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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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44. ロジーニ魔導具店



 ─ 1 ──────


 今日は全員で揃って西地区の魔導具店に向かっている。

 ファルハルドとジャンダルは、魔導具店を訪れるのは初めてだ。拠点は西地区にあり、他の地区よりも周囲に魔導具店が多いが、なんといっても魔導具は高価。全く手が出ないので今までは訪れたことがなかった。


 今でもファルハルドとジャンダルにはとても購入できないが、魔導具にはこの前使用した付与の粉のように役立つものが多い。後学のため、比較的品数が多く敷居の低い店を魔導具組合のカルマンに紹介してもらったのだ。



 の、筈なのだが。訪れた魔導具店はえらく高級な店に見えた。


 ファルハルドとジャンダルは敷居の低い店ではなかったのかと首をひねるが、バーバクによればこれでも魔導具店としては庶民的だという。


 ファルハルドは扉に手を掛け、開けようとする。が、開かない。おやっと眉をひそめるが、魔導具店とはどこもこういうものだ。

 扉の前で立ち尽くしていると、のぞき窓が開き、店内からこちらをうかがう目が見えた。ハーミに言われ、ファルハルドはカルマンからの紹介状を取り出し、開いて見せる。覗き窓が閉まり、扉が開かれた。



「ようこそ、ロジーニの魔導具店へ」


 ゆったりとした飾りの多い服を着た男性が出迎える。低い落ち着いた声の持ち主だ。あまり愛想はないが、少なくともファルハルドたちを拒絶する色は見えない。見るからに買えるだけの金のない者が高価な品を扱う店を訪れたと考えれば、まだ優しい対応だろう。


 ファルハルドもジャンダルも他人の態度は気にならない性質たちであり、バーバクもハーミも魔導具店の対応がどんなものかはよく知っている。つまり愛想のなさに文句を言う者は誰もいない。ただ一名を除いて。



「まったく、あなた。お客様相手なんですから、もう少し愛想よくしなさいな」


 店の奥に立つ女性から注意が飛ぶ。三十搦みの、ハーミよりも少し背の低い女性。

 その女性に目をやり、ファルハルドとジャンダルは目を見張った。女性の髪と瞳の色は藍色。オスクとエルメスタの血を引いている。




─ 2 ──────


「さあさ、どうぞ入口で立ち止まらず、お入り下さい。わたくしが店主のロジーニです。お客様は初めてでございますね」


 あ、ああ。ファルハルドもジャンダルも話しかけれられてもろくに口も利けない。その様子を見たロジーニは商売用の澄ました笑顔を崩し、忌み子同士の仲間意識を表した表情を見せる。


「あらあら、女の身で店主なのに驚かれてます? それとも忌み子が店主で驚いたのかしら。ふふっ。この街では別に珍しくない、とまでは言えませんけど、女の店主も、忌み子の店主も私だけではありませんわよ」

「そう、なの」


 ジャンダルはまだぎこちないが、唾を飲み込み声を出す。ロジーニはにっこりと微笑んで見せる。


「ええ、そうですよ、ご同朋さん。私もあなたと同じく、エルメスタとオスクの血を引いていますわ。あなたと違ってオスクの属性が強いですけど、成人するまでは母と共にベイザルトゥ氏族の仲間と共にあちらこちら旅して回ったものよ」



 混血の場合、どちらか一方の種族の性質が強く表れる。そして髪と瞳の色は弱い性質しかあらわさない種族側の色になる。ファルハルドとジャンダルの髪と瞳の色がよく似た鈍色なのはそのためだ。


 エルメスタの人々はあまりこだわりがないとは言え、よく一目でオスクの属性が強いとわかるロジーニを自分たちの間で育てたものだ。ロジーニがベイザルトゥ氏族を仲間と口にしたことからも、懐かしさを目に表していたことからも、不幸な子供時代ではなかったのだろう。



 それはそれとして、いつもの癖でファルハルドはジャンダルに尋ねた。


「ベイザルトゥ氏族?」

「あー、と。金細工をつくったり、貴金属や宝石なんかを売り買いする氏族だね。

 ほら、前においらはタペヤフトゥ氏族のお爺ちゃんに拾われて、鋳掛の技を教えてもらったって言ったでしょ。ベイザルトゥ氏族はその金物を扱うタペヤフトゥ氏族と近い関係の氏族なんだ。三百年位前に新しく分かれたんだったかな」


