失意、そして転移
初めて小説を書きます。至らぬことばかりだと思いますが、よろしくお願いします。誤字脱字や不備等ありましたら、ご指摘いただけると助かります。
綺麗な顔。
未だに信じられない。傷一つないその顔は、そのうち何食わぬ顔で目覚めてきそうだと錯覚する。いつものようにおはようと優しい笑顔で話しかけてくれるのかな?
彼女は俺と同い年。今年で三十歳。死ぬにはまだ早すぎる。
どうしてこうなった。
彼女が何をした?俺が何をした?
お願いだ、夢なら覚めてくれ。
俺と彼女は高校の同級生。順調に交際を重ね、三年前に結婚して、つい一ヶ月前に娘が生まれたばかりだ。
三十五年ローンで念願のマイホームを手に入れ、家族三人と犬一匹で慎ましく暮らしていただけなのに。
飲酒運転での事故だった。
衝撃は少なかった、ただ当たりどころが悪かったらしい。
当時はテレビや新聞に載ったが、すべての取材を断っていたらいつの間にか煙のように世間から忘れ去られていた。人の命の軽さに驚く。世間なんて薄情なもんだ。
緊急手術が施され、数日間生死の境を彷徨った挙句、今日、その短すぎる人生を終えた。
加害者の男には泣いて謝られらたが、どうでもいい。妻は、彩夏は、帰って来ないのだから。
「もう、大丈夫です」
立ち合いの医師に告げ、病院の霊安室の扉を閉める。おかしいな、こんなに扉は重かったか。
「守君、何でも言ってちょうだいね! 私達に出来ることなら何でもするから。 子供も生まれたばかりなんだし」
付き添いで来てくれた彩夏の両親から温かい言葉を投げられると、今にも泣き出しそうになる。
お義母さんに抱っこしてもらっていた娘を受け取った。
体に上手く力が入らない。生まれたばかりの赤ちゃんは四キロにも満たないはずなのにずっしりと重くのし掛かる。産まれた時の体重は、たしか2600gくらいだったはず。そこから一ヶ月で、一キロくらいは増えたから、今は3600gくらいかな。ぼんやりとそんなことを考えていたら、口からすらすらと言葉が出た。まるで、自分じゃないみたいだ。
「お義母さん、ありがとうございます。 この子は僕が育てます。 彩夏との約束なんです。 立派に、ちゃんと育ってようって」
本当は自信なんてなかった。
強がりだったかもしれない。
でも、強がらないと家まで帰れない気がしたんだ。
※
プシュ。
自宅の冷蔵庫から缶ビールを取り出して開ける。
今日くらいは許してくれ。飲まなきゃやってられないんだよ。
「おぎゃー、おぎゃー!」「ワンワン!」
娘が泣き声につられて、愛犬ウルフも鳴きだした。
ウルフは柴犬だが、娘を守ってくれそうな強い名前がいいということで、彩夏がつけた名前だ。
最初は愛らしい見た目とのギャップに違和感があったが、今ではとても気に入っている。
娘に寄り添う様子はまるで姫を守る騎士のようにも見える。
壁の時計は夜十時を指している。
もうこんな時間だ、夜ご飯をあげないと。
哺乳瓶に粉ミルクを入れ、お湯で溶かす。
その後、流水で人肌の温度まで冷ます。手首に少し垂らし、最終チェックを忘れない。前に冷めきらないまま飲ませたときは、しわくちゃおじさんのような顔で睨まれたことがあった。
「遅くなってごめんね! ミルクましまし、ウルフには…山盛りドックフード、どーん!」
こういう時は飲んで食べるに限る!いつもより大目にミルクを作り、ドックフードを皿いっぱいに盛った。そして俺はビールを飲む。
あれ、おかしいな。なんか今頃泣けてきた。ダメだ、止まらない。なんでだよ。
さっきは涙なんて出なかったのに。うう、くそ。
もう今日はこのまま寝てしまおう。
最低な世界よ、お休み。
もうどこか遠くの世界に飛んで行きたい。この世界ではない、どこか遠くへ。
誰か、助けてくれよ。
ーーその願い、確かに聞き入れました。
ん?何か言ったか?重いまぶたを開けずにまどろみつつある意識だけを周囲に向ける。そんなはずないか。ここには赤ちゃんと犬しかいないからな。
今日は色んな事があったからなぁ。
急に眠気が、もう起きて…いられない…。おやすみ。
ーー召喚依頼と転移希望がマッチしました。これより転移シーケンスを開始します。
こうして、大和 守三十歳は最愛の妻を亡くしたその日に異世界へ転移することとなる。
生後二ヶ月目の赤ちゃんと一匹の犬を連れて。