25話 間話 職人(二)
明けましておめでとうございます。
今年も2日に1回ペースを守れるように頑張ります。
ネネ達は、共鳴の洞窟の中にいた。
魔物との戦闘に身を投じていた。
「強化魔法『身体強化』!」
ナナは自身の肉体に魔法を施すと、迫りくる魔物の一団を体を張って止めていた。
この魔法は身体能力を全体的に何段階も引き上げる、実に使い勝手のいい魔法だ。
獲物を見つけると、我先にと異種の魔物が集団となり襲ってくる。本能のままに行動しているようだ、統制は取れていない。
ナナは、『洞窟ゴブリン』を大剣で斬るーー叩き潰すようにして倒していると、数匹の『吸血コウモリ』が集団から抜け出した。
「すまん、そっちに何匹かいった!」
空中を飛ばれては流石のナナも止めきれない。
標的はネネのようだ。
「そうはさせないニャ!
土魔法『石の礫』!」
ノノが突き出した手のひらから、石の弾丸が吸血コウモリを撃ち抜く。
羽を撃ち抜かれては飛んでいられないようだ。
ノノは、地面に落ちたコウモリの間を地面を縫うように素早く留めを刺して回る。
「一旦、片付いたようね。 少し休憩にしましょう」
最後のコウモリを倒し終えたところで、洞窟ゴブリンを片付けたナナが戻ってきた。
洞窟探索の荷物は少ないほどよい。
魔物から魔石だけを取り出すと、残りの残骸は端に寄せておく。後から魔物達が食料として処理してくれる。
ノノは魔物の材料を持ち帰りたい衝動に駆られるが、今回は大事な目的がある。苦渋の思いで我慢した。
「姉様たちと進めば楽勝だニャー!」
ノノは上機嫌で尻尾を振っている。
「この辺りの魔物はまだ弱いわ。
奥に進むにつれてどんどん強くなる。気を抜かないでちょうだい」
ネネは場の空気を引き締める。
ネネによると、今いる場所は洞窟の浅い部分で、中部、深部と進むにつれて、段階的に魔物の強いが上がっていく。
ただし、言葉には出さなかったが、ネネにおいてもこの三人なら危なげなく攻略できると踏んでいた。
小休憩の後、三人は洞窟の奥へと進んでいった。
三人の足取りは軽い。
通常であれば、ネネの見立てに間違いはない。
ただし、今回は違う。
ケルベロスの魔石を所持している、その一点において。
…にく、い…
…たたか、え…
「今、何か言ったニャ?
んー、気のせいかニャ。きっとナーバスになってるんだニャ。こう見えてもうち繊細だからニャ〜」
ノノは後ろを振り向くが、誰もいない。
勘違いと自分に言い聞かせ、先に進む。
※
洞窟の中部に到着したところで、ネネが最初に感じたのは小さな違和感だった。
ノノの動きが悪い。
消耗が激しい。
遊撃とは、前衛と後衛を繋ぐチームの緩衝材のような役割だ。
ノノは本人の性格に難はあるが、生まれ持った戦闘センスと視野の広さがあり、優秀な遊撃手だった。
それが今は力みすぎて、本来の動きからは程遠い。
ナナが孤立したり、動きを邪魔する場面が何度かあった。その度に、ナナと喧嘩していた。
やはりどこかおかしい。
深部に到着する前に一度話し合おう。
ネネは二人に再び小休憩を提案した。
「ノノ、あなたどこかおかしいわよ。
身体や体調に悪いところはないの?」
「実は…、戦いになると頭の中が、声でいっぱいになるニャ…。そうすると、もう、何も考えられなくなるニャ」
「声?」「何だそれは?」
ナナとネネが同時に聞き返す。
「『憎い、戦え』この声がどんどん大きくなるんだニャ…」
ノノの耳と尻尾が申し訳なさそうに、しゅんと垂れる。
ネネは冷静に観察していた。
そして気づく。自分の見落としに。
違和感の正体に。
ここは共鳴の洞窟ーー古来より猫人族が魔石の声を聴くために、選んだ場所。
深部に近づくにつれ、魔石の声が大きくなっているのではないかと。
「ノノ、ケルベロスの魔石を見せて」
ノノはネネに従い、ポーチから魔石を取り出す。
一同は絶句した。
今までは黒いオーラのようなものが薄く見えていたが、それが今はドス黒い霧となってはっきり見える。
この魔石がノノに影響を与えていたことは明白だった。
「この魔石は私とノノが交代で持ちましょう。これはナナには持たせられないわね。
でも最後にはノノ、あなたがちゃんとやるのよ?」
ノノから魔石を受け取ると、ポーチにしまう。
手に持った瞬間から、妙な焦燥感に駆られる。
(ノノは、こんなものを持って戦っていたの!?
