20話 休息
異世界生活 377日目開始
目が覚めた。
知らない天井…ではなく、自宅の天井だ。
あれから、七日間眠りっぱなしだったらしい。
まさに、死闘だった。
瀕死の重傷を負った俺はというと…。
全快していた。
タレントの回復力凄すぎないか?
今回はさすがに死を覚悟した。実際に一歩間違えれば死んでいたと思う。次に同じことをやれと言われたら、出来そうにない。薄氷の勝利といったところだろう。
がしかし、蓋を開けてみれば、新しくタレントに覚醒し、体も全快。負傷者はいたものの、先の戦闘で死亡したものはいなかった。上出来だろう。
「守さん!」「守!!」
部屋の中を見渡すと、マリアさんが涙ぐんでいた。カザン達もいる。
感動の対面を果たそうとしてたところで、冷や水を浴びせられた。
「はぁ。目立たないよう言ったのに、今回はずいぶんと派手にやってくれたね…」
大きなため息。
そこには椅子に座って足を組み、くつろいだ様子の魔王がいた。どこか呆れているようにも見える。
「アンタ! 魔王様がいなかったら、今ごろ連行されてたわよ! 感謝しなさい」
魔王の隣には、例のサキュバスがいた。たしか、クレアとか言ったな。
一同が一斉に振り返る。
いつからそこにいたのだろうか?
これだけの人数がいたのに、誰も気づかなかった。
「この見るからに怪しい男が、影でこそこそ監視していたのよ!」
クレアが手をかざすと、何もない空間から、仮面をつけた男が現れる。
仮面で表情は見えないが、目線は宙を見つめている。とてもじゃないが、正常な状態には見えない。
「ほら、説明!」
クレアが男に指示を出すと、男は早口で話し始めた。
「私がケルベロスをけしかけました。我が主人には、ケルベロスは魔王の部下に倒されたと報告してあります」
一気にそう言うと、役目を終えた男はどこかに消えていく。
どうやっているんだ?これも魔法なのか。
「さて、守さんが置かれた状況は飲み込めたかな? どこに目があるか分からない。 今回はやり過ごせたと思うけど、見つかるのも時間の問題だろうね」
やれやれといった感じだ。
仮面の男が言っていた主人と、魔王が気にしている者は同一人物だろうか。
「見つかるって誰にだ?いや、何にといえばいいか?状況が飲み込めんぞ…」
とにかく間一髪の状況だったらしい。
突然の出来事に戸惑いながらも俺たちは、魔王の話に耳を傾けていた。
「まぁいいよ。とにかく守さんに残された時間は、あと数年ってところかな。
三年後になるか、五年後になるか分からないけど…
この先、必ず、ボクが、
殺しに
くるからね?」
「ーーっな!?」
突然、放たれる殺気。その場にいた俺たちは、体が震え始める。
忘れていた訳じゃないが、この少年のように見える者は魔王なんだ。気まぐれ一つで、今ここで全員が死んでもおかしくない。
余命宣告を受けた俺はどこか冷静だった。
この時は、戦うという選択肢は自然と考えられなかった。どうやっても敵わないということが直感的に分かってしまったからだろう。
「おい!ふざけるな! --ッツ!」
カザンが魔王に詰め寄ろうと立ち上がった途端、
「今、魔王様が話しているの。殺すわよ?
