17話 村長
異世界生活 280日目
これから本格的に公共事業に乗り出すぞと意気込む俺はというと、布団の中で卵を温めていた。
先日討伐したダイダリオンの卵だ。
バスケットボールくらいの大きさがある。
将来はあんなにデカくなるのか、そしたら村で飼えなくなってしまうぞ。
その時は、その時だ。
それにしても、この世界に保育器など存在しない。本来であれば親鷹の体温で温めていたことだろう。
ないものはしょうがないから、俺の人肌で温める。産まれてくるのは魔物の雛なのだ。
こればかりはマリアさんにも頼めない。
動物と一緒に子供が成長すると、情操教育にもいいと聞くしな。茜のためにも頑張って育てよう。
その卵だが、日中は茜のおもちゃになっている。なんせちょうどいい大きさなのだ。
あっちへ転がし、こっちへ転がし、キャッキャと喜んでいる。楽しそうで何よりだ。
そう、その茜!
なんと…、ハイハイが出来るようになったのだ!
オヨヨヨヨと感動していると、
その翌月には、掴まり立ちまでしちゃったよ!女の子は成長が早いと聞くが、その中でも早い方だろう。将来、身体能力が高くなるのかもな。
自分で動けるようになると、一気に行動範囲が広がる。同時に危険も大きくなる。
茜がケガをしないように家の中を改造した。
テーブル角など尖ってるところを丸め、柔らかいガードをつけたり、武器など危ないものは手の届く範囲から遠ざけた。
茜はまだ不安定で、補助なしでは歩けないが、それも時間の問題だな。
いや〜子供は、日々成長するんだな〜。
歳を取ると、涙腺が緩くなる。
茜が歩いたら泣くかも知れないな。
彩夏ー亡くなった妻にも見せたかった。
こんなに元気に、立派に育ってるぞって。
茜がヨチヨチとテーブルの端を掴みながら歩いている。目当ては大好きな卵のようだ。
ドテッ
卵に触れた途端、バランスを崩して転んでしまった。
「ぱぁぱぁ〜! あーん、あーん」
茜がびっくりして泣き出してしまう。
今、なんて言った?!
パ、パパって言わなかったか!?
「あ、茜ー、パパでちゅよー!もう一回言ってごらん〜」
「うーうー、ぱぁ、ぱぁ」
やっぱり言った!
この子は天才なんじゃないか…?
ーーピシリッ
「お!?」「う?」
突然、卵にひびが入る。
ーーパキパキパキ
「おおっ!?」「うぅ〜♪」
ひびから徐々に亀裂になり、殻を突き破る。
「キュイー!!」
産まれた!!
親は凶悪な見た目をしていたが、雛は案外かわいい。
「キュイ?」「うーう!」
茜と産まれたばかりの雛が会話しているみたいだ。
こいつは今日から『ホーク』だ。
ちょっと安直過ぎるかな。
昔からの苦手なんだ、名前をつけるの。
※
村長達の前で改めて宣言する。
「これから村を繋ぐ街道を整備していきます。大規模で長期間に渡る工事でになるでしょう。
皆さん、ご協力をお願いします」
頭を下げる。
「と、ところでフロールの町長にあいさつしたのでしょうか…?」
上目遣いで、遠慮がちにコムギが聞いてきた。
町長?フロール?
俺があまり理解していないことを悟ると、
「フ、フロールはこの辺りで一番大きな集落で、この辺境の地では唯一の町です。
事業をするなら、知らせなくていいのかな、と思いました」
コムギはおどおどしているけど、根はしっかり者なのかもしれない。
村長四人が集まって、誰もその事に気が回らなかった。
あの城壁に囲まれた町はフロールって言うのか。前に行った時は、名前なんて気にならなかったな。
「ガハハ、コムギ! いい事言ったな! 皆で、向かうとしよう!」
ガンテツの一言で、決定する。
俺たちは仲良くフロールの町へ向かうのだった。
村長なのにこんなに村を空けていて平気なのか?人のことは言えないが。
ケガが完治していないカザンは村で留守番だ。
長距離の移動はまだ厳しいだろう。
狩人として魔物を狩らなくてはならない。
そのために、ウルフを置いてきた。あいつなら上手くやるだろう。
あれ、俺よりも優秀じゃない?
