30話 王都
異世界生活 529日目
第二の町ランティスで、マントスとのタイマン後、身の上話を聞くうちに村に迎えることになった。
マントス達には、一旦ローズといた子供達のところへ行ってもらった。王都からの帰りに寄るため、子供達の世話を兼ねてだ。マントスだけなら不安だが、エキドナが居れば大丈夫だろう。
ランティスを出発してから、五日経った。
第三の町アリオリアはもうすぐだ。
ローズともすっかり打ち解けた。
道中時間はたっぷりあったから自然とローズの昔話を聞く機会があった。
どうやらローズ、エキドナ、マントスの三人は幼馴染みらしい。互いの獣人村が近かったため、小さい頃はよく一緒に遊んだそうだ。
しかし、突然、大規模な獣人狩りが始まり、三人は散り散りになってしまった。
三人が再開した時は、青年に成長してからだった。
それからまともな職につけず、盗賊業や用心棒の真似事をして、生計を立てていたらしい。すると、はぐれ者の獣人が集まり、いつの間にか大所帯になっていた。
俺の村に来たら、また三人で仲良くやって欲しいものだ。彼らには時間があるんだ、これから離れていた時間を埋めていけばいい。
そんなローズの話を聞いているうちに、アリオリアの門前に着いた。
町の中へ入ると、一筋の風が吹き抜ける。全身に風を受けて、マントがはためく。清涼感。
「気持ちいい…」「気持ちいいですね…」
「いーねぇ」「…!」
町のあちこちに風車が立ち並ぶ。
「ようこそ、風の町アイオリアへ」
目の前の光景に見惚れていると、門番から歓迎を受ける。
風の町、ピッタリの名前だ。常に風が吹いているらしい。実に爽やかだ。
さて恒例の宿探しだが、今回は抜かりない。エキドナから獣人が泊まれる宿を事前に聞いて来たのだ。
早速、お目当の宿を見つけると、問題なく宿泊の手配ができた。宿の女将さんもよく見ると獣人っぽい。
空き時間が出来た俺達は、露店が並ぶ通りに来ていた。何か掘り出し物があるかもしれないし、珍しい異世界のものを見るだけでも楽しい。
隅の方にあり、目立たずあまり繁盛はしてなさそうな露店を見つけた。
「そこのお兄さん。 その腕輪、ノノって猫人族から買った?」
露天の前を通ったとき、フードを被った店主から声をかけられた。店主は風の魔法が発現した腕輪の一点を見つめている。怪しいな。
「そうだけど? 君は?」
「うちは、ニニ。 ノノの姉だよ。 世界を回って武者修行中の身さ。
良かったら、ソレ手に取って見せてもらえないかい?」
なんと、まだ姉妹がいたのか。動物は子供が多いって聞くし、獣人も子沢山なのだろうか。
やや警戒しながら腕輪を渡すと、太陽に透かしたり、虫眼鏡のようなもので覗いたりと忙しく鑑定している。
「ほほう、あの子も腕を上げたね。
でも私ならもっとうまくやれる。まだこの子には伸び代があるよ。
ねぇ、この腕輪、うちに預けてみない?」
「…分かった。大事にしてくれよ」
会ったばかりの人を信用するのはどうかと思うが、フードから覗く耳と尻尾でノノの関係者であることは間違いない。俺は、二つ返事で了承した。直感だが、こうした方がいいと思った。インスピレーションは大事にしていきたい。決してその場の雰囲気に流された訳ではないよ?フードの中の頭をもふらせてくれるかな、なんて思ってないよ?
「いいね、あんた気に入ったよ。
時間はそんなにかからないよ。明日の昼にまたここに来な」
こちらを見ずにそう告げると、腕輪を見ながらどこかへ行ってしまった。俺、騙されてないよね?大丈夫だよね?
