28話 因縁(一)
異世界生活 516日目
旅の仲間に犬人族の女性ローズを加え、一つ目の町『クリフトロック』までやって来た。
ここは切り立った崖の上にある町だ。
入口は一か所のみ、崖に囲まれた天然の要塞だ。建物自体も岩を削ったり、洞窟を利用したものが多い。
まずは獣人の子供達に分け与えた食料の補給と休息が必要だ。毎日野宿だと、やはり疲れは溜まる。
マリアさんや茜達を休ませたい。
まずは宿屋を確保しよう、買い出しはそれからだ。
ちなみに、ウルフは人型に変化してもらっている。
荷物持ち要員だ。
「うちは獣人お断りだよ、他をあたりな」
冷たく突き放すような言い方だ。
ローズを連れていると、いくつかの宿から断られた。
「アタイのせいで…、ごめんなさい」
犬耳がペタンと折り畳まれている。
「ローズは何も悪くない。
まずはフードを買いに行くか。かわいいのを買ってやろう」
「守〜!!」
尻尾を振り回している。嬉しいんだな、分かりやすい。
ローズは雑貨屋に入り、気に入ったフードを一つ選ぶ。見せびらかすように被ったり脱いだりを繰り返してる。
似合ってるぞと、声をかけると顔を赤くして下を向いてしまった。
通りの奥から獣人の集団がやってきた。
町の人が迷惑そうに道を空けている。誰も目を合わせない。
様子がおかしいが、町にも獣人がいるじゃないか。
「そこにいるのはローズじゃねーか!
調子はどうだ? 一緒にいるのはカモか?」
集団の先頭にいた大きな体に頭から牛の角を生やした獣人がローズに声をかけて来た。ニヤニヤと不快な笑みだ。
「…アタイはそういうのから足を洗ったんだよ。アタイの恩人に気安く話しかけないでおくれ」
ローズは煩わしそうに手を払う。
「なんだと!?」
軽くあしらわれたことに腹を立てた牛の獣人は、ローズに突っかかろうするが、黒服の女性は遮るように手を伸ばした。
「おやめなさい。 あなたじゃ返り討ちよ?」
「姉さん!止めないでくれよ! 俺がこんなヒョロっちい男に負けるわけないだろう!」
「エキドナ…あんたそんな奴らとつるんでるのかい? 悪い事は言わないから、すぐ抜けな!」
エキドナと呼ばれた女性は、ローズと古い知り合いのようだ。他の獣人よりも距離感が近いような気がする。一見普通の人族に見えるが、獣人なのか?
「あら、私の心配をしてくれるの?ありがとう。
でも、あなたなら分かるでしょう? マントスには逆らえないってことくらい…」
「マントス…?」
ローズは諦めたような顔で、ため息まじりにある獣人の名を口にする。マントスという奴が黒幕か?
「マントスがこの町に来てるの!?」
ローズが焦っている。そんなにヤバいやつなのか?
「さっきこの町を出たわ。 もし王都を目指してるのなら、次の町で鉢合わせするかもね」
安堵するローズだったが、雲行きが怪しくなってきた。鉢合わせする可能性は高いようだ。
「守、その…マントスなんだけど…」
「言いにくいだろうから私から説明するわ。
マントスはローズに惚れているのよ。猪の獣人で、怪力。困ったら暴力で解決する奴よ。
ローズが男とーーそれも人間の男と一緒にいるところを見たら怒り狂うでしょうね」
ローズの知り合いだったのか。
しかし、厄介なことになった。今の話を聞く限り、マントスに話は通じなさそうだ。
「うぅ…、嫌だ。 絶対に会いたくない…」
ローズは頭を抱えている。町を避けては王都へは行けないし、必ず遭遇することもないからな。
行ってから考えよう、その時はその時だ。
それよりも気になることがある。
「ま、なんとかなるでしょ。 それよりも、一つ聞いていいか?
