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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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58. 禍殃 /その①



 ─ 1 ──────


 秋分の日。ファルハルドたちは秋祭りに合わせ、カルドバン村に足を運んだ。


 いつが秋分の日、春分の日なのかは年によって変動する。今年はセダの月十七日(中のピサラヴィの日)が秋分の日だ。



「よーう、今年は間に合ったな」


 ちょうど広場で料理作りを指図していたニユーシャーが、やって来たファルハルドたちを見かけ呼びかけた。


 ニユーシャーは自身、野菜と猪肉を入れた大鍋を掻き混ぜながら皆に配る料理を指図しているところだった。

 他に鍋料理が何種類か作られ、離れたところでは櫓が組まれ、猪や鹿が丸焼きにされている。ジャンダルが教えた平焼きも、たくさん焼かれ積み上げられている。


「まーねー」


 ジャンダルはにこやかに返事をする。が、二人を見たラーメシュは目を丸くした。


「おや、まあ、随分大荷物だね。いったいどうしたんだい」


 ファルハルドたちは今回荷馬車に乗ってやって来た。荷馬車に酒の大樽を積んで。

 パサルナーンの街で新たに知り合ったエルメスタから、安く大量の酒を購入することができたのだ。



 新しく知り合ったエルメスタはスィラクトラ氏族。主に料理や食料品を扱う氏族だ。ジャンダルが酒場で声をかけ、意気投合した。会話が盛り上がり、話の流れで協力して新しい料理の開発に取り組むことになった。


 ジャンダルは薬を扱い、簡単な治療も行うナルマラトゥ氏族。二人で開発したのは薬草を使った、食べて旨く健康になる料理。

 腹が張っている時、食べると消化が促進されお腹が空いてくる粥。滋養強壮に満ちた疲れが取れる豆と香草のスープ(アーシュ)。食べ続ければ、体調維持に役に立つ腸詰肉などなど。


 これは大儲けが期待できると盛り上がった。秋に入り、もうじき新酒の季節。しばらくすればどのみち古い酒は値段が下がる。在庫がだぶついていたこともあり、盛り上がった勢いも手伝って、ならばと格安で譲ってもらえたのだ。



 それが八の月の頭の出来事。ちょうどいいと秋祭りのカルドバン村に差し入れることにした。もっとも、一樽ほどバーバクとハーミの要望で拠点に残してきたが。


 知り合ったエルメスタの伝手を使い、荷馬車を手配し今回初めて新街道を使った。旧街道ならパサルナーン=カルドバン村間は三日で着くが、新街道では荷馬車を使っても六日は掛かった。


 平坦な場所を選んで通っている新街道は大回りとなり、同時にカルドバン村は新街道から外れた場所にあって余計な距離を進まなければいけないからだ。だとしても、荷馬車では所々が崩れている旧街道は使えない。新街道を使うしかない。

 初めて新街道を使う二人は掛かる日数を読み間違え、危なく秋祭りに間に合わないのではないかと焦る羽目になった。


 荷馬車をいてきた行商人は積み荷を降ろし、そのまま次の目的地へと向かった。ジャンダルもニユーシャーたちもせっかくだからと秋祭りに誘ったが、行商人は次の約束があるからとそそくさと旅立っていった。



 村長もファルハルドたちを歓迎する。二人が酒樽を差し入れたから、ではない。前に、悪獣から受けた怪我の療養に二人が長くカルドバン村に滞在した折、挨拶に来た二人と話し、以来二人のことがたいそう気に入っていたからだ。


 こうして歓迎してもらえるのは二人にとってもありがたい。

 ただ、村長は二人の顔を見る度、しつこくカルドバン村への移住を勧めてくる。純粋な親切心からの発言だとわかるだけに無下には断れず、二人は曖昧な笑顔を浮かべることしかできなかった。


 ファルハルドは話のついでに、フーシュマンドから聞いた東国諸国で闇の怪物の侵攻や悪獣の発生が増えている話を村長に伝えた。


 東国諸国東部最南端のハーマンスールやヴァサラーンからカルドバン村までは、ひたすら旅して約二月。単純に直線距離で考えたとしても、一月と少し分の距離がある。

 カルドバン村にまで影響が及ぶかどうかはわからない。それでも念のため、村を守る柵の補強などをしたほうがいいだろうという自分の意見も併せて伝えた。



 村長と話している間にラーメシュに呼ばれ、エルナーズたちもやって来た。三人とも晴れ着を着て、身形みなりを整えている。


 モラードは飾りのたぐいは身に付けてはいない。それでも普段と違い髪を整えている。

 ジーラは普段はなにもしていない髪を編み込み、後ろに垂らしている。髪には昔ファルハルドたちが贈った髪飾りを付け、他に鮮やかな赤い花を挿している。

 おそらくラーメシュが子供たちの髪を整えたのだろう。エルナーズもジーラと全く同じ髪形をしている。髪飾りと花を付けているのも同じだ。

 それ以外に、エルナーズは二人が去年贈った銀の胸飾りを付け、耳にはラーメシュたちから贈られた耳飾りを付けている。春にカルドバン村を訪れた際も思ったが、一年前と比べぐっと大人っぽく見える。