その日は町を堪能して、宿に戻った。
※
翌日、待ち合わせの露店へ行く。
「待っていたよ。 腕輪は出来ている。待っていきな」
よかった騙されてなかった。
腕輪を受け取り、眺めてみる。一見すると変わらないように見えるが、宝石の部分が風で渦巻いているような錯覚に陥る。以前よりも存在感というか、力が増しているように感じだ。
「ほう、あんたも分かるかい? ノノに会ったらよろしく伝えといてくれよ」
言いたいことを伝えると風のようにどこかへ行ってしまった。お代はいいのだろうか。嵐のような人だったな。
後は、食料や日用品など必要なものを揃え、アリオリアを出発した。
次はいよいよ王都だ。
ウルフとローズがいたおかげで、盗賊や魔物に奇襲されることもなく順調に進んだ。
さらに、五日経ち、王都に到着した。
城門の外からでも分かるくらい巨大な城。
白亜の外壁は壮観で美しく、見るものを圧倒させる。静寂で堂々としたその姿。
中心に城があり、その周囲に城下町がある。
町の外周には城壁があり、東西南北に城門が立つ。
「王都にふさわしい佇まいだ」
門番に頼み込んで、城壁に登らせてもらった。上から王都を一望すると、思わずそう呟いた。
目的は王への陳情であるが、王国一の町並みを見て回りたい。
珍しくマリアさんが落ち込んでいる。
宿探し、ここからはマリアさんが案内してくれるはずだった。
結論から言うと、俺たちは途方に暮れていた。
マリアさんが前に来た頃から街並みは変わり、泊まる予定だった宿は無くなっていた。八年も前だ、変わって当然だ。
ましてやここは王国の中心。人気や流行などが廃れるのも早いのだろう。
大通りを抜けると、大きな広場に出た。
広場には巨大な魔法陣が設置されており、一般人が入れないように柵と見張りの兵士がいた。魔法陣の一部が欠けており、修復作業を行なっているようだ。幾何学的な模様で不思議と見たことがあるような既視感がある。どうしてだろう。
「あ、これが別の世界から召喚者を呼び出す魔法陣です。召喚の儀式の際は、見物しようと広場に大勢の人が押し寄せるらしいですよ」
失敗を挽回しようと、マリアさんが詳しく説明してくれる。
「うーん」
腕を組み、唸る。この魔法陣、どこかで…?
「この魔法陣…、守さんの背中にある模様とそっくりですね」
「それだ!」
以前手当てしたときにマリアさんは俺の背中にある模様を気にしていた。その時は特に気にならなかったが、そう言われてみると確かに似ている。
この召喚の魔法陣が一般的なものであれば、あの魔の森の近くで、誰かが召喚の儀式を行って俺を召喚したと考えられる。
今は特段困ってないから、時間がある時にでも魔の森周辺を探索してみよう。
結局、宿は見つけられなかった。
もう直接城へ行ってみよう。その日のうちに会えるとは思えないから、取り次ぎだけお願いして、そこでおすすめの宿を聞いてみよう。
白亜の城を目指して進むと、城の入口にいる門番に止められた。
コムギが手紙を送ってくれていると伝えると確認のために、隣接する小部屋で待つように指示される。
小一時間は経っただろうか、茜がぐずり始め、待ち時間に苛立ち始めていると、
「お待たせしました。 王から直接のお会いになると、仰せ使っています。 どうぞ、私の後について来てください。獣人はここで待つように」
「え、今から?会えるのか? ローズも大事な仲間なんだが…」
「アタイは大丈夫!! 王の前になんて、行けないよ!!」
ローズはほっとしているようだ。
「そんな…王自ら?? 聞いたことありません!」
マリアさんが戸惑いながら耳打ちする。ラッキーくらいに思っていた俺は急に恐怖を覚えていた。何が待ってる?危険はないよな?こっちは茜やシモンもいる、戦闘になれば逃げられない。
礼儀正しい執事に案内された部屋は先ほどとは比較にならないほどの豪華な作りだ。高そうな調度品がいくつも並び、西洋の甲冑のような鎧まである。
「王の入場である!」
一際豪華な椅子の両脇に武装した兵が声を張り上げた。他の兵と装いが違うから、近衛兵か。
家臣含め、その場にいる者が一斉に跪く。
マリアさんは展開の速さに戸惑いながらも礼儀はわきまえているようだ。片膝をつき、頭をたれる。俺もマリアさんの真似をする。茜、シモンも空気を読んで静かにしている。
「よい、頭をあげよ。 余計な口上やお世辞も結構だ。 時間は有限なのだ」
足早に入場し、椅子にどっかりと座ると、王はそう言い放った。二十代くらいの若者だが、人を惹きつけるカリスマがある。なるほど、王の貫録か。
「マモル村で村長をしてます、大和 守です。
本日はお願いがあって参りました」
俺は辺境の村を街道で繋ぎ、集積所を作ったこと。
人の往来が活発化したことで、町として立ち上げる許可が欲しいことを説明した。
最初は目を閉じ、片肘を突きながら聞いていた王だったが、俺が行った戸籍制度や村の特産を特化させる話などに興味を示していた。
話の途中で、スーツ姿の青白い男から耳打ちされると、目を大きく開いて俺を見つめていた。
あんな男最初からいたか?いつの間に現れたんだ?
