12話 茜
異世界生活 60日目開始。
茜が生後百日を迎える。今度はお祝いというよりは儀式がある。
その儀式は、お食い初めと呼ばれる。
一生食べることに困らないようにと願い込めて、一汁三菜の祝い膳を用意して、赤ちゃんに食べさせるふりをするというものだ。
食事の内容としては、鯛などの魚、赤飯・焚き物・香の物・紅白餅などのほか、吸う力が強くなるようにと吸い物(汁物)、歯が丈夫になるようにと歯固め石が供される。食器は漆器を使う。
当然、赤ちゃんはまだ食べれないので、唇に当ててるだけ。歯固め石などはその名の通り、石なので食べれない。
「「はい、あーん」」 チョン
キャッキャ
茜を膝の上に乗せて、箸で鯛のような魚の身を口に運ぶ。息子くんはマリアさんの膝の上だ。
今回もカザン夫妻とマリアさんの息子くんが参加している。
食事を用意するにあたり鯛なんてこの世界にはいない。
そんなときは、またまたアンナさんに相談だ。
すると、隣で聞いていたカザンがまかせろと言って、鯛っぽい白身魚のような魔物を捕まえてきた。
ギョロという名前らしい。
目がギョロっとしているからか。
とにかく茜も息子くんも大喜びだ。
「「はい、あーん」」 チョン
キャッキャッ
今度は、歯固め石だ。
歯は早ければ六カ月頃から生え始める。不思議なことに、必ず前歯から生えるらしい。
丈夫な歯が生えてくるんだぞ〜。
こうして、お食い初めはつつがなく終了した。
食事はこのあとスタッフが美味しく頂きました。
この儀式も定着してくれると嬉しい。
※
さらに、一カ月が過ぎた。
そんな俺は狩人としての仕事に励んでいた。
今ではウルフは立派な相棒として同行している。
ビックベア騒動の後、町や近隣の村から調査団が組織され、森の中を詳しく調査したが、やはり原因は分からなかったらしい。
未だ危険なことに変わりない。ただウルフがいれば何とかなるだろうと思い、俺達はヒマカの実を集め、魔物を狩っていた。まさかの犬頼りである。
魔物からは魔石と食用の肉が取れる。それらを村に持ち帰り、別の食料などと物々交換する。
村人達は野菜を育てたり、家具作成や生活用品の修理など技術の対価して交換することもある。
マリアさんにはいつも茜を世話してもらっているので、多めに渡している。
ちなみにマリアさんは生活魔法のタレント持ちだ。
アンナさんのようや火魔法のタレント持ちであれば、火の属性しか使えない。その代わり強力な魔法を発現できる。
生活魔法とは、威力が弱く戦闘には使えないが、複数の属性魔法を扱うことが出来るものらしい。
マリアさん場合、具体的に三つある。
ウォッシュ…洗濯
ブロウ…暖風
イグニッション…点火
羨ましいかぎりだ。
炊事、洗濯が魔法でこなせてしまう。一家に一人は欲しい。
マリアさんはこの能力で各家を回って小遣い稼ぎをしていたそうだ。もっとも今は俺が渡している分で家計を賄えるので、その必要もなくなったようだが。
何度も森に入るうちに、段々と要領が分かってきた。
気づいたこととしては、索敵や撃破に時間がかかり過ぎていると思う。
索敵はウルフがいる時いいが、倒す時間がもったいない。ウルフのタレント『変化』は消耗が激しいため、何度も使えるものではない。
俺は、もっと効率的に出来ないか模索していた。
試行錯誤を続けていると、俺自身についても分かってきたことがある。
それは、手数の少なさだ。
引き出しの少なさと言い換えてもいい。
俺の必勝パターンとしては、まず、近づいて殴る。
次に、近づいて殴る。
最後に、近づいて殴る…。
これしかないのだ。
中、遠距離からの投擲や弓矢は必中とは言えない。
ましてや、遠距離からの弓は外れる確率の方が高い。これではビックベアのような強敵に対応できない。
閃いた。
装備を見直そう。
今の俺は、カザンが使っていた装備のお下がりだ。
使い勝手は悪くはないが、汎用的だ。
しかもら俺とカザンではタレントが、戦闘スタイルが全く違う。
カザンはスピードを活かした近距離も対応できる遠距離ファイター。
対して俺は、被弾覚悟の超近距離ファイター。
考察していて、悲しくなってきた。
要は、俺に合うかっこいい装備が欲しいのだ!
欲しいったら、欲しいのだ!