「ファル兄、ジャン兄」


 着飾っていても、ジーラは変わらない。あいかわらず二人を見れば駆け出し、抱き着いてくる。せっかくの晴れ着が汚れてしまわないか二人のほうが気を遣う。


 モラードもあいかわらずだ。晴れ着のまま走り回っているせいか、裾は土塗れ。どこかでつまみ食いをしてきたのだろう。口周りにはなにかのたれがべったりと付き、袖はいろいろな色に汚れている。


「モラード」


 ファルハルドが口元を指差し声を掛けると、へへへと笑い袖でぬぐった。当然のごとく、追いついたラーメシュに拳骨を落とされる。


「こら。もう、あんたって子は。まったく、誰がそれを洗うのかわかってんのかい」


 完全に自業自得である。とてもではないが、涙目で頭を押さえるモラードをかばう気にはならない。


「あの、伯母さん。あの、あとで私が洗いますから、そのへんで……」


 エルナーズは違うらしい。少しおろおろしながらモラードを庇った。ラーメシュはぷりぷり怒り、まったくもうと言いながら布でモラードの口元を拭いている。


 つい、二人は声を上げて笑ってしまった。まったくもっていい家族となっている。

 モラードとジーラはなぜ二人が笑っているのかわからずぽかんとしているが、ラーメシュとエルナーズには理由が察せられたようで少し頬を赤らめはにかんでいる。




 そうこうするうち料理の準備もでき、村長の掛け声の下、秋祭りが始まった。


 最初は在村の神官による神々への祈り。料理と今年村で採れた最も出来のいい作物を供物として捧げる。

 神官の合図と共に村人全員で祈りを上げれば、最初の儀式は終わる。お堅い儀式が終われば、次はあちらこちらで車座になり銘々好きに食事を楽しむ時間となる。


 ファルハルドたちが運んできた酒樽も開けられた。一層の歓声が上がる。もともと村で用意されていたのは葡萄酒と麦酒が大樽で二樽ずつ。二人が運んできたのは各一樽ずつ。酒好きたちに最大級の笑顔で感謝された。


 感謝する村人たちが次々と杯を勧めてくるのにはまいらされた。ジャンダルは早々に潰れた。隅で口を開けて寝入っている。ファルハルドは顔色も変わらず、ちびちびと呑み続けている。

 毒に対する強い耐性を持つイシュフールの血がこんな形で役に立っている。本人は潰れたほうがいっそ楽なのではと考えているが。


 モラードたちはそれぞれ村の友達と一緒に料理を楽しんでいる。エルナーズも友達とお喋りしながら食事をしていたが、いつまでも酒を勧められ続けるファルハルドが気になり近づいてきた。


 エルナーズが騒ぐ村人に制止の声を掛けようとするが、ファルハルドが手振りでそれを止めた。自分よりもジャンダルの様子を見てくれと目で伝える。エルナーズは躊躇ためらうが、仕方なさそうにジャンダルの方へ向かった。


 一通り腹が膨れ落ち着けば、次は村人総出の踊りの時間だ。男女が手を取り合い、笑顔で踊る。

 ジーラとモラードはきゃっきゃっと笑い声を上げながら楽しそうに踊っている。ファルハルドも大勢の村の娘たちから誘われるが、踊りの輪には加わらず一人離れた場所から静かに眺めている。


 秋祭りは村人たちにとって収穫の喜びを分かち合い、親睦を深める親交の場。そして、この踊りの時間は若者たちにとっては気になる相手と親しくなれる絶好の機会だ。


 エルナーズにも次から次へと踊りの申し込みがくる。しかし、エルナーズはジャンダルの様子を見ることを理由に片っ端から断っている。友達もやって来て一緒に踊ろうと誘うが、やはり首を振る。


 見兼ねたファルハルドが自分が代わると告げるが、エルナーズは断った。なにがそんなに気になるのか。よくはわからない。とはいえ、本人が嫌がるのならファルハルドには無理強いする気はない。


 ファルハルドはジャンダルに膝枕をするエルナーズの近くに座り、人避けの役目を果たすことにした。

 声を掛けたそうにする者はちらほらいたが、ファルハルドが鋭い目を向ければ敢えて近づいて来る者はいなかった。



 二人は喧噪から離れ、篝火に照らされ踊る村人たちを静かに眺めた。

 そして、村人たちを眺めるうちにファルハルドは一つのことに気が付いた。村人たちは皆着飾っている。それはもちろんエルナーズも。


 ただ、エルナーズの着ている晴れ着は、どう見ても男物。男物と女物では当然その服の形は違う。間違えて、ということは考えられない。ファルハルドにとってエルナーズが男物の服を着ている姿は見慣れたものだったが、男物を着ている女性など他にはいない。


 いったいなぜか。気にはなったが、ラーメシュたちがこの格好をさせているなら特に問題はないのだろう。


 ちらりと湧いた疑問は、ジャンダルの頭を枕代わりにした自らの太股の上に乗せ、柔らかくその髪を撫でるエルナーズの表情を見るうちにどうでもよくなった。


 二人はぽつりぽつりと話しながら静かに時間を過ごした。

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