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異世界育児  作者: 葉山 友貴
第一章 育児奮闘・開拓編
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09話 生活

 異世界生活 30日目開始。


 茜が魔素の中毒症状を起こしてから、俺は必死に勉強した。

 

 どうやらこの世界は、『魔素』というものが空気中に充満しているらしい。

 魔素について教えてなかった、ということでアンナさんに謝られたが、これは情報収集を怠った自分のせいだ。何となく上手く生活基盤を手に入れたことで、気が緩んでいた。運がよかっただけなんだ。俺には茜を育てる責任がある。


 魔素にも濃い、薄いなどの濃淡はあるようで、魔素が濃い魔の森などは魔物が頻繁に出没する。さらに奥に行けば行くほど魔素は濃くなり、強力な魔物が出現する。比較的、外縁上にあったとはいえ魔の森で生活するなんてこの村の人に言わせれば自殺行為らしい。

 

 そして、この魔素は食事や呼吸で体内で蓄積され、個人差はあるが一定量を超えると、中毒症状を引き起こす。

 この症状を放置すると、死に至るか、もしくは『魔物化』するそうだ。

 一度でも魔物化してしまうと、元に戻すことはできず、理性を失う。


 全く恐ろしいものだが、この魔素は悪いことばかりではない。

 カザン曰く、魔素と上手く付き合えば身体を強化したり、五感が研ぎ澄まされたりと色々とできるそうだ。

 俺は未だ成功したことがないが。


 そして、茜を救った『ヒマカの実』だ。

 これは主に魔素の濃い地域に自生する木で、煎じて飲むと体内の魔素を排出する働きがある。


 この世界で生活するにあたり、無くてはならないものである。特に魔の森にほど近いこの村では、水の次に重要とされている。

 この実を集めるのも、狩人の仕事らしい。

 厄介なのは魔素が濃いところにしか生えないため、当然魔物に遭遇する確率は高い。

 狩人とは、人の生命線を担うため想像以上に責任のある仕事だった。





ーー王都 王室にて


 王国の首都であり、経済活動の中心。物は王都を経由し、自然と人が集まる。人口は日に日に増加し、仕事にあぶれた人は城壁の外周にスラムを形成するまでになっている。


 この国の王ー国王は王都にそびえ立つ白亜の城に住居を構える。

 その質実剛健といえる王室の中で、唯一豪勢な椅子に座る男。この王国で名声を欲しいままにしている王。


 代替わりした王は、先代の事なかれ主義から大きく方針を変え、より合理的に、よりスピーディに事を運ぶことを是とする。

 近年、急速に王国が発展したのは、この王の手腕によるところが大きい。自分の生活をより豊かにしてくれる、強い国へ導いてくれる、そんな未来が見えた。そのため、国民からの人気も高い。人は現金なのだ。誰が見ても一目置かれるカリスマ性を兼ね備えた強き王、それが世間からの評価だった。