それには軍資金がいる。
俺は毎回ノルマをこなした後、少しだけ多目に魔物を倒し続けた。そして、コツコツと魔石を貯め、ビニール袋三杯分に届く魔石を集めることが出来た。
とりあえずこれだけあればいいだろう。
町に駆り出すぞ!
意気揚々と、森から村に帰るとなんだか騒がしい。
胸騒ぎがする。
「守!どこ行ってたんだ! マリアの家でボヤが出た! 早く行ってやれ!」
「なに!? 火事か!? 分かった!!」
いつも野菜と交換してくれる村のおじさんはそう言うと、マリアさんの家を指差した。
「はぁ、はぁ。…マリアさん、茜ッ!」
全力で走る。
あの角を曲がったら、到着だ。
家は…焼け落ちて、いなかった!
外観からは火事があったかは分からない。
そこまで酷くなかったのかもしれない。
とりあえず一安心。
呼吸を整えて、マリアさんの家の扉をノックする。
すると、出迎えてくれたのはアンナさんだった。
「アンナさん?? マリアさんは?茜は無事ですか!?」
マリアさんに何かあったのか?
「…なんだ、守か!やっと帰ってきたよ、入りな」
俺は混乱しながら、アンナさんにマリアさんの具合に尋ねると、中で話そうと、部屋に案内されるのだった。
そこには、ベットに横たわるマリアさんがいた。
「マリアさん!!」
「守さん、お帰りなさい。 皆さん大袈裟なんですよ」
マリアさんが起きようとすると、アンナさん、腕を組んで難しい顔をしたカザンが慌てて制止する。
「もう無我夢中で…。 急に体の力が抜けたと思ったら、私の生活魔法『点火』が発動していて、家の中で火が燃え広がりそうだったので慌てて『洗濯』で消火したんです。こんな事初めてで、私どうしちゃったんだろうと思って…」
起きるのを諦めたマリアさんは布団から顔だけをちょこんと出して続けた。部屋の隅を指差すと、そこには黒く焦げた椅子が置かれていた。
「カザン…」
何が何だか…原因が分からない。
俺はカザンに説明を求めた。
「恐らく、タレントの暴走だろう。
ただし、マリアは自身のタレントを使いこなしていた。
そもそも暴走とは、タレント自体の能力が強力、かつ使い手が未熟な場合に稀に起きるものだ。今回はそのどちらにも当てはまらない。
だから、余計に分からない…」
カザンの説明に全員が頭を捻っていると、それは起きた。
「ふえーふえー」
不穏な空気を感じ取ったのだろうか。
茜が泣き出した途端、カクンと、力が抜けるのを感じた。
「「!?」」
「力が入らない…?」「なんだこれは…」
「守!! 茜を外に連れて行け! 今すぐだ!!」
唐突にカザンが叫んだ。
防御特化のタレントのおかげか、俺はみんなより比較的症状が軽いようだ。
茜を抱き上げ、外に連れてだした途端、俺達の周囲に火魔法や生活魔法が発生した。
「どういうことだ!?」
マリアさんの家が幸い村のはずれに近いこともあり、被害はなかった。
カザン曰く、茜に向かって力が吸い取られる感じがしたそうだ。
そこで嫌な予感がして、外に出すよう指示したらしい。
詳しくは分からないが、俺たちの力やタレントが茜に流れ、それが暴走したとしか考えられない。
「カザン…、どうすればいいんだ…?」
部屋に入り、すがるようにカザンに尋ねる。
「すまん、こればっかりは専門外だ。俺にも分からん」
「そんな…」
カザンの言葉に落胆する。
「まぁ待て。俺には分からんがタレントは、専門家がいる。
教会だ」
教会ではタレントの鑑定ができる。
であれば、最も多くタレントを分析する機会があるだろう。
教会はこの村にはない。町にあるのだ。
ちょうど行きたいと思っていたところだ。
町へ行って、やることを整理しよう。
1.茜のタレントと対処法を教会に聞く
2.装備の充実
3.快適なオムツの注文
どさくさに紛れてもオムツの野望も忘れてはいないぞ、フフフ。
入念に準備して出発するとしよう。
※
出発の朝。
俺、茜、ウルフで町へ行くことにした。
街道沿いに魔の森とは反対に、東に三日行ったところにある。街道が続いているため、迷うことはないという話だ。
カザンは足を負傷しており、アンナさんはカザンの世話。マリアさんは息子くんの世話のため、俺たち家族での旅となった。
