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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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40. 胸を焼く想い /その④

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 6 ──────


 毒巨人はバーバクたちの向かう先を読み、先回りしていた。

 それはいくらなんでも巨人にはあり得ない行動だった。特異な個体だとは考えても、この行動は想像だにできなかった。


 体力の限界を迎えていたシェイルの膝が折れる。だが、『折れぬ心持つオスク』であるシェイルの闘志は折れない。毒巨人の一挙手一投足を見逃さぬよう、その目をらす。


 バーバクは深く息を吸い、盾を投げ捨てた。魔法武器を構え、前に出る。


 仲間たちも同時に動く。


 ベイルが大盾を掲げ、バーバクと並ぶ。ジャミールは大剣を構え、バーバクたちの援護、シェイルたちの護衛、どちらもできる位置を取る。シェイルとハーミは床に片膝をつき、法術が必要になる機会に備え呼吸を整える。


 バーバクはハーミにぶつけられた時に足を痛めている。だが、痛みなど気にしない。攻撃は全てベイルが止める。そう信じ、バーバクは魔法武器に残る全ての魔力を通す。


 全員が限界を迎えている。

 長期戦は不可能。

 一撃。一撃で毒巨人の命を絶つ。



 毒巨人もバーバクたちの覚悟を感じ取ったのか。不用意な攻撃を仕掛けようとはせず、濁った瞳でじっとバーバクたちを見詰めている。


 誰もが動きを止める。まるで時が止まったかのような状況で、それぞれの呼吸音のみが時間の経過を教える。決着の瞬間に向け、辺りは肌を切るほどの緊張感に満たされる。




 ハーミが動く。鉄球鎖棍棒を杖代わりにし、高らかに祈りの文言を唱えた。


「我は闇の侵攻にあらがう者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルにこいねがう。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」


 戦神の神官たちが得意とする、単純で強力な法術による打撃を繰り出した。闇の存在のみを撃つ不可視の拳は、バーバクたちをり抜け毒巨人に迫る。

 ハーミの残りの力全てを振り絞った法術も、魔法への強い抵抗性を持つ巨人相手では決定打にはならない。上体を揺らすに留まる。


 そんなことはハーミもわかっている。目的はバーバクが攻め入る隙を創り出すこと。

 間を空けず、シェイルも祈りの文言を唱え、ハーミが作ったわずかな隙をこじ開ける。


「我は苦難に挑む者なり。試練の神タシムン・エル・ピサラヴィに希う。我に害なすものの、その身を縛り給え」


 シェイルもまた込み入った法術ではなく、単純で力強い行動阻害の法術を唱えた。


 バーバクより先にジャミールが動く。ベイルの横を駆け、毒巨人の膝を狙い、全体重を載せた突きを繰り出す。

 毒巨人はジャミールの攻撃を避けようとする。

 逃がさない。毒巨人はシェイルの法術に縛られ、その動きは鈍い。そして、避けようとするその先には魔法武器を振り翳したバーバクが立ち塞がる。


 毒巨人はバーバクたちの攻撃を避けることを止めた。踏み止まり、全身に力をめる。その分厚い筋肉で、バーバクの攻撃を受け止めんとする。相打ちを狙うかのように攻撃を繰り出してくる。


 バーバクや毒巨人の攻撃より一瞬早く、ジャミールの突きが毒巨人に届く。毒巨人が大きく膝を曲げたことにより、膝を狙ったジャミールの突きの到着点がずれた。毒巨人の筋肥大した大腿に当たる。


 ジャミールの渾身こんしんの突きは皮膚を斬り裂き、大腿を深々と刺す。初めての深手を与えた。それでも体勢を崩すことも、気をらすこともできなかった。


 一拍遅れ、毒巨人とバーバクの攻撃が交差する。


 毒巨人は右手の爪でバーバクを貫ぬかんとし、同時に固めた左腕でバーバクの魔法武器での攻撃を受け止めんとした。

 バーバクは防御を一切、気に掛けない。全ての意識を攻撃に注ぎ、魔法武器を振り下ろす。

 ベイルは揺るがない。迷うことなく、バーバクを狙う毒巨人の爪に大盾を構えたベイルが立ち塞がる。




 そして、全ては同時に起こった。


 バーバクの魔法武器の刃が、かざされた毒巨人の左腕に達する。魔力をまとった魔法武器をして、その手応えには鋼の如き硬き抵抗があった。それでも、全ての魔力を籠めた一撃で毒巨人の太い左腕を断ち、胸を斬り裂いた。


