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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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59. 禍殃 /その②

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 2 ──────


 次の日、朝方ジャンダルはひどい頭痛に悩まされた。ものの見事に二日酔い。ジーラの元気いっぱいの声が頭に響く。頭が割れそうだ。手持ちの薬を飲んで昼まで大人しく寝て過ごした。


 ファルハルドは昼までは秋祭りの後片付けを手伝った。ジャンダル同様、頭が痛み生気のない顔をした村人たちが多かったため、ファルハルドの手伝いはたいへんな救いになった。


 ファルハルドはそんな村人たちの様子を見て、二度と酒の差し入れは止めようと固く決意した。


 ラーメシュたちもこの日は店を開かない。自分たちの食事の支度だけをし、あとはのんびり過ごす。


 昼からはファルハルドは元気いっぱいなモラードに剣の稽古をつけ、ジャンダルはジーラやエルナーズに簡単な薬草の見分け方や薬の作り方を教えて過ごした。



 そして、夜中。いつかのようにニユーシャーが二人の部屋の扉を叩く。前と同じく一階の店舗の卓を囲み、ラーメシュ、ニユーシャー、ファルハルド、ジャンダルの四人で話す。


「エルナーズの成人祝いありがとよ。あの子もたいそう喜んでたぜ」

「本当にね。あんな洒落しゃれたもの、ここじゃなかなか手に入らないから、本当、良かったよ」


 改まって言われるほどのことでもない。ということは、これは当然次にくる話への繋ぎ。

 ファルハルドたちには子供たちの前では話せないような話題は思いつかない。となればこの村の中でなにかが起こったということ。いったい、なにが。少し身構える。


 が、出てきた内容は拍子抜けするものだった。


「その、まあ、あれだ。エルナーズも成人したからな。結構、嫁にと申し込みがあってな。まあ、その、なぁ。あんたらはどう思う」


 ? どう思う、と問われても二人には特に思うことはない。そもそも自分たちが口を挟める話だとも思えない。


「いやー、まあ、いい相手がいればいいんじゃない。あ、あれかな。エルナーズが嫌がってるとか?」


「いや、そういう訳じゃねぇんだけどよ」

「ならいいんじゃない」


 ニユーシャーたちの困惑した様子は変わらない。ファルハルドたちも困惑する。


「なぜ俺たちに訊く」


 確かにこの村に知り人はいるが、詳しく知っているとはとても言えない。そもそもこの村の住人であるニユーシャーたちのほうがより詳しいのは当たり前。尋ねられたところで力になれるとも思えない。


「なぜって、そりゃ、なぁ」

「それは、ねぇ」


 ラーメシュとニユーシャーはなにやらもごもごと口籠る。

 不自然な沈黙が続く。ニユーシャーががりがりと頭を掻きながら大きく息を吐いた。


「そうかい。じゃあ、あれかい。俺たちが決めちまっていいんだな」


 ファルハルドとジャンダルは互いに目を合わす。


「そりゃ、そうでしょ。二人が親代わりなんだもん。まあ、村の風習とか知らないけど、一応エルナーズが嫌がることは無理強いしないで欲しいってくらいかな」


「たりぇだ。可愛い姪っ子を不幸にする訳ねぇじゃねぇか」

「あの子たちには幸せになって欲しいからねぇ」


 話が終わりファルハルドたちは部屋に戻るが、ラーメシュとニユーシャーはすっきりしない表情でいつまでも二人で話をしていた。




 ─ 3 ──────


 二人はパサルナーンへの帰り道には当然、旧街道を使用する。その日は以前も宿代わりに使わせてもらった無数の神像が並ぶ神殿で休んだ。


 以前はわからなかったが、今ではわかる。

 一際ひときわ高い祭壇にまつられているのは万物の母と始まりの人間の神像。その周りの祭壇に祀られているのは十大神の神像。そして、周辺のより低い場所に祀られているのが新たなる神々の神像という訳だ。


 差し当たり、中心になる十二柱の神像をぬぐい浄めた。


「エルナーズももう結婚話が持ち上がる齢になったんだね」

「そうなんだな」


 二人は食事を摂りながら、のんびり話す。偶然の出会いだったが、賊から助け共に旅をした。その相手が成人し、結婚話が多く申し込まれている。なかなかに感慨深いものがある。


「まあ、でも実際はまだまだ先の話だろうけどね」


 どういうことなのか、ファルハルドにはわからない。いぶかしげに眉を歪める。


「いやー、基本、街より農村のほうが結婚するのって遅いようなんだよね。街だと二十歳前に結婚する人が多いけど、農村だと二十歳過ぎてからが多いんじゃないかな」


 ファルハルドは全く知らない話だった。


「そんな違いがあるのか。不思議だな」


「まあ、そのあたりは土地によりけり、人によりけり、いろいろなんだろうけどね。そういえば、モズデフも見合い話が持ち上がってたよね。もう、相手って決まったのかな」

「さて、な。話は進んでいるようだったがな」


 ファルハルドは基本的に他人への興味は薄い。それでも、その日は珍しく他の人の話をして過ごした。




 旧街道を進み、イルマク山をエランダール側に抜ける。中腹まで下れば、パサルナーン高原を見渡せる風の神(ヴァード)を祀る、吹き抜けのほこらに辿り着く。何度見ても目を奪われる絶景だ。


