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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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65. 死戦 /その③

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 3 ──────


 二人は決着に向け、同時に動き始めた。


 ジャンダルは倒れた仲間たちが気に掛かる。暗殺者は深手を負った。互いに勝負を急ぐ理由がある。



 暗殺者は右手に絡み付いた鎖を外す。そのまま鎖を握り、武器として利用する。右手に小剣、左手に鎖。左手で鎖を振り回しながらジャンダルとの距離を詰める。

 ジャンダルは近寄らせない。ナイフを腰の後ろに納め、両手で飛礫を放ちながら地を蹴り距離を取る。


 ジャンダルの着地の瞬間を狙い、暗殺者は大きく踏み込み鎖を振る。

 ジャンダルは跳び、ぎりぎりで躱した。


 勢いよく振られた鎖はすぐには振り戻せない。攻撃の空白が生じる。

 ジャンダルは滞空状態で飛礫を打つ。


 暗殺者はそれを読んでいた。振られる鎖の勢いを活かし、しゃがみながら回転。飛礫を躱す。回転で鎖にさらなる勢いと速度を乗せ、着地するジャンダルを打たんと狙う。


 ジャンダルはそれをこそ読んでいた。敵が背を見せた瞬間に鉄杭を抜き、放つ。

 暗殺者は躱せない。振り返った、その左肩に深く刺さる。鎖を握る手が緩み、すっぽ抜けた鎖はジャンダル目掛け飛来する。


 鎖が飛んでくることまでは予想外。ジャンダルはのけ反り気味に慌てて避けた。そのまま腰の後ろから再び大振りのナイフを抜きながら、敵の懐へと一気に跳び込む。


 だが鎖を避ける動作により、ジャンダルの跳び込みは遅れた。それが敵に反撃のための間を与えた。


 暗殺者は懐から三個の玉を取り出し、地面に叩きつけた。


 ジャンダルは動じない。いかに大量の毒煙であろうとも関係ない。今のジャンダルに暗殺部隊の毒は意味を為さない。


 だが、違う。敵の狙いはそこではない。



 三個分。大量の粉が舞い上がる。白い粉が視界を塞ぐ。敵の姿が隠された。

 煙幕代わりとなった白い粉を通して見える敵の姿は、朧気な影となる。跳び込んだその位置に敵はいなかった。


 やられた。不利を悟った敵は逃亡を図ったか。


 目をらす。視界の端で影が揺らぐ。逃がさない。ジャンダルは踏み込み、影へと迫る。


 それこそが敵の狙い。敵は踏み込んできたジャンダルを待ち受けていた。舞い上がる粉の狭間に勝利を確信した敵の姿が見えた。

 敵は首筋を狙い斬撃を浴びせかけてくる。


 もはや回避は間に合わない。刃よ、届けとジャンダルはより強く踏み込む。

 だが、ジャンダルの攻撃よりも待ち構えていた敵のほうが速い。


 斬撃が迫る。狙い澄ました敵の小剣は深く食い込んだ。


 ひびだらけの光り輝く壁に。


 次の瞬間、ジャンダルの大振りのナイフが敵の下腹部を深く刺した。




 なにが。焼けつくような痛みの中、暗殺者の頭を疑問がぎる。


 舞い上がる粉が薄らぎ、通りが見通せる。二人より離れた場所。白華館の前で、力を使い果たしたハーミが石畳の上にうずくまっていた。


 ジャンダルがわざわざ敵に話しかけ、時間を稼いでいたもう一つの理由。それはハーミが法術を使用できるだけの回復時間を稼ぐためだった。



 ジャンダルとハーミは共にレイラの手当に当たっていた。レイラの傷はあまりに深く、二人の手当だけでは治癒は追いつかない。

 しかし、ハーミは諦めなかった。懸命に、魔力の過剰使用で己の命を危険に曝しながら、ただただ懸命にレイラに治癒の祈りを施した。


 白華館に備えられていた薬も使い、なんとかセレスティンが呼んだ医療神の神官たちが駆けつけるまでレイラの容態を保たせてみせた。



 二人は駆けつけた神官たちにレイラを任せ、ファルハルドとバーバクを追いかけた。

 敵の姿を認めた二人は、声を掛け合うこともなく即座に連携を取る。


 ジャンダルはそのまま敵に立ち向かい、力を使いきっていたハーミは法術を使用できるだけの体力の回復に努める。


 ジャンダルはわずかな時間さえ稼げば、必ずやハーミは必要な時に決定的な援護を行ってくれると信じた。

 ハーミは必ずやジャンダルが自分の力を必要とする時が来ると信じた。


 そして、その信頼は現実のものとなる。


 離れた位置から見ていたハーミはジャンダルより一歩早く敵の狙いに気付いた。ジャンダルの位置と舞い上がる粉の狭間に微かに見える敵の位置から攻撃箇所を予測。見事斬撃を防いでみせた。