 ロジーニは伸ばした指を口に当て、嬉しそうに微笑む。


「あらあら、あなたはタペヤフトゥ氏族ですの」

「いやいやいやいや、母ちゃんが死んで一人になったおいらを拾ってくれたのが、タペヤフトゥ氏族のお爺ちゃんだったの。おいらはナルマラトゥ氏族のジャンダルだよ。よろしくね」


「ええ、こちらこそよろしくお願いしますわ。そちらの男前さんはイシュフールの血を引くかたですわね」

「ああ、俺はファルハルド。忌み子に会ったのはあんたで二人目だ」


 ロジーニは目を細めてファルハルドを見やり、ついっと近寄り頬に触れる。


「暗い目をしているわ。辛い過去だったのね。でも、瞳の奥には光が見えますわね。良い人の縁があったからかしら。それはあなたの人柄が引き寄せたもの。大切にしなさい」


 そんなことは初めて言われた。ファルハルドは咄嗟に返す言葉も思い浮かばない。やっとのことでああ、と一言絞り出した。


 ロジーニは元の商売用の澄ました笑顔に戻し、バーバクたちにも声を掛ける。


「さて、もちろん忌み子以外のかたも歓迎いたしますわ。どうぞ、ゆっくりとご覧になっていって下さいませ」



 バーバクは改めてファルハルドが持つカルマンからの紹介状を見せ、二人の後学のため魔導具にはどういったものがあるか、その効果や使い方、値段を教える目的で来店したと告げる。

 もちろん話を聞くだけでは悪いので、付与の粉を一つ購入し、他にバーバクとハーミの持つ『尽きない水袋』の核石の交換を頼む。


 ロジーニは二人から水の入った革袋を受け取り、夫であり店員でもあるセスに渡す。セスは先ほど扉を開けてファルハルドたちを出迎えた男性だ。

 セスは革袋を持って、店の奥側手にある勘定台の奥に行く。勘定台のさらに奥にちょっとした作業場所があり、核石の交換などの簡単な作業はそこで行う。それ以上の本格的な修理や作製は専門の工房に任せる。

 ちなみに魔導具工房のことは他の工房と区別し、『作院』と呼ぶそうだ。



 セスの交換作業を見ながら、ジャンダルが二人に尋ねた。


「二人とも魔導具を持ってたんだ。その尽きない水袋ってのはどんな魔導具なの」


 バーバクたちから説明してもよかったが、ここはロジーニの店。説明は専門家に任せ、ロジーニに目を向ける。


「尽きない水袋とは、その名の通りどれだけ水を使っても取り付けられた核石から新たな水が補充され、水が尽きることのない水袋ですわ。

 といっても、使用する核石の品質によって補充される速さが異なりますので、最もお安い分ですと空の状態から袋を満たすのに丸一日掛かります。

 核石も同じものをずっと使い続ける訳にはいかなくて、おおよそ二月に一度を目安に交換しなければいけません。交換期間は核石の品質とは関係なく、どれも二箇月ごとですわね」


 激しい戦闘を行い、よく身体を使う挑戦者にとって水は一般人以上になくてはならないものだ。大量の水が革袋一つでまかなえる、尽きない水袋は必須の備えと言える。

 旅人が使っても便利な筈だが、核石の加工や交換を行えるのはパサルナーンの街だけであるため、旅人で購入する者は少ない。


 それは高価であることも理由の一つだ。一番安価な分で大銅貨セル二十五枚。そして核石の交換が一回大銅貨八枚。一番よく使われるものは一刻で水袋を満たし、値段は倍になる。バーバクたちが使っているのもこれだ。


「ひゃー、絶対無理。買える訳ないよ」


 ファルハルドも同感だ。水の心配から解放されるのはありがたいが、いくらなんでも高過ぎる。多少重く、場所を取ることになってもただの革袋を使うほうがいい。

 ついでのように聞かされた話では、大金持ちや貴族の館には同じ仕組みでより大型の『尽きない水瓶』もあるそうだ。値段については尋ねる気にもならない。


 これでも付与の粉と尽きない水袋は比較的安価で有用なため、魔導具のうちで最も普及しているものとなる。

 他に挑戦者の間でよく使用される魔導具としては、付与の粉以外では『一時ひとときの光壁』と『貫く杭』、『えぐる牙』、『あざむく人影』がある。それぞれ見た目は鶏の卵のような大きさと形をしているが、色が違う。


