27話 奇襲
異世界日記 510日目
新たな町の建造について王の承認を得るために、王都へ向けて出発した。愉快な仲間はウルフ、茜、マリアさんにその子供シモンだ。観光も出来たらいいなーなんて気楽なことを考えている。
道中は、渓谷を進む。
ここを抜ければ一つ目の町までもう少しだ。
その時、ウルフが何かの気配を察知する。スレイプニルも何かに身構えているようだ。
渓谷を半ばまで進み、細い一本道に差し掛かったところだった。
「食料と水、金目を物は置いてゆけ!! 大人しく従えば命までは取らない!」
フードを目深に被った怪しい者が左右から襲いかかってきた。
さらに崖の中腹からは身を乗り出して、弓で狙いを定めている者もいる。
高い声。少年か、少女か?
フードのせいで顔が見えない。
ここで迎撃するか…?俺とウルフがいれば可能だろう。
ただ、マリアさん達や茜に流れ矢が飛んできたら危険だ。十分に気をつけても、万が一があり得る。迷ってる暇はないな。
「分かった。言う通りにするから、手を出さないでくれ。
ただ、一つだけお願いだ。次の町までの食料は勘弁してくれ」
「…分かった。どのくらい残せばいいんだ?」
リーダーらしきフードの少年は、茜とシモンに目を向けると、逡巡したのち了承する。少し空気が弛緩する。
「この荷物なんだが…」
フード少年が近づいてくる。
ここは大人しく従おう。案外、話も通じるし。
え、やらないの?みたいな顔のウルフとスレイプニルがこっちを見ている。活気盛んな奴らだ。
やられっぱなしって訳にもいかないけどな。
「…『血人形創造 -モード:目印』」
ストックしていた魔物の血を地面に垂らすと、血溜まりから、二体の蝶が現れた。
交渉するふりをして、片方を食料に忍び込ませる。
もう一方は俺のマントの中に隠した。
交渉の結果、俺たちの食料は残してくれた。
案外話せば分かる奴らなのかな。
ただ残された俺達は、途方に暮れていた。ある程度進むと、今日の寝床を決めることにした。
辺りが暗くなってきた。夜の時間だ。
「守さん…どうしましょう。これでは旅を続けられません…」
「マリアさん、大丈夫です。俺に考えがあります。 実はもう準備は整ってるんですよ。
ちょっと行ってきます。 ウルフ、留守を頼んだぞ!」
「えっ?」「そう言うことか!了解!」
俺は不安そうなマリアさんを慰めると、進んできた道を戻るためにその場を離れた。今回は俺一人だ。
人間形態に変化したウルフは、マリアさん達の護衛に残ってもらった。
マントに隠していた蝶を解き放つ。
ヒラヒラと何かを求めるように飛び立つ。
俺はその蝶の後を追う。
さぁ、狩りの時間だ。
俺の能力で作り出したこの血蝶は、雄と雌の二体で一対。雌が離れると、雄が後を追う。今回のような追跡にはうってつけだ。
色々と実験した結果、俺の血液操作は汎用性が高いことが分かった。俺の願望が詰まってると言ってもいい。
とにかく、今度はこちらから奇襲する番だ。
俺は甘くないぞ。
蝶の淡い燐光を頼りに暗闇の中を進む。
荒れた道に、けもの道。
本当にこんなところを通っているのか?
苦労して通り抜けると、開けた場所に出た。
そこには、洞窟の入口あった。
見張りが立っている。
見つけた。
「…『血人形創造 ーモード:拘束、伝令』」
再び持参した魔物の血から、今度は数匹の『蛇』と『蝙蝠』が生まれる。蝙蝠は本来なら伝令用だが、今回は撹乱に使おう。
まずは蝙蝠をけしかける。
「なんだこの赤い蝙蝠は?!魔物か?
ーーウッ」
蝙蝠に気を取られた隙に、すれ違い様に腹に一発。獣人の子供のようだ。
殺さないから許してくれよ。
気を失った獣人の腕を縛り、洞窟の壁にもたれさせる。
洞窟は奥まで続いてるようだ、音が反響しないようにゆっくりと慎重に進もう。緊張するな。
暫く歩いていると奥に明かりが見えてきた。
今度は蛇を先行させる。
蛇がうまく中に入り込んだところで姿を現す。
「全員そこを動くな! 従えば命までは取らない」
素早く辺りを見渡すと、机や寝具がある。居住スペースのようだ。
そこに三十人ほどの獣人がいた。種族はばらばらで、子供が多い。
「チッ、なんでここが?! 見張りはどうした?