適材適所だ、俺には俺しか出来ないことがあるだろう、たぶん…。
野宿をして、朝方にはフロールの町に着いた。今回は茜をマリアさんに預けてきたから、移動は速い。
カザンと親しい門番の男から昔話を聞いてみた。彼は王国でカザンの部隊にいたらしい。しかも、カザンは隊長だったそうだ。
どおりで人をまとめるのが上手いわけだ。
門をくぐり、町長の家を目指す。いきなり行って迷惑にならないだろうか。
菓子折的な物を買った方がいいのかと聞いてみたところ、コムギが事前に手紙で知らせていたらしい。
どこまでも出来る子!
町長の家は、豪華絢爛だった。教会ほど大きくはないが、何十人も住めそうな広さで、それでいて町の一等地にある。
床には真っ赤な絨毯がひかれ、高そうな調度品の数々が飾られている。高級なんだろうが、悪趣味だな。
そんな品物に囲まれていたのは、悪事で至福を肥したような太った男だった。
「ホッホッホ、遠路はるばるよくぞきてくれた。 歓迎しますぞ。 あなたは初めましてですな?私はマスッチ。
ほれ、これを食べるか? 美味しいぞ」
ガンテツの腹が鳴った。正直すぎるだろう。
俺に向けて名乗ってくれた。今日もカザンは欠席だ、足が悪いからな。俺はあくまで代理人だ。
話を振られて、簡単に自己紹介をする。
「私は、守と申します。今日はカザンの『代理』で来ました。カザンの怪我が治るまでですが、よろしくお願いします」
俺の勘が警戒を促している。こいつに気を許してはいけない。食い物にされそうだ。
「今日は挨拶にきた。 この四つの村同士を街道で繋ぐ、大規模な工事をする。 長期間になるだろうから、こうして説明に来た」
年長者のガンテツが一同を代表して、訪問の趣旨をぶっきらぼうに説明した。
「あと、こいつは代理と言っているが、カザンから正式に村長の座を譲ると聞いている。
これがその手紙だ、カザン村改めマモル村に変わるから、そこんとこもよろしくな」
「えっ!?」
なーにー!!
またしてもカザンにしてやられた!
こういう大事なことは事前に調整しろといつも言ってるのに。
「あの人らしいわね、ふふふ、賛成よ」「…さ、賛成です」
イズミとコムギも同意のようだ。
こうしてトントン拍子に話は進み、カザン村改め、マモル村の村長になってしまった!
異世界に呼ばれ、もうすぐ一年が経とうとしていた。最初はどうなることが思ったが、なんとか生活出来ている。忙しさは日本にいた頃とあまり変わらないが、それでもこちらの世界は生きていると実感する。やりがいがある。
俺たち一向は町長マスッチの邸宅を後にし、各々の用事を済ませるという名目で一度解散した。
出発は明日だ。それまでにやる事がある。
「ごめんくださーい!スミスさーん!」
俺は鍛冶屋スミスを訪ねた。
この鎧の奥の手のお陰で、命を救われたことを報告しにきたのだ。
「お前さん、本当にアレをつかったのか!? どうじゃった!?」
スミスは目を見開いて驚いていた。
なんでも実用性を度外視したネタ機構だったらしい。
俺は思わず突っ込みを入れながら、思い出せる限りで説明し、鎧のメンテナンスを依頼するのだった。
「そうだ、この素材でマントとか作れないか?」
俺は先日手に入れたダイダリオンの翼、骨、羽などをスミスに見せる。
「こ、小僧! これをどこで!?」
スミスの目が輝く。
ホークのことを話したら剥製にされそうな勢いだ。内緒にしとこう。
「それは企業秘密ですよ、フフフ。…あれ、ガンテツ?」
無駄に謎の男を演じていると、ガンテツが店にやってきた。
「おう、スミス!元気でやってるか? 守がなんでここにいる? おい、この素材はどうした!? ダイダリオンの肉だけじゃなく、素材も手に入れてたのか!?」
ガンテツまでも興奮している。
そういえば、この二人は見た目がそっくりだった。
「スミスは俺の弟だ。
こいつは変わり者でな、村を飛び出してフラフラしてたかと思ったら、急に帰ってきて町に店をかまえたと聞いてな」
どおりで似ている。
それでこの素材で、マントを作れるか聞いてみた。
「面白いじゃねぇか! 俺も混ぜろ!