 普段、街中で暮らしていれば外からパサルナーンの街を見る機会はない。こうしてパサルナーン高原を眺める度に、初めてパサルナーンの街を目指した時を思い出す。

 二人は高原を見下ろしながら、迷宮に挑む気持ちを新たにした。




 ─ 4 ──────


 夕暮れ。人々の列に続き、パサルナーンの門をくぐる。


 ジャンダルはそのまま拠点に向かうが、ファルハルドは西地区まで共に進んだ後、ジャンダルと別れ、一人ロジーニの魔導具店に向かった。

 半月ほど前にレイラに贈ろうと手鏡を購入し、それに石をめるよう頼んでいたのだ。予定では秋分の日には出来上がっている筈だったため、今日そのまま受け取りに向かった。


「ああ、ファルハルド様。お待ちしておりました」


 ロジーニが笑顔で出迎える。若干、普段より楽しそうなのは気のせいだろうか。


「こちらになります。ご確認下さい」


 差し出された手鏡を手に取り確認する。鏡面部分はしっかりと磨き込まれ、曇り一つない。しばらくは磨く必要もないだろう。おもむろに裏返し、装飾を確認する。


 裏面は大胆な彫り方で中央に花の文様が彫られ、その周りに蔓や葉が繊細な彫りで装飾的に彫られている。

 円周部分には、レイラの瞳の色によく似た緑の貴石が五個嵌め込まれている。


 ファルハルドは満足した。

 高級娼婦であるレイラなら、もっと高価な品を山ほど贈られているだろう。手鏡も余るほど持っているだろう。喜んでくれるかどうかなどわからない。

 だが、ファルハルドにはこれこそが自分に贈れる品の中で最もレイラに相応しいと思われた。



「済まないが、贈り物なんだ。料金は払うので、それらしい包みにしてもらえないか」


 ロジーニは大喜びで胸の前で手を合わせる。


「もちろんよ。追加の料金なんて結構ですよ。それより、ねえねえ。誰に贈るのかしら。どこで出合ったの。おばさんに聞かせてくれないかしら」


 いきなり商売を脇に置き、忌み子同士の仲間意識を前面に押し出してきた。すかさず、セスが咳払いをする。ロジーニは片目をつむり、肩を竦めぺろっと舌を出す。が、話を聞きたくてうずうずしている様子は変わらない。


 多少の遣りにくさはあるが、ファルハルドとしてもなにかと世話になっているロジーニに話すことは構わない。


 話して聞かせれば、両手を固く握り締め、

「おばさん、応援しているから頑張りなさい」

と、力強く応援してきた。


 なにをどう頑張れというのか、ファルハルドにはわからない。曖昧に頷くにとどめた。ついででもないが、胸飾りもあったのでモズデフに丁度良いかとそちらも購入した。

 どちらも綺麗な木箱に納めてもらい、華やかな飾り紐で結んでもらった。


 ロジーニは苦い顔をしたセスから咳払いを受けながら、

「いつでも相談にいらっしゃい。おばさん、力になるからね」

と、妙に楽しそうに付け加えた。




 ─ 5 ──────


 拠点に戻れば、バーバクたちが妙ににやにやしながら待っていた。

 拠点全体が酒臭い。残していった大樽は綺麗さっぱり呑み干されていた。常識的に考えて二人の人間だけで呑み干せる量ではない筈なのだが、事実一滴たりとも残っていない。バーバクもハーミも実にご機嫌だ。


「よーし。んじゃまあ、今日は白華館に繰り出すか」


 なにがじゃあなのかさっぱりわからない。とはいえ、文句を言う理由もない。一同は揃って白華館に繰り出した。もちろん、ファルハルドはレイラへ贈る手鏡の包みをその手に持って。


「子供たちは元気だったか」

「ああ、元気だったよ。いやー、エルナーズは成人したら縁談が殺到してるみたいでね。驚いたね」


 はて? 嫁にと申し込みがあったとは言っていたが、殺到してるとは言っていなかったのではないか?


 ファルハルドは疑問を浮かべるが、わざわざ口に出しはしなかった。ジャンダルは旅生活に慣れているせいか、それとも行商をしていたせいなのか、時々微妙に話を盛る癖がある。


 薬を扱うナルマラトゥ氏族はだましはご法度ではなかったのか? こいつ、実は結構やらかしていたのではないか?


 ファルハルドのなかで微妙にジャンダルの信用度が下がった。



 万華通りにまでやって来れば、ここはあいかわらずの人いきれだ。

 秋になり、各地で収穫物が採れたことで、活発に物が流通し始めている。そのため、パサルナーンへやって来る商人も増え、万華通りは普段以上に賑わっている。


 混み合う万華通りの混雑を掻き分けながら、一行は白華館を目指す。

 白華館は変わらずきらびやかに輝いている。過剰なまでの灯りと色とりどりの飾りにいろどられて。





 だが、中からは聞こえたのは、嬌声きょうせいではなく絹裂く悲鳴。

 いったい、なにが。ファルハルドたちは顔を見合わせ、走り出す。



 白華館に飛び込んだ。

 心臓がねる。


 そこにあるはあり得ぬ光景。あってはならぬ光景。



 白華館の入口広間には大勢の人がいた。壁際に館の女たちが震えながらうずくまっている。何人かの男衆と挑戦者らしき者が倒れている。


 そして、その中心には。


 血走った目で譫言うわごとつぶやきながら立つ、いつかの禿男。その手には血に濡れた剣が握られていた。


 そして。そして、その前には。


 袈裟懸けに背中を斬られ、レイラが血の海に倒れ伏していた。

次話、「対決」に続く。

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