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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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41. 胸を焼く想い /その⑤

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 8 ──────


 有力な挑戦者たちだったバーバクたちの惨状は、一時挑戦者たちの間で噂となった。


 ハーミはバーバクを中央大神殿に運び込んだあと倒れ、そのまま三日間目を覚ますことはなかったが、神官たちの懸命の祈りにより回復することはできた。

 ただ、その影響は長引いた。目を覚ました後も半年ほど体調を崩し、迷宮に潜ることはできなかった。


 バーバクの場合はさらに深刻だった。昏睡状態となったまま、二箇月間目を覚ますことはなかった。大量の毒血を浴び、さらには命が尽きる領域まで魔力を使った反動だ。

 意識が戻ってからも長い間起き上がることはできず、立ち上がれるようになるまでにはさらに三箇月の月日を要した。




 バーバクの意識が戻った時、最初に口から出たのは仲間の無事を尋ねる言葉だった。

 ハーミに返せる言葉はなかった。目を伏せ、ただ首を振ることしかできなかった。


 バーバクはそれから言葉を発することはなくなった。まばたきも忘れたままじっと無表情に天井を見詰め、身動みじろぎ一つしない。ハーミに口に食べ物を流し込まれなければ、食事を摂ろうともしなかった。


 ハーミは甲斐甲斐しくバーバクの面倒を見続けた。バーバクを急かすことはなく、ましてや責めることなどなかった。



 ただ、何度も語った。

 バーバクたちと出会ってからの話を。共に迷宮に潜ってからの話を。シェイルとジャミールが仲間となってからの話を。

 何度も何度も繰り返し語った。

 楽しかった思い出を。喧嘩をした思い出を。苦難を共に越えた思い出を。そして、最後のあの戦いを。

 何度も何度も飽きることなく繰り返し語った。



 いつしかバーバクは返事を返すようになった。最初は呟くように、一言二言を。そのうち長い言葉を。ときに一方的に延々と喋り、ときに情緒不安定になりながら。


 そして、繰り返した。なにを見ているかわからぬ目で宙を見詰めながら、あるいはうなされながら、毒巨人を呪う言葉を、自分を責める言葉を、仲間に謝罪する言葉を繰り返した。いつまでも繰り返し続けた。



 そうして、ある日奇妙に細く甲高い声で止むことのない悲鳴を上げた。

 あるいはこのまま狂うかもしれない。それならそれでもいい。狂いもまた一つの救い。苦難を共にした友として、命を預け合った仲間として、バーバクが狂気を選ぶならそれを認めよう。

 ハーミはそう考えた。



 だが、バーバクはとどまった。狂気に足を踏み入れることなく留まった。

 バーバクは許さない。もはや、この身、この命は自分だけのものではない。狂気に逃げ込むことなど許せる筈がなかった。奴を倒さずに逃げることなど許しはしない。


 そしてまともに話せるようになった時、バーバクは立ち上がった。






 半年ぶりに立ち上がった時、バーバクはそのまま気を失った。筋肉は全て落ち、身体は痩せ衰えている。立ち上がるだけで大きな負担となったのだ。


 歩けるようになるまでも苦難の連続だった。それでもバーバクがくじけることはない。苦難はむしろ救いだった。

 身をさいなむ痛みは心の痛みをまぎらわせた。仲間を失った痛みを。力が及ばなかった痛みを。今は勝てないという痛みを。叫ばずにはいられない痛みを抑える役に立った。胸を焼く想いを保ち続ける役に立った。


 バーバクは最初、壁や家具に手をつきながら建物内を歩き、少しずつ立つ時間を延ばし、少しずつ歩ける距離を伸ばし、少しずつ体力を回復させた。

 ハーミは迷宮に潜ることなく、神殿の務めを手伝った。誘って来る挑戦者はいたが、ハーミにはバーバクが潜れるようになるまで迷宮に潜る気はなかった。


 バーバクたちは話し合い、魔法武器を売却した。バーバクが気を失いながらも手放すことなかった戦士の魂だが、止むを得なかった。迷宮に潜れない状態で、溜まりに溜まった治療費と生活費の支払いを捻出するためにはどうしても必要なことだった。


