29話 因縁(二)
第二の町ランティスを訪れた俺達。
エキドナに紹介された宿に泊まると、マリアさんとシモンが失踪してしまった。
誘拐されたと見て、ウルフ、ローズのペアと俺と茜ペアに別れて捜索することになった。茜は癒し要因だ。
「昨日泊まった女性とその子供が今朝から居ないんだが、何か知らないか?」「しー、ない?」
まずは宿屋の主人から聞き込みだ。茜からも可愛すぎる援護射撃がはいる。つい喋りたくなるだろう。
正面から襲撃とは考えにくいが、入口から入ったならこの主人がいるカウンターを通る。何か知ってるかもしれない。
「し、知らないなぁ。 乱暴はされてないと思うけどなぁ」
挙動不審で、こちらを見ない。
怪しい。
物凄く怪しい。
「む?そうか、邪魔したな。何か思い出したら教えてくれ」
「あーとう!」
ちゃんとお礼まで言えるうちの子すごい。
力づくで聞く選択肢もあるが、それは最終手段だ。茜もいるし。
一旦、引こう。
次に、宿屋の周囲にある店の人に宿の評判を聞いた。
昔、宿の主人が悪い人に借金をしたことがあった。その後、法外な利子を払えず、過度な取り立てに困り果てた際、マントス一味を頼ったらしい。マントス達が暴力で追っ払ってからは、頭が上がらないようだ。
なんとなく見えてきたぞ。今回の誘拐騒動にマントスが絡んでいるなら筋は通る。
一度、ウルフ達と合流するために宿に戻った。ウルフ達も収穫があったらしい。
「守!アジトを見つけたよ!アタイが見つけたんだよ!」
「最初に見つけたのはオイラだけどね!やっぱりマントス一味だった!」
競うように捲し立てる二人の話によると、町のはずれにある家に囚われているところを見つけたらしい。その後、ローズが秘密裏に潜入。乱暴はされておらず元気な様子だった。
とりあえずは一安心だ。
ただ見張りが多く、連れ出すことは出来なかったと、申し訳なさそうに話すローズ。
場所が分かっただけで上出来だ。
「よし、迎えに行くぞ。小細工はなしだ。陽が落ちるまでまって、夜に決行だ」
面倒臭くなって来た。もう正面突破で行く。
ローズの話ではマントス以外に目ぼしい強者はいないようだし。
数時間後、早速ローズの案内で、アジトの前までやってきた。
作戦と言えるほどのものではないが、まずローズが先に潜入。正面から遅れて侵入した俺が注意を引きつけている間に、隙を見てマリアさん達を助け出してもらう段取りだ。
ちなみにウルフは茜のお守りで、留守番だ。
鎧を着用し、完全武装で挑む。
「ふううぅぅぅぅ」
深く息を吐く。
「はあっ!!!」
ーーゴオオオオオン
爆音をあげて、扉が勢いよく吹き飛ぶ。
「マリアさんとシモンを返してもらおう!!」
「な、なんだぁ、お前は?」
いかにもなチンピラ風の獣人に進路を阻まられる。
エキドナと一緒にいた奴らは一人も見当たらない。
「どけ、邪魔だ」
チンピラの胸元を掴み、一本背負いの要領で投げ飛ばす。
手下の一人が奥にいる猪の獣人に耳打ちしているのが見えた。
「お前か!『俺の』ローズにちょっかいをかけている男は!
しかも俺の部下に余計な事を吹き込んでいるようだな?」
激しく誤解しているようだが、訂正してやる義理もない。影に潜むローズを一瞥すると、口をパクパクさせている。一言物申したことがあるようだ。
「だったらどうした? マリアさんとシモンの居場所を言え」
「さっきから訳の分からないことを。
この俺が誰だか分かってるんだろうな? 人間風情が…」
座っていた猪の獣人が立ち上がる。自然と俺を見下ろす形になる。
この大男がマントスか。二メートルはあるな。
なるほど、強そうだ。
「マンチョスだろ? 知ってるぞ」
「マントスだ! お前、許さんぞ」
「こっちのセリフだ。 一発殴らないと気が済まないと思っていたところだ」
ローズに目線で合図を送る。
ローズはコクリと頷くと、奥に消えていった。
さぁ、後は派手に暴れるだけだ!
