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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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43. ジャンダルの魔力 /その②



 ─ 2 ──────


 パーイーズの終わり。今日は新しい試みとしてファルハルドが包み込む毒霧に立ち向かう。


 ある日突然、ファルハルドが魔法の才能に目覚めた、訳ではない。魔導具、『付与の粉』を使用するのだ。


 これは武器に振りかけることで、一時的に武器に自分の魔力をまとわせることができるようにするもの。擬似的に魔法武器と同じ状態を発生させる使い捨ての魔導具だ。魔法の使い手が仲間にいない挑戦者たちにとっては必須の備えと言える。

 ただし、極めて高価である。


「お値段、なんと大銅貨セル三十枚」


 笑顔と共に手渡してくるバーバクの言葉にぎょっとする。この値段で効果は一時的。一度の戦闘でしか使用できない。魔法を使えない挑戦者たちが毒霧や粘液と出会えば、迷わず逃げを選ぶのも無理はない。


「それでも魔導具にしては安いほうなんだがな」


 付け足された台詞は聞こえなかったことにした。


 付与の粉はハーミのいるファルハルドたちには不要だが、ハーミの手が回らない事態に備えるため、また多様な戦い方を覚えるため、一度使用してみることにしたのだ。




 本日二度目の戦闘で出合った包み込む毒霧一体を残し、他の敵はバーバクとハーミが手早く倒した。通路に霞がかる色は黄色。麻痺毒の毒霧だ。


 濡らした布で口を覆い、べんに袋をかざし付与の粉をかけていく。全ての粉をかけ、一度鋼の棒を手でなぞれば、ずわりと自分の中から力が引き出されていく。

 これで武器を手放すまで、あるいは魔力が尽きるまで、継続的に魔力が引き出される。今は周囲が明るく見えないが、暗い場所なら微かな燐光が鞭を覆っているのが見える筈だ。


 初めての感覚にじっくりと確かめたくなるが、そんな時間はない。初めてのため魔力が尽きるまでどれだけの時間が残されているのかわからず、また慣れないうちは魔力を引き出す行為に多大な疲労が伴うためだ。


 ファルハルドは目を細め、毒霧の中へ踏み込む。包み込む毒霧には明確な核はない。それでも濃淡はあり、顔のように見える部分はある。それは定まった部位ではない。揺蕩たゆたうように揺れ動いている。


 ファルハルドは狙い(あやま)たず鞭を振るう。霧相手だが、魔力をまとっているためか手応えがある。水中で武器を振るっているときのような、重くまとわりつく感触が伝わってくる。


 武器を振るう度に毒霧が薄まっていく。わかりづらいが、攻撃が効いているということだ。もちろん毒霧も黙ってやられるままではない。なにも覆いのない目から、あるいは皮膚から浸み渡り、その毒を浸透させてくる。


 毒に対して高い耐性を持つイシュフールの血を引くファルハルドだが、全く影響を受けない訳ではない。少しずつ目がかすんでゆく。

 それでも決定的な事態になる前に毒霧を倒しきった。ファルハルドでなければ四分の一の時間も保たず動けなくなっていただろう。


 戦闘が終わり、ファルハルドは鞭を腰の輪に通す。鞭を手放すと同時に一気に疲労が押し寄せる。ファルハルドはうめき声と共に床に手をついた。

 魔力を引き出す度にこれだけの疲労があるのなら、昔ラーティフが法術を使い疲労困憊していたのも無理はない。


 座り込んだまま動かず休むファルハルドに仲間が近寄り、ジャンダルは水袋を傾け、ファルハルドの目と顔を洗い、ハーミはファルハルドの両目に手を翳し、解毒の祈りと治癒の祈りを行う。

 ファルハルドの口からは礼の言葉より先に、ハーミを気遣う言葉が漏れ出た。


「法術を使う度にこんな疲労に襲われているのか。大丈夫なのか」


 ハーミは目だけで笑う。


「その疲労は初めてだからだのう。慣れればそれほどでもない。法術も精通するほど負担は減っていく。剣技を身に付けるときも似たようなものであろう」


 そんなものかとも思うが、同時に本当なのかと疑う気持ちも湧く。身体の芯から疲労するような、自分の存在そのものが薄れるような、こんな疲労は剣の鍛錬では味わったことがない。

