18話 襲撃(一)
異世界生活 365日目開始
この世界に来て、今日でちょうど一年だ。
ビクトルさんから、宝飾屋から渡されたという装備を受け取った。あれだけ大きかった魔石は研磨され、腕輪として生まれ変わった。
腕輪と一緒に入っていたメモによると、風の魔法が発現したらしい。予想外の出来だ。
言動はあれだが、腕のいい職人だったんだろう。
少し前、茜が一歳になった。
各村を回る忙しい日々だったが、茜の誕生日だけは盛大に祝いたかった。
茜の誕生会はマモル村の広場で行われた。
村人だけでなく、イズミ村、ガンテツ村、コムギ村からも来客があり、予想よりも多く、自宅では入りきらなかったからだ。
前回の宴でダイダリオンの肉を振る舞ったからかもしれない。
祭壇のようなところに、茜が鎮座している。
ちょっとやり過ぎたか。
マリアさんはあら可愛いと、言ってくれた。
やはり聖母。
今回は、ケリュネイアの鹿肉だ。
ダイダリオンほどではないが、この魔物も珍味だ。
美味しさのあまり来客者は思わず舌鼓を打ったことだろう。
一歳にもお祝いの儀式がある。
『一升餅』だ。
一升の米を使って丸型の餅を作り、一歳になった子供に背負わせる。
一生食べ物に困らないように、
これからの人生が健やかになるように、
と願いが込められている。
「うえーん、うえーん」
そんな茜は、尻餅を着いて泣いている。背中に括り付けられた餅に重心を取られ、なかなか立ち上がれないでいる。
あまり食べられていないが、この世界にも米はある。主食として、受け入れられていない理由は、単純だ。美味しくないからだ。
今回はその米を使い、餅を作った。一升の量で作ると、約二キロの重さになった。
出来上がった餅を袋に入れて、子供に背負わせ、歩かせるまでが一連の流れだ。
最近やっと歩き始めたのに、重り付きではバランスが取れず、転んでしまう。
「頑張れ! もう少しだ、茜!頑張れっ!」
「ぶぇーん!ぶぇー!うぐぐ」
「おぉ、立った!! 一歩、二歩!その調子!
…やった!よく頑張ったなぁ…よしよし」
俺の熱い声援で、なんとか歩ききった茜。
思いっきり抱きしめた。
俺の腕の中で、苦しいのかフガフガと何か言っている。
それでも今は、ずっと抱きしめていたい気分だった。幸せを確かめるように。
※
よし、仕事だ。
街道の整備には、受け持つ担当ごとにチームを分けた。それぞれの担当に向いている村が中心となり、作業を進めていく。
1.街道工事…ガンテツ村
2.食料調達、運搬…コムギ村
3.警備、防犯…マモル村
4.家事、炊事、雑務…イズミ村
俺たちマモル村は、街道の警備から見張り、食料運搬の護衛、村の見回りと大忙しだ。
人の往来が増えれば、商売が活性化する。ビクトルさん以外の行商も目にする機会が多くなった。
そうなると、旅人や魔の森で狩りをする者などの来訪者も増え、治安が心配になる。そのための見回りだ。
カザンから一任された俺は、多方面に展開するため、四人一組となる小隊を結成した。見回りは二人一組で、交代制とした。
マモル村の人達だけでは人手が足りない。他の村からも有志で参加してくれた結果、総勢五十名も集まった。
内訳はマモル村の村人が多い。
食料がコムギ村から供給されるようになったため、食料を調達する必要が無くなり、時間が出来たからだ。
戦闘系のタレントが多いせいか、生産活動よりも得意らしい。もともと王国で兵士をやってた人もいて、警備や見回りもお手の物だった。
そう言えば、他の村では外に出る際、護衛を雇っていた。ビクトルさんもそうだった。マモル村の人達は常に自衛していたな。
「マモルさん! 次は何をすればいいですか!?」
有志の中に、俺を慕う物好きも現れた。
こいつはゼオ。十五歳の少年で、コムギ村の出身だ。
どうやら前に魔物に襲われていた時、俺に助けられたらしい。正直覚えてないんだが、そんなこともあったかもしれない。黒い鎧をずっと探していたそうだ。
ゼオは戦闘系のタレントは持っていない。植物の成長を促す生産系だ。しかし、戦闘のセンスがある。しかも、努力家だ。
