線には行かねえよ」
俺も同じ考えだ。ただし、俺達の場合は積極的に前線へは行かないが、好機があれば逃さない。手柄が必要なんだ。
バッカスとは有事の際の協力を取り付け、その場を後にした。有事の中にはもちろん、『撤退』も含まれている。
手柄は必要だが、死ぬつもりは毛頭ない。
自陣に帰ると、皆は戦闘に向けて武器の手入れ、訓練を行なっていた。マリアさんは茜とシモンの面倒を見てくれていた。
「パパ! だぁ する!」
「ぐわー!やられたー! 茜は強いな!そんな茜はこの大事な陣地の防衛を任せた!頼むぞ!」
「あー まかせる!」
茜はシモンにあげたはずの木剣を振り回している。シモンから借りた(強奪した)木剣だ。意気込みはすごいが、茜は連れて行けないな。上手く誘導できた。しかし木剣を持った茜もかわいいなぁ。
そんな光景を微笑ましく皆で見守る。
いつまででも見ていたいが、俺もそろそろ準備をしておく必要がある。
俺は一人、その場を離れ、林の奥に消えて行った。
※
王城の一室にて、
「報告します。守は前線基地に到着し、幹部と会議を行いました。
これから情報を集め、戦闘に挑むようですね」
王はスーツの男から報告を受けていた。
「ほう、堅実じゃないか。この戦力差は正面から当たればまず勝てない。お手並み拝見だな。
…英雄に足る実力か、見極めさせてもらおう」
王は腕を組みながら思考の海に沈んでいく。
※
俺は、ローズから一通り報告を受けていた。
なるほど、一枚岩ではないのはどこも同じだな。
それにしても優秀だ。
俺が言った通り、様々な情報を仕入れてきてくれた。ローズの勤勉で真面目な性格が隊の能力を底上げしているように思える。
ローズからの報告後、天幕に集まり作戦会議が開かれた。
「ここは様子見で行きましょう。
どうやら魔王軍に魔王は不在のようです。 伏兵の可能性も考えて、最初から全戦力を投入するのは危険だと考えます」
俺はローズが持ち帰った情報から結論を導きだした。持っている情報の全ては伝えない。俺達の切り札として残しておく。
「しかしだな…」
「俺の調査でも同じ報告を受けている。守の正しい。俺は守を支持する」
バッカスが賛同してくれたことが決め手となった。今回は当初、貴族軍が提案した戦力を温存する方針となった。ただでさえ兵の数が少ないのに、段階的に投入しては負けてしまう。積極的に仕掛けず、陣を築き、防衛戦をすることになった。要は、立てこもり作戦だ。
俺は穴を掘った中に杭を設置したり、返しのついた柵など様々なアイデアを提供した。
正面からぶつかることを良しとしていた王国軍は非難的な姿勢だったが、王の作戦で負ける訳にはいかないということで納得してくれた。
貴族軍からは好意的でないないが、一定の理解は示してくれた。こちらの軍の方がまだ合理的か。
あくまで中立でいるつもりだが、どうしても取り入るなら貴族軍だな。
こうして着々と準備が出来ていく。
まだ魔王軍の姿は見えないが、時間の問題だ。
間もなく宣戦布告だ。
地響きが聞こえてきた。地面が揺れているように感じる。
魔王軍の兵というより魔物達は時より雄叫びをあげながら進軍している。
その度に俺達の軍の士気が下がるように感じた。
俺でも怖い。強靭な魔物との戦闘経験が乏しい一般兵であれば恐怖を感じて体が強張ってもおかしくはない。
そして、ついに両軍が対峙した。
壮観である。
俺たちの軍は簡易的な砦を丘の上に築いため、魔王軍は見上げる形だ。
恐ろしい獣の形相に、荒々しい息遣いが聞こえるようだ。魔物の群れの奥に、人影が見える。
あれが魔族…見た目は俺たち人間と変わりないが、底知れぬ力を秘めているのだろう。
