26話 町
異世界生活 500日目
茜は走れるまでに成長した。
一歳を過ぎた頃から母乳を卒業し、今では少し味付けを薄くしているが、大人と同じ食事を取っている。
「パーパ」「マーマ」「モンモン」
はっきり、意思を持ってパパと呼んでくれた…。もう、その日は泣いた。めっちゃ泣いた。
あとマリアさんのことをママと呼ぶようになってしまった。申し訳ない。
ただマリアさんが満更でも無さそうなのはなぜだ?
ママじゃないよって、茜に訂正すると、悲しそうな顔をするのはなぜだろう。そして、その後少し冷たく接される。
マリアさんの息子シモンの名前はまだちゃんと言えないから、モンモンだ。これも、言い方が可愛いのなんのって…。これにはマリアさんも同意してくれた。
シモンは同じくらいの月齢だから、まだ言葉は出ない。マリアさんが気にしているが、男の子は言葉が遅い場合もあると聞くし、気にしないようにと伝えたら、納得してくれたようだ。よかった。
街道整備は順調だ。
マモル村とガンテツ村が繋がった。次の村に着手している。
そこで、効率の良いやり方が見えてくる。工事しているところの近くに資材や食料などを保管できないだろうか。
工事は大人数で作業している。すると、食料も大量に消費される。コムギ村からの輸送だって大変だ。この食料も資材と一緒に保管したい。
各村の中心地点に集積所を作った。
各村を結ぶと四角形のような形になり、その中心に開けた場所があったため、そこを集積所とした。
物が集まれば、人が集まる。
誰が最初に始めたかは定かではないが、露天の店が次々と現れた。
商人とは実に鼻が効く職業だ。
そこは集積所というより、市場のような活気を見せていた。
「これいくら?高いよ!もっと安くして!」
「そこのお嬢さん!この宝飾はいかがですか?綺麗なあなたにピッタリ!」
「美味しい肉はいかがかねー?柔らかくて、大きい肉だよー!」
「発展してく感じがしていいなぁ〜、こういう雰囲気好きだな〜」
ガヤガヤと乾燥の中、間抜けな声が市場に向けて投げられた。
視察に来た守達、警備隊だ。
露店をひやかしながら練り歩く。
「っな!?」
『癒しの館』
看板にはそう書いてある。周りは露店なのに対して、立派な建物が突如として現れた。
なんだここは…、とりあえず入ってみよう。
異質な雰囲気に吸い寄せられるように、俺達は入店する。
「いらっしゃいませぇ〜」
煌びやかな内装に、胸を強調したドレス姿の美しい女性達が現れた。
(なにぃ!? ここは天国ですか!?)
中央にいる青髪で長髪の美人さんは、村長会議で見たことがある。
「なんで、村長がこんなところにいるんだ?イズミ」
「外貨を稼ぐためよ。
私達イズミ村は雑務が主な仕事だから、そんなに人手が必要ない時期があるのよ。そうして、暇を持て余したイズミ村人はここで働いているの。
将来的に村が繋がれば、娯楽を提供するための準備でもあるわ、あなたもお金を落としていってねぇん」
流し目て色っぽくそう言われると、若者はいちころだ。前屈みになっている者が何名かいる、かくして俺もその一人だ。
「そういうことなら、よーし!今日は俺のおごりだぁ。好きなだけ飲み食いしてくれ!」
「「おおー!!」」
日々訓練に明け暮れているのだ、息抜きも必要だろう。それにこれは先行投資だ。将来的に村全体の発展に繋がるのであれば出資は厭わない。
「あなたがマモル村の新しい村長ね。
色々と面白い新しいことを始めたり、怪物を倒したりと大活躍って聞いたわよ?」
「いやー、それほどでも…」
お酒をグラスに注がれながら、褒められるとつい酒が進んでしまう。
俺がハメをはずしそうになる。茜の寝顔と、なぜか怒ったマリアさんの顔が頭に浮かび、なんとか自制できた。
いや〜舐めていた。めっちゃ楽しい。
イズミ村の酒がこんなに美味いとは。しかも種類も豊富ときた。
これは将来的なんて言わずに、近い未来、娯楽を牛耳れるぞ…、恐ろしい。
それを見越してのこの館か。
最初はもっと質素だったらしい。
それをガンテツ村の村人が通い詰め、ツケで飲むうちにツケは溜まり、払えなくなり、お金の代わりにと立派な館を建てたという話だ。グラスも村人のお手製らしい、器用な奴らだ。
イズミの計画通りのような気もするが、ここは黙っておこう。
「ねぇ、守。 あなた、ここをどうするつもりなの? また、考えがあるんでしょ?」
イズミから挑戦的な上目遣いを向けられる。
何も考えていない。そんなことは言えない空気だ。
どうしようか。
ここはハッタリでお茶を濁して乗り切ろう。
みんな酔っ払ってるし、覚えてないでしょ!
「もちろん考えてる。 それを語るには壮大すぎて、時間がたりな…」
「聞きたいわ! みんなも聞きたわいよねぇ?」
「「ききたーい」」
イズミが食い気味で、俺の言葉を遮り、その場の同意を得る。
「ふふふ、聞かれてはしょうがない!!