 時折、酒場で五層目に潜る挑戦者たちと話をするが、あの毒巨人を見かけた者はいなかった。

 あの毒巨人はあのまま死んだのか。あり得ない。根拠はないが、確信している。奴は今も生きている。バーバクもハーミもそう確信している。


 奴の首を落とす。それは自分たちの役目だ。誰にも譲らない。必ずや、あの毒巨人を倒す。その日までバーバクもハーミも立ち止まらない。




 バーバクもハーミもあの日から変わった。


 二人の胸の内では漆黒の炎が燃え盛る。毒巨人への復讐心は決して鎮まることはない。

 だが、その想いを剥き出しにしたままでは生きてはいけない。憎悪に塗りつぶされては道を踏み外す。


 奴の首を落とす。その日、その時まで復讐心は胸の内にうずめる。



 結果、よく笑うようになった。正確には、笑って見せられるようになった。己の気持ちを制御するうちに他人の気持ちに気付けるようになり、人に気を回せるようになった。


 二人は今まで己が気持ちのままに生きていた。今は違う。自分の気持ちよりも他人の都合を優先するようになった。


 二人の譲れぬ望みはただ一つ。それ以外はどこか遠いものとなった。


 二人は仲間の壊滅を経験し、初めて真に大人となった。




 ─ 9 ──────


 バーバクの一年ぶりの挑戦は一人で行った。明確な理由はない。

 ハーミは共に潜ろうとしたが、なんとなくわずらわしさを感じた。ハーミが神殿の務めでどうしても外せない時を狙い、一人で迷宮に向かった。

 それまでに神殿の訓練場で自身の動きの確認はしていた。充分回復はしていたが、安全策を取り一層目に向かった。


 最初に石人形と木人形、三体が現れた。戸惑うこともなかった。身に沁みついた動きだけで倒せた。

 四度戦ったが、危険を感じたのは包み込む毒霧に出会ったときだけだった。



 必要なだけの確認は終わり、ハーミの小言になんと答えるかと考えながら休息所に向かった。


 休息所に入ろうとしたところで熱気を感じ、人々の叫ぶような声を聞いた。

 気になり、向かったバーバクの目に、かばい合いながら溶岩に呑まれようとしている者たちが見えた。瞬間、バーバクの頭にあの日の仲間たちの姿がぎった。

 あとは知らぬ間に身体が動いていた。



 話をすれば、どこか仲間たちを思い起こさせた。

 話すのも苦手そうなのに懸命に話そうとするダハー。暗く重いものを奥に抱えながら、明るく笑ってみせるジャンダル。そして、人との間に壁を作るファルハルド。


 似てもいないのに、なぜか亡くなった仲間たちを思い出させた。



 仲間に誘う言葉がするりと口をついていた。ハーミも同じ思いだったのだろう。文句を言うこともなく、むしろ勧めてきた。


 ヴァルカたちが去ったのは残念だったが、迷宮挑戦者の末路は仲間たちがそうであったように死亡である場合が多い。故郷に帰れるヴァルカたちを応援こそすれ、止める理由などなかった。



 それに新しく仲間となったファルハルドたちは、実に将来が楽しみな若者たちだった。辛い生い立ちでも、憎悪に染まることなく人を思う心をなくしていない。

 そして戦いに才能を見せた。今はまだまだだが、特異な才能を持ち、実力は急速に伸びている。


 若者たちの成長を素直に喜ぶ気持ちと、いずれ訪れる毒巨人との戦いで有力な戦力になることを喜ぶ気持ちがい交ぜになっている。


 だが、それでいい。悪い関係ではない。迷宮に潜り続ける限り、互いの利害は重なっている。


 どのみち、『暗黒の主(アンラ・マンユ)』の欠片を集めて創り出されたこの大地は、数々の脅威に満ちている。危険に無縁で暮らせる場所など存在しない。

 ましてやあの二人は忌み子と蔑まれ、数知れぬ理不尽にさらされる身の上なのだから。


 ならば鍛えよう。二人を強く鍛え上げよう。あらゆる脅威を跳ね返し、全ての理不尽をくつがえせるほどに。どんな状況も切り抜け、どんな場所でも生き抜けるように。


 今のバーバクたちは決して無力な存在ではない。ただ突っ込んで行くことしか知らなかったあの頃とは違う。二人の若者のためにできることは少なくない。


 そして力を合わせ、全てを懸けて奴を倒す。

 あの毒巨人と戦ったあとのことは考えていない。そんなものは倒したあとで考えればいい。今は二人の若者の成長ぶりを楽しんでいる。




 ─ 10 ──────


「なんじゃ、また娼館か」


 明日は迷宮に潜らず、休日に充てるというある日。いそいそと出かけようとするバーバクを見かけ、ハーミが声を掛けた。


「なんだよ。また小言か」

「そうではない。行くのなら、ファルハルドの奴も連れて行ってやれ」

「ファルハルド? 早過ぎるだろ」


 なんの冗談だと、バーバクは軽く答えたが、ハーミは意外に真面目な表情だった。


「なにを言う。あやつはもう十七歳だぞ」


 ハーミの表情を見、バーバクは身を正して向かい合う。


「歳の問題じゃあない。どう見ても、あいつは人と距離を置いている。女を欲しがっているようにも見えん。あいつにはまだ、他人を受け入れられるだけの心の用意はできてないぞ」


「だからこそではないか。ジャンダルとは心を許し、親しくしている。賊に襲われた子供たちとも親交を結んでいる。今でも完全に他人を拒絶している訳ではない。ただ待つだけでは、いつ他人とわだかまりなく関係を結べるようになるかわからんぞ。

 儂らにもいつなにがあるかわからんのだ。儂らがいるうちなら多少の問題があっても支えられる。できるだけのことはしてやりたいではないか」



 バーバクは腕を組み、ハーミの意見を考えてみる。


「そうだな……。言ってることもわからんでもないが……。といって、急に女をあてがってもろくなことにならんだろうしな。取り敢えず娼館に話を通して、主に一席設けてもらうか。

 なら、年末だな。年末にでも一度連れて行ってみるか。その時はおっさんもつき合えよ」


「なんじゃ、儂もか」

「当たり前だろ。揃ってじゃなければ、あいつは付いてこないだろ。神に仕えるたって、別に娼館通いを禁じられている訳でもなかったよな」


「ふむ。快楽をむさぼることは禁じられておるが……。まあ、馬鹿話をし、飲み食いを楽しむ分には問題ないかの。祝勝会かなにか、理由をつけて連れ出すことにするか」

「なら、それで話を通しとくぞ」



 バーバクはそのまま出かけた。

 ハーミも自分もこんな他人の世話を焼くようになるとはな。バーバクは通りを一人歩きながら、頭を掻きにやついた。ベイルたちが今の自分を見たらなんと言うだろうと考えながら。


 バーバクたちは今も変わらず仲間たちを殺した隻腕の毒巨人への復讐心に囚われている。片時も静まることなく、胸焼く想いは燃え盛っている。

 それでも、気付けばときに心から笑えている。ファルハルドたちと過ごす日々は単なる打算の結果ではないのだろう。

次話、「ジャンダルの魔力」に続く。

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