14話 提案
異世界生活 150日目
魔王が俺をヘッドハンティングしにきてから、一カ月半が経過した。
どうやって俺の名前や家を知っていたんだろうか。
日頃から監視されていたのか。
目下の悩みは二つだ。
一つ目はこの魔王の置き土産である笛だ。
壊したり捨てたりしたら、気づかれそうだ。
監視されていると考えて行動しよう。
何か困ったことがあれば知らせてと言っていたな。
そのための笛ということだろう。
吹く機会なんてなさそうだが。
二つ目は魔王が言い残した言葉だ。
目立つな。
これは間違いなく俺が考案した新しいオムツのことだろう。
蔓綿の魔花を布オムツに縫い付けるだけの簡単工作だ。
これは尿や糞を栄養として吸収し、綿花が咲けば交換の時期というアラート機能まで持ち合わせた代物だ。
確かに、日本での知識を総動員して軍事面で発揮してしまうと、世界のバランスが壊れてしまうかもしれない。自分の生活を豊かにするくらいで留めておこう。
そうそう、俺の新装備の黒鎧は絶好調だった。
カザンに見せると少年のように目をキラキラさせていた。
魔の森での狩りで使用してみたところ、前よりスピードは落ちた。
しかし、有り余る防御力とやや上がった攻撃力を得ることができた。
鈍足にはなったが、相手の行動を予測し、障害物やウルフの牽制で相手の行動を制限する。
まるで詰将棋のような狩りのやり方に変化した。
すると、前よりも効率が上がった。
初めて対峙したときには震え上がったワイルドボアでさえ、安定して狩ることができるようになってきた。
茜は足首につけたミサンガ石のおかけで、タレントが暴走することなく、健やかに日々を過ごすことができている。
そうそう。この前、初めて『寝返り』をうったんだ。
いつの間にかうつぶせになって、泣いていたから焦ったものだ。
赤ちゃんの死因の一つに窒息死がある。
うつぶせのまま長時間放置されると、窒息や突然死のリスクがあると聞いたことがある。
そのため、赤ちゃんの敷布団や枕は柔らかすぎるものよりもやや固めくらいがちょうどいい。
これからますます目が離せなくなりそうだ。
さらに、最近ついに腰が据わった。
自分の力で座れるようになったのだ。
感動だ。
こうしていつの間にか、歩くようになるんだろう。
腰が据わったということで、これから母乳の量を少しづつ減らして、離乳食を始める時期だ。
最初の離乳食はおかゆだ。
それも十倍がゆといって、普段のおかゆよりも薄め、裏ごしして米粒の触感を無くしたものだ。
そこから徐々に薄める量を減らし、普段食べるようなおかゆに近づいていく。
茹でた野菜や果物も食べれるようになる。
大変なことも多いが、日々成長を実感できるのは嬉しいな。
※
村での生活や狩人の仕事にも慣れてきた。
そろそろ生活の質をもう一段階あげるときだ。
俺は、この村のシステムにずっと疑問を感じていた。
狩人の後継者問題一つで村が立ち行かなくなりそうだったからだ。
言い換えると、狩人に依存しすぎている。
今こそやり方を変えるべきだ。
具体的には、辺境の村以外の集落と交流を結ぶべきだと思う。行商のビクトルさんの話では、いくつか村を回っているらしい。交流は不可能ではないはずだ。
俺は早速、狩りから帰ったその足でカザンに相談した。カザンはこの村の村長だからな。
カザンには主に以下の三つを提案した。
1.近隣の村と提携を結び、交流を持つ。有事の際はお互いに助け合う。
2.近隣の村と村との往来が今より簡単にできるように街道を整備する。
街道の整備費用や人材は各村から出し合う。
3.それぞれの村が特産別に特化する。
その特産品を街道を通り、別の村に卸すことで交流を活発化させる。そこに経済が生まれる。
村を特産に特化されるためには、必要な人材を村の間で引っ越しさせることも厭わない。
それぞれの村で同じこと万遍なくやっていたら、少ない村単位では効率が悪いと思う。
この辺境村での特産品はなんだろうか。
答えは既に手に持っていた。
…魔物だ。
この村は近隣の村たちの中で最も魔の森に近い。
そのため、魔物を倒す機会が多くある。
魔物から魔石が取れたり、魔物の肉は珍味として高値で取り引きされるものや骨や毛皮は武器防具の素材としても使用できる。
とにかく捨てるところがないのだ。
近隣の村から腕っぷしの強い者を集めて、狩人団を結成するのもいいな。
アイデアが次々と湧き出てくる。
「カザン、どうだ?」
カザンからの反応を待つ。
「…おもしれえな」
腕を組み、目を瞑り、思案していたカザンはニヤリと笑う。なかなかの好感触だ。
「突拍子もないことを言い出したかと思えば、案外、理にかなっている。他の村長達に言ってみろ。
すぐに村長会議を開くぞ」
アンナさんは驚いたが、もう慣れたもので紙と筆を用意してくれた。
カザンは手紙を書きだした。
商人であるビクトルさんに近隣の村々に届けてもらうそうだ。
村はこの辺境村を含めて、四つあるらしい。
村に名前はなく、村長の名前で呼び合う。
俺たちが住んでいる辺境村は、カザン村と呼ばれていた。
他にも、イズミ村、ガンテツ村、コムギ村がある。
カザンがあっさり受け入れてくれるとは思っていなかった。
説得する準備もしていたのに、無駄になってしまったな。
※
一か月後、村長会議は実現した。
今回の開催場所は、発起人であるカザン村だ。
俺の両隣にはカザンとマリアさんが座っている。
俺は村長達を見渡し、プレゼンを始めた。営業で鍛えたプレゼン力を今こそ発揮するときだ。いくぞ!