俺とマントスは睨み合ったまま近づく。手を出せば互いに届く距離。
どちらが合図した訳でもないが、ゆっくりと両手を組み合い、力比べの形になる。
「いい度胸だ!人間! 壊れてくれるなよ…。
ウオオオオォォォ!」
地鳴りのような声がすると、マントスが前進する。
守は地面を抉りながら、少しずつ後ろに下がっていく。
「ぐつ、流石に、強い、なっ!」
グ、なんて馬鹿力だ。
やはり、単純な力では勝てないな。ここからは総合力の勝負だ。最終的に勝てばいいのだ。
「『血武器創造-モデル:大鷲』」
守の足から鍵爪が生え、アンカーのように地面につき刺さった。マントスの前進が止まる。
「今度はこっちの番だ!まだ慣れてないからな!
死ぬなよ? 猪ッ!!」
バサっと、背中から真紅の大きな翼を広げる。
マントス達が俺の圧力にたじろぎ、気圧されている。
今だ。
鍵爪を地面から剥がし、一歩ずつ前進する。
背中の翼を羽ばたかせ、推進力に変える。
マントスの背に壁が迫ってきた。
「ウオオオォォォ!!」
あと一歩のところでマントスが組み合っていた手を離した。ここからは、格闘戦だ。
兜の上からいい一発貰う。鎧なんてお構いなしだ。
なかなかに効く、いい拳じゃないか。
それからは最早戦いと呼べるものではない。
単純な殴り合いだった。
相手を一発殴ると、殴られた相手は効かないなと笑う。
それを交互に繰り返していく。
いつしか二人は笑い合っていた。
マントスの取り巻きは困惑し、それを見守ることしか出来なかった。
守は途中から作戦のことは頭から飛んでいた。
とにかくこの意地の張り合いに負けたくない。それだけを考えていた。
一時間を超えようとしたところ、マントスの足元がふらついてきた。
守もだんだん視界が狭くなってきている。
このままでは、マントスが負けるかもしれない。
「…ウ、ウィンドバレットっ!」
焦った取り巻きの一人が、守に魔法を飛ばした。
風の弾丸が右足にあたり、体勢を崩す。
そこにマントスの拳が守の左頬を捉えた。
鈍い音が響き渡る。
ゆっくりと倒れそうになる守。
「負けて、たまるかあああぁぁぁぁ」
背中の翼を地面に突き刺し、無理やり体勢を戻す。そして、まだまだだと不敵に笑う。
「すまなかったな、さぁ続きをやろう、か!」
風の弾丸に貫かれた右足は痛むが、それよりもまともに食らった拳が効いている。視界が揺れている。だが心は折れていない。まだやれる。
「漢同士の勝負に水をさすんじゃねええぇぇぇ!!」
マントスが爆発した。
風の魔法を放った取り巻きのところにすっ飛んで行き、体ごとぶん投げる。
そして、俺に謝罪した。
「すまなかった、俺の負けだ。
本当は最初の力比べで、負けていたんだ。 取っ組み合いは愛嬌って奴だ。
それにしてもお前、本当に人間か? 俺とここまで打ち合えた奴は、初めてだ! ガハハ!」
「お前こそ思ったより根性あるじゃないか。
その馬鹿力で何度も意識が飛びそうになったぞ! ワハハ!」
互いの健闘を称え合っていると、タイミングを見計ったかのようにエキドナを筆頭にローズ達が入ってきた。
マリアさんとシモンもいる。
「はい、そこまで。
そこのお馬鹿二人、手当てするから並びなさい」
エキドナはテキパキと、マントスの治療を始める。手慣れているところを見ると、よくある事なんだろう。
マリアさんは呆れた目でこちらを見ている。