いいか?ここに、新しい町を作る。
もはやここは集積所とは呼べない、交易の場だ。各村の特産品が集まれば、村の外からも儲けの匂いを嗅ぎつけた商人がやってくる。
人が増えれば、その他の生産活動も活発になる。
発展する!何より活気がある。
人々が前を向いて、希望に溢れた顔をしている。
ここが潮目だ、流れに乗ってどこまでも行こう!俺に着いて来い!!見たことない景色を見せてやる!!」
両手を広げ、高らかに宣言する。
さっきまで騒がしかった、その場が静まり返る。
次の瞬間、ドンと沸いた。
「おおー!さすがは俺達の村長だー!」
「マーモール!マーモール!」
「私、感動しちゃった…」「俺も、泣けてきた」
守コールが起き、泣き出すイズミ村の女性までいる。俺、やっちゃいました?
「さすが私が見込んだ男だわ。 今の演説、鳥肌が立っちゃった」
イズミから肩に手を置かれ、耳元で囁かれる。ちょっと顔が近い。酒臭い息がかかる。
今、演説っていった?お酒の席の戯言だよ?
みんな本気にしてないよね?
その場にいた者達は興奮冷めやらぬまま、解散すると帰路についた。
翌日、すでに噂は広がっていた。
やっちゃった。
もう後には引けないぞ。
マモル村まで戻ってくると、カザンに相談してみた。
「なぁ、カザン。 町ってどうやって作るんだ?」
何をしていいか分からない俺は、カザンに尋ねた。
「俺が分かると思ってるのか? そういうのは…、コムギに聞け。確か…、王都の学校を出ていたはずだ」
食料を納品するためにマモル村を訪れていたコムギ。カザンは偶然、前を通りかかったコムギを指差し、丸投げする。
若いのにしっかりしているのは、ちゃんと勉学に励んでいたからか。コムギ村は安泰だな。
「な、なんですか?いきなり…。
え、町を作りたい?!
新しく町を作るには、王の承認が必要です。勝手に人々が団結し、城壁なんて築いたら、謀反と思われて王国兵が押し寄せてきますよ…」
呆れ顔をされてしまった。危なかった。もう作っちゃおうか、なんて言い出さなくて正解だった。
王の承認か…、王ってどこにいるんだ?
王都があるんだから、そこにいるんだよね。
さすがに聞ける雰囲気じゃない。
その日から各村長達に相談しながら、町の建造に関する計画書を作り始めた。
区画は賽の目状に…、教会を誘致して、と。
上下水道も完備させよう。各家庭に風呂は…厳しいか。なら、共同浴場はどうだ。
トントン拍子に計画書は書き上がっていく。勢いは大事だ。
※
数か月後。
計画書を携えて、王都に向け出発する日が来た。
概要はコムギが事前に手紙を送ってくれた。乗り気では無かったが、色々と手伝ってくれた。
メンバーは俺、ウルフ、茜、マリアさん、シモンだ。
王都行きの話をしたら、マリアさんが立候補した。前に王都に行ったことがあるらしい。案内役を申し出てくれた。
あとなんでも村長を支える女性が近くにいないと、信用されないらしい。世間体ということか。
留守はカザンに任せた。最近、警備隊の訓練しかやる事が無さそうだし、丁度いいだろう。
王都はマモル村から東に進み、渓谷を抜けて、三つばかり町を経由した先にある。
なかなかの旅路だが、茜、シモンはもうすぐ二歳だ。ゆっくり行けばきっと大丈夫だろう。
移動は馬車になる。この世界の馬車はとにかく揺れる。舗装されていない道、悪路が多いためだ。
俺はガンテツに頼み込み、馬車に『サスペンション』を組み込んで貰った。
バネにより振動を吸収する、乗り心地は格段に向上した。これなら、もうすぐ二歳になる子供達を連れて行っても問題ないだろう。
「よーし、みんな準備はいいか?忘れ物はないな」
「はーい!」「「あーい」」
マリアさんと子供達は元気に返事する。マリアさんが後ろから二人の手を持って、挙げさせている。
みんなかわいい、なんか家族旅行みたいだな。
「ヒヒーン」「ワオーン」
馬車を牽引する馬はウルフが森でスカウトしてきた。正確に言えば、馬ではなく魔物だ。
名前は『スレイプニル』
足が八本あり、馬力は十分すぎるほどある。
ウルフが魔の森で友達になり、そのまま家に連れてきた時は驚いた。
最初のうちは気性が荒かった。手合わせとしてロープの綱引きをしてからは大人しく言うことを聞くようになった。
ウルフの話では、主人として認められたようだ。
綱引きは勝てなかったが、引きずられても諦めない姿勢が良かったらしい。あとは丈夫なこの身体か。
ウルフはスレイプニルの上にちょこんと座っている。
まずは、渓谷を通り過ぎて、一つ目の町を目指す。
準備は万全だ。さぁ出発だ。
異世界日記 600日目
茜とシモンの成長が著しい。
単語が出るようになって来た。パパと呼ばれた時は泣いたな〜。シモンよりもうちの子が賢そうだ、フヒヒ。
これから王都に向けて出発だ、家族旅行みたいで楽しみだな!
やっと本編に戻ってきました。
久しぶりの主人公。




