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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
序章:たとえ、過酷な世界でも
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07. 国境を越えて /その②



 ─ 3 ──────


 他国への侵略に貪欲どんよくなイルトゥーランは隣国と常に緊張関係にある。デミル前王は隣国のアルシャクスへの軍事行動を準備していたが、王の死により開戦は延期となった。

 現在、両国の長い国境線は頻繁な見回りこそ行われているが、閉鎖はされていない。



 二人は見回りが通り過ぎた隙をき、無事に国境を越えアルシャクスに入る。


 国境を越える前、ファルハルドは一度王城のある方角を振り返り、胸に手を当て目をつむった。ジャンダルはその姿をなにも言わずに見守った。



 街道に出た。主要な街道ではないが、離れたところではまばらに荷馬車や歩く人々の姿が見える。ファルハルドにとっては初めて見る光景だ。

 城から覗き見た外の景色はもっと狭く汚くごみごみしていた。それに比べれば街道がどこまでも続く風景はのびやかなものだった。


 今になって初めて、閉じ込められていた城を抜け出したのだとファルハルドは実感した。この景色を母にも見せたかったと考えながら。




 ─ 4 ──────


 その日は街道沿いにあるほこらで夜露をしのいだ。


 主要な街道沿いなら半日進むごとに、小規模な街道でも数日進むごとに、旅人の守護神バッシュ・エル・ヴァードの祠がある。旅人たちが道中の無事を祈るために、また雨露を避けることができるように、と建てられている。


 ほとんどは屋根と壁、小さな神像とお供え物を捧げるためのささやかな鉢があるだけの狭く簡素な祠だ。ファルハルドたちも鹿肉を一切れ捧げ、一晩の宿として使わせてもらった。




 翌朝、日が昇りきる前にファルハルドは目を覚ました。ジャンダルはまだ眠っている。


 小屋を発って最初の夜、野営する際には交代で寝ずの番を務めるものだとジャンダルはファルハルドに教えた。


 だが、元々感覚が鋭く暗殺部隊に追われ続けたファルハルドは、眠りながらでも異常を察知できるようになっていた。朝までにはそのことに気付いたジャンダルは、それ以来特に見張りを立てることなく眠るようになった。


 そしてこの時もファルハルドは異常を感知して目を覚ました。一瞬、新たな追手がもう追いついてきたかと考える。

 ただ、それにしてはおかしい。近づいてくる者は、気配も足音も隠そうともしていない。足音は疲れきり、足を引き摺るようなものだ。



 まだ薄暗い中、ぼんやりと見えたのは子供たちの姿だった。素早くジャンダルを起こす。ジャンダルもすぐに様子のおかしさに気付いた。追手のこともある。それでなくとも野盗のたぐいが子供を使って油断を誘うこともある。二人とも警戒はしながら子供たちに近づいていく。


 子供たちはおそらく十歳ほどの男の子と、それよりも幼い女の子。子供たちもファルハルドたちに気が付いた。気付いた瞬間、泣き出しそうな表情で真っ直ぐに二人に向け駆け出した。

 だが、疲労が限界だったのだろう。ファルハルドたちに辿り着く直前に倒れこむように崩れた。



 ファルハルドたちは未だ警戒と戸惑いを残しながらも子供たちを抱きとめる。男の子はファルハルドになにかを必死に訴えかける。声を出そうとしているが、疲れと渇きから言葉にならない。


 手早く水袋の栓を開け、男の子の口に当てる。せながらも夢中で水を飲んだ。声が出るようになった男の子はファルハルドに伝えようとする。


「む、村に、村に悪い奴らが、父ちゃんが……」


 そこまでだった。急に大きな声を出したせいか、伝えきる前に気を失った。




 ─ 5 ──────


 一方、ジャンダルのがわでは女の子はなにも言わずに気を失っていた。少し焦った様子で、女の子の口に水を含ませる。二人は祠に子供たちを寝かせて話し合う。


「どう思う」

「そーねー。子供たちだけであんな状態で歩いてたんだから、親が一緒にいられないようなことが起こったのは間違いないよね。て言うか、どう考えても賊のたぐいにこの子たちの村が襲われたんでしょ。珍しい話じゃないんだよね」


 ファルハルドの視界が真っ白になる。頭の芯に氷の塊を捻じ込まれたような冷たさと熱さを感じた。


「……ん。……さん。ちょ……いさん。兄さん。ああ、よかった。大丈夫?」


 ファルハルドの顔色は悪い。目の焦点も少し合っていない。急に立ち上がり、驚いたジャンダルが呼びかける声も耳に入っていなかった。


「あのね、気持ちはわかるけど無謀に突っ込んでいっても無駄死にするだけだかんね。そもそも村の場所だってわかんないでしょ」


 無謀? 突っ込む? ファルハルドは自分がなにをしたのか、なにを考えたのかわかっていなかった。戸惑いながらも頷き、腰を下ろした。


「取り敢えずこの子たちの村に向かう、ってことでいいよね。多分もう間に合わないだろうし、この子たちにも辛い光景を見せることになるだろうけど。まあ、それでもこの子たちも自分の目で確かめないと納得なんてできないだろうし、しょうがないね。


 それで、村を襲った奴らが立ち去ってたらそれはそれでいいんだけど、残ってたらどうすんの。村を襲ったってことは、賊は一人や二人だけじゃあないでしょ」


 ファルハルドはしばらく考え込むが、考えがまとまらないのか頭を振った。


「村の様子を探ってみないとなんとも言えん。まずは腹ごしらえだ」

「そだね、腹が減ってはなんにもできないもんね。鹿肉多目の粥にしとこうか。兄さんは装備の確認と荷物のまとめをお願い。綺麗な水がたくさんいるかもしれないから、空いてる皮袋にもんどいて」

「ああ」




 ジャンダルはいつもより細かく刻んだ材料をゆっくりと煮立たせる。匂いにつられたのか、ちょうどできあがる頃に子供たちも目を覚ました。鍋を火から下ろし、少し冷ましたあとに例の『子孫繁栄』をほんの少し加えていた。ファルハルドはそれを見てもなにも言わなかった。



 男の子はすぐに話をしようとしたがファルハルドは話は食事をしながらだと、多少強引に子供たちにも食事を摂らせた。


 いくらか要領を得ない部分もあったが、大体のことはわかった。


 男の子の名前はモラード、女の子の名前はジーラ。二人は兄妹ではなく、家が隣り同士だと言う。


 そしてモラードは村と呼んだが、どうやら十家族足らずが協力し合って暮らす集落のようだ。住人は主に畑仕事に従事し、集落共同で飼っているガーヴ山羊ボズもいる。


 そこを夜更けに、突然複数の男たちが襲ってきた。モラードは両親と共に堅く戸締りをし、息を潜めて家に閉じ籠った。しばらく悲鳴や争う音が続く。誰かが通り過ぎた足音がしたあと、家の扉が乱暴に叩かれた。


 扉が破られ男たちが押し入ってくる。両親は身をていしてモラードを逃がした。逃げる途中、集落の近くにある林で一人泣くジーラと出会い、一緒に逃げてきたということだ。



 モラードとジーラはときに詰まりながら、ときに匙をくわえて泣きながら、一生懸命に話した。


「食べ終わったら村に向かう。君たちは道案内だ。途中でへばったら村に着くのが遅れるぞ。今はとにかく腹いっぱい食え」


 慌てて掻き込もうとする二人をなだめるのに苦労した。

次話、「子供たちと一つの決意」に続く。

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