前にもカザンに言われたことをそのまま伝えているが、俺より飲み込みが早いと思う。
そして、タレントの補正がないのに弓の扱いが上手い。これは俺には教えられない、カザンの出番だ。
「次は奥の手を授けよう。弓と植物の種と組み合わせて…」
半信半疑だったゼオは次第に目を大きく見開いていく。最後には開いた口が塞がらない。
ゼオは小隊の副隊長に任命した。経験を積んで、将来的に隊長を任せたい。
街道工事は力仕事だ。
一メートルほど掘り、下層から大きな石、中層、上層にいくに従い、きめ細かい砂利や砂を敷き詰める。最後の表層には平たい大きな石を敷いて完成だ。
真ん中を盛り上げることで、雨が路肩へと排水されるように設計した。
と言っても、俺は聞き齧った知識で、要所で口を出しただけだ。
ガンテツやスミス達が設計図に落とし込んでくれた。
スミスさんもこの工事には大きく携わってくれている。正直、大助かりだ。
「順調か?」
この日、俺は街道の先端に来ていた。
始まって数カ月だ。まだどこの村とも繋がっていない。
「守か! 魔物や盗賊を気にせず工事できるから助かってるぞ」
ガンテツは前線で指揮をとっている。ガンテツ村の人々は職人気質が多く、無口で武骨な人が多い。ガンテツだからこそスムーズに纏められる。
ガンテツと世間話をしていると、荒々しい蹄の音が聞こえてきた。
その様子からただ事でないことは確かだ。
「はぁはぁ。ま、守さん!大変だ! 見たこともない、強い魔物が出た…。
みんなで必死に足止めしてるが、いつまで、もつか…」
息も絶え絶えで、全身ボロボロになりながら、ゼオが駆け込んできた。今にも馬からずり落ちそうだ。
「ゼオ!! 大丈夫か!?
場所はどこだ?すぐに向かう」
「…む、村に、行って、ください」
「ゼオ!? …大丈夫だ、気を失っただけだ。誰かゼオを頼む!俺は、マモル村へ向かう!」
息も絶え絶えなゼオは最後に語ってくれた。
それは突如現れたらしい。
目につく生き物を引き裂きながら、猛烈に進んでいる。進行方向にはマモル村がある。
茜が、マリアさんが、村のみんなが危ない。
「ウルフ!」「ワン!」
銀狼に変化し、俺を乗せる。
名前を呼べば伝わる、以心伝心だ。
ウルフに乗り、脇目も触れずマモル村へ急ぐ。
「着いたぞ。
村は…? みんなは無事か!?」
その足で広場に行くと、人だかりが出来ている。
「状況を説明してくれ」
「守!」「守さん!」「おせぇぞ!」
怒号が混じっていたが、口々に歓迎される。俺の帰りを待っていたようだ。安堵しかけた空気を引き締める。
広場には、軽傷の怪我人が集められていた。
重傷者にベットを貸し出したため、足りなくなったらしい。村へ侵入されないよう文字通り体を張って進行を止めた結果だった。
ここからは俺の出番だ。
体の芯が熱せられた鉄のように、熱くなっていくのを感じる。
「動ける者は俺と共に来てくれ! 仲間を傷つけた不届き者を倒しに行くぞッ!」
「「「オオー!!」」」
軽傷者も含め戦える者、総勢二十名余り。
勝鬨と共に、俺たちは勢いよく村から駆け出した。
『ソレ』は、既に村の近くまで来ていた。
遠目からでも分かる。アレはヤバい。
三つの首をもち、飢えた肉食獣のように唸りを上げ、獲物を探すように見渡している。濁った目には縦に鋭い瞳孔。手足は大木のように太く、鋼のように強靭な四足獣。
同行している誰が呟いた。
「地獄の門番、ケルベロス…」
ウルフに跨り、先陣を切ったものの、勝ち筋が全く見えない。
体つきはウルフよりも三回りは大きい。それぞれが独立して動くため、死角はない。
左右の側面から同時に仕掛けようとすると、両端の顔が噛み付いてくる。
巨大な体躯なため、鈍重かと問われればそうではない。一度の跳躍で、進む距離はウルフの比ではない。
きわめつけはブレスだ。
三つの首は炎、氷、毒と異なる性質のブレスを吐いてくる。安易に近づくこともできない。
それならばと、弓や魔法による遠距離攻撃を仕掛けると、弓は分厚い皮に阻まれ、火の魔法は氷のブレスにより減衰させられる。強力な魔法を打てる仲間は俺たちにはいない。