あいつの言うとこは信じるなよ、みんなやっちまいな!」
あいつがリーダーか、さっきの女だな。
不意を突かれ混乱していたのは最初だけで、号令がかかると一斉に襲いかかってきた。なかなか統率されている。
だが、甘い。
ケルベロスと対峙した時の圧力に比べたら、余裕をもって対処出来た。俺も修羅場をくぐり抜けたものだ。
蝙蝠を突撃させ、何名かは戦闘に参加出来ないようにする。
「拘束!」
「ーーウッ、うわ、なんだ!? 蛇!?」
物陰に忍ばせていた蛇が一斉に襲いかかる。
獣人に絡み付き、きつく縛りあげる。
「まだやるかい?」
俺は余裕を崩さず降伏を勧める。こっちにはまだ手が残ってるぞという姿勢を見せる。
「…お前達、武器を捨てな。アタイ達の負けだよ…」
まだ動ける者もいたようだが、俺が人質をとったこと。
得体の知れない術を使い、まだまだ底を見せていないことから、降参を選んだようだ。
冷静でいいリーダーだな。
「アタイはどうなってもいい。
こいつらだけは助けてやってくれないか?」
話を聞くと、この子達は各地から人攫いに連れ去られ、奴隷商人のところに集められていた。
現在の国王に代わり獣人の奴隷が解放されたはいいが、攫われた時が小さい頃だったため帰り方が分からない。
行くあてもなく彷徨ってる獣人の子供を保護しているうちに大所帯になった。
食うために仕方なく盗賊業をやっている、と。
「アタイ達だって、普通に働きたかった。
でも、獣人に仕事なんてないんだ。たまに安い仕事を見つけてきても、支払いの時にちょろまかされてまともに払ってもらったことは一度もない…」
下を向いて、辛い過去を話すうちにポロポロと涙が地面に落ちていった。盗みについても反省しているようだ。
さてどうしたものか。
リーダー役の犬耳を見ていると、ウルフが空き地に捨てられていた時の光景を思い出す。
犬耳が垂れ下がっているので、つい頭を撫でてしまった。
「フギャ!?」
犬耳の女性は、最初は尻尾を逆だてて驚いていたが、次第に安心したように目を瞑っていた。
拾っていったら、怒られるかな…?
その時は、その時だな、うん。
ずっと、触っていたい…。
「…決めた! お前達は俺が受け入れる!
俺はこう見えても、マモル村の村長をやっている。辺境の田舎村だけどな。
自己紹介がまだだった、俺は大和 守。
君は?」
「え、アタイは、ローズだけど…。
あんた本気? 住むにしても、ア、アタイ達に仕事はあるのかい?」
「ローズか、いい名前だ。
もちろんあるぞ。今は人手が足りないんだ。猫の手も借りたいくらいだ。あ、猫人族の君のことじゃないよ?
俺の村は警備を主に担っているから、警備や見張り、戦闘が出来る子は大歓迎だ。それ以外にも仕事はたくさんあるから、皆ができることをやればいい。適正もあるからな。
どうだ?ローズ、やってみないか?」
猫の手のくだりで猫人族の男の子が反応していたので、即座に訂正しておいた。獣人面白いな。
ローズは内心迷っていた。
今まで散々騙され、利用され、傷つけられてきた。その事実が、決断を踏み留まらせていた。
この男は今までの奴らとは、どこか違う。
信じてもいいような気がするんだ。
それに、アタイを名前で呼んでくれた。
頭を撫でてくれた…。
猫人族の男の子が不安そうに見上げ、手を握ってくる。
アタイはみんなの生活を背負ってるんだ。
アタイの決断でみんなの明日が無くなるかもしれない…、容易に判断はできない。
「あんたは悪い人じゃない。ありがたい話なのは分かる。
でも会ったその日に信用するほど、世間知らずでもないんだよ」
半分は本当で、半分は嘘だ。
本当はすぐにでも村について行きたい。
一人なら間違いなくそうしていただろう。
「それもそうか、しっかりしてるじゃないか。
それなら、一緒に王都まで来るか? 共に旅をして、俺の人となりを見極めたからでも返事は遅くないぞ」
本当に、この男はーー守は、欲しい言葉をくれる。
「…でも…」
「姉ちゃん!行きたいんでしょ? 僕たちに遠慮せずに行きなよ!」
「そうだ、もう俺らだけでやっていけるからな」
子供達がローズを後押しする。
「食料なら多めに持って来てるから、ある程度は置いていくぞ。 それから、明日ウルフー俺の相棒と狩りをして、魔物の肉を置いていくつもりだ」
「え、そんなことまで…?本当にありがとうございます。王都までの旅路、よろしくお願いします」
ローズは犬耳がペタンと下がったまま、頭を下げた。尻尾を振り回している、楽しみなようでなによりだ。
ローズを連れて戻ると、ウルフ以外に驚かれた。
ウルフは何となくそんな気がしていたらしい。
マリアさんは笑顔だったが、目が笑ってなかった。怒られるより怖い…。
しかも、ローズはぴったりと俺の側を離れない。
マリアさんの視線が痛い…、やめてくれ…。
説得の末、引き剥がすことに成功した。
ローズ達の身の上を話すと、マリアさんは涙ぐみローズを抱きしめた。
人の暖かさに初めて触れたのだろう、子供のように声を上げて泣き出した。
マリアさんに謝らないといかないことがある。
実は見栄を張って食料を半分以上、子供達のところに置いて来てしまった。これから先の道中で魔物を狩りながら進まないと、どうやりくりしても足りない。
その事を打ち明けると、マリアさんは、そんな事かと、笑って許してくれた。マジ聖母。
一緒について来てくれたのがマリアさんでよかった。どこかで心の拠り所になっていたかもしれない。
ローズは、犬人族らしい。
犬耳と尻尾があり、人より鼻が効くのが特徴だ。
さらに、戦闘の心得があり、暗殺や斥候向きのタレントを持っていた。普通に強いと思う。まともに戦っていたら、楽には勝てなかっただろう。
翌日、俺とウルフは約束通り、一日中狩りをして、一人では抱えきれないほど大量の魔物の肉を手に入れた。
肉以外の毛皮などの素材は町で売れば、食料を買えることも教え込んだ。
「またね〜、ローズお姉ちゃんのことよろしくね〜!返品なしだよ〜」
こうして、子供達に見送られながら、渓谷を出発した。ローズは顔が真っ赤になっていた。
次の町まではもう少しだ。
異世界日記 511日目
犬耳を見たら思わず拾って来ちゃった。
しょうがないよね?
カザン怒るかな〜怒るだろうな〜。
子供には甘いから、なんとかなる!!
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