 ハーミの戦闘経験。二人の連携。そして、その信頼が勝利につながった。




 ─ 4 ──────


 ナイフを突き立てられた敵の身体から力が抜ける。その手から剣が滑り落ちた。膝から崩れ、力なく蹌踉よろめく。

 ジャンダルは倒れてくる敵の身体を避けようとナイフから手を放し、身を退しりぞいた。



 勝利を確信し、気持ちが身を守る方向に向かった。それが意図せぬ油断となった。


 敵は軍事大国イルトゥーランの暗殺部隊。表にできぬ役目に生きる、闇の兵士。

 たとえ致命傷を負わせようとも、息の根を止めるその瞬間まで決して気を抜いてよい相手ではない。



 不意に力なく蹌踉よろめいた筈の敵の全身に力が満ちる。たわめた足が力強く地面を蹴る。ジャンダルに肩からの激しい体当たりを浴びせかけた。


 ジャンダルは不意を打たれ、避けようもなく体当たりを受けた。ね飛ばされ、壁に叩きつけられることで何本かの骨にひびが入る。


 敵は排除したジャンダルのことなど気にも掛けない。

 己の腹に刺さったままのジャンダルのナイフを引き抜き、一直線にファルハルドに向かう。



 ハーミはもはや完全に力を使い果たし動けない。撥ね飛ばされたジャンダルは追いつけない。暗殺者の攻撃を防げられる者はいない。


 暗殺者の刃は真っ直ぐにファルハルドへと迫る。


 だが、誰も防げぬ筈のその攻撃はファルハルドには届かなかった。動けぬ筈の歴戦の迷宮挑戦者が、バーバクがさまたげた。



 気を失いファルハルドのかたわらに倒れていたバーバクは、暗殺者とジャンダルの戦闘音によって意識を呼び戻された。


 意識こそ取り戻したが、身体には力が入らない。ファルハルドと暗殺者によって両肩ともを刺され、さらには腹には小剣が刺さったまま。

 その上、暗殺者の剣に塗られていた毒の影響もある。手足は冷えきり、意識は霞掛かる。


 無理に起き上がることなく、そのまま周囲の状況を把握。同時に少しずつ身体の芯へと力を集める。

 そして、ファルハルドに向かう敵の攻撃を察知。力を振り絞り、この上ない絶妙のときに立ち上がってみせた。


 しかし、バーバクは立ち上がった時点で全ての力を使い果たしていた。もはや自らの身体を支えることさえ難しい。とてもではないが充分な攻撃を繰り出せる状態ではない。


 咄嗟にバーバクは腕力ではなく、己の体重を利用。倒れ込むようにして敵と交錯。腰の高さまでしか上がらない拳に全体重を載せ、敵の胴を打った。



 バーバクは小剣が刺さったままの腹部をかばい、身をひねりながら石畳の上を滑るようにして再び転がる。

 暗殺者は身を折り、手にしていたナイフは投げ飛ばされる。血を吐き、よろよろと蹌踉よろめく。


 それでも暗殺者は倒れない。執念がその身を衝き動かす。肩に刺さったままだった鉄杭を引き抜き、ふらつきながらもファルハルドに迫る。


 バーバクはもう動けない。ハーミはまだ動けない。ジャンダルは未だ追いつけない。カルスタンもデルツも意識を失っている。

 もはや敵を妨げられる者はいない。


 バーバクは、ハーミは、ジャンダルは叫ぶ。脳裏に浮かぶ、急所を貫かれ息絶えるファルハルドの姿に。敵が目的を遂げるその姿に。力及ばない自分たちの無力さに。





 その時。一つの声が通りに届く。

 か細く、弱々しい声が。ファルハルドの名を呼ぶ、レイラの声が。


 運命を分ける、その声が。

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