アンナさんは強いが、一線を退いた身である。村の守りに注力して欲しい。
致命傷は避けているとはいえ、一人、また一人と離脱していく。このままではジリ貧だ。なんとか打開策はないか…。
じりじりと前線が後退していったその時、
ケルベロスの動きが止まった。
三つ首を跳ね上げる。
ブレスとは異なる予備動作。
そこから放たれるのは暴力的なまでの咆哮。
「「「バオオオオオォォォ!!!!」」」
不運にも、そこにいたのは年端もいかぬ少年。
イズミ村から有志で参加してくれて、いつもゼオと一緒にいた記憶がある。
弓が得意で、後方支援として小隊に入ってくれていた。
さらに、村からここまで案内してくれた功労者でもある。
その少年が咆哮を全身に浴びて、体が硬直してしまっていた。
あと数瞬もすれば、ケルベロスの爪が届いてしまう。
このままでは間に合わない。
出し惜しみはここまでだ。
心を落ち着かせる。
「…雷電二式」
体から蒸気のような煙が立つ。
熱い。
一式が魔素の爆発とすると、二式は魔素の高速循環だ。これにより、身体能力が著しく向上する。
ただし、時間制限付きだ。効果が切れた後の反動は大きい。
さらに、魔法を重ねる。
「風よ。我を守る鎧となれ」
ダイダロスの魔石から作られた腕輪に触れ、イメージする言霊を放つ。
魔法とは、創造力だ。
言霊はなくても魔法は発動するが、より強く、より鮮明にイメージした方が強力になる。
風が鎧の周りを包み込み、マントがはためく。
腕輪から得られる魔法は本人の適性による。俺の魔法は風を鎧に付加するようなものだった。
素早さ、防御に補正がかかる。
雷電二式の発動、風の力を借りて、ようやく五分。
ウルフから飛び降りると、弾丸のように一直線に駆け出す。
「間に合えええぇぇ」
ケルベロスの爪が少年に向かって振り下ろされる。
視界がスローモーションになる。
ザシュッ
「--ッツ。
なん、とか、間に合ったぞ!」
俺の肩口が少し抉られたが、少年は無事だ。
二式の効果が切れる前に倒さないと。
ここからが本番だ。
初めて正面から対峙する。
大きな相手だ。
三つの顔から牙を剥き出しで唸っている。
相手にとって不足なし。
いざ、参る!
俺から仕掛けた。
まずは前足に拳を叩きつけた後、すれ違い様に胴の下に潜り込み、今度は後ろ足に拳撃を加える。手応えはそれなり。首を狙いたいが届かない。チャンスを待つのだ。
次は、ケルベロスの番だ。
俺が張り付いているため、ブレスの出番がない。噛みつきや爪で攻撃してくる。間一髪でかわし、カウンターのように反撃する。
このケルベロス、速いことは速いが、動きが直線的だ。慣れてくれば対応できる。
何度目かの攻防を挟み、痺れを切らしたケルベロスは一旦距離を開けた。
今だ! お前のブレスはバレバレなんだよ。
ブレスには予備動作がある。
三つ首からブレスが放たれれば驚異であるが、それまでにタメが必要だ。
一気に距離を詰める。
ガンテツとスミスの合作のお披露目だ。
「赤熱剣」
火の魔石を消費してガンドレットに新しく備わった機構を発動する。
それは赤い炎の直剣。
恐らく燃やし切ることを目的としているのだろう。
普通の魔物であれば十分な火力だ。
しかし、ヤツにはこれではまだ、足りない。
「風よ。悪を滅ぼす我の牙となれ」
炎の直剣が風を纏う。
ーーゴオオオォォ
色が、赤から青に変わる。
前足を足場に、首へ駆け上る。
一閃。
空中に投げ出され、地面に転がる。
素早く身を起こし、振り返った先には、一つの首が転がっていた。断面にはまだ火が燻っている。
文字通り、焼き切ったのだ。
うまくいってよかった。
風の魔法により、空気中の酸素量を調整することで高温にすることに成功していた。
まずは一つ。
首が減っても、ケルベロスから感じる圧力は変わらない。むしろ増しているに感じる。
怒っているのか?
次の行動を観察。
よく見ろ。一つも見逃すな。
一瞬の油断が命取りだ。
まだまだ先は長い、一歩ずつやっていこう。
すみません、次話に持ち越します。




