22話 間話 好敵手
僕の名前はゼオ。
守さんに姉さんと共に命を救われた。
僕達は、姉さんと二人でコムギ村に住んでいた。
僕が警備隊に参加すると言い出した時、姉さんは二つ返事で許してくれた。
今ではマモル村で二人暮らしだ。
守さんはかっこいい。命がけで助けてくれた。
「ゼオ〜、今日の見回りいくよ〜」
玄関から声が聞こえて、ノックもせずに入ってくる。
「エマさん、こんにちは。
いい匂いだな〜、今日のご飯は何ですか? あ、美味しそう、どれどれ少し味見…」
姉さんに向かって、ご飯の催促だ。これもいつものことだけど、図々しい奴なんだ。
「こら、テオ! お行儀悪いでしょ! ちゃんと座りなさい」
いつも来るからテオの分まで作っているのも面白くない。テオは食料を持ってきてないのに。
食事を済ませ、二人で見回りに出る。
まだ昼を過ぎたばかりだ。
まず警備隊の詰所に行き、今日の予定を確認する。
大抵は訓練と見回りのセットだ。
今日も同じメニューだった。
先日、ケルベロスが村を襲った。
守さんが満身創痍になりながらも倒したけど、瀕死の傷を負っていた。僕達は全く歯が立たなかったからか、隊員達は気合を入れて訓練に取り組むようになったんだ。
僕とテオは似ている。
共に弓をメイン武器にしているし、二人とも守さんを慕っている。
しかも、共に守さんに命を助けられたことがあった。
テオは、先日のケルベロス戦で守さんに命を助けられた。ケルベロスの咆哮で固まっていた時に、守さんが身を呈してくれたお陰だ。
あと一歩遅ければ間違いなく、あの鋭い爪の餌食になっていたと思う。
そんな僕達は、仲良く伸び悩んでいた。
弓の腕は上がってきた実感がある。テオの方がまだ少し上手いけど、僕も負けてはいない。
それでも窮地の局面を打開できるような技量を身につけるには、まだ時間がかかることは分かる。
訓練場で、今日も二人であーでもない、こーでもないと試行錯誤していると、フラッと守さんがやってきた。
「二人とも鍛えてるかー? ゼオと、その隣は…、ケルベロスの時の少年!
怪我はなかったか?」
テオが柄にもなく緊張している。
覚えてもらっていたことが、嬉しいみたいだ。
「は、はい! その節は本当にありがとうございました!」
憧れの人が気にかけてくれたんだ、緊張する気持ちは分かる。
「それならよかった、気にしないでくれ。 二人共、何をやってたんだ?」
かくかくしかじかで、僕達は行き詰まってた事を相談した。
すると、守さんは腕を組み、人差し指を立てる。生徒に教える先生のように講義が始まった。
「ゼオは前に教えた弓矢で植物の種を打ち出すやり方を鍛えているか?
この世界には多種多様な植物がある。 種の状態で打ち出し、着弾後に急成長させれば色々と面白いことができるだろう。 確かゼオのタレントは植物の成長を促進させる効果や操るものだったはずだ」
「い、いえ、勝手が分からず、あまり鍛えていませんでした…」
守さんはやる事がたくさんで、物凄く忙しくはずなのに、僕のタレントまで覚えていた。しかも新しい戦闘スタイルまで提案してくれた。本当にすごい。
「そうか、あまりそういう戦い方をしている人は少ないと思うが、試してみてくれ」
守さんは次に、テオに向かい何やらまた思案し始めた。
「テオは…、弱い風魔法が使えるのか、フム…。
それなら、遠くの音を拾ったり、こちらの声を届けることは出来るか?
