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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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51. 二層目攻略 /その③



 ─ 5 ──────


 ファルハルドはそのまま床に横たわる。したたる汗が床に水溜まりを作る。


「兄さん」


 顔色を変えたジャンダルが休息所に駆け込んできた。ファルハルドは億劫そうに顔を向ける。続けてバーバクたちも入って来た。全員が顔色を変えている。


「無事か」


 ジャンダルとハーミが駆け寄り、兜を外させ、鎧の留帯を緩める。ファルハルドは呼吸が楽になり、大きく息を吸う。

 ファルハルドの状態を調べていく。軽い火傷を負っているが深刻な怪我は見られない。べんをなくし、盾は傷み、服は所々が破れているがその程度だ。


「よくやったな」

「うむ、見事だった」

「本当。兄さん、凄かったね」


 口々にファルハルドを褒め称える。


「まっさか、迫る溶岩に出会うとはな」

「ねー、さすがにびびったよね。駆けつけようにも間に溶岩がいるし、あいつは結構速いし。いやー、冷や汗掻いちゃったよ」


 まだ億劫そうだが、ファルハルドも手をつき上体を起こした。盛大に息を吐き、顔を拭って伸び上がる。ほぐすように上体を揺すり、少し困ったように笑った。


「確かに焦った。まさか、あんな近くに現れるとは」


 バーバクは笑い、乱雑にファルハルドの頭を撫でる。


「まあな。だが、たいしたもんだ。不運にも迫る溶岩に出会ったが、お前はその不運を見事打ち破った。あの貫く杭の使い方は驚いたぞ。なんだ、あれは前から考えてたのか」


 ファルハルドはぼさぼさ頭で、首を振る。


「咄嗟のことだ。上手くいって良かった」

「はあー、咄嗟であれか。それもまた才能だな。やっぱ、たいしたもんだな」


「とはいえ、次も上手くいくとは限らん。一人で戦うのはもうよかろうて」


 苦笑しながら頷いた。


「ああ、一度で充分だ」

「なんでまた、一人でやろうと思ったの。なんか目的あってのことだった?」


 いや、と言ったきりファルハルドは考え込んでいる。しばらく考え、まだ考えながら口を開く。


「なぜと聞かれると困るが。そうだな、ひりつくような危険に身を曝したかった。なぜなんだろうな……」


 ファルハルドはやはり考え込んでいる。


「ま、若いうちはそんな時もあるよな。で、ジャンダルはどうする」


 ジャンダルが驚き、慌てふためいてみせた。


「どうするって、無理無理無理無理。さすがに迫る溶岩相手とか無理だから。死んじゃうっての」


 一同、笑い合う。この日の挑戦はここまで。明日はファルハルドが使った魔導具の補充をして、あと十日ほどジャンダルを中心に二層目への挑戦を続ける。その後、三層目に挑戦すると決めた。 




