63. 死戦 /その①
この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。
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ファルハルドの左肩を貫いた剣は、そのままバーバクの右肩をも刺し貫いた。
バーバクはわなわなと手を震わせ、二人を貫く黒い刃に手を伸ばす。だが、バーバクの手が届く前に剣は引き抜かれた。
ぐらりとファルハルドの身体が力なく崩れ、バーバクに倒れかかる。バーバクにももはや受け止める力はない。二人は縺れ合うように倒れ込んだ。
「バーバク! ファルハルド!」
カルスタンとデルツは叫ぶ。
ファルハルドが立っていた場所には一人の男がいた。いったいいつ、そこに現れたのか。二人には理解できなかった。
男は身を翻す。逃がしはしない。デルツは一足跳びにその背に斬りかかった。
男は素早い。無音の足捌きでデルツの剣を躱す。
デルツは追い縋る。カルスタンが逃げ口を塞ぐ。男は素早く、剣の腕も立つ。だが、飛び抜けた腕前ではない。如何に気配を消す術に長けようとも、向かい合う今は意味がない。
カルスタンとデルツの二人掛かりであるなら、決して逃しはしない。必ず倒せる。圧倒できる。
カルスタンがデルツと撃ち合う男に呼びかける。
「降伏しろ。お前に勝ち目はない。武器を捨てるなら命までは取らない」
だが、男は応えない。なに一つ表情を変えることなく、小剣でデルツと斬り結ぶ。
おかしい。カルスタンのなかで違和感が膨らむ。
男は剣の腕が立つ。そして、異常なほどに気配を断つ術に長けている。それはどれほど才あろうとも、自然に身に付けられるものではない。なにかしらの訓練、もしくは特別な経験を積んでいる。そんな人物が実力差を理解できない筈がない。
こちらが隙を見せるのを狙っているのか。あり得ない。こと戦いに関して、カルスタンたちは決してぬるくはない。
では、死を覚悟しているのか。だが、男は隙のない目で粘り強い抵抗を見せている。
なにかがおかしい。戦いを有利に進めながらも、胸の内で消せない違和感が膨らみ、警戒感がちりちりと頭の片隅を焼く。
カルスタンと同じく、デルツも違和感を感じていた。その違和感が焦燥となり、剣の粗さに繋がった。大振りになったデルツの剣を避け、男が距離を取る。
甘い。その程度で逃がしはしない。一気に決めようと、デルツとカルスタンが同時に踏み込む。
その時、男が懐から見慣れぬ玉を取り出した。止める間もなく、男が玉を地面に叩きつける。
煙のように白い粉が舞い上がった。踏み込んだカルスタンとデルツは避けることもできず、その粉を吸い込んだ。途端に二人の身体が痺れる。
ファルハルドやジャンダルであれば、男の使うその黒い小剣を見た時に気付いていただろう。
男はイルトゥーランの暗殺部隊。得意とするのは正面からの斬り合いではない。いかに剣の腕が立とうとも、その本質は暗殺者。本分は気配を消し、闇から忍び寄ること。隙を衝き、気付かれず命を奪う。そしてまた、毒を扱う技にも長けている。
カルスタンとデルツの視界が揺らぐ。力が抜ける。身体がいうことを聞かない。二人は膝をつく。身体が傾ぐ。両手をつき、支えようとするがすでに腕は言うことを聞かなかった。
為す術なく、突っ伏した。デルツは涎を流し、身体を震わせる。カルスタンはなんとか意識を繋ぐ。必死に目だけを動かし、男の姿を追う。
いた。男は逃げ出してはいなかった。地面に横たわるファルハルドに止めを刺そうと剣を翳していた。
止められない。無念。カルスタンは屈辱に身を震わす。
戦いに毒を使ったことが卑怯だとは言わない。生きるか死ぬかの戦いに卑怯も糞もない。
だが、男はバーバクの決死の覚悟を穢した。命を捨ててもファルハルドを止める。その覚悟を決め、戦いに望んだバーバクの戦士の覚悟を、割り込みファルハルドを背中から刺すことで穢しやがった。
そして、バーバクに後事を託され、任せろと答えたカルスタンとデルツの決意を踏み躙った。
許せない。男がなぜファルハルドを狙うのか、そんな理由などカルスタンが知りはしない。興味もない。戦士の覚悟を踏み躙った下種に思いを遂げさせることが許せない。
カルスタンは痺れて碌に動かない口を無理やり動かす。絞り出た声は言葉にはならなかった。獣のような唸り声が漏れただけだった。
男はカルスタンのことなど気にも掛けない。表情を変えることもなく、ファルハルドに向け剣を振り下ろす。
その時、飛礫が飛来し、男の剣を打った。甲高い音が通りに響き渡る。
同時に投げナイフが男を襲う。男は身を捩り、ナイフを避ける。さらにその足元に飛礫が飛来する。男は躱しきれず、足首を飛礫で打たれた。鈍い音が響いた。立て続けに飛んでくる飛礫を、男は後ろに跳ぶことで躱した。
男は飛礫の飛来元に鋭い目を向けた。その視線の先には、全身を怒りに満たしたジャンダルがいた。