に ん げ ん」
クレアがカザンの後ろに回り込み、首元に爪を立てた。
薄く血が滲む。
嘘ではない、本当に魔王のためなら殺すことは厭わない。カザンは動けないでいた。
「カザンやめてくれ。誰も変な気は起こさないでくれよ。妙な気分なんだ。
冷静というか、落ち着いてるというか。終わりが見えた方がやる気がでる。
死ぬ気でこの村を発展させて、茜が不自由なく、安全に過ごせる環境をつくってやる。
殺されるのはそれからだ」
俺は魔王をまっすぐ見つめ、決意を口にする。
「フフフ、さすがは守さんだ。ボクはボクの仕事をするとしよう。それでは皆さんお邪魔したね。
あ、それと、前にあげた笛だけど、ピンチになったら遠慮なく使ってね。ボクに殺されるまでは死んじゃダメだよ」
残酷なのか、親切なのか、よく分からない魔王だ。
物置の奥にしまってあったはずだ、使えるものは使うとしよう。
魔王はそう言い残すと、クレアと共に消えていった。
数年後に殺される。
その言葉だけが余韻を残し、この場を支配した。
「うぅ…」「っくそったれ!!」
マリアさん泣かないでくれ。
カザンが悔しそうに拳を床に叩きつけている。怪我するから辞めろ、ほら血が出ているじゃないか。
アンナさんは口元を手で隠し、嗚咽を噛み締めている。
俺はベッドの上で天井を見つめていた。
あれ、いつの間に泣いていたんだ。
涙がほほをつたう。
茜が、成長する姿が見れないことが悔しい。
一人にする事が悲しい。
誰かを好きになって、結婚して、子供を育てる。
そんな姿を見れない、共に歳を重ねることができないのが寂しい。
いろんな思いが涙となって、流れ出た。
今日は泣こう。そして、明日からまた頑張ろう。
俺に残された時間は有限なんだ。
いつからか時間は無限にあると思っていたかもしれない。終わりが見えると、同じ1日でも違って見える。誰だっていつかは死ぬんだ。それが早まっただけだ。
自分にそう言い聞かせて、ベットに潜り込む。
翌日から俺は行動を開始する。
寝る間を惜しんで、街道整備に注力していこう。
新しく発現したタレントがある。
空いた時間で、血液操作を検証しよう。
これは間違いなく、血を操る能力だ。
血を、液体から霧状の気体にすることは、ケルベロスとの戦いで出来た。さらにそこから、ぶっつけ本番だったが、槍のように鋭利な固体にすることも出来た。
血の状態変化が能力の一つということだ。
ただし、これは大きな弱点がある。
自分の血を使うため、体内に血が足りなくなり、貧血を起こす。貧血で済めばいいが、やり過ぎると死んでしまう可能性もある。
この問題を解決しないと、強敵とは戦えないだろう。
そういえば、操れるのは自分の血だけなのか?
よし、こんな時はカザンに相談(実験)だ。
日頃の恨み、いや、困ったときは師匠の助言が必要なのだ。
その後、カザンの悲鳴が村中に響き渡ったのはいうまでもない。
結論からいうと、自分の血でなくても操れた。
ただし、非常に効率が悪い。
まず、相手に触れずに相手の体内の血を誤ることは出来なかった。それが出来たら、対生物で最強の能力だったのに。
次に、流血した傷口から相手の体内の血を操ることはなんとか出来た。
が、状態を変化させて体内から槍を突き刺すみたいなことは出来なさそうだ。せいぜい血の流れを弱めたり、止めたりといったところだった。それも相手が動いていたら難しいだろう。訓練次第でまた可能になるのか。引き続き検証が必要だ。
最後に、体外に流れ出た他人の血はどうだろう。
おお、体内の血と比べると、だいぶマシだ。
それでも戦闘に利用できるかというと、使いどころが限られるだろう。
ここで閃いた!
自分の血を混ぜると、どうなんだろう。
やってみると、いい感じだ。
自分の体内にある血とほぼそ遜色なく操れる。
最近はウルフや他の者に任せっきりだったが、俺は狩人だ。
狩ってきた魔物の肉を取る過程で、必ず血抜きをする。
それに俺の血を混ぜ、ストックしておこう。
強い武器になることだろう。
すると、自然と疑問が生まれた。
生きている相手の体内に俺の血を混ぜたら、どうなるんだ。操れるのか?
カザンで試そうとワクワクしながら、持ちかけたら全力で拒否された。
寝てる時にでもコッソリやってやろうか。
とにかくこの実験は今回見送りになった。
装備も見直そう。
鎧が大破してしまったから、修理と一緒に新しく改造してもらう。
俺のタレントの性質上、相手の流血を狙った装備の方が効率がいい気がする。
ガンテツとスミスさんに相談だ。
あとは、ケルベロスの魔石。
これを持ち込んだらかなり驚かれるだろうな。
魔石屋ネネ、宝飾屋ノノの顔が目に浮かぶ。
部隊の編成と訓練もしないと。
強者に太刀打ちできるとまではいかなくても、時間を稼げる者は必要だ。
今回は負傷者を出しながら頑張ってくれたが、次にこんなことがあったら、確実に死人が出る。
有望な若手を集めて、育成をしよう。
さぁ、やることはたくさんあるぞ。
しまっていこう。
異世界日記 378日目
魔王がまた来た、暇らしい。
どうやら俺は数年後に殺されることが分かった。
後悔がないと言えば嘘になるが、それまで1日1日を全力ですごそうと思う。
茜だけが気がかりだ。
残せるものを色々作って、残していこう。
次回からは暫く周囲の人たちの視点になります。
茜、ホーク、ウルフの冒険
若き隊員達の訓練
マリアさんの心境、装備を作る職人の話
の三本か、四本立てでいきたいなと思っています!
(予定は未定)




