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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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64. 死戦 /その②

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 2 ──────


 四人の男が地面に倒れ、一人の男が座り込んでいる。


 ファルハルドとバーバクは多量の血を流し、カルスタンとデルツは口から泡を吹きながら痙攣している。

 禿男の仲間は完全に腰を抜かし、尻餅をついてへたり込んでいる。


 通りにひしめいていた群衆は今は誰もいない。ただ、建物の中から様子をうかがう多数の視線がある。


 今、ここに立つのはただ二人。

 黒い細身の小剣をかざし、油断なく構える一人の暗殺者。そして、飛礫つぶてを握り締め立ち塞がる迷宮挑戦者。



 ジャンダルからは噴き上げるような濃密な殺気が立ち籠める。暗殺者はなにも漏らさない。全てを呑み込む虚無。人の形をした虚ろがそこにある。


 命を奪い合う相手に話しかけるなど馬鹿げている。話をするなど隙を見せることしか意味しない。

 それでもジャンダルは敢えて告げる。


「追手さん。一つ教えてあげるよ。兄さんを襲った四人のお仲間の喉を掻っ切ったのはおいらだよ」


 暗殺者はなにも動かず、なにも反応を見せない。ジャンダルは構わず、歪んだ笑みを浮かべる。


「そして今日、あんたの命を奪うのもおいらさ!」


 ジャンダルは言葉を終える前に両手の飛礫を打つ。同時に駆け出しながら投げナイフも放った。


 街中ではジャンダルは当然、鎧を身に着けていない。普段、鎧の脇腹部分に備えている六本の投げナイフは今手元にない。そして腰の革帯に差す二本の投げナイフも投げ終わった。追手はこれで投げナイフは尽きたと見る筈。