…いつまでもつかしら…)
その後、ノノの不調は解消され、魔石を交代で持ち替えながら慎重に進み、深部に到着した。
※
「シャドー2、攻殻アント3、ホブゴブリン1と洞窟ゴブリン4だ! 気合い入れろ!」
先頭を歩くナナは、魔物達と遭遇すると、素早く敵の内訳を後続のネネに伝える。
「ノノはシャドー、ナナはゴブリン、私はアント。
シャドーに物理は効かないわ、土魔法。
ゴブリン達は数が多いし、ホブもいる。足止め優先。
アントは硬い上に手足は鋭い鎌ね。でも私は大丈夫よ」
「おう!」「任せるニャ!」
「先手必勝、土魔法『石の針』ニャ!」
いつもの調子が戻ったノノは、シャドー、影のような魔物に向けて、魔法で作り出した石で串刺しにする。
通常であれば影に潜み、洞窟のような薄暗い場所では奇襲するやっかいな魔物だった。
が、本調子に戻ったノノの目は誤魔化せなかった。
「ホブが一体だけか、ちと物足りないが我慢するか!
強化魔法『身体強化』、もういっちょ『武器強化』」
ナナの強化魔法は対象が物にまで効果が及ぶ。汎用的で使い勝手のよい魔法だ。
ナナは、ゴブリン達の波状攻撃を大剣の腹で受けると、お返しとばかりに横薙ぎの一閃。
ゴブリン達をまとめて吹き飛ばす。
しかし、ホブだけは踏みとどまり、その右手に持つ大きな棍棒を振り下ろす。重い一撃の応酬が始まった。
ゴブリンが子供並の身長に対し、ホブゴブリンは大人の身長を超す。二メートル以上だ。
その体格から繰り出される一撃は正面から貰えば大の大人でさえ、受けきれない。
しかし、ナナはあえて正面から受け止め、力比べを楽しんでいるようだ。
一方、ネネと対峙した攻殻アント達は、仲間割れをしていた。
「精神魔法『虚像投影』、虚構の敵と戦っていなさい…フフフ」
「ネネの魔法が一番エゲツないよな…」
「間違いないニャ。ネネ姉には逆らったらいけないニャ」
魔物を片付けたナナとノノは、後ろでヒソヒソと雑談しながら観戦モードに入っている。
ネネが攻殻アントに止めを刺し、先に進むと、最奥の間に続く扉が現れた。
(ふう…、なんとか間に合ったようね。
それにしても集中していないと、魔石に意識を乗っ取られそうになるわね…)
ーーッツ!
目的地を前に気が緩んだ、その瞬間。
一気に魔石の鈍い輝きが増す。
ポーチからは黒いオーラが漏れ出している。
ネネは思わず魔石を取り出し、手に取って中を覗き込んでしまった。
見入ってしまった。
ドクン、鼓動が頭に響く。
ーーグアアアアァァァ
「に、逃げ、な、さい」
「ネネ姉!!」「ネネ!」
絶叫のような叫び声をあげたネネの元へ、二人は駆け寄る。
次の瞬間、
そこに現れたのは、
真っ赤な目をした、全身にドス黒いオーラを纏ったネネの姿だった。
「たた、か、え…」
ネネはそう口にすると、両拳を握りしめ、戦闘体勢をとる。
ナナに向かい拳を突き出した。
「目を覚ませ! しっかりしろ!
ぐ、ネネ相手に手加減してたら、こっちがもた、ねぇぞ!」
ネネの拳を防御しながら、必死に呼びかける。
通常のパーティであれば前衛と後衛の肉弾戦は前衛の圧勝で終わるだろう。
神童ーーかつて、ネネはそう呼ばれていた。
猫人族は人さらいにあった時代があった。それもつい最近まで。
ネネが八歳の誕生日の時のことだった。
姉妹で近くの人間の住む町まで、みんなには内緒で探検に行こうという話がでた。
町へ着くと、人の多さや物珍しさに時間を忘れ、すっかり夜になってしまった。
粗暴の悪い男達に囲まれる猫人族の少女達。これから起こることは容易に想像できた。
しかし、数刻後の光景は誰もが目を見開いたことだろう。
そこには、ただ一人の少女が佇んでいた。
周りには打ちのめされ、倒れている男達。
年端もいかない女の子が暴力によって、人さらいを撃退したのだ。
ネネは精神魔法を得意とする。
精神魔法は、相手に抵抗されれば、完全にかけることはできない。
しかし、ネネは自身の拳に微弱な精神魔法を乗せて攻撃していた。
それにより、相手が拳の速さや体の位置を、誤認する。
それで十分だった。
防御の隙間を縫って、ネネの攻撃が通り始める。
「ぐっ!」
「たたかえ」
ネネの拳がナナの腹にめり込む。
体がくの字に折れ曲がる。
必死の説得も虚しく、赤目のネネは攻撃を続いていた。
「くそ、一発痛い目見ないと分からないのな…。
ノノ! あれをやるぞ!」
「はいニャ!! 今度はナナ姉もキレたニャ!
