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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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61. 対決 /その②

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 3 ──────


 禿男の仲間を両断するかに見えた剣は寸前で止められた。


 ファルハルドが止めた訳ではない。バーバクでも、禿男の仲間が止めた訳でもない。万華通りにたまたま遊びに来ていたデルツが止めた。


 偶然、騒動に居合わせ、何事かと目をらせばファルハルドが街中で一人の男を斬ろうとしている。咄嗟に飛び出し、デルツは長剣でファルハルドの剣を受け止めた。


「お前、なにしてんだ」


 デルツが怒鳴るが、やはりファルハルドは答えない。邪魔なデルツを排除しようと剣を振るう。


 争う二人にようやくバーバクが追いつき、少し遅れデルツと共に万華通りに遊びに来ていたカルスタンも加わった。


 これで三対一。それでもファルハルドを圧倒することができない。


 カルスタンとデルツは、手合わせの時とは全く違うファルハルドの動きのはやさと意外さに追いつけていない。二人は戸惑いが隠せない。

 精彩を欠く二人が邪魔となり、一対一で戦っていた時と状況はたいして変わらない。



「おい、なんだこれ」


 ファルハルドの攻撃をなしながら、カルスタンが問いかける。バーバクは端的に答えた。


「レイラが斬られて、ぶち切れちまった」

「なっ」


 驚き、カルスタンとデルツの気がれる。すかさず、ファルハルドが掬い上げるように剣を振るった。

 デルツの急所を襲う。避けられない。デルツとカルスタンの反応は間に合わない。刃が迫る。


 今のファルハルドの癖を掴み始めていたバーバクが勘一つで軌道を予測。踏み込み剣を撃ち合わせ、力任せにファルハルドを押し返す。


 ファルハルドはバーバクの押し込む力に逆らわず、自ら後ろに跳び大きく距離を取る。

 着地と同時に三人を跳び越え、禿男の仲間を狙おうと跳躍。


 その反応も予測済み。禿男の仲間を背に、バーバクが立ち塞がる。

 カルスタンとデルツも気持ちを立て直した。

 剣を構え、ファルハルドを囲む。



 三人はファルハルドを中心に回り、立ち位置を変える。カルスタンが禿男の仲間を背に庇い、バーバクとデルツがじりじりとファルハルドとの距離を詰めていく。


 ファルハルドがなにを考えているかはわからない。表情からも視線からも、狙いも考えも読み取れない。

 デルツがファルハルドから視線を外さず、問いかける。


「レイラって、いつかの高級娼婦だよな。それが、なんで斬られたんだ」


 バーバクも視線を外すことなく、答える。


「知らん。ファルハルドを抑え込むのが先だ」

「…………。いっそ斬らせてやったほうが早くないか」


「駄目だ。なにがあったか証言する者が必要だ。あいつ以外はもう斬られている」

「ちっ」


 デルツの舌打ちが終わる暇もなく、ファルハルドが斬りかかる。

 バーバクは剣を受けながら思考する。



 □


 どうする。騒ぎは広まっている。時間を置けば、街の衛兵たちが駆けつける筈だ。それを待つべきか。

 いや、駄目だ。


 この街の衛兵は主に引退した挑戦者たちで構成されている。あいつらでは、とてもではないが今のファルハルドには追いつけない。

 もし衛兵が対応すれば、数に任せて斬って斬られての果てに死体の山を築くことになる。自分たちでけりを付ける。


 ファルハルドの狙いは禿男の仲間。しかし、いつ狙いが切り替わるかわかったものではない。


 最悪の事態。それはファルハルドが住民たちを襲い始めること。もし住民に犠牲者が出れば、もはやファルハルドを庇うことは不可能。


 そのためにも可能な限り早くファルハルドを取り押さえなければならない。


 どうすればファルハルドを取り押さえられるか。


 意外な動きを繰り返すファルハルドを取り押さえるのは簡単ではない。確実を狙うなら、時間を掛け体力を消耗させ弱らせた後に。

 が、決着を急ぐ今、この方法は採れない。


 ならば、どうする。相打ち覚悟で斬り捨てるのならば今すぐにでも……。馬鹿な。あり得ない。二度と仲間を喪ってたまるか。



 ならば、どうするか。考えろ。


 速さはファルハルドが上。剣速はファルハルドがわずかに自分を上回る。身熟みごなしは元々ファルハルドが速く、特に瞬間的な敏捷性は比較するのも馬鹿らしいほど。


 技能は自分が上。ただし、予想外の動きを繰り返す今のファルハルドとは明確な差はない。


 戦いの駆け引きは自分が上。なんといっても戦闘歴が全く違う。

 だが、意外な動きを見せるファルハルド相手では主導権は握れていない。現状、どちらが主導権を握っているとも言えない。


 確実に自分が上と言いきれるのは力。イシュフールの属性が強いファルハルドよりも、『力抜きん出たウルス』である自分のほうが圧倒的に力が強い。

 筋力、持久力共に確実に自分のほうがまさっている。力比べに持ち込めば決して負けない。武器を手放させ、その身の一部でも掴むことさえできればそのままじ伏せられる。


 だが、動きの疾いファルハルドをどうやって捕らえる?