「召喚者はまだ見つからないのか!?」


 苛立ちが溢れるように怒気を強める。

 冷静沈着ーその普段の姿からは想像もつかない言動は、生気を感じさせない青白い顔をした男をまくし立てる。

 黒いスーツに、白シャツ、黒ネクタイーこの世界にはおよそ似つかわしくないその顔立ちや服装は、よりいっそう男の不気味さを助長する。


「申し訳ありません、王よ。

 何分、不完全な召喚の儀式だったもので。

 調査に時間を要しております」


 落ち着いた様子で、機械的にそう答えた青白い男は、形式的に謝罪する。

 一定のテンポかつ抑揚のないその話し方は、受け取る者によっては無機質で酷く不気味な印象を受けるだろう。


「言い訳はいい。 あの時、魔王軍から邪魔さえ入らなければ…。 こざかしい魔王め」


「一つ、手を用意してあります。 少々強引ですので、犠牲も出ますが…」


 人差し指を立て、勿体ぶった仕草で、青白い男は王に提案する。その視線は見定めるように、真っ直ぐと王の目を見つめている。


「多少の犠牲は問わない。 混乱(カオス)こそが勇者を生む。 世界は勇者を欲しているのだ」


 王は迷わず即答する。目はそらさない。これまでもこうして即決でやってきたのだ。


「かしこまりました。 仰せのままに。

 今後とも我々『黒の輪舞曲(ロンド)』をご贔屓に」


 そう言い残し、青白い男は闇に溶け込むように消えていった。


「あと少し。 もうすぐだ。

 神よ、どうか私に祝福を…、フフフ」


 王室には側近もつけず、ただ一人、佇む王がいるのみだった。


 カチリと物語の歯車が、噛み合う音が鳴る。

 安定を願う守の思いとは裏腹に歯車は廻り始める。

 坂道を転がるように、幸か不幸か、一度回り始めた歯車は止まらない。









ーー辺境村の訓練所


 俺は狩人見習いとして、毎日の日課である訓練を一通り行っていた。

 多種多様の武器を試したが、悲しいことに最も威力が高かったのは『素手』だった。鋼の如き硬度を誇る拳は、どんな武器にも勝る。ただし、弱点はある。リーチが短いのだ。

 俺の身長は173cm。元の世界では、低くはないが飛び抜けて高くもない。ただ、ここの村人と比べたらやや高い。栄養状態によるものだろうと予想する。そんな俺でもリーチの面では短剣にすら勝てない。


 そのリーチを補うために、近距離では素手とナタ、中距離は投擲、遠距離は弓を、それぞれ猛特訓中だ。


 俺はカザンと違い、攻撃面においてタレントの恩恵を受けれない。そのため、愚直に基本をただひたすら反復することが、主な訓練の内容だ。


 いずれは魔の森で訓練すると言っていたが、単調な基本の繰り返しだ。俺はどちらかというと実践を通して学習する派だ。

 ガサンに早く実践に行きたいとねだってみたが、いつも「まだ早い」の一点張りだった。


 タレントは有用だが、万能ではない。

 過信せず、基本を大事にするんだと、耳にタコができるくらい言われている。


「今日はこのくらいで、切り上げよう。 行商のビクトルが来る日だからな」


「はい、師匠」


 いつもより軽めに訓練を終える。

 この村で手に入らない生活用品や薬などは行商から買うらしい。貴重な機会だ。訓練所から帰る道すがらすれ違う村人の目が、バーゲンセールを狙う主婦のような肉食獣の目をしている。


 行商は街や各村を周る。

 この辺境村以外にも村はあったのか。交流はあまりないようだが。


 この村には、少なくとも月に一回は来るそうだ。


 訓練を終え、カザンと行商のビクトルさんの店へと向かう。ビクトルさんに俺を紹介してもらうためだ。

 村の広場に店を構えていた。

 村中の人が集まっているのだろうか、店は大繁盛していた。子供を抱っこしたマリアさんもいて、こちらに手を振っている。


「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 何でも屋、ビクトルのお店だ!

 おう、カザンじゃないか。 魔の森から帰ってこないと聞いて心配したんだぞ!? 隣の坊主は誰だ?」


 坊主って歳でもないんだけどな。

 この人、カザンに雰囲気が似てるな。


「ガハハ、この俺がそう簡単にくたばるかよ! こいいつは、(まもる)っていうんだ。 俺の命の恩人だ」


「命の恩人…?お前ほどのやつが? ガハハ、そいつはめでたいな! …なぁ、どこかで会ったことなかったか?」


 ビクトルはひとしきり豪快に笑った後、怪しむような表情になった。


 まずい。

 行商ってことは、もしかして森の中で見かけたあの商隊か?きっとそうだろう。…ここは全力で誤魔化そう。


「ハハハ、気のせいじゃないっすかね? ほら、俺って召喚者だしぃ。子持ちだしぃ」


「召喚者なのか!! 王都で一度見たことがあったが、こんな辺境の村で見たのは初めてだ。召喚者なら一度会えば、忘れるはずないもんな」


「辺境で悪かったな」


 カザンはジロリとビクトルを睨んでいたが、質問を誤魔化すことに成功した。心の中でガッツポーズをとる。


「じゃあ、後は頼むな。今は手持ちがなくてな、また来る」


 スタスタとカザンは去っていく。


 さて、村の中で物々交換はあったが、ちゃんとした店での買い物は初めてだ。

 魔法が存在するこの世界での売り物は、大変興味がある。

 俺には、もし道具屋に行ったら、買いたいと思っていたものが二つある。


 一つは、そうオムツだ。

 現在、日中は布オムツ。夜寝るときだけ紙オムツをしている。紙オムツの残りが少なくなってきたから、節約のための措置だ。

 深夜に何度も布オムツの交換はしんどいから、夜だけは仕方なく持参した紙オムツを使っている。

 さすがに紙オムツは売ってないとして、組み合わせることで代用できそうな物を探したいと思っていた。


 二つ目は、薬だ。

 手っ取り早く強くなる薬など戦闘に役立ちそうなアイテムを入手したい。

 そして、早く実戦に出たい。本来の俺は、根性なしだ。楽して強くなりたいのだ。


「すみませーん。 オムツと強くなる薬下さーい」


 ビクトルが困惑した顔をしている。

 少し省略し過ぎたか。

 かくかくしかじかで、と要望を伝える。


「オムツはないな。子を育てるのは妻に任せているからよく分からん、すまんな。ていうかそんなもん、そもそもいるか?

