56. 夏至祭 /その①
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夏至祭、当日。ファルハルドたちは昼から南地区に向かった。
北地区では西地区と北地区の間の一部にある娼館通り、『玉李通り』の高級娼婦たちが、そしてここ南地区では東地区と南地区の間の一部にある娼館通り、『万華通り』の高級娼婦たちが舞台で踊りを見せる。
神殿が多く政庁関連施設も集まっている北地区は、全体的に金持ちや役人たちが多く住み、娼館通りとしても万華通りよりも玉李通りのほうがより高級な格上の娼館通りとされている。
そのため、どうしても万華通りの娼婦たちが踊る南地区の踊りは、衣装などの煌びやかさでは北地区より一段劣る。
だが、その分踊り手たちは懸命に練習し、踊りそのものはこちらのほうが質が高いと愛好者は口にする。
当然の如く、南地区は異様なまでの熱気に包まれている。その熱気に包まれた南地区をファルハルドたちは歩いていく。
「二人はパサルナーンの夏至祭は初めてだったか」
「いや、去年は兄さんと二人でぶらついてたよ。でも、踊りは見てないね。ねぇ」
「ああ、人混みはどうもな」
バーバクは大口を開けて、がははっと笑う。
「おいおい。夏至祭は踊りを見てこそだろ。仕方ねえな」
ジャンダルは肩を竦めた。
「去年はまだまだ挑戦もきつかったからね。おいらもあんま乗り気じゃなかった訳よ」
ハーミは歩きながら屋台で買った食べ物を頬張っている。
「なら、今日はいい場所を取らねばな」
ハーミは上機嫌だ。祭りの度、普段見かけない料理を見つけ出してはたらふく味わう。ハーミにとって祭りの日は神官の肩書を忘れ、一人のアルマーティーとして気楽に楽しむ日となっている。
一行は屋台で料理を買い込みながらのんびり進み、踊りの会場となる広場へと辿り着いた。
広場はすでに人で満杯だ。中央にはすでに舞台が整えられ、横には踊り手たちの控えの場となる天幕も張られている。
舞台のすぐ傍は後援者や娼館の主たちの席だ。ここだけは日除けの下に椅子が置かれ、警備の者も立っている。
それ以外は特に区分けもされていない立見席だ。銘々が屋台で買った料理を片手に、好きに屯している。
「込み合っているな」
広場の混雑具合を見て、ファルハルドが少し気が重そうに零した。
「はっはっ。そりゃそうだろ。さあ、場所を取らないとな。進もうぜ」
人混みを掻き分けバーバクはずんずん進み、人々は苛立たしげな目を向けてくる。
が、そこにいるのが身体の大きな強面の人物だとわかると、後難を怖れ文句は言ってこなかった。あとについて行くファルハルドたちが、済まなそうに頭を下げていくお陰でもあるが。
「うっし。ここら辺にしとくか」
最前列ではないが、舞台近くまで進んで場所を確保する。近過ぎず、少し目を動かせば舞台の端から端まで見渡すことができる。
「どれ、もう少し料理を買い込んでくるか」
「おいおい、もうじき始まるぞ」
「わかっておる。待っておれ」
ハーミの関心はやはり食べ物。両腕いっぱい買い込んでいた料理がいつの間にかなくなっている。
新年の祝いと違い、屋台の数はかなり少ない。広場の中には出店しておらず、一旦広場の外に出なければならない。手間だが、ハーミは食事のためとあらば気にしない。食事優先で一人買い込みに向かった。
「仕方ない奴だな」
バーバクたちは苦笑する。
そうこうするうちに舞台上に楽師が出て来て、音楽を奏で始めた。
楽師たちは舞台上に六人、舞台下には二十人ほどが並んでいる。
着飾った年若い踊り手が一人現われ、ゆっくりと舞台中央にまで進む。踊り手は中央に辿り着けば、その場で膝を折り、静かに座る。
続けて、十二人の歌い手が舞台に昇る。歌い手たちは観客たちに一礼。音楽に合わせ、歌い始める。世界の始まりを歌い、光の神々を寿ぐ。