一人の男が異形の軍団から抜け出し、優雅にこちらに歩いてきた。砦の手前までくると、ゆっくりとお辞儀をして静かに話し始めた。
「私は、アムドキアス。 宣戦布告に参りました。 それともおすすめはしませんが、降参なさりますか?」
「降参はしない! 正々堂々戦おうではないか!」
代表として王国軍の大隊長が気圧されまいと、声を張り上げる。
「よろ、しい。
ここで降参を選ばれたら興醒めして、殺していたかもしれません。
では、あなたの臓物、楽しみにしていますよ」
ニヤリと口角が釣り上がり悪魔のように笑う。
そして、アムドキアスはどこからか取り出した巨大な角笛を吹いた。
戦場に響き渡る不気味な音色。これが戦いのファンファーレとなった。
角笛を合図に魔物の軍団が雪崩となって、砦に向かい進軍する。隊列も組まず、がむしゃらに走っているのか、統率はされていない。
俺達の部隊に任された持ち場はない。百人にも満たない軍にいちいち指示を出していられないのだろう。
遊撃部隊として自由に行動してよいということになった、ありがたい。
さりげなくバッカスの部隊も遊撃に加わっていた。
王国軍と貴族軍の混成軍ーー連合軍は号令と共に一斉に弓矢を放つと、魔王軍に雨のように降り注いだ。
また櫓の上から、魔物の群れに向けて次々と魔法を放つ。着弾を確認すると、轟音と共に土煙がもうもうと立ち昇る。
「やったか!?」
隊長の一人が言った。そのフラグだけは言ってはいけない。
煙が晴れると、そこには相変わらずの軍勢があった。若干数は減らしたものの、進軍の勢いは衰えていない。
「私の出番ね」
一人の女性が俺の魔法部隊の中から歩いてきた。
「マリアさん!?」
マリアさんは手に油の入った壺を重そうに抱えている。ちなみに、茜達は自陣の後方部隊に預けてきている。
「生活魔法『暖風』」
暖かい風が壺を浮かせ、魔物が密集しているところまで運んだ。
「生活魔法『点火』」
油入りの壺に火をつけると、炎となり空中で燃え上がった。さらにマリアさんは魔法を重ねる。
「これで、最後…。生活魔法『洗濯』
ーー複合魔法『爆発』」
雷に打たれたような、轟音。
一瞬何が起こったか分からなかった。
水気を含んだ霧が無くなると、魔物がいた場所に大きなクレーターのような穴が出来ていた。
魔法を放った張本人、マリアさんも驚いている。
「すごい…。練習ではもう少し小規模だったのですが、張り切りすぎたかしら。
家でお料理していた時に閃いたのだけれど…」
言い訳のようにマリアさんはそう言っていた。
マリアさんも怒らせないようにしよう。
この時から連合軍の兵士達がマリアさんに気を使いながら接するようになったことを後日、嘆いていた。
それにしても凄まじい威力。
この場にいる者で、あの事象を理解した者はいないだろう。
おそらく、魔法を応用した水蒸気爆発に違いない。
ニュースで見たことがある。
水は油より重く混ざり合わないため、底に沈む。さらに高温の油と接している部分から一気に気化し、油を弾き飛ばす。弾き飛ばされた油は、炎と共に吹き出し爆発する、という原理だったと思う。
ニュースでは料理中に起こった事故として紹介されていたが、マリアさんは自力で思いついたのか。実戦レベルまで昇華してしまうのが恐ろしい…。
このド派手な先制攻撃により、魔王軍の進軍速度を落とすことに成功した。
まだ戦いは始まったばかりだ。気は抜けない。
異世界日記 832日目
前線基地に到着したと思ったら、作戦会議に呼ばれた(バッカスが)少しは休ませて欲しいものだ。
戦争の素人から見ても、今回の戦争はやばいことはだけは分かる。風向きを慎重に見極めないと。
あとマリアさんだけは怒らせてはいけないことも分かった。これは今日一番の収穫だ。