「みなさん、今日は遠いところお集りいただきありがとうございます」
つかみは大事だ。まずはこちらの話に引き込む。
「この世界は…、私たちに優しくありません。
外には魔物が我が物顔で闊歩し、小さな傷でも運が悪ければ、死んでしまう。
日々の生活で時間を費やし、生活が好転する兆しは見えない」
村長達がうんうんと頷いている。いい調子だ。
ここで、三つの提案を話す。
村長達の反応は、三者三葉だった。
感心するもの、眉をしかめるもの、周りの様子をうかがうもの。
「私は、この現状に満足していない。
私には、小さな娘がいます。一歳にもなっていない。
娘にはこの過酷ともいえる世界でもう少し安全に、楽しい日々を過ごし、成長してほしい。
私の願いは、ただそれだけなのです。
皆さんぜひご協力をお願いします。
ご清聴ありがとうございました」
サイは投げられた。あとは出たとこ勝負だ。
「私はイズミ。 先ほど特化といってたけど、私達の村には何を望んでいるの? 私達の村には男が少ないから、力仕事はできないわよ?」
長く青い髪をした女性だ。どこか洗練されていて、小洒落た印象を受ける。そして、美人。
髪をかき上げながらこちらを見ている。
「各村の役割は、次に申し上げるとおりです。
私なりに村の立地条件、特徴を分析した結果です」
・イズミ村は、娯楽と流行。
女性が多く、洗練された人々が多い。酒の種類が多いこともある。
・ガンテツ村、採掘と鍛冶。
男性が多く、『魔の山』に近い。鉱石を産出し、鍛冶が盛んのため。
・コムギ村は、食料生産。
穀物の栽培、放牧に向く広大な土地がある。のんびりとした村人の適正。
・カザン村…狩りと警備。
『魔の森』に近い。狩りのベテラン指南者カザンの存在。攻撃系のタレントを持つ村人の適正。
「いかがでしょうか」
「なるほどね、よく考えられていると思うわ。私達イズミ村は、賛成よ。
私達の村は、先細りだったのよ。村のみんなも理解してるはず。渡りに船だわ」
「ガンテツ村は反対だ。どこの馬の骨とも分からない若造にこんな大きな決断を任せられるか!」
「わ、私達コムギ村は…、村の人達の意見を聞かないと決められません…」
イズミ村は参加、と。
ガンテツか、頑固親父って感じだな。
コムギはどこか頼りない印象をうける。年齢も若そうだし、村長を引き継いだばかりなのかな。
「コムギさんは一度村に持ち帰り、あとでお返事を聞かせください。
ガンテツさん、私の実力が分からないからというのは理解できます。
警備とは、つまるところ武力を担うのですから。 それでは一度手合わせいただけませんか?
もちろん逃げるのであれば止めませんが…」
煽ってみる。
ガンテツは目を見開き、ピクピクしている。今にも怒鳴り散らしそうだ。
「言うじゃねえか、小僧。
表出ろ。
手合わせしてやろうじゃねえか。お前こそ、逃げるなよ」
「逃げません。
みなさんお疲れでしょうから、明日にしましょう。 村の広場でお待ちしております」
ひとまず解散となった。
冷静に戦って判断してもらわないと意味がない。
異世界日記 180日目
茜が成長している。寝返りをうち、腰が据わった。あっという間だ。
結婚とか言い出さないよな?
村長会議で俺の考えを提案したところ、流れでガンテツ村の頑固親父と手合わせすることになった。
負けないぞ、これも将来の茜のためだ。