 ─ 6 ──────


 次の日。使った魔導具の補充に、揃ってロジーニの店を訪れた。

 昨日の疲れを考えファルハルドは拠点で休んでいればいいと言われたが、身体を動かすほうが疲れが取れると共に店を訪れた。


「いらっしゃいませ。ようこそ、ロジーニの魔導具店へ」


 今日もロジーニとセスが迎え入れてくれる。

 思えばこの店に通うようになって半年は過ぎている。セスの無愛想さはあいかわらずだが、別に歓迎していない訳ではない。

 人付き合いが苦手な元挑戦者。それがロジーニと一緒になったことで似合わぬ客商売をしているというだけだ。


 自身表情に乏しいファルハルドとしては、表面だけ愛想のよい人間よりもセスのような人間相手のほうがよほど落ち着く。

 セスも似たようなことを考えているのか、無愛想ではあっても最初の頃に比べてだいぶ態度は軟らかくなっている。他の者にはわかりにくい微かな変化ではあるが。


 ジャンダルはロジーニとのお喋りで盛り上がり、バーバクたちはセスに付与の粉と貫く杭を頼んでいる。ファルハルドは一人ぶらぶらと店内を眺める。


 魔導具は高価なこともあり、店内に飾られているのは見本だ。大きさや形が本物と同じものに、名前と簡単な効用を記入した木の板を添えて置いてある。

 それを見て興味を持ったものはロジーニやセスに詳しい使い方などを尋ねる。購入する際は代金を支払い、その後奥から実際の魔導具が持ってこられ渡される。


 品揃えは以前と特には代わり映えはない。ただ、隅に見慣れないものがあった。鍋、釜、たらいなど魔導具らしくないものが、少し乱雑に一角にまとめて置かれている。


 なんだ? 説明が書かれた木の板はない。ファルハルドは一つ手に取ってみるが、よくわからない。


「お一ついかがですか」


 首を傾げるファルハルドに気付き、ロジーニが声を掛ける。


「これはなんだ」


 ロジーニの澄ました笑顔は変わらないが、セスは少し目をらす。


「試作品ですわ」


 説明を聞いても、ファルハルドにはよくわからない。続きをうながす。


「挑戦者やお金持ち向け以外に、どなたが使っても生活の中で役に立つ魔導具をお安く作れないかと思っていろいろ試しているのです」


 これが魔導具? 使い方が想像もできない。ファルハルドはより一層首を傾げる。ロジーニは鍋を手に取った。


「これらはその開発中の試作品です。と言っても、これらに特別な効用はありません。まあ、その、……要するに失敗作と言うことですわ」


 ロジーニは苦笑し、セスは苦いものを噛んだような顔になる。


「ただ、それでも普通の道具として考える分にはかなり良い品ですので、こうしてお手頃価格で置いているのですよ。どうです、お一ついかがですか。お買い得ですわよ」


 どうです、と勧められたところで鍋も釜も足りている。差し当たり今必要なものはない。せっかくだが、と断ろうとしたところで、ふと物陰の品が目についた。


 大きな鍋や盥の陰に隠れる場所に、小さな髪飾りや手鏡が置いてあった。細やかな彫刻が施されている。貴石でもめるためなのかいくつか穴が空いているが、今そこにはなにも入れられていない。


「さすがファルハルド様、お目が高い」


 なにがさすがなのかはわからないが、ロジーニの声が一段と高くなった。


「この細やかな彫りをご覧下さい。実に美しいでしょう。贈り物として最適ですわよ」


 確かに見事だとは思うが、ファルハルドには別段人に髪飾りや手鏡を贈る予定はない。断るが、バーバクたちはにやにやしている。なんだ?


「一つ買っておいたらいいだろ。そのうち必要になるんじゃないか」


 なにを言われているのかわからない。ファルハルドが眉をひそめるなか、ジャンダルが声を上げる。


「じゃあ、髪飾りはおいらが貰おうかな。スーリに似合うと思うんだよね」


 なるほど。やっと意味がわかった。といってやはり必要性は感じない。結局、ファルハルドはなにも買わずに店を出た。




 ─ 7 ──────


 ジャンダルの二層目攻略の総仕上げはいずる粘液、包み込む毒霧が次から次へと現れた。


 粘液相手は飛礫つぶてを解禁。動きも遅いため、素材回収さえ考えなければジャンダルにとっては容易い相手だった。


 石人形たちと共に出てきた時は一旦、距離を取る。粘液に追いつかれる前に石人形たちを倒す。倒しきれずに追いつかれそうになれば、再び距離を取る。そして石人形たちを倒せば、離れた位置から核石を狙い飛礫を打つ。


 毒霧相手はそう簡単にはいかない。

 付与の粉が切れればそもそも戦えず、それ以前に接近に気付かないこともあった。薄暗い通路に霧状の敵ではぱっと見ではなかなか見極めることも難しい。


 戦う際には毒消しの服用を忘れず、付与の粉を鉄球鎖棍棒に振りかけ魔力をまとわせ踏み込む。体内魔力の多さに救われ、魔力を引き出した状態で長時間の戦闘をこなせたのは有利な点だった。



 剣の扱いを苦手としていたジャンダルが、大部分の敵を倒せるまでに近接武器に精通できたのは大きな成長だ。


 だが最大の成長点はそこではない。一通りの敵と自分一人で戦い、自分の今の実力を正確に把握できたこと、さらには向かい合っただけである程度までの敵の実力の見極めができるようになったこと。これこそが最大の成果だ。


 それは願望や思い込み、感情に引っ張られることなく、自分と敵の実力をありのままに把握することができる『目』を手に入れたことを意味する。

 そしてそれこそが、これからより強力になっていく未知の敵との戦いに必要となるもの。



 ここにファルハルドたちは三層目に降りる準備が整った。

次話、「三層目進出」に続く。




 次回更新は、11月1日。以後、週に一度、日曜日更新になります。


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