踊り手は歌に合わせ、上体を揺らすことなく立ち上がり、静かに舞い始めた。
「もう、始まったか」
ハーミが大量の料理を抱え帰ってきた。多過ぎないか。呆れた目を向けるファルハルドたちに、ハーミは買ってきた食事を配りながら機嫌良く舞の説明をする。
「あれは神殿でも舞われる古式ゆかしい伝統の舞だの」
場を清め、これから行われる踊りを神々に捧げる意味を持つ。
始まりである晨光の舞が終われば、観客たちが待ちわびた華やかな讃神感謝の踊りが始まる。
踊りは二度に分けて行われる。一回当たり十二人。万華通りの頂点に位置する計二十四人の高級娼婦たちが舞い踊る。
最初は十大神と万物の母、始まりの人間。十二柱の神々、それぞれ一柱ずつを讃える歌が一人ずつの歌い手により順に短く歌われる。歌に合わせ、踊り手たちも一人ずつ踊る。
そして、その後。世界の美しさを歌い上げ、繁栄を願う歌を十二人の歌い手たちが声を合わせ歌い、十二人の踊り手たちが一斉に踊る。
絢爛華麗、光彩陸離。この踊りこそ神事の華。
広場に集まった観客たちはさざめきながらも歓声を上げたりはしない。実態としては娯楽だが、一応は神事とされているためだ。それでも人々は夢見るように熱の籠った目で踊りを見詰める。
二度目の踊りで、レイラが出てきた。ファルハルドが息を呑む。
レイラは普段、好んで飾りの少ない服を着る。己の身体の線こそが最も美しく、飾りなど邪魔にしかならないと知っているためだ。
だが、この日は違う。
神事と言うことで衣装は生成りの薄布を基本としている。
しかしながら、その衣装は元の布がわからなくなるほど華やかに飾られている。十二柱の神々を表す文様をより意匠化したものが五色の色で描かれ、さらに金糸、銀糸で花や風景を抽象化した模様が縫われている。
手足には鈴を付けた金銀銅の細い環がいくつも着けられ、踊りに合わせ涼やかな音を立てていく。そして髪に編み込んだ金の髪飾りと胸に下げた小さな銀鏡が、きらりきらりと光を反射する。
ファルハルドはまばたきも忘れ、じっと見入った。バーバクたちに話しかけられても気付かない。
バーバクたちは軽く笑って見ている。それはバーバクの馴染みの相手であるラサーや、ジャンダルの馴染みの相手であるスーリは踊らないからでもある。ハーミに関してはそもそも一夜を共にする相手はいない。
よってファルハルド以外は全員、単に綺麗な踊りだなと思いながら見ているだけだ。
だが、ファルハルドは。そこにある感情はなんなのか。それは本人もわからない。
それでも頭に浮かんだ言葉は一つ。美しい。ただ、それだけ。他にはなにも考えることはできなかった。
レイラ以外の十一人の踊り手は目に入らず、バーバクたち周囲にいる者の声も耳に入らない。その目に映り、その意識に昇るのはレイラだけ。
わかりやすいほどにわかりやすく、ファルハルドは踊るレイラに心奪われた。
二度の踊りが終われば、二十四名全ての踊り手が舞台に上がり、静かにゆっくりと神々へ加護の感謝を伝える舞とさらなる加護を願う舞を舞う。
そして日の暮れる前、晨光の舞を舞った年若い踊り手が再び現れ、終わりである残照の舞を舞い、神事は終わりを告げ夏至祭は今年も無事に終了した。
─ 2 ──────
日が暮れ、万華通りは喧騒に包まれている。
どの娼館も人々が詰めかけ、普段以上の賑わいだ。
といって、今日行っているのは商売ではない。各娼館で広間を開放し、無料で市民に酒食を振舞っているのだ。その費用は全て後援者たちの懐から出ている。
昼に踊った高級娼婦たちは今日はもう休んでおり、姿を見せない。それでもいつもは少なくない金を出さねば話もできぬ娼婦たちが酌をして回ってくれるとあって、娼館通いなどとてもできぬ者たちまでもが挙って押しかけている。
ちなみにこの日娼館に詰めかけているのは男性だけではない。女性までもが娼館に足を運んでいる。商売ではなく無料の飲食提供が行われていることから、この日ばかりは女性が娼館に入ってもなんの不思議もないと受け止められている。