マリアさんから貰った搾乳分で行きは持つ。
帰りは、なけなしの粉ミルクを使おう。
街道沿いに進むと、魔物もほとんど出ない。
出ても、弱いゴブリンやホーンラビットだ。
ウルフがいれば全く問題ない。
街道脇に設置されている小屋で夜を越して、順調に進んだ。
町が見えてきた。大きい。
町とはいえ、城壁が取り囲むように設置され、門が見える。入るには門番から許可がいるようだ。
門前には行列が出来ていた。
俺達もそれに並ぶ。
「次、入れ」
ぶっきらぼうに門番が促す。
俺がカザンからの紹介状を渡すと、堅苦しい門番は態度を軟化させた。
「あんた達は、カザンさんの知り合いか! 入ってくれ! カザンさんによろしくな」
町にまでカザンの知り合いがいるのか。
顔が広いな、全く。
門を潜ると、活気と喧騒がやってきた。
両脇には数々の出店が並び、目移りしそうだ。
行き交う人々は多く、どの人も目が輝いている。
みんなやる気に満ちているな。
こういう雰囲気は大好きだ。
暫く歩いていると、一際目を引く建物が見えてきた。カザンからは行けば分かると言われたが、その通りだった。
なぜなら、町で一番大きな建物が教会だったからだ。
教会に入る前に、魔石を換金しよう。
鑑定にはお布施が必要と言われていたからだ。
教会までの道中に魔石屋はすぐに見つかった。
「こんにちはー。換金を頼みたいのですが〜」
大、中、小の魔石を1つずつカウンターの上に出す。何軒か魔石屋を周り、相場を調べるためだ。
「おや、これはこれはようこそいらっしゃいました。 ほほう、魔の森産の魔石ですねぇ」
魔の森と言い当てる。分かる人には分かるものなんだな。俺にはさっぱりだが。
魔石を手に取り、ループで覗き込んだり、光に当てたと思ったら、ブツブツと何か呟いた。
その途端、魔石が淡い光を発する。
「ようござんす。 なかなか純度の高い魔石でした。 小さいほうから、10、50、100ガロンでどうでしょう?」
『ガロン』とは、この世界での通過だ。
ふむ、高いか安いか分からん。鎌をかけてみるか。
ーードン!
「田舎者だからって、あんた俺を舐めているのか?」
拳大もあるビッグベアの魔石をカウンターの上に置く。
「これは!? まさしくビッグベアの魔石! こ、これをどこで? まさか、先日討伐されたというビックベアですかい?!」
最後のほう口調がおかしかったぞ。
「ほほう、耳が早いな、店主。 これで俺の実力が分かるだろう?」
俺も乗っかってみる。
死にかけたことはもちろん表情には出さない。
「…。 宜しいでしょう。長い付き合いになりそうです。先程提示した三倍の価格で買取させたいただきましょう」
魔石屋は、逡巡した後に絞り出すように言った。
「五倍だ」
俺は手をパーにして、突き出す。
攻める時はとことん攻め込むのだ。
顔を引きつらせながら、最終的には四倍の値段で落ち着いた。他もの魔石屋を回ろうとしていたが、勢いで売ってしまった。
もう売る魔石はないが、相場を調べるために何軒か回って行ってみるか。
※
どうやらだいぶ高く買ってくれたらしい。
他の魔石屋では、最初に提示された額と同等か、それ以下だった。
名前を聞いておけばよかったな。
これから世話になることもあるだろうから、その時でいいか。
現金を手に入れた俺は万を持して、教会の扉を開く。
荘厳にして、重厚。
歴史を繋いできた重みを感じる。
奥には、高い天井に届きそうな巨大なパイプオルガンのような楽器。
ダイヤ型のガラスのようなものが空中に浮いていて、入ってくる光が乱反射する。
俺に信仰心はないが、思わず膝をつき、祈りを捧げたくなるような厳かな雰囲気がある。
「本日は礼拝でしょうか」
初めて見る建物に圧倒されていると、背の低い修道服のような服を着た女性から声をかけられる。さながらシスターといったところか。
「い、いえ、本日はこの子のタレントの鑑定に参りました」
俺は抱っこしていた茜を見せながら、先日起こった事件を説明する。
「まぁ、それではこちらを」
少し驚いたシスターと入れ替わるように銀のお盆を持ったシスターがやってきて、目を伏せてお布施を待っている。
このお盆にお金を載せろってことかな?