もう知らないニャ!」
この辺りでノノは考えるのをやめた。言われたことに従おう。
「土魔法『石の牢獄』だニャ!」
「強化魔法『魔法強化』!」
ノノが放った魔法を、ナナが強化する。
これが二人の連携技だった。
ネネの足元から石が生えてきて、球体状の牢屋が完成する。
ナナの魔法により強化された石の牢はそう簡単には壊せない。
「ふう、これで一安心ニャ」
ノノは、ネネをいるはずの牢屋を見て、腕を組みながらウンウンと頷く。
とりあえず後の事は考えないようにした。
「どこを見ているの? 安心するのはまだ早いわよ?」
振り向くと、
そこには…、
ネネがいた。
「おかしいニャ、それなら誰が牢屋に入ったニャ!?」
「おい! 何やってんだ?! 早く出せ!」
石の牢をガンガン叩くナナの姿があった。
「早く解除しないとまずいニャ!」
解除の魔法を発動しようとするが、
「そうはさせないわよ」
ノノの前にネネが立ちはだかり、そのまま組手が始まった。
ネネの攻撃を上手にいなすノノ。
(瞬殺される、と思っていたが、案外さばけてるニャ…。
知らないうちにネネ姉よりも強くなっていなのかニャ…、自分の才能が恐ろしい)
ナナは、牢の中からしばらく二人の攻防を眺めていると、確信した。
「…ネネ、口調が戻ってるぞ。
お前もしかしてもう治ってるんじゃねーか?」
自力で、牢から出たナナに指摘される。
「あら、バレちゃった」
「ニャー!!」
ネネはペロッと舌を出しておどけて見せる。
「それよりもノノ。あなた腕が鈍ってるんじゃない?」
先の組手のことで、説教が始まる。
一通り怒られると、ナナからノノに魔石が渡される。
ノノなら大丈夫、ナナはそう確信する。
この魔石は欲望を糧に乗っ取ろうとする。
ノノにあるのは純粋な好奇心、故に最も向いている。
ノノは魔石を受け取り、最奥の間の扉に鍵を差し込むと、ガチャリと音が鳴った。
ギギギ、重厚な扉は開くときに太い音がする。
最奥の間には、ノノが一人で入る。
雑音が入り、魔石の声が聴こえなくなってしまうのを恐れてだ。
そこは、洞窟とは思えないほどの綺麗な部屋だった。床も、壁も、天井にも凹凸がなく、均一で、光沢がある石のような材質だ。現代の技術で、ここまでの部屋を作れるかは疑問だ。
神代の時代の賜物だ。
それに部屋の中には何もない。
魔石を置くために設置された台座以外は。
ノノは雰囲気に飲まれないように気合いを入れ、中央にある台座に魔石を置いた。
片膝を着き、目を瞑り、祈りの姿勢をとる。
(声が聞こえるニャ…頭に、風景が、流れ込んでくる)
守とケルベロスが戦う光景が見えた。
何度も立ち上がる守に苛立ち、最後には恐れを感じた自分自身が許せない。
もっと戦いを、戦場を欲している、と。
(この声を制御するのは無理だニャ。 志向性を持たせて、どうにか収束させるしかないニャ)
ノノは早々に魔石を生まれ変わらせることは諦め、どうにか導いて形にすることだけに集中する。
「見えた!
土魔法『石精製』ニャ」
魔石の声に従い、本来あるべき姿へとカットし、研磨する。
そこに現れたのは、ブラックダイヤモンドのような宝石。
宝石が出来上がるのを見届けると、全身が脱力し、崩れ落ちる。
どのくらい時間が立ったのだろうか。
集中している間、食事も睡眠も一切取っていない。
(で、できた… 、もうダメニャ…)
折を見て、ナナとネネが駆けつけてきた。
二人は台座に置かれたその宝石を見て、絶句する。
何という黒い輝き。
光に当たると反射し、奥の深淵のような暗さが、深さが際立つ。
「なんてものを作り出したのよ。
この子は魔石の加工に関しては天才的ね」
ネネは、宝石を手に取り、鑑定する。
やはり、魔法が発現していた。
ーー暗黒魔法『狂戦士化』
扱いが難しい魔法だが、守なら使いこなすだろう。ネネはそう確信していた。
動けなくなったノノを担いで猫人族の里に戻ると、ノノがやり遂げた偉業に里のみんなが喜んだ。
ノノが一人前の職人として、認められた瞬間だった。