後は放った矢に風の魔法で飛距離や精度に補正はかけられないのか?」
「声ですか?やってみない分からないですか、出来るかもしれません。風魔法を弓の補助に使う…、練習してみます!」
僕とテオは開いた口が塞がらなかった。
前にもらった助言は忘れてはいなかったが、よく分からず鍛錬を怠っていた。
テオは自身の風魔法が弱く、攻撃には向いていないと思い込んでいた。
それを索敵や伝達、補助に使うとは考えもしなかった。
早速、守さんの助言に従い、二人で訓練場で試し撃ちしてみた。
…これは使える。
テオも同じ感想だった。
なんでもっと早く試さなかったんだろう。
守さんの凄いところは、どんな場面でも諦めない不屈の闘志もあるが、その柔軟な発想力だと思う。
一通り練習をしてみたが、どれもいい感じだ。
後日、魔の森でテオと実戦形式で訓練することを約束し、その日は解散した。
※
数日後、僕とテオは魔の森の浅い場所に到着した。
普通に訓練しても面白くない。
ラビットやゴブリンを多く倒した方が勝ちというルールで勝負することになった。
狩り勝負は、現在テオが攻勢だ。
風魔法をうまく使い、離れた獲物の動きを察知する。
通常であれば届かない距離だが、風魔法の補助を受け、長距離射撃を可能としている。
僕も負けてられない。
手持ちの種は三つ。
これをうまく使って、狩りまくるぞ。
空に向けて弓を引き絞る。
ラビットは気配を察知し、逃げようとした途端、
「今だ、破裂草!」
空中で矢が破裂し、細かい破片が降り注ぐ。
後には、横たわる三匹のラビットが残されていた。
やった、大量だ!
破裂草は、実をつけるまでに成長すると、破裂し硬い種を周知に撒き散らす。さっきは空中で一気に成長させたのだった。
次は、ラビットの集団を見つけた。
集団目掛け、狙いを定めずに弓を速射する。ラビットの察知能力は高い。
「くらえ、呪縛草!」
呪縛草は、蔓が互いに絡まり合いながら成長する植物。さきほどは急激な成長により、網のように獲物を絡めとることが出来た。
これで僕の勝ち越しかな?
テオが必死に追いかけてくるのが見えた。
ーーボァだ! ワ、ィド、アだ!
大声で叫んでいるようだけど、聞こえない。
僕の新しい技に驚いたのかな?
その時、風に乗って耳元でテオの声が聞こえた。
『逃げろ!! ワイルドボアがすぐ後ろまで来てるぞ!』
僕はすぐさま反転し、テオの方に向かって、一目散に走り出した。
さっきまで僕がいた場所にワイルドボアが突進して現れた。狩りに夢中で全然気がつかなかった。
そのまま進んでいたら、大怪我を負っていたと思う。テオには感謝だ。
しかし、どうやらワイルドボアに捕捉されてしまったみたいだ。
僕が逃げる方向に進路を変え、猛烈な勢いで追いかけてくる。
「テオー! 助けてー!」
前を走るテオに助けを求めると、矢の援護が飛んできた。が、ワイルドボアの額にあっさりと弾かれる。
風魔法を利用した精密射撃は、立ち止まり集中している状態でないと発動できないみたいだ。
「ごめーん!むりー!」
テオはすぐに諦め、逃走に専念する。
時間稼ぎなら…、そうだ!