恐る恐る、四百ガロンを載せてみる。
魔石大、一個分のお金だ。
シスターは動かない。足りないようだ。
この教会に入る前に飯屋に行ってきた。
十ガロンも払えば、腹一杯食えるような価値だった。日本円に換算すると、一ガロンで百円くらいなのだろう。
四百ガロンは四万円だ。これでも足りないのか…。
様子を見ながら、お盆に乗せていくと、結局二千ガロンもかかった。二十万だ…。すっからかんではないが、懐はだいぶ寂しくなった。確かに高い。カザンの言っていたとおりだ。
「ついて来てください」
案内された先には、台の上に丸い水晶が置かれていた。背の低いシスターに従い、茜の手を水晶に乗せる。
「こ、これは…? なんと、珍しいこと…」
シスターは控えめに驚きながらも、サラサラと紙に書いて渡してくれた。
「この子のタレントは、『吸収(未定着)』です。
能力は周囲の人の能力や特徴を吸収し、自身の能力として行使するというものです。適性はあると思いますが。
能力自体が強すぎるため、まだ小さいこの子では制御しきれないようですね。
このままでは、いずれこの子自身も、周りの人々にも被害が及ぶでしょう…」
目の前が真っ暗になった。
タレントの概要が紙に書かれているが、頭に入ってこない。
やっと、生活が軌道に乗り始めたところだったのにあんまりだ。
こんなに小さい茜が不憫すぎる。
「ご安心ください。 こちらをどうぞ」
茫然としている俺をみかねて、手紙を握らされた。
中身は紹介状らしい。
「タレントは抑制することができます。
その紹介状を持って、道具屋に行きなさい。
困難な道でしょうが、あなたにも聖スピカ様のご加護がありますよう…」
胸に手を添えたシスターが優雅にお辞儀をする。
首の皮一枚繋がった。
教会を出たその足で、道具屋に向かう。
「お願いします! この子を、茜を助けてください!!」
俺は道具屋の店主に懇願した。
最初は迷惑そうな顔をされたが、紹介状を読むと、金払いが良さそうな俺を歓迎してくれた。
「タレント抑制の装備はあるが、身に付けるのがその嬢ちゃんか…さて、どうしたものか」
なんでも、通常は腕輪や指輪にして常に身につけておくらしいが、赤ちゃんだ。
すぐに成長するし、誤って飲み込んでしまったら大変だ。日本でも赤ちゃんによる誤飲の事故は頻繁に報告されている。
道具屋の店主は知恵を絞り出し、ビーズのように石を紐で束ね、足にくくり付けてくれた。
ミサンガのようにも見える。
この石が大事らしい。
成長と共に、紐を取り替えることで太さ調節が出来るようだ。
これで一安心。
一気に脱力した。
財布の中身はさらに軽くなった。
今日は宿で一泊しよう。明日は道具屋でオムツ探しと、俺の新しい装備だ!
道具屋の店主から聞いた手頃な宿を見つけ、一泊した。
翌日の朝。
俺は簡単な朝食を大急ぎで口にかき込むと、宿を出た。オムツを見に行くぞ!
「あ、おめぇは昨日の」
道具屋の店主は俺を覚えてくれたようだ。
「実は、もう一つ綿のように柔らかく丈夫な布を探している。
赤ちゃんに履かせるんだ。おしっこをそれなりに吸収出来て、出来ればうんちをしても清潔を保ちたい」
道具屋は絶句する。
この男は、そんな夢のような素材を赤子に履かせるものに使おうとしてるからだ。
「そんなもんあるわけねーだろ! 素材はここにあるだけだ! 勝手に見な」
道具屋の店主はぶっきらぼうに店に並ぶ品を指差す。
「そうさせてもらう」
暫く物色して見てわかった。
そもそも水を吸収する素材がない。
逆転の発想だ。
素材である必要はない。
俺は道具屋を後にし、植物の種を売っている花屋に来ていた。
綿花は成長するために、他の植物では考えられないほどの水が必要だ。
そんな植物を探して、店主に尋ねた。
それは、『蔓綿の魔花』と言うらしい。
根を張り巡らせ成長と共に魔素を含んだ綿の花を咲かせるらしい。
まさにこれだ。
この種を、布オムツに縫い付けよう。
おしっこを吸水し、うんちは肥料になるだろう。
綿の花が咲いたら交換だ。
これ世紀の大発明じゃないか?
納得のいく素材に満足して、次は武器屋と防具屋に向かって行った。
異世界日記 94日目
茜はもの凄いタレントを持っていた。凄すぎて体がビックリしちゃったんだな。
魔石を貯めておいてよかったよ。
俺は、オムツの歴史を変えた。
次は装備だ!




