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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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52. 三層目進出 /その①



 ─ 1 ──────


 その日、ファルハルドたちは普段よりも遅く起き出し、揃ってゆっくりと朝食を摂る。

 たっぷりと羊肉を入れた粥と炙った腸詰め。飲み物は香草茶。バーバクとハーミはいつものように薄い葡萄酒を一杯だけ呑む。


 その後、それぞれ装備を確認。身に着けたあと、集合。

 いつもとほぼ同じ風景。向かう先もいつもと同じパサルナーン迷宮。


 だが、足を踏み入れる階層は異なる。三層目。獣人たちが群れ集う、獣人の巣窟。


 今日、新たなる階層に挑む。




 ─ 2 ──────


「おっさん。なんだ、寝不足か」


 黒い建物の中、転移門へと進む列に並びバーバクがふと尋ねた。ハーミは普段通りに見えるが、言われてみれば確かにほんの少し疲れているようにも見える。


「ふむ。寝不足と言うほどではないが、昨日は遅くまで祈りを捧げておった」

「ふーん、珍しいな。三層目は不安か」


 列を進みながら、何気なく続ける。


「まさかの。神の御心が近くに感じられた気がしてな。気付けば夜更けまで祈っておったのだ」

「ふーん、そうかい」


 バーバクはさして興味なさそうに応じる。ハーミはちらりとバーバクに目をやり、続けた。


「それはそれとして、今日はまずは儂が先頭でもよいかの」


 ファルハルドとジャンダルは意外に思い、ハーミに目を向ける。バーバクはハーミに目をやり、ファルハルドたちを見回したあと、一言、いいぞと答えた。



 三層目に転移。初めて一層目、二層目に転移した時と同じくファルハルドとジャンダルの右手の甲が熱くなる。手袋を取るまでもなく、新たな刻印が現れたとわかる。


 今までに刻まれていた大地の文様の上に、バーバクやハーミに刻まれているのと同じ動植物の文様が刻まれた。五層目到達者であるバーバクとハーミはファルハルドたちより刻印の線が太く、他に山川の文様も刻まれている。


 三層目となっても、休息所の様子は変わらない。白く広い部屋の中央に台座があり、その上に十大神の一柱、公平の神(エンサーフ)の神像が祀られている。部屋を見回し、装備を確認。ハーミを先頭に休息所を出る。


 通路の幅や天井の高さに変わりない。壁や床の様子は違う。一層目、二層目は煉瓦積み。だが、三層目は岩をくり貫いたように、もしくは洞窟のように見える。壁や天井が黒い素材でできているためか、明るさは少し暗く感じる。


 そして最も大きな違いとして、漂う獣の臭いが鼻をつく。なるほど、確かにここは獣人たちの巣窟。今までと異なる怪物たちが巣食う場所だと納得した。


 ハーミを先頭に、バーバク、ジャンダル、ファルハルドの順で進む。バーバクより、三層目では今まで以上に背後に気を付けるように注意が飛ぶ。



 微かな足音が聞こえる。足を止め、待つ。


 姿が見えた。黒いサグの獣人、三体。四足歩行。こちらを認識した途端、駆け出す。二体がハーミに、一体がバーバクに向かう。


 ハーミに向かったうち一体は、四足歩行のまま牙を剥く。一体は立ち上がり、爪をひらめかせる。

 ハーミに動揺はない。落ち着き、祈りの文言を唱える。


「我は闇の侵攻にあらがう者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルにこいねがう。悪しきものより守る、堅固なる守りを顕現させ給え」


 守りの光壁を展開。

 ファルハルドたちは驚いた。光壁はハーミではなく敵を、それも咬みつきを狙った一体だけを囲んだ。もう、一体。爪を振りかざす犬人は、そのままハーミに襲いかかる。


 ハーミの落ち着いた様子は変わらない。焦ることなく、冷静に犬人の爪に盾を合わせる。


 犬人は素早い。ただ、悪魔型の石人形や豹人には一段劣る。

 それでも、今まで現れた大半の怪物たちよりも素早い動きで攻撃を繰り出してくる。敵の攻撃をよくかわすファルハルドでも、迷宮内の最初の戦闘が犬人相手であれば、対応できたかはわからない。


 ハーミはその全ての攻撃を盾で受ける。ハーミはあまり移動はしない。アルマーティーらしい樽のように丸い体形から言っても、素早い身のこなしはできない。

 だが、避けることはできずとも、それを補ってなお余りある練度で、巧みに盾を操り、巧みに鉄球鎖棍棒を操る。


 攻撃を盾で受ける際には単に受けるだけではない。角度を変え、受ける場所を変え、犬人の攻撃の勢いを殺し、次の攻撃を出しにくくさせる。手本のような見事な盾捌きだ。


 れたのか、犬人が大きな動きで強い攻撃を出そうとした。ハーミは踏み込み、下からすくい上げるように鉄球鎖棍棒を振るう。


 一撃で犬人の頑丈な顎を割り、連続してさらなる攻撃を行う。振るう勢いで振り上げた鉄球鎖棍棒を、今度は脳天に叩き落とす。脳漿をぶちまけ、犬人は倒れた。


 ハーミは光壁を消す。解放されたもう一体の犬人が、牙を剥き出し真っ直ぐハーミに襲いかかる。

 ハーミは盾を翳し、正面から受け止めた。押され、わずかに後ろに下がるが受けきった。


 犬人はその場で激しく暴れる。中腰で両腕を振り回す。ハーミの盾に無数の傷が入る。

 犬人の指が盾の端を引っ掛けた。振り回す腕の力に負け、盾が投げ飛ばされる。


 犬人の動きを妨害するものはなくなった。喉を咬み千切らんと、牙を剥く。


 ハーミは右手で鉄球鎖棍棒の棍棒部分を、左手で鉄球部分を掴み、間の鎖部分で犬人の口を受けた。すかさず兜をぶつけるように犬人の鼻に頭突きをくらわす。犬人は弱々しく悲鳴を上げた。


 蹌踉よろめき、そのまま逃げ出そうとする。ハーミの足では犬人には追いつけない。だが、問題ない。祈りの文言を唱えた。


「我は闇の侵攻に抗う者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルに希う。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」


 不可視の拳が犬人を撃つ。犬人は強大な力に押し潰され、一撃で絶命した。

 バーバクも傷一つ負うことなく、犬人の首をねた。




 バーバクは一息つき、ゆっくりとハーミに近づく。二人は目を合わす。なにも言わない。動かない。

 二人は不意に口の端を吊り上げた。無言で互いの拳を撃ち合わせる。


「もはや獣人相手でも手古摺てこずることはないの」

「ああ、もう昔とは違う」


 二人とも短く笑う。二人は不敵な戦士の顔をしている。

 ファルハルドたちにはなんの話なのかはわからない。しかし、二人の胸のつかえの一つが取れたことは感じられた。

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