 残るは飛礫と腰に巻いた鎖、腰の後ろに差した大振りのナイフのみ。


 だが、違う。ジャンダルには仲間にも秘密にしている備えがある。手足の長手袋、深靴の中に一本ずつ、合計四本の先端を尖らせた細い鉄の杭を仕込んでいる。

 敵にその備えを悟らせず、最後の切り札に使う。飛礫を打ちながら勝負を決めるための仕込みを続け、決定的な機を狙う。



 暗殺者は飛来するジャンダルの投げナイフをかわす。その間にジャンダルは距離を詰め、至近距離からさらなる飛礫を浴びせかける。

 暗殺者は躱す。が、全ては躱しきれない。一つが肩を打つ。


 ジャンダルはさらなる追い討ちをかける。強く踏み込み、腰のひねりと共に左手で腰に巻いた鎖を引き抜いた。

 鎖を投げつけはしない。片端の錘を掴んだまま引き抜く勢いを利用し、遠心力を付け振り抜く。

 鎖は斜め下から風切音を立てながら暗殺者に迫った。


 敵は反応する。後ろに跳び、躱そうとする。

 しかし、足首に受けていた飛礫のため、わずかに動作が遅れた。

 その頭を狙い、鎖が迫る。まともに当たれば、鎖は勢いに乗った先端の錘で容易く人の頭を砕く。


 敵はすんでのところで、身をかがませる。風圧で髪を掻き乱しながらも、鎖はかすめることなく躱される。


 それで終わらせはしない。鎖をくねらせ、軌道を変える。ジャンダルは低い姿勢から繰り出される敵の剣を狙った。


 その小剣を握る手に絡みつく。鎖を介し、暗殺者とジャンダルが一つに繋がる。


 暗殺者は左手で鎖を掴む。引き剥がそうとはせず、そのまま力任せに鎖を引きジャンダルを引き寄せる。


 力比べでは小柄なジャンダルは敵わない。だから、敵の引く力に逆らわず、地面を蹴り暗殺者に向け跳躍。腰の後ろから大振りのナイフを抜き放ち、勢いを利用し刺突。


 暗殺者は鎖を緩め、横っ跳びに躱す。着地するジャンダルの頭を狙い、蹴りを放つ。

 ジャンダルは小柄な身体を屈めながら、ナイフを腰の後ろに戻し飛礫を握る。至近距離からさらなる飛礫を放つ。


 暗殺者は躱し、躱しきれぬ分は腕を盾とし受ける。少なからぬ痛みがある筈だが、暗殺者は鎖を手放さず近づくジャンダルに剣を見舞う。


 ジャンダルは慌てて掴んでいた鎖を手放し、地面を蹴り距離を取る。地面を蹴る際、石畳に溜まった砂を蹴り上げ目潰しを狙う。

 暗殺者は目潰しをくらうほど甘くはない。それでも次の動作が一拍遅れた。



 今だ。ジャンダルはここを好機と見た。

 着地の動作で身を屈め、右足の深靴から鉄杭を抜き、放つ。


 暗殺者は躱す。眉間を狙った鉄杭はこめかみを掠めた。鉄杭は投げナイフよりも重量がある。掠めるだけでも充分な衝撃が伝わる。敵の足下がぐらつく。


 ジャンダルは一気に決めんとする。腰の後ろに差す大振りのナイフを抜き、敵の懐に跳び込んだ。


 だが、これは罠。狙い澄ました敵の誘い。

 敵はジャンダルの行動を読んでいた。ジャンダルが跳び込んで来る瞬間に合わせ、先ほどと同じ玉を取り出し地面に叩きつける。



 暗殺者は勝利を確信した。初めて表情が変化した。その目元に微かに笑みを浮かべる。

 しかし、その目はそのまま驚愕に見開かれた。


 ジャンダルは毒の粉を吸いながら、平然とナイフを繰り出した。

 暗殺者は身をよじり、ナイフを避けようとするが避けきれない。脇腹をざっくりと斬り裂かれた。


 ジャンダルはとどめとばかりに、追撃を狙う。暗殺者は迫るジャンダルを蹴りつける。反撃を予想していなかったジャンダルはもろに蹴りをくらった。地面を転げ、石畳に肌を削られる。

 衣服が血に染まる。だが、その程度で怯みはしない。痛みは覚悟で打ち消せる。闘志は変わらず、次々と飛礫を放つ。



 暗殺者は飛礫を躱し、打ち落としながらもその動きは精彩を欠いた。

 なぜだ。ジャンダルは間違いなく毒煙を吸っていた。カルスタンやデルツは一吸いで痺れ、動けなくなった。

 なぜだ。なぜ、ジャンダルには効果がないのか。


 暗殺者の思考が分析にかれる。切り札が役に立たなかったことで暗殺者は初めて動揺を見せた。そして、その身は脇腹の深手により動きが鈍る。




 暗殺者が自らの毒に平気であるのは、あらかじめ毒消しを飲んでいたから。そして、それはジャンダルも。


 ジャンダルは薬を作り、簡単な治療も行うエルメスタのナルマラトゥ氏族。薬を扱い、毒を扱う。

 そして以前、ファルハルドの襲撃に毒が使われたことから、イルトゥーランの暗殺部隊が毒を武器として使ってくることも知っていた。

 当然、いつか再び暗殺部隊と闘う日に向け、備えを怠らなかった。


 たった一つで全ての毒を無効化する毒消しなど存在せず、多数の毒消しを常時身に付けることは難しい。

 と言って、暗殺部隊がどんな毒を使ってくるか、正確に予想することも難しい。


 それでも使える毒の種類は無限ではない。前回ファルハルドに使用された毒と、倒した暗殺者の懐を漁り見つけた毒の種類から使ってくる種類を予想。有効な毒消しを二種類にまで絞り込んだ。

 そして、迷宮に潜る時や白華館で遊ぶ時でも、その毒消しは常時懐に忍ばせていた。

 その備えが今回活きた。


 ジャンダルにとっての対人戦での理想の展開は眠りの笛で強制的に眠らせ、無抵抗な状態で喉を掻き切ること。ただし、眠りの笛は効果を発揮するまで一定時間吹き続けなければならない。

 ジャンダルがこの場に駆けつけた時には、すでにカルスタンたちが倒され、敵はファルハルドに迫っていた。眠りの笛を吹く暇はないと判断。手早く毒消しを服用し、飛礫を放った。


 戦いの最中にわざわざ敵に話しかけたのは、時間を稼ぐため。

 ファルハルドたちの状態を考えれば一刻も早く倒すべきだったが、無闇に闘って勝てるような相手ではない。ジャンダルは自分自身に冷静になれと言い聞かす。


 話しかけることで服用した毒消しが効果を発揮するまでの時間を稼ぎ、もう一つのための時間を稼ぐ。

 そしてわずかでも敵を挑発し、その冷静さを失わせられればと話しかけたのだ。



 敵は毒煙が効かなかったことから心を乱し、脇腹には深手。

 ジャンダルは肌を削られ、見た目は凄惨。だが、実態は浅手。傷付いたのは表面だけ。そして、用意していた毒消しのお陰で吸い込んだ毒の影響は極めて軽微。




 戦況は一気にジャンダルの有利へと傾いた。だが、敵はイルトゥーランの暗殺部隊。気配を消し、隙をき、闇から襲いかかる男たち。

 息の根を止めるその時まで、決して油断してよい相手ではない。

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