エキドナは好きで今の一味にいるのか? 悪さが好きなのか?」
乱暴者の集団の中で、一人だけ浮いているというか馴染んでない雰囲気がある。
「嫌いよ。 でも、生活するにはお金が必要なのよ…」
後悔しているのだろう、視線を落とし声が小さくなる。
「…分かった。 全部まとめてなんとかしよう!」
「え?」「え!?」「あーあ、また守の癖が始まった…」
エキドナとマリアさんが顔を見合わせて驚いている。
ウルフはさすがに慣れてきたな。
獣人、動物の要素が入っていると無性に放っておけなくなる。
エキドナは頭に角は無く、目立つ尻尾も見当たらないが、黒の長袖から見え隠れする肌は鱗のような模様が見える。なんの獣人なんだろう、ワクワクする。
エキドナには信じられなかった。
会ったばかりの人、しかも獣人の身の上を心配する人間がいるなんて。
しかも、その目に侮蔑の感情はない。興味や好奇心といった好意的な様子だ。
ローズが羨ましい。
あの子は昔からの自分の感情に素直で、まっすぐで、眩しかった。
「言葉だけでも、嬉しいわ。 そんなこと言われたの初めてだったから…。
でも、ローズのことを思うなら、マントスに会わないように行動すべきよ。マントスに、一人の人間がかなうはずがないわ」
エキドナは自ら希望を手放した。
ローズと、守と笑い合っている未来。
一瞬でもそんな夢を見れただけで満足だった。
「とりあえずやってみるよ。 負けそうになったら逃げるから、大丈夫さ。 ウルフの逃げ足はピカイチだからな」
「ワン!人をー犬を、あてにするな!」
ウルフから的確なツッコミが入り、場が和む。
エキドナ達もこの町を出るところだったらしい。
この日はエキドナに紹介してもらった宿で一泊し、翌日、町の入口で待ち合わせした。
食料は俺とウルフで大量に買い込んできた。荷物持ちが居て、助かった。ウルフはぶつぶつと文句を言っていたが。
子連れの馬車と無法者の集団、チグハグな旅は続いた。
道中、魔物が襲ってくることがあった。
エキドナ達を観察していると、連携のとれたいいパーティだった。牛の獣人を筆頭に前衛が壁になり、エキドナが魔法--あれは闇魔法か?で、援護する。
エキドナが使う闇魔法は、移動を阻害したり、目眩ししたりと直接的な攻撃はあまり見られない。そういう特徴なのかな?
スレイプニルとウルフがいれば、よそ見をしていても問題なかった。スレイプニルは足が多いだけの馬かと思っていたら、戦闘も出来て、しかも強い。
突進や後ろ足蹴りで魔物を吹き飛ばしていた。
クリフトロックの町を出て五日が経った。
二つの目の町、水の都『ランティス』に到着した。
美しい景観の町だ。
川から運河に水を引き込み、町中に張り巡らされている。人々は歌を歌いながら、小舟で行き交ってる。みんな陽気だ。
マントスの件が無ければ、ゆっくりと観光したい。
町に入ると、マントスが待ち構えてるかと思っていたが、肩透かしに合う。
宿を探すか。
エキドナ達はアジトがあるらしい。ここで暫しのお別れだ。
クリフトロックの町から数日共に旅をして、打ち解けた仲になった。
ただの無法者かと思っていたが、悪い奴らではなかった。たしかに乱暴なところはあるが、曲がったことはやらない。通りすがりに村人を魔物から助けたこともあった。
俺達はエキドナに獣人でも泊まれる宿を紹介してもらい、そこに泊まることにした。値段も手頃で、なかなかいい宿だ。
部屋は二つ取った。俺、茜、ウルフが同室で、残りはマリアさん、シモン、ローズだ。ローズは俺と同じ部屋がよかったみたいだが、マリアさんの強い希望で同室となった。
たまには女同士の話がしたいんだろう。
食事も美味しかった。村では保存がきくように干し肉や塩漬けした野菜など、シンプルな味付けが多かった。ちゃんとした料理は久しぶりだ。
村での生活もまだまだ改善の余地があるということだ。この世界に入浴の習慣はなく、水浴びかタライに水を溜め体を拭くくらいだ。この町は水が豊富なためか、存分に水浴びすることが出来た。
あぁ、熱い風呂に入りたい…、俺の野望は尽きない。
その日は、久しぶりに柔らかいベッドに横になったせいか、すぐに寝てしまった。一度も起きることはなく朝まで熟睡だった。
※
「大変だ!! マリアとシモンがいない!」
翌朝、水浴びを終えたばかりのローズがタオル一枚で部屋に飛び込んできた。
一瞬目を奪われそうになるが、二人がいない現実に戻される。
「なんだと!? 辺りは探したのか?」
「いっぱい探したよ、でもいないんだ…。
ごめん!アタイが着いていながら、こんなことが起きるなんて…」
自分の失態だと、自身を責めるローズ。
「ローズの言う事に間違いはないと思うよ。 周辺からマリアとシモンの匂いがしない」
ウルフがローズに同意する。
「マリアさんが俺達に黙って外に出るとは考えにくい。ってことは、誘拐された可能性が高い」
「…マリア!!」
握り締めた拳に汗がにじむ。
俺の迫力にローズが面食らう。
絶対に、許さんぞ…。
夜はローズと居たから、拐われたのはついさっきのはずだ。まだ間に合う。
それに、殺さずに誘拐したのは何か目的があるに違いない。
二手に分かれて追うことにした。
足の速いウルフとローズはペアになって追跡。
俺は独自に聞き込みすることにした。