 取り敢えず、付与の粉を使う際には間違っても戦闘中に武器を手放さないよう、また可能な限り早く戦いを終えるよう、気を付けることにする。



「うっわー、これはきつそうだね」


 ジャンダルが頭を振りながら大きく溜息をついた。確かにファルハルドの様子を見れば付与の粉の使用が気楽なことだとは思えない。


 特にジャンダルにはよりたいへんになってしまう理由がある。


 付与の粉を使用し魔力をまとわせた武器は、手から放せばその効果が切れる。当然、戦闘中に手放す武器に使う訳にはいかない。

 となると、ジャンダル得意の飛礫つぶてや投げナイフは使えず、戦いの組み立てが一から変わることになる。


 疲労に戦い方の変更が合わさるならば、それは多大な負担になると予想される。溜息をつきたくなるのも無理はない。



 この日はジャンダルは付与の粉は使わなかった。次に出会ったいずる粘液相手では、魔力をまとわせても武器が大きく損耗するためだ。

 その後包み込む毒霧も出てきたが、腐食毒の毒霧だったため武器で戦うには危険過ぎると判断し、ハーミの法術で倒した。




 次の日改めて毒霧と戦う。この時、出てきたのは睡眠毒の包み込む毒霧だった。


 ジャンダルはあらかじめ毒消しを飲み、戦いに臨んだ。毒消しのお陰か、はたまた戦いの緊張感のためか、それほど毒の影響を受けず戦いを終えた。そして、その疲労はファルハルドよりも軽かった。


「うはー、しんど。確かに疲れるねぇ」


 ジャンダルは疲れたと言うが、膝をつくこともなく元気に話せることからファルハルドよりも疲労が軽いことは間違いない。


「ほう。これは」

「面白いな」


 ハーミとバーバクはジャンダルの様子に感心する。え、なに、なに、と尋ねてくるジャンダルにハーミが答える。


「どうやらお主はその身に宿る魔力が多いようだの」


 でええー、とジャンダルは目玉が零れ落ちんばかりに目を見開く。


「え、え、え。それって、ひょっとしておいらも魔法を使えるようになるってこと」


 動揺しまくり、両手をばたばた振り回しながらハーミにぐわっと迫る。が、ハーミは眉をしかめてうなるだけ。

 そんな二人の様子を見ながらバーバクは首を振る。


「そういうことじゃないんだ」

「え、なに? どういうこと」


 ハーミが唸りを止め、説明する。


「前に話したが、法術を使えるようになるにはまず篤い信仰心が必要だ。お主にあるかの」


 ジャンダルは「あ」と「う゛」の混ざった声を上げながら、乾いた笑いを零す。


「まあ、そういうことだの」

「あ、でも、魔術なら。ほら、魔術だったら信仰心とは無縁でしょ」


 バーバクは呆れた表情になる。


「魔術師は基本学者だ。何年、何十年も学び、真理とか言うのを理解して初めて魔術を使えるようになる。お前、何年もの学びに耐えられるのか」


 ジャンダルは渋い声を漏らすのみ。


「ええー、じゃあせっかく魔力が多いのに宝の持ち腐れだってこと?」


「そんなことはないぞ。将来、魔法武器を手に入れれば人より活かせるし、付与の粉を使うときもより効果的に使える。それでなくとも敵の魔法への抵抗性は強く、傷の治りも早い。毒も効きにくくなる。

 もちろん毒耐性に関しては、イシュフールの特性を持つファルハルドほどではないし、他も見違えるほどっていう訳ではないだろうがな。


 あとは、そうだな。たぶんだが、エルメスタの固有の術を使う際も他の者より効果が高い筈だ。

 魔力が多いのは得することばかりだぞ」


 バーバクの説明にジャンダルは打って変わって上機嫌になる。鼻歌を歌い出しそうだが、今は迷宮の通路の途中。さすがに鼻歌は我慢した。


「そうなると俺は魔力が少なく、不利だということだな」


 通路を進みながら、ファルハルドは特に残念そうでもなくただの確認事項のように口にする。


「お主の魔力は少なくないぞ。普通だ。ジャンダルの魔力の多さが特別なだけだ。うーむ、そうだのう。気になるのであれば今日から食事の量を増やしてみるのはどうだ。

 魔力とは、すなわち生命力。食べることこそ生きることの礎だからのう。しっかり食べて活力を養えば、魔力も増えるのではないか」


「馬鹿野郎。人にはそれぞれ適度な加減ってのがあんだよ。おっさんに合わせて食ったら、ファルハルドの腹が裂けちまうだろが」


「しかしの。儂としてはファルハルドの小食ぶりがどうしても気になるのだ」

「だから、それがファルハルドにとっての適度な加減なんだろ。もし足りてないんだったら、あんだけ動ける筈ないだろうが」


 いつの間にかファルハルドの食事の量に話題がすり替わっている。

 二人とも意見は異なるが、両者ともがファルハルドのことを思っての発言だ。止めるに止められず、結局次の敵に出会うまで二人の言い合いは続いた。

次話、「ロジーニ魔導具店」に続く。

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