女性たちが娼館に行く理由は様々だ。
第一は、なんといっても無料で飲み食いできるから。主に貧しい者たちはこの理由だ。人数としてはこの者たちが最も多い。
第二としては、娼婦たちはこの街の化粧や衣装など流行の発信元で、その発信元をじっくり間近で確認できる貴重な機会だから。
比較的、経済的に余裕がある層はこの理由で足を運んでいる。毎年この夏至祭のあと、街の女性たちの化粧や服装に変化が現れる。
そして誰もおおっぴらには口にしないが、隠れた第三の理由として、自分の夫や気になる男性のお気に入りの娼婦を確かめるためというのがある。
もしかしたらこの理由こそが最大の理由かもしれない。楽しげに笑いながらも、目付きが怖い女性たちは間違いなくこの理由で足を運んでいる。あとでどんな修羅場が発生するのかは想像しないほうが身の為だろう。
その人々で込み合う万華通りにファルハルドたちもやって来た。向かう先は当然、白華館。セレスティンを労うためだ。
酒食が目的ではないので、並べられている料理を軽く摘みセレスティンに一言挨拶をすればさっさと帰る。この日に長尻をするのは野暮と笑われる。日頃通わぬ者たちには関係ないが。
バーバクたちは白華館に入った所で渡された杯を片手に、料理をつつきながらセレスティンを探す。
すぐに見つかった。奥の壁際で後援者たちと卓を囲み、談笑している。その間にも次から次へと大勢からの挨拶を受けている。
挨拶の列は途切れることはないが、それでも人数が減った時を見計らいバーバクたちも挨拶向かう。
一言声を掛ければそのまま帰るつもりだったが、ファルハルドがセレスティンに呼び止められる。レイラが呼んでいるから、と。
バーバクたちはしばらく食事を楽しんで待っていると言う。遅くなるようなら先に帰っておくと付け加えて。
ファルハルドは、目に見えて動揺しながら返事をする。
館の男衆に案内され、レイラの部屋に向かう。なんだかぎくしゃくとした変な動きになっている。
レイラは卓で茶の用意をして待っていた。ふわりと微笑み、ファルハルドを迎え入れる。
昼間の踊りで少なからず疲れている筈だが、些かも疲れを感じさせない笑顔だ。たださすがに日に焼け、普段は白い肌が赤くなっている。
普段と違う印象に、なぜだかファルハルドは動悸が高まる。
「ファルハルド様、どうかされました」
レイラが問いかける。表情はいつも通りの嫋やかな笑みだが、その目はなにやら悪戯っぽく笑っている。
「どうも、して、いない」
ファルハルドは少し目を逸らして言葉少なく答える。
「それより疲れているだろう。そちらこそどうかしたのか」
ファルハルドは顔を引き締め尋ねる。ここで急に顔を引き締めるのは不自然過ぎる。明らかに無理をしている。レイラはつい、ふふっと笑いを零した。
「いえいえ。随分熱心に踊りを見ていただいておりましたので。粗茶の一杯でも差し上げたく、お声掛けをさせていただいた次第でございます」
ファルハルドは赤面し、返事をすることもできない。レイラは楽しそうにファルハルドの顔を眺めた後、追及はせず静かに茶を入れた。
「よろしければどうぞ」
ファルハルドは目を逸らしたまま茶を一息に煽った。
「もう行く。ゆっくり休んでくれ」
ファルハルドはぶっきらぼうに言い捨て、立ち上がる。
目を合わさないまま入口に向かうが、不意に立ち止まる。なにやら何度も口を開けたり、閉めたりしている。
レイラには背中を向けているが、当然様子のおかしさは気付かれている。
あの、いかがされました、とレイラが声を掛けようとした時、絞り出すように言った。
「とても美しかった」
ファルハルドは振り返りもせず、足早に部屋を出ていった。
レイラは一人、誰もいない部屋の中でくすりと笑い、ファルハルドを見送ろうと席を立ち追いかけた。