俺たち二人でやれば、明日の朝まで余裕だ!
スミス、腕は鈍ってないだろうな?」
「兄貴こそ、足を引っ張るなよ」
「じゃあ俺はこれで…」
二人の盛り上がっている二人を邪魔するのも無粋だ。
俺はそっと店を出た。
次に向ったのは、魔石屋だ。
前回、茜のタレントが暴走した時に魔石を高額で買い取ってくれた。おかけで、助かったものだ。
今回はお礼と火の魔石を仕入れにきた。あとはダイダリオンの魔石を自慢しに。
「この前はありがとうな。俺は守。
今日は火の魔石は買いに来た、あとは面白いブツが手に入ったんでな…」
「私は、ネネ。
お礼には及びません。私はあなたに光る原石の輝きを見出しただけのこと。
長い間、石ばかりを見てると、人にも共通していると気づかされます。先行投資なのですよ、うふふ」
フードをすっぽりと被って表情までは見えないが、頭の上についた猫のような耳がちらりと見えた。
人間ではないのか?猫族のような人種がいるのか。
危険な香りがするから、これ以上の追求はやめておこう。
「そ、そうか。期待には応えないとな。
それと、こいつを見てくれ」
ゴトリ。
バスケットボールほどの大きさのダイダリオンの魔石を、カウンターに置く。
「こ、これは!?」
先程まで冷静だったネネは、カウンターから身を乗り出して、魔石を手に取る。手が震えている、それほどの品か。
「こ、これほど状態のいいダイダリオンの魔石は初めてです。 通常、中小隊での一斉攻撃で仕留めるため、魔石も損傷が激しく、使える部分はほとんどありません」
ネネの息遣いが「はぁはぁ」と激しい。完全にヤバいやつだ。
「失礼しました。このクラスの魔石ですと、装飾として、加工した方がよいでしょう。
宝飾屋を紹介いたしましょう」
ネネは、少しは落ち着いたものの、目を細めたままだ。俺は火の魔石を大量に購入し、ネネの案内で宝飾屋とやらに向かった。
「ここは、私の妹が営むお店です」
裏路地に入ると、みすぼらしい外観の店が現れた。
案内されるまま店内に入ると、またしてもフードをかぶった店主に迎えられる。すると、この装飾屋も猫耳なのか?
「ノノですニャ! この魔石はニャンだ!?」
この猫族は、あまり隠す気がないのか。語尾が見た目そのままを物語っている。
「落ち着きなさい。あなたならこの魔石の声を聞き取って、加工できるわね?」
「任せるニャ!」
胸を大袈裟に叩き、ブンブンと大きく頷いている。
請け負ってくれるようだ。
さすがに翌朝までに、とはいかないようだ。完成したら、行商のビクトルさんに預けてもらうことにして店を出た。
翌日、俺はガンテツから鎧とマントを受け取った。
調子に乗って、さらに奥の手を用意してくれたらしい。
マントは素晴らしい出来ではあるんだが、想像していたものより、別の方向に進んだようだ。
肩部分には爪があしらわれ、色は黒。
装備してみると、全体的に邪悪さがプラスにされる。
思っていたのとなんか違う…。
性能的には、防御率と素早さに多少の補正があるらしい。素晴らしい一品だ。
とにかく準備は整った。
こうしてカザン村…改め、マモル村に帰った。
カザンにひとしきり文句を言った後、忙殺される日々に想いを馳せて眠りにつくのであった。
異世界日記 299日目
茜がまた成長した。ハイハイに掴まり立ち、初めて意味のある言葉を話した。
ダイダリオンの卵が孵り、ホークが生まれた。茜と共に成長していって欲しい。
フロールの町で、村長に任命された。とんだサプライズである。忙しくなるぞ〜