あの男、スーツを着ている。この世界の住人ではないことは明白だ。
「この男は召喚者でな。これまでにない考え方や発想を持っているから、相談役として重宝している」
俺の懐疑的な視線に気付いたのだろうか。王から捕捉が入る。やっぱり召喚者だった!話をしてみたい。
「それよりも、守といったか。 新しい町の構想、面白いではないか。余は賛成だ。
しかし、小うるさい周りの者が黙ってないだろうな。
恥ずかしながら、王国は一枚岩ではない。 父上、前国王の時代からの『膿』が出し切れていないのだ。
その者共を納得させるだけの、実績がいる」
王は片手で顔を覆う。
国王として即位して、日が浅いということか。
それにしても内情をここまで話してしまっていいのだろうか。
「実績ですか…、具体的に何をすればいいのでしょうか?」
通常であれば無礼にあたるだらう、王に対する質問の仕方ではない。だが、分からないものはしょうがない。
「そうだな…。そなたは今、この国が魔王軍と戦争していることは知っているか?」
「…はい」
俺は頷くが、嫌な予感がする。
「それが最近、膠着状態が続いていてなぁ。打開策が思い浮かばない。
そこで、近々、大規模な侵攻作戦を決行する。そなたにはその作戦に参加してもらおうか」
嫌な予感は的中してしまった。
辺境の村にいれば関係ないと思っていた。ここで巻き込まれるとは…。
「いきなりこんな話をされては困惑するのも無理もない。 しかし、今は安定しているように見える日常だが、薄氷の上に成り立っていることを自覚しろ。 魔王軍の動向次第で簡単に崩れ去るのだ。
今ここで、決断するのだ」
王から威圧感を感じる。
冷や汗を吹き出すのが止められない。茜の手を握る右手に力が入る。
確かに魔王軍が進行してくれば、俺達の村も危ない。魔王軍がいる限り安全な生活は保証されないのだ。
「……分かりました、参加します」
俺は真っ直ぐ王の目を見ながら、そう答えた。
「よく言った! いい目だ。 時期が来れば追って知らせる。 それまでに戦力を整えよ!
聞いたな? 守は戦争に参加するぞ! 必要な物があれば部下に連絡しろ! 謁見は終わりだ!」
王は立ち上がり、手をかざす。
どこか嬉しそうだ。
「「ハッ!」」
近衛兵を始めとする城の者が一糸乱れぬ敬礼すると、王は立ち去った。
「…ついに、見つけたぞ…!
もうすぐだ、ビクトリア…」
王の呟きは誰に向けたものではない。
焦燥する自分自身に言い聞かせたのかもしれない。
異世界日記 529日目
無事王都に着いて、王と謁見できた。
が、成り行きで戦争に参加することになった。
後戻りはできない、頭を悩ますことが増えてしまった。まだ、獣人達のことも話してないのに…。
今日はもう寝よう…。