 毒巨人は胸から大量の血を噴き出す。切断された左腕がバーバクたちの頭上を舞う。バーバクが毒血を被り、全員に猛毒の血が振りかかる。

 腕を断ち、胸を斬り裂いた。だが、しかし。わずかに。バーバクの刃はわずかに毒巨人の命に届かなかった。


 ベイルは毒巨人の爪を受け止めた。強力な毒巨人の攻撃を受けきった。一歩たりとも後退あとずさることはない。毒巨人の攻撃を後ろに通すことなどない。



 だが、その大盾は。大盾が衝撃に耐えきれなかった。毒巨人の爪がベイルの大盾を突き破り、ベイルの胸を貫いた。




 ─ 7 ──────


 毒巨人は怒号と共に、ベイルを投げ捨てる。投げ出されたベイルは止めどなく血を吐き、胸からは止まることなく血が流れ続ける。


 バーバクとジャミールは叫ぶ。我を忘れ、滅茶苦茶に武器を振り回す。毒巨人を攻め立てるが、さしたる傷は与えられない。


 ジャミールの剣はただの大剣。バーバクもまた全ての魔力を使いきり、もはや魔法武器に魔力をまとわせることができない。魔力をまとわせない魔法武器などただの武器に過ぎない。

 すでに二人は全ての力を使いきっている。力を使いきった二人では、どれだけ武器を振り回そうとも皮一枚を斬るのがやっとだった。


 シェイルとハーミは冷静さをなくした。皆の解毒など頭をぎることもない。自身の疲労も忘れ、ベイルに治癒の祈りを行う。


 しかし、二人の祈りでは追いつかない。治癒の祈りはあくまで神の恩寵により、人の持つ魔力に働きかけ、回復力を高め回復を促進するもの。ベイルは毒爪にその胸を貫かれ、傷口に猛毒の血が降り注いだ。医療神の法術ならまだしも、神官共通の治癒の祈りでは間に合う筈がなかった。



 毒巨人も怒りの咆吼ほうこうと共に、狂ったように暴れまくる。怒りにかられ、当たるに任せその爪を振るう。

 バーバクもジャミールも骨を折られ、壁に叩きつけられる。毒巨人はベイルに祈りを続けるシェイルとハーミを狙う。


 バーバクとジャミールは毒巨人に追いすがる。力は入らず、立ち上がれもしない。それでも毒巨人の脚を抱え込み、その歩みを邪魔する。


 シェイルとハーミは毒巨人のことを気にも掛けない。一心不乱に祈り続ける。


「……げ、ろ。……ろ」


 ベイルは動かぬ手を動かし、シェイルたちの手を取ろうとする。喉を塞ぐ血を吐き出し、無理やり口を開く。


 伝えたい。伝えなければならない。

 伝えたいのは一言。逃げろ、と。

 この声さえ出せるなら、自分はもう駄目だ。自分に構うな。早く逃げろ。そう伝えたい。


 まともに言葉は出ない。それでも二人には伝わる。ベイルの思いは伝わるが、従えない。仲間を見捨てられる筈がない。

 ベイルにもシェイルとハーミの考えは理解できる。自分が逆の立場なら同じことを考えるのだから。


 だが、いけない。


 このままではここで全滅する。もはや自分は助からない。自分と運命を共にさせてはいけない。


 その目をバーバクに向ける。幼馴染に。良いことも、悪いことも、全てを共有してきた友に。


 バーバクはベイルの視線を受け止める。目をつむった。


 目を見開いた時、すでに全ての思いは呑み込んでいた。床に転がる己の魔法武器を手に取る。命を燃やす。限界を超えて魔力を絞り出す。渾身の力をもって毒巨人のふくらはぎを貫き、動けぬように床に縫い止めた。