「呪縛草!」
ワイルドボアの足元を目掛けて、呪縛草の種子付きの矢を射る。
着弾を確認すると、一気に成長させた。
ーーブチブチッ。
成長と共に前足と地面と一体化した呪縛草が一気に引きちぎられる。
転倒…、とまではいかなかったが、バランスを崩し、大幅な減速に成功した。
この隙に僕とテオは、逃げ切ることができた。
「はぁ、はぁ。 これだけ離れれば、もう大丈夫でしょ」
肩で息をしながら、テオは周囲を索敵し、安全を確認する。
「…ねえ、テオ。 これはチャンスだよ。 僕達二人で、さっきのワイルドボアを倒してみない?」
僕はテオの反応を伺いながら提案する。
勝算はある。
まだ見せていない植物の種が一つ残っている。
しかもこちらには、索敵に優れたテオがいる。
一方的に見つけることが出来れば、優位に作戦を進めることが出来る。
「…やろう。 二人だけで倒したら、守さんも認めてくれるはず…!」
テオは逡巡の後、決意を口にする。
守さんへの思いが勝ったようだ。
ワイルドボアは複数のベテラン狩人で連携すれば倒せない相手ではない。しかし、それには入念な準備が必要だ。
カザンのような達人であれば、単独で倒すこともできるが。
新米の二人だけで倒したとなれば、間違いなく一人前と認められるだろう。
僕はワイルドボア討伐作戦をテオに説明した。
「おーい、こっちだよー。 こっこまで、おいで〜」
僕はあえてワイルドボアに身を晒すと、挑発した。
「フン、フン、フンガー!」
鼻息荒く、突進の予備動作から一気に加速し、迫ってくる。
『目の前の木に登って』
『次の大木の陰を通り抜けて、すぐ左』
『三秒後に、呪縛草を打ち込んで!
三・二・一、今!』
耳元に届けられるテオの声に従い、全力でワイルドボアから逃げる。
あの速さだ。
平原であればすぐに追いつかれてしまうと思う。
テオの誘導に従い、木や障害物を利用しつつ、時より移動阻害のために呪縛草を打ち込むことで余裕を持って、この逃走劇を成立させていた。
行き止まりだ。
袋小路になっている開けた場所に到着した。
そろそろ逃げるのはおしまいだ。
ワイルドボアは僕を追い詰めたと、鼻息荒く、ゆっくりと距離を詰めてくる。
あと、もう少し。もう少し、前…。
ゴクリ、唾を飲み込む音が聞こえた。
心臓の音が速くなる。
「今だ!」『今!』
僕とテオの声が重なる。
「噛み付き草!」
円形上に何匹も地中から蛇のように首を持ち上げ、中心のワイルドボアに向かって襲い掛かる。
さらにダメ押しとばかりに、逃げようとするワイルドボアに呪縛草を何度も打ち込む。
噛み付き草は、実をつける直前、近くにいる生物に襲いかかり、栄養を吸い取り蓄える。
その際、猛獣に噛みつかれるような様子から、この名が付けられた。
子供の頃に誰でも教わることだ。成熟前のこの草を見つけたら、音を出さずにゆっくり全力で逃げろと。
「やった! 倒したぞ!」
テオと合流し、互いの仕事ぶりを褒め合う。
キャッキャとはしゃいでいると、不吉な音が聞こえてきた。
ーーブチブチブチッ。
呪縛草を引きちぎる音。
「フンゴー!!!」
「…え!?」
僕達は思わず固まってしまった。
ああ、終わった。
ーーワオーン!!
「オイラ、参上!
新米くん達、途中までは良かったけど、やる時は最後まで気を抜いたらダメだよ」
遠吠えが森に木霊すると、
白銀の鎧に身を包んだ見覚えのある男が現れた。肩に大剣を担いでいる。
横薙ぎの一撃。
巨大な大剣を片手で振ると、ワイルドボアが吹き飛んでいった。
あれだけ噛み付き草をけしかけても倒せなかったワイルドボアが、たったの一撃。
さすが、守さんの相棒で名の通ったウルフさんだ。
「「ヴ、ル、ブ、ざ、ん」」
僕とテオは、涙でぐしゃぐしゃになりながら、何度もお礼する。
話を聞くと、守さんが心配して、何かあったら時のためにと、ウルフさんに頼んでくれたらしい。
もう本当にお世話になりっぱなしだ。
村は帰ると、カザンさんから叱られ、守さんからは励まされた。
もっと植物を研究して、強くならなくちゃ。
僕とテオは益々訓練に打ち込んでいく。
後の大戦で守の陣営が活躍したのは、守とウルフによるところも大きいが、優秀な若い隊長達がいたことも要因の一つと記録に残されている。




