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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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62. 対決 /その③

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 4 ──────


 バーバクは血を流す。肩からではなく、その胸の内で。


 普段からファルハルドの生きる意欲の薄さは感じていた。

 だが、だからと言って。心の底からの望みが己の死だとは。最後に残る望みが己の死だとは。本能を書き換えるほどに己の死を望んでいるとは。


 想像だにしていなかった。近くにいながら、共に迷宮に潜りながら、命を預け合いながら、笑い合いながら、気付くことができなかった。仲間だと口にしながら気付いてやれなかった。


 なにが、なにが若者を強く鍛え上げようだ。なにが、今の自分たちにならできることがあるだ。

 許せない。許せる筈がない。わかってやれなかった自分を。語ろうとしなかったファルハルドを。



 バーバクの血が熱く熱く燃え上がる。左肩の痛みなど感じない。怒りが痛みを凌駕する。ファルハルドを指差し、咆哮する。


「ファルハルド! お前の望みは叶わない。この俺が妨げる!」


 大気が震え、皆の耳朶じだを打つ。


 すでにデルツはファルハルドに圧倒されていた。立ち合いの末、腹に蹴りをくらいその場に崩れていた。

 デルツにとどめを刺そうとしていたファルハルドはバーバクの咆哮に反応し、剣を途中で止め振り返る。


 ファルハルドはバーバクをこの場で最も邪魔な相手として認識した。バーバクを排除しようと襲いかかる。


 ファルハルドとバーバクの対決は今、最終局面を迎える。




 ─ 5 ──────


 ファルハルドはバーバクに迫る。その勢いをそのまま刺突に繋げる。

 バーバクは大上段に構えた剣で迎え撃つ。


 ファルハルドの剣が真っ直ぐにバーバクの顔の中心に向け走る。

 バーバクはファルハルドの剣を狙い、己の剣を振り下ろす。


 ファルハルドは軌道を変更。心臓を狙う。

 バーバクは動じない。そのまま剣を断つべしと振り下ろす。


 甲高い金属音が鳴り響く。ファルハルドの剣が払われる。

 ファルハルドはバーバクの剣に逆らわなかった。抵抗せず剣を払わせ、ぐるりと振られる腕の動きをそのままバーバクの首筋を狙う動きとする。


 バーバクは剣で受けた。同時にファルハルドを掴まんとする。空いている左手を伸ばす。

 ファルハルドはバーバクの腕を蹴り上げた。そのまま振り上げた足でバーバクの胴を蹴り、距離を取る。



 ファルハルドの喉からは苦しげな音が漏れる。ファルハルドの体力が限界を迎えている。もはや、過剰な負担にいつ心臓が止まってもおかしくない。

 それでもファルハルドは止まらない。肩からおびただしい血を流しながら、なおも動き続ける。


 迎え撃つバーバクはあと一歩が詰めきれない。下手な攻撃を繰り出せばファルハルドは捨て身となり、あっさりとその命を投げ捨てる。どうしても強い攻撃を繰り出せない。



 そして、本来大きく実力差がある筈の両者がり合っているのは、二人の普段の戦い方の違いと現在の装備が最大の原因だ。


 バーバク本来の戦い方はあまり移動せず、敵の攻撃は足を踏ん張り盾でしっかりと受け止める。その上で移動を制限した敵を重い斧で防御ごと断つ。盾を持つことを前提とした戦い方だ。

 だが、今は盾を持たず、鎧もなく、武器も普段と違う小剣。実力を発揮しきれない。


 対してファルハルドは、攻撃は躱すことを基本とし、盾を使い始めたのはパサルナーン迷宮に潜り始めてから。十五年間、一人イルトゥーランの王城で剣技を身に付けた際は武具などなかった。

 自ら削り出した木の棒を振り、剣の扱いを覚えた。そもそも身に付けているのは剣一本で戦うすべ。防具のない状態になんの不都合もない。


 その違いこそが二人の実力差を埋め、バーバクがファルハルドを圧倒できない原因となっている。


 しかし、これ以上時間を掛ける訳にはいかない。

 軋み続けるファルハルドの身体は限界を迎えようとしている。出血量もまた限界に近い。これ以上の時間を掛ければ、取り押さえる前にファルハルドは死ぬことになる。



 覚悟を決める。死に向かうファルハルドを止めるため、バーバクもまた命を懸ける。


 バーバクはこれまでの人生で二度死にかけたことがある。

 一度目はまだ子供だった頃、生まれ育った村が闇の怪物の侵攻に遭い、その際襲われ腹を貫かれた時。

 二度目は三年前、毒巨人により共に潜る仲間たちが殺され、限界を超えて魔力を過剰使用した時。


 そして、今日この時が三度目となろうとも躊躇わない。バーバクはファルハルドと対峙したまま、デルツたちに告げる。


「デルツ、カルスタン。もしもの時は頼む」


 二人もバーバクの覚悟を感じ取る。余計なことは言わない。短く応え、万が一の事態に備える。


 バーバクは深く息を吸い、止める。全身に力をみなぎらせる。



 ファルハルドとバーバクは無言のまま、せる。


 ファルハルドは跳んだ。バーバクに向け、体重を載せた突きを繰り出す。


 バーバクは軌道を読み、躱す。

 ファルハルドは着地。

 間髪入れず、バーバクはファルハルドの剣持つ腕を狙う。ファルハルドの命を助けるためならば、腕の一本を斬り落とすだけの覚悟は決めている。


 だがファルハルドは膝の発条ばねを活かし、その場から跳躍。躱した。


 即座に次の行動に移行。バーバクは剣を高く掲げる。対して、ファルハルドは刺突の構え。


 再び二人が交差する。


 ファルハルドが跳び込む。バーバクが剣を振り下ろす。

 ファルハルドは急停止。バーバクの剣が地を撃つ。

 ファルハルドが踏み込む。バーバクは地から剣を真っ直ぐ斬り上げた。


 激しい衝撃音を響かせ、二人の剣が撃ち合わされる。


 力は圧倒的にバーバクが上。力比べではファルハルドは決してバーバクには敵わない。

 だが。だが、バーバクはファルハルドの剣を弾き飛ばすことができなかった。


 ファルハルドが繰り出していたのは、体勢を崩し気味に下方に向け全体重を掛けた突き。黒い小剣に亀裂が走りながらも、バーバクの斬り上げに耐えきった。


「がっ」


 ファルハルドの剣はバーバクの腹を貫いた。




 目が見開かれ、バーバクの口から息が漏れる。バーバクの全身から力が抜ける。身体がぐらつき、剣を取り落とす。力なくその頭が垂れ下がる。


「バーバク!」


 デルツとカルスタンは叫び、駆け出した。


 ファルハルドは剣をさらに深く押し込まんと力を籠めた。


 その時、剣を押し込もうとするファルハルドの腕を、バーバクが無造作に掴んだ。


 驚きにデルツとカルスタンの足が止まる。

 バーバクは目を光らせ、顔を上げる。無理やりに口の端を吊り上げる。傲慢不遜に笑って見せる。


「へへっ、掴まえたぜ」


 ファルハルドは剣を手放し逃れようとする。が、もはや手遅れ。力で劣るファルハルドに振り解ける筈もない。

 バーバクは逃さない。右手を持ち上げ、拳を握り固める。


「これでっ! 仕舞いだ!」


 渾身の力を籠めた拳でファルハルドを打つ。









 筈だった。


 だが、しかし。バーバクの拳は届かない。


 拳がファルハルドに達するかに見えた、その時。ファルハルドが背後からの剣に刺し貫かれた。

次話、「死戦」に続く。

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