 一時の光壁は薄黄色。自分の足元に落とし割ることで、人一人を囲む大きさで守りの光壁と同じものが現れる。

 貫く杭は木肌色。怪物の足元に投げつけ、割れると同時に最も近くの怪物に向け尖った丈夫な杭が伸びる。石人形でも容易く貫くが、動きが速い相手では避けられることもある。

 抉る牙は暗赤色。直接怪物にぶつける。当たった部位を中心に、人の頭程度の大きさが抉られたように消滅する。これも避けられれば意味はない。

 欺く人影は逃走用。黒色で自分の足元に落とすことで怪物の興味を引きつける黒い霞が現れる。その間に逃げ出すために使われる。


 それぞれ使い捨てで、値段は欺く人影以外は全て一つ大銅貨三十枚。欺く人影だけは大銅貨四十枚。貫く杭も抉る牙も人相手には無害なので、その意味では安心して使用できる。

 高価だが、命には代えられない。主に追い詰められた生きるか死ぬかの場面で使われる。



「はあー、その値段でまだ安いほうなんだ。いくらなんでも高過ぎない」


 ロジーニは言われ慣れたものなのか、穏やかな態度で説明する。


「魔導具はこの街の特産品。他の土地では造られていませんし、高くても購入されるかたは多いのでなかなか安くはなりませんね」

「へぇー、魔導具がこの街の特産品なんだ」


 これにはハーミが答えた。


「そうじゃ。お主はあちこち旅していたのだろう。どこか別の土地で魔導具や似たものを見たことがあるか」

「あー、ないねぇ。便利なんだから、もっとあっちこっちでも作ったらいいのになぁ」


「それは無理ですよ。パサルナーン迷宮のあるこの街以外では、怪物由来の素材を継続的に、安定して、それもまとまった量を手に入れることなどできませんので。

 たまたま倒した怪物の革や牙のちょっとした加工ぐらいなら行っている場所も多いでしょうし、闇の領域との境界近くでは素材そのものは手に入るかもしれませんが、魔導具と呼べるほどのものを産業として成り立つほど造り続けられるのはこのパサルナーンだけですわ」



 ジャンダルは顎に手を当てしばし考え込み、なにを思いついたのかにんまりと企んでいるような笑みを浮かべる。


「待てよ。ということは、魔導具を買い占めて余所で売れば大儲けできるってことじゃない」


 このジャンダルの思いつきにバーバクたちは苦笑し、ロジーニは予想していたという笑顔を見せる。


「実にエルメスタらしい発想ですが、それはパサルナーンの法でもエランダールの国法でも固く禁じられています。パサルナーンから魔導具を仕入れ余所で販売できるのは、エランダールの御用商人のみに許されているのです。

 そこではとても大きな金額が動き、とても大きな利益をエランダールにもたらす。これこそが、パサルナーンの街に大幅な自治権が認められている最大の理由なんですよ。

 そこに手を出そうとする者がいったいどんな目に合うのか、言わなくてもわかりますね」


 ジャンダルは真っ青になり、無言で何度も頷く。


「自分で使う分を余分に購入して、手土産として一つ二つ配るくらいならお目溢めこぼしされてますので、それで我慢して下さいませ」


 手土産にするには高過ぎるとジャンダルはぼやくが、石投げを覚えたエルナーズへ抉る牙でも贈ればいいのではないかとファルハルドは考える。もちろん今すぐには財布の事情が許さないが。



 結局、この日購入したのは付与の粉一つだけだった。念のため持っておくようにと、ファルハルドに渡される。魔力の多いジャンダルが持つべきではないかと思うが、投擲武器が得意なジャンダルよりファルハルドのほうが活かせる筈だという意見だった。

 必要なときには躊躇ためらわず使うようにと、念を押された。

次話、「レイラ」に続く。




 次回更新は、10月9日。以後、三日に一度更新になります。

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