「ジャミール、行け。二人を連れて逃げろ」


 ジャミールは言われた言葉が理解できない。耳を疑い、バーバクに目を向ける。バーバクは強い目でジャミールを見返す。


「長くは保たない。行け、早く」


 バーバクの揺るぎない目を見たジャミールは、迷いながらもバーバクの言葉に従った。蹌踉よろめきながら近づき、ベイルからシェイルとハーミを引きがす。


 シェイルとハーミは抵抗した。だがジャミールの目を見た時、二人は抵抗を止めた。力なくうつむき一言、済まないと零した。二人は顔を上げた。全ての迷いは消した。


 休息所に向け、毒巨人の横を擦り抜けようとした。

 毒巨人はその右大腿をジャミールによって深く斬られ、左脚をバーバクによって串刺しにされている。


 バーバクは限界を超えた魔力の使用で、もはや命が絶えようとしている。

 生存本能は止めろ、と訴えかける。

 バーバクはじ伏せる。黙れ。まだ、やれる。やらねばならぬ、と捩じ伏せる。強靭な意志で己の存在そのものが薄らいでいく苦痛を捩じ伏せる。


 ジャミールたちが逃げきるまで魔法武器に渾身の魔力を籠める。どれだけ毒巨人が暴れようとも魔法武器を手放さない。


 毒巨人は咆吼と共に、貫かれている左脚を無理やり動かした。音を立てながら左脚が引き裂かれる。肉は千切れ、大きく醜い傷口を開けながら毒巨人が解放される。

 自由になった毒巨人は、その爪で横を擦り抜けようとしたジャミールたちに迫る。


 バーバクはジャミールたちをかばい、毒巨人の爪の前にその身を投げ出した。


 毒巨人の爪がバーバクに達する寸前。


 ジャミールがバーバクの肩を掴み、その身を入れ替えた。



 ジャミールは笑った。満足そうに、なんの屈託もない笑みを、常にその胸の内で燃え盛っていた憎しみの炎が消え失せたような凪いだ笑みを浮かべた。


 バーバクは叫んだ。ジャミールの名を。魂の叫びで。



 そして。



 ジャミールはその身を貫かれた。




 毒巨人の爪はジャミールの胸を貫き、バーバクの右肩をも裂く。


「がっ」


 ジャミールは虫の息となりながらも、力の入らぬ腕で懸命に自らの胸を貫く毒巨人の腕を取ろうとする。バーバクは意識を失っている。


 シェイルとハーミが休息所に足を踏み入れようとした時、バーバクのジャミールの名を呼ぶ叫びを聞いた。無意識に足は止まり、振り返っていた。


 二人の目に身を貫かれ、力なく首を傾けるジャミールの姿が映った。


「ジャミール!」


 シェイルとハーミは逃げることを忘れた。


 毒巨人は最後まで邪魔をしたバーバクに執着し、確実に仕留めようと狙う。バーバクに迫る毒巨人の爪を守りの光壁が弾いた。

 シェイルが光壁を顕現した。シェイルもまた限界を超えて魔力を使用した。

 うようにしながら、ジャミールの下へ行く。ジャミールはすでに事切れていた。


 シェイルの最後の魔力も限界を迎える。光壁にひびが入る。あと、一撃で崩れ去る。必死に声を絞り出す。


「ハーミ。お願い。行って。お願いだから、早く」


 ハーミもまた、まともに歩ける状態ではなかった。それでも逃げる。ここで死んでは皆の思いを無駄にすることになる。なんとしてでも、なにをしてでも生き抜く。バーバクの身体を引き摺り、休息所に逃げ込んだ。


 最後に振り返ったハーミの目に、ジャミールを抱きしめたシェイルの姿が見えた。



 次の瞬間、光壁の砕ける音と共に毒巨人の爪がジャミールとシェイルを貫いた。

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