31話 盟約
異世界生活 539日目
大変なことになった。
王との約束により、町の新設にあたり戦果をあげる流れになってしまった。誘導尋問のような気もするが。
これをどうカザンや村長達に説明しようか…。
王都からの帰り道、ゆっくり観光する機会だというのに悩みのタネが消えず、俺は心から楽しめないでいた。
そんな守の後ろ姿をローズはずっと見ていた。
彼女が一世一代の決心を固めていたとは露知らず。
※
守一行は、獣人の子供達とマントス達が暮らす隠れ家へと帰ってきていた。
俺の村へ移住するか、答えを聞かせてもらうためだ。短い旅だったが、俺の人となりは分かってもらえたと思う。
子供達が懐いている様子を見ると、エキドナとマントスはうまくやっていたようだ。
俺は簡単な挨拶をして、これまでの経緯をみんなに伝えた。
「それで、方針は決まったか?」
獣人達の前でローズに問う。
すると、意を決した顔のローズは一歩前に進み出た。
胸の前で右の拳を包み込むように左手を組み、跪く。
「我は、犬人族のローズ。
古き盟約により、主の元へ馳せ参じた。
我は主の牙となり、何人たりとも通さぬ盾となろう」
ローズは声を張り上げ、口上を述べた。
すると、波打つように次々と獣人達が跪き、ローズに倣う。
獣人族には古い言い伝えがあった。
王国を建国した初代王は、仇敵を打ち破るために獣人の力を借りたという。
その史実は人の手により改変され、王国に残されてはいないが獣人族の間では口伝として親から子へ引き継がられていた。
当時の獣人達は王国が危機に瀕した際は再び集結し、力を貸すと約束して解散したのだった。
ローズはその歴史にならい、集結の儀を行った。
跪いた獣人達は何かを期待するかのように俺を見ている。ここは流れに乗った方がいいな。
こう見えて空気の読める男なのだ。
「我が名は守。助力、感謝する。
俺達の生活を脅かす、此度の敵は魔王軍だ。
お前たちの力を見せつけろ!その強靭な足で敵を蹴散らせ、鋭い牙で敵を蹂躙しろ!
さすれば安寧の地を約束しよう」
「「オオオオオォォォォォ!!!!」」
洞窟内で地鳴りのような雄叫びが響き渡る。
歓喜の叫びだ。
子供達までも可愛らしく咆哮を上げている。
ここに守軍最強の一団、獣人部隊が誕生した。
彼らは、後の大戦で目覚ましい活躍を見せることになる。
※
その後、数日をかけてマモル村まで帰ってきた。
獣人の中から子供を纏める年長者を数人同行させたが、大部分は洞窟に残して来た。
村での受け入れを準備してから迎えに行くためだ。カザンに何も言ってないからな…。あの数の住民が一気に増えたら、色々と混乱するだろう。万全とは言わずともある程度環境を整えてからにしたい。
「おかえり〜!」「おかえりなさい」「遅かったな!」
「その後ろの人達は誰だい?」
村人は守の帰りを待ちわびたように歓迎の言葉を口にする。
獣人達には俺が紹介するまでフードを被って貰っていた。不用意に村人を刺激しないようにするためだ。
「みんな、後で大事な報告がある。鐘を鳴らしたら、広場に集まってくれ。その時に紹介するから!まずはカザンに挨拶してくる」
ざわつく村人をよそに俺達はカザンの家へ直行した。
「カザン!今帰ったぞ〜!」
家の中にはカザンとアンナさんが揃っていた。
「マモル!無事に帰ってきて、何よりだ。
予定より遅いから心配してたんだぞ」
カザンが俺達の身を案じてくれていたことに心が痛む。色々と寄り道や事件が起きたからな。
「道中、色々あってな。それよりもカザン…大事な話があるんだ。驚くと思うけど、落ち着いてきいてくれ」
俺は冷静に淡々と説明しようと努めた。
「実は、魔王軍との戦争に参加することになった。
町の建造を認めるかわりに戦争で手柄を立てろと、王から直接言われてしまった」
「なに!? 王と謁見したのか!?
しかも戦争だと…?なんで守が?」
「戦争だって…!?」
いつもはどっしりと構えているカザンが珍しく動揺している。隣のアンナさんは口元を覆い絶句している。
「戦争にみんなを巻き込むつもりはない。俺とウルフ、最低限の人数で行くつもりだ」
ウルフが何か言いたそうな目でジトっとこちらを見ている。そういえばウルフには言ってなかったかもしれない。
「戦争を軽く考えるな。
俺は兵士として参加したことがあるが、あれは悲惨そのものだ…」
カザンは目を細めて遠くを見る。戦争で過去に何か酷いことがあったのだろう。
「もう王命で決まったことなんだ。これには逆らえない。ただ無理をするつもりはないよ。危なくなったらこっそり逃げ出すさ。あと、もう一つ報告がある。
みんな、入ってきてくれ」
カザンの家にローズ、エキドナ、マントスを始めとする獣人達が入ってきた。みんなフードを被ったままだ。
「な、なんだ? そいつらは…?」
「フードを取ってくれ」
俺の後ろ並んでいたローズ達は一斉にフードを取る。様々な特徴の耳が現れた。
「な、獣人…!?」「獣人…」
カザンや成り行きを見守っていたアンナさんまで驚いている。
「この者達を村人として受け入れたい。
ここに居る者は一部だ。全員で…ゴ、ゴジュニンくらい、かな」
最後の人数のところは、ゴニョゴニョと小さな声で誤魔化してみたが、聞こえてしまっていたようだ。
「五十も!?