急に恥ずかしくなってきた。いい歳した大人にもなって、喧嘩してきたような気分だ。実際にしたんだけど。
俺もエキドナに治療してもらった後、マリアさんから小回復を受ける。
体が軽くなった、いつも間にこんな魔法を?さすが、マリアさんだ。聖母に磨きがかかっている。
「…本当に、すまなかった!!」
マントスから本日、二度目の謝罪を受ける。
事の発端はこうだ。
エキドナ達はアジトで合流した後、ローズが守と行動することを仲間内で共有した。その際、守は人間にしては獣人に偏見なく接し、いい奴だったという見解も伝えていた。
マントスにも報告しようとした時に、取り巻きに拘束され、部屋に閉じ込められた。
そこへ、拐われたマリアさんとシモンが一緒に入れられていたというのが誘拐騒動の真相だった。
マリアさん達が拐われた理由は、俺をおびき寄せる為だったらしい。俺と接触する前に自力でアジトを見つけられたのは完全に予想外だった、と。
そしてこの一連の事件はマントスは完全に蚊帳の外で、全部彼を慕う部下が勝手にやったことだった。
「ローズ達を受け入れるのは本当か?」
「ああ、本当だ。ローズ達さえ良ければな。
これから王都に用があるから、帰りにまた子供達のところに寄るつもりだ。食料も無くなる頃だしな」
「守、お前みたいな人間は初めてだ。俺達は疎まれ、蔑まれ、まともに扱ってもらったことは一度もない。
一度もなかったんだ…」
マントスが頭を下げているため、なんだか手持ち無沙汰になった俺は、マントスの猪の耳が目に入った。
また、無意識に頭を撫でてしまった。
「ウオオオォォォン!」
声を張り上げて泣き出す、マントス。
またやっちまった。なんだかかわいそうになってきたな。
「お前らも来るか? 俺の村に」
つい、ポロだと口に出してしまった。
やっぱりなしとは言い出せない雰囲気を感じる。
「…いいのか? こんな俺を受け入れてくれるのか?
守…、いや、兄貴! 兄貴と呼ばせてくれ!
分かったな、お前達。
これから俺達は兄貴の傘下につく。
兄貴の言う事は絶対だ!いいな!?」
「「おう!兄貴! よろしくな!」」
「俺達、村に住んでいいのかぁ!」「うぅ…、俺、心を入れ替えて頑張るよ…」
やばい、また増えてしまった。 ここにいる総勢二十人。もうここまで来たら、三十人も五十人も変わらないよね?
いやー、参った参った!
「あなたの言った通りになったわね?
これから、よろしくね。 ア ニ キ」
いつの間にか隣にいたエキドナが耳元で囁く。
「エキドナまでそれはやめてくれ。 普通に名前で呼んでくれ」
「あら、そう? なら、守って呼ぶわ。 私の方がローズより、一歩リードって事よね?」
ん?最後の方、どういう意味だ?よく分からなかったぞ。
マリアさんがこちらを見ている。
笑顔だが、目が笑ってないアレだ!
俺なんかしたかなぁ?
ローズはエキドナを追いかけ回している。
宿に帰り、ウルフに報告する。
さすがのウルフでも予想していなかったそうだ。
そりゃそうだよね?町を進むごとに増えていくんだもの。
マントス達、体は丈夫そうだし、力仕事を任せられそうだから、なんとかなるでしょ!
異世界日記 523日目
ローズ達獣人の子供を村に迎える打診をした。
こちらの世界の街は楽しいし、美しい街並みだ。茜が大きくなったら、世界を見て回るのもいいな。
と思っていたら、さらに柄の悪い獣人達が増えた。
もう行くところまで行ってみよう。