 薬はあるにはあるが…」


 全然分かってない。全くもって分かってない。これだから、昔の男は。今は男も子育てする時代なのだよ。

 あのふわふわモフモフを経験したことがないからだ、茜のお尻がオムツかぶれしたらどうするんだ?

 まぁいいさ、ないなら探してもらおう。

 俺は根性はないが、諦めが悪い男なんだ。


 薬については、どうも歯切れが悪い。

 とりあえず、あるなら売ってもらおうか。


「オムツはすぐに、でなくていいんだ。代用できそうな物を探してくれたらいい。

 薬は貰おう。どんな薬なんだ?」


「分かったよ。酔狂な奴だな。それっぽいのを仕入れたらまた来るぞ。手当たり次第になるから期待はするなよ。

 薬はなぁ、飲めばたちまち力が湧いてきて、常時の数倍の力が出るんだが…」


「凄いじゃないか! こういう薬を探してたんだ!! これを譲って欲しい! 魔物の肉と物々交換でいいか?」


 俺は興奮気味に質問した。

 村では魔物の肉を交換していたが、行商にも通じるのか?


「肉なんていらねえ。 交換は魔石に決まってるだろう。ほら、これが魔石だ」


 ビクトルは懐から透き通った石を取り出して、俺に見せてくれた。

 どこかで見覚えがあると思っていたそれは、俺が水晶と呼んでいたものだった。正しくは『魔石』というのか。

 街や王都では、通貨が流通しているらしいが、こんな辺境では使い道がない。そのため、一旦魔石と交換して、後日、街などで通貨に換金するそうだ。


 魔石なら袋いっぱいあったはずだ。


「ちょっと待て! 効果は凄いんだが、この薬はだな…」


「魔石だな!? 家にあるから取ってくる!」


 今、何か言いかけてたがまぁいいか。

 ビクトルの話を途中で切り上げ、魔石を取りに自宅まで急いで帰った。

 魔石の袋を引っ掴み、店がある広場まで戻る。

 お目当の薬が売れてしまったら大変だ。


 店まで戻ると、品物がどんどん売れていっていた。

 薬はまだ残ってるか?!


「魔石を持ってきたぞ! 薬をくれ!」


「早かったな、そう焦るな。

 って!こんなにたくさん魔石を持っているのか!? これだけ貰っとくぞ」


 ビクトルは魔石の量に驚いていた。

 その中から大きめの魔石を一掴み取ると、薬を渡してくれた。

 その他にも目に留まった品を買い、袋の半分ほど魔石を使った。

 これぼったくられても分からないな。相場についても早く勉強しなきゃだな。


 去り際にビクトルから声をかけられた。


「さっきの薬な。 絶対に一本全部飲むなよ。

 最後の手段として、一口飲む程度にしておけ。 それでも暫くは、反動で動けなくなるからな。

 一度に全部飲んだら最悪の場合、『死ぬ』かもしれないぞ?薬は、劇薬にもなり得るからな。いいか、絶対に一気に飲むなよ!!」


「だ、騙されたー!!」


 買う前に行ってくれー!

 そんな怖い薬飲みたくないよ。

 高かったし、とりあえず持って帰るか。

 戦利品達と一緒にトボトボと自宅まで帰った。


 ちなみに、マリアさんはハンドクリーム的な薬を買いに来たらしい。

 うん、分かる。

 育児をしていると、手を洗う機会が多いからか、とにかく手が荒れるのだ。

 いつものお礼にと、プレゼントしたら大変喜ばれた。



異世界日記 30日目

魔素とは毒にも薬にもなるらしい。

早く使いこなせるようになりたいな。

初めてのお買い物は危ない薬を買わされた。

騙された。悪徳業者め。

あと魔石はお金になるらしい。積極的に集めていこう。


 登場人物が増えてやっと物語が動き出してきました。

 説明が多く、読みにくかったらすみません。

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