俺は獣人に偏見はないが、村人全員がそうとは限らない。
ここは辺境の村だ。差別や偏見は少ないと思うが、嫌な思いをするやつはいるはずだ。
後は、マモル村の村人や他の村長達にどう説明するか…。食料や住む所も用意しないとな」
カザンは最初は驚いていた割に、次はどうすればいいかの話をしている。展開の早さに頭が麻痺しているのかもしれない。
「え…」「いいのか…?」
驚いたのは獣人達の方だった。互いに顔を見合わせている。拒否されるものとばかり思っていたが、今のところカザンだけとはいえ、受け入れて貰えたのだ。嬉しくないはずがない。
「村のみんなや村長達には俺から説明する。
食料は自分達で用意するから、カザンは住むところを作ってくれ」
「作れって簡単に言うけどな、相変わらずの出たとこ勝負だな。お前には借りが山ほどあるからな。まぁ、任せとけ」
カザンは胸を張り、自身の拳で叩いた。相変わらず懐の深いイケオジだ。
初めて人の優しさに触れた獣人もいるだろう。
下を向き、静かに泣いていた。
そんな獣人達をアンナさんが慰めていた。
すると次は、若い獣人は声を上げて泣き始めた。
あらあらと、困った顔を見合わせ、互いに笑い合った。
その光景を見て確信する。獣人と人は共に手を取り、生活していけるはずだ。
村の広場に移動して、戦争と獣人の話をする。
村人の反応はカザンよりも驚いていたが、次第に落ち着きを取り戻した。魔物の驚異に晒されている村民性というやつか、適応が早い。
次は、村長達だ。次回の村長会議の際に話すとしよう。事後承認にはなるが。
問題は食料だ。村人の数が倍に増えたのだ。圧倒的に足りない。
コムギ村に支援をお願いするとして、当面の食料を確保しなければならない。
魔の森に狩りに行こう。後は獣人達に狩りを教えて肉は確保してもらおう。それでも足りないな。
アレを出す時が来たか…。
茜が成長してから渡そうと思っていた、いざというときのために魔石を貯めていたのだ。
今、使わずしていつ使うのだ。
決心したはずだが、最後の踏ん切りがつかない。
茜がこちらに歩いてくる。
頭をポンポンと撫でて、パーパと呼んでくれた。
最後の後押しをしてもらった気がする。
行商人ビクトルさんを呼んで、食料の調達を依頼する。獣人、五十人が二ヶ月は生活できるだけの量だ。とんでもない量になる。
ビクトルさんは顔を引きつらせていたが、最終的には引き受けてくれた。
魔の森でマントス達に狩りを教えたりしていると、あっという間に村長会議の日がやってきた。
大事なのはインパクトだ。
人は最初に衝撃を受けると、その後は動じなくなる傾向がある。
よって、ある作戦を立てた。
ーーその名も『鷹の翼』大作戦
「『血武器創造-モデル:大鷲』」
背中から赤い大きな翼が現れる。
さらに、流浪の猫人族ニニによって強化された風の腕輪を発動させる。
何度もイメージはしてきた。
今の俺になら出来るはずだ。
「風よ。大空を駆ける助けととなれ」
風が俺の体だけではなく、翼にも纏わり付く。
そして、
俺は、
飛んだ。
やった!出来たぞ!
空を飛んでみたかったんだ…、このまま村長会議に乗り込むぞ。
まだ慣れていないため、完全には制御できない。
よろけながらも、会議の場所へと到着した。
外に来てくれと、大声で村長達を呼ぶ。
「守だ!みんな聞いてくれ!」
「守が飛んでる…」
「わしが長年研究しても出来なかったことが…」
村長達は空に浮かぶ俺を見上げ、ポカンと口が開いたまま固まってしまった。声の大きいガンテツまでが唖然としていた。
よしよし、驚いているな。上から見ると、なんだか間抜けな表情だな。
俺は空に浮いたまま、戦争のこと、獣人の移住についてこれまでの経緯を説明した。
「ガハハ!実に豪胆!気に入ったぞ!」
ガンテツは豪快に賛同してくれた。
「じ、獣人、五十人分の食料…」
獣人の件では流石に反応があった。
特に食料生産を一手に引き受けているコムギは目がキョロキョロと落ち着きがない。賢いコムギのことだ、頭の中で計算しているのだろう。
理解が追いついていないだけかもしれないが、この場で大きな反対は無かった。
食料支援の約束を取り付け、この場は解散となった。
異世界日記 575日目
ひとまず獣人達の受け入れに成功した。
鷹の翼作成が功を奏したんだな。
コムギには苦労をかけるが、彼女ならなんとかするとと思う。
戦争のことも考えなくちゃだ、憂鬱だ…。