 デルツとの連携。は、いまいち上手くいかない。のんびりと呼吸を合わせている暇はない。


 ならば自分が主体となって戦い、デルツに手が回らない部分を補ってもらう。


 これだ。これなら多少強引な攻めも行える。これで行く。


 □



 バーバクは踏み込みながら、デルツに伝える。


「俺が前に出る。あんたは援護を頼む。絶対にここから逃がすな。もしも、ファルハルドが逃げ出しそうになったら抑えてくれ」


「わかった。カルスタン、その馬鹿のことは任せた」

「任せろ」


 禿男の仲間の守りと逃亡防止はカルスタンに任せた。

 場は整えた。バーバクはファルハルドとの戦いだけに集中する。



 バーバクは剣を振り上げ、振り下ろす。

 斧使いであるバーバクは突きは使わない。攻撃の中心は横薙ぎでも斬り上げでもない。


 その体格と筋力を活かし、本領を発揮するのは振り下ろし。盾で受けるなら盾を割り、剣で受けるなら剣を断つ。

 得意とする剛剣でファルハルドと向かい合う。


 ファルハルドは全てを躱す。

 当然のこと。元よりファルハルドは攻撃を躱すことを基本とし、さらにはバーバクの本気の振り下ろしを受けることなどできる筈もないのだから。


 だが、これでファルハルドは躱すだけで手いっぱいとなる。目に見えて攻撃の手数が減った。

 攻撃を行う余裕がなくなれば状況を打開することはできない。バーバクはゆっくりと、だが一方的に追い詰めていく。


 バーバクはファルハルドの躱す先を予想し、誘導。細かく剣の軌道や立ち位置を調整することでファルハルドの逃げる先を狭めていく。


 そして、ついに追い込んだ。建物の形から三方が壁に囲まれた場所に。


 ここで決める。バーバクは剣を振りかぶり、一気に下ろす。


 バーバクの剣を躱せるだけの余地はない。

 『身軽さ秀でるイシュフール』の跳躍力でバーバクを跳び越え避けたとしても、そこにはデルツが備えている。

 ファルハルドはバーバクの渾身の剣を剣で受けざるを得ない。それで剣を両断できる。

 あとは体当たりで仕上げだ。気を失わせるなり、そのまま押し込んで抑え込むなり、なんとでもできる。一気に決める。



 だが、ファルハルドの反応はバーバクの予想を裏切った。


 剣を翳し、バーバクの剣を見事受けきった、のではない。受ける素振りなど一切見せることなく、突きを繰り出した。


 バーバクの背に怖気が走る。刺突の鋭さに、ではない。ファルハルドが攻撃を選択したことに。



 確かに刺突は斬撃より速い。だが、バーバクの振り下ろしはすでに勢いに乗っている。ファルハルドの突きが先にバーバクに届くことはない。同時ですらない。


 このままではバーバクの剣はファルハルドを両断、体勢の崩れたファルハルドの剣はバーバクに単に深手を負わせるだけ。相打ちにすらならない。


 自らの命を守ることよりもバーバクを攻めようとするファルハルドの選択に、バーバクは愕然とした。


 ふざけるな。バーバクは自分の剣を止めようとする。が、勢いに乗った剣はもはや止まらない。

 咄嗟に歩幅を広げ、膝を崩す。バーバクの体勢が崩れる。


 バーバクの剣はファルハルドの肩を浅く削ぎ、ファルハルドの剣はバーバクの左肩を深く刺した。


 バーバクは引きる左腕を無理やり動かし、ファルハルドの腕を取ろうとした。だが、ファルハルドは掴ませない。バーバクの腕を逃れ、跳躍。


 デルツは備えていたが、二人の予想を越える攻防に気を取られ、反応が遅れた。落下するファルハルドを攻めることができず、逆に攻め込まれる。


 ファルハルドを逃がすことも、通り抜けさせることもしなかった。しかし、状況は振り出しに戻り、バーバクのファルハルドを取り押さえるための苦労は全てが帳消しとなった。



 ファルハルドは肩から血を流しながらも、自らの怪我を一切気に掛けない。デルツを振りきり、禿男の仲間に向かおうとする。

 デルツは食い下がる。ファルハルドを妨害するため、がむしゃらに剣を振るう。


 デルツとファルハルドが斬り合うなか、バーバクは動けずにいる。肩の怪我のため、ではない。自らの思いに囚われ動けずにいる。



 バーバクは先ほどの攻防で理解した。ファルハルドのはやさの秘密を。なぜ、これほどのはやさをみせるのか。

 その理由を理解できてしまった。


 理由は二つ。

 一つは、一切の迷いが存在しないから。思考の全てが殺意で占められている。そこには躊躇ためらいも、逡巡も存在しない。狙う相手の命を奪う。それだけを目的とする純粋存在。


 だが、これだけなら単に我を忘れたというだけで説明できる。戦いに身を置く人間なら、誰でも一度くらいは似た状態になったことはある。


 それだけではない、もう一つの理由。決定的なその理由。それはファルハルドが自らの身を一切顧みないということ。

 人ならば皆、どれだけ我を忘れようとも本能で身を守る。それはどれだけなくそうとしても決してなくすことはできない生物としての本能。それをファルハルドはなくしている。


 致命の攻撃を避けようともしない。そして、限界を超えた動きで自らの身体が傷んでいこうとも一切気にかけない。

 可動範囲を超えた位置まで関節を動かし、制御限界を超えた領域で動きを加速させる。過剰な負担に、急速に身体はきしみ、消耗してゆく。


 理性のたがが外れ、さらには自分の身を守るための本能による抑制すら投げ捨てている。だからこそ、バーバクたちの予想を超えた素早さを見せる。

 このまま戦い続ければ、たとえ誰にも斬られずとも自らの過剰な動きの負担のためにファルハルドの身体は耐えきれず死亡することになる。



 そして。そして、それが意味するのは。


 ファルハルドが心の奥底から望んでいるものとは自らの死だということ。


 約束も、しがらみも、仲間意識も、情愛も、その全てを取り除いた時。最後に残るただ一つだけの望みが自らの死だということ。


「大馬鹿野郎が」


 バーバクは強く唇を噛み締めた。

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