表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
序章:たとえ、過酷な世界でも
7/296

06. 国境を越えて /その①



 ─ 1 ──────


「そのパサルナーンまで、どのぐらい掛かるんだ」



 イルトゥーランしか知らないファルハルドは、ジャンダルに旅路を確認する。


「んーとねぇ、ここからなら、隣国のアルシャクスを通り抜けて、寄り道せずにまっすぐ行って徒歩で二十日とちょっと、路銀を稼ぎながらだから一月と少しかな。で、兄さん。プールを稼ぐのは得意かい?」



 得意どころか、ファルハルドには金を稼いだ経験など全くなかった。城にいた頃は金など触れたこともなく、その後の逃走ではずっと森の中。いて言えば、返り討ちにした追手の持ち物をあさった時にいくらか手に入れたくらいか。


 そもそもイシュフールの生活は基本、衣食住の全てを自然からの恵みに頼るため、ファルハルドに様々なことを教えたナーザニン自身、金のことがよくわかっていなかった。



「おっとっと。さすがにそれは極端だね。んじゃ、金の稼ぎ方から覚えないとね」


 もっともな意見だったが、ファルハルドには一つ気懸かりがあった。



「新たな追手が来ることを忘れるな」


 昨日の戦いで一旦は追手を全滅させたが、あのベルク王がファルハルドを始末することを諦める筈がない。必ず新しい追手が送り込まれてくる。


 追手たちはその追跡路に自分たちだけにわかる目印を残している。定期連絡が途絶えれば、その時点で失敗したと見做みなし新しい追手を送ってきた。

 だいぶ王城からの距離を稼いでいるが、おそらく十五日もすれば新たな追手が迫ってくる筈だ。



「あー、そうだねぇ。でも、兄さんの傷も浅くないし、取り敢えず三日ばかりこの小屋を使わせてもらって、売り物になりそうなものを集めようか。

 ここからだと川沿いに歩いて四日で森を抜けられるよ。そこから五日で国境を越えて、もう一日歩けば街道に出られる筈だから、そこまでは急ごうか。

 さすがに他国の、しかも人通りのある道端で昼日中から派手にやらかしたりはしないでしょ」



 確かにベルク王は即位してまだ一年。今はまだ国内の反抗的な貴族を抑えるのに注力したい筈だ。


 なんといっても、デミル前王の崩御の経緯を疑惑の目で見ている貴族は少なくない。この段階で他国で勝手に暗殺部隊を動かしたなどと知られてしまえば、いったいなぜだと不平貴族に非難の口実を与えることになる。

 国境を越え街道に出さえすれば、道中少しは安全になるだろう。


「わかった」




 ─ 2 ──────


 それからの三日間、ジャンダルは道中で売る薬の材料集めを行った。元々ジャンダルは薬の材料集めを目的として、イルトゥーランの大森林にやって来たのだ。



 ファルハルドもジャンダルに教えられながら材料集めを手伝った。ファルハルドは母ナーザニンから、知識としては薬草や毒草のことも一通り教えられていた。


 ナーザニンはイシュフールのうち、イルトゥーランの高山に住む一族に属する。当然、大森林で採れる薬草についても詳しかった。

 しかし、その知識を彼女が我が子ファルハルドに伝えようとしても、城の中では実物を目にする機会は少なく、どうしても言葉として伝えるだけに留まってしまっていた。


 その点ジャンダルは熱冷ましや虫下しなど簡単な、だが需要の多い薬については自ら作り売り歩いている。必要な材料については詳しく、かつ見つけるのも上手かった。


 ファルハルドにとってジャンダルから教えられ、知識と目の前の実物が結びつく経験は貴重なものだった。もっとも毒蛙である紅森蛙が薬になるという話は信じがたかったが。


「いやいやいやいや、本当だーって。天日に干して粉にして使うんだよ。確かに吸い込んだら目や喉はひどく腫れるし、傷口に擦り込んだら血が止まらなくなるから毒っていえば毒だけど。


 ところが、ところがでございますよ、お客様。いくつかの薬草と茸で作ったこの強壮剤にほんの少ーしだけ併せてごらんなさい。効果は倍増。あら不思議。疲れもぶっ飛び、しなびた親父もギンギン。商品名はずばり『子孫繁栄』。どこでも飛ぶように売れる一番人気の品なのでございますですよ。ほんといーい金になるんだよね」


 呆れた話だが、まあいい。外の世界で暮らすにはこれも必要なことなのだろう。若干引っかかる思いもしながら、ファルハルドは紅森蛙を捕まえるのを手伝った。



 二日目の朝には鹿アーヒュを狩ることができた。まだ若く小さめの鹿だったが、ファルハルドは弓や罠もなく剣一本で仕留めた。その様子を見ていたジャンダルは、ファルハルドの森と一体となるような静かなたたずまいに随分驚かされた。


 二人掛かりで半日を掛けて解体と処理を行った。ゆっくりと干す時間はなかったのでグーシュトは半分を燻製にした。これで二人の手持ちのナマクは全て使いきってしまった。

 残り半分は茹でて、小屋にいる間に二人で食べきった。多くの血を流していたファルハルドにとって、身体に沁み渡る貴重な食事となった。



 森の小屋をったあとも、道中は順調だった。季節はバハールからターベスターンに変わろうとしている。日差しはきつくなろうとしていたが、川沿いを選んだことで水の補給に困らなかったのは大きかった。


 ファルハルドはジャンダルのマーヒーの獲り方に驚かされた。飛礫つぶてで泳いでいる魚を獲るのだ。

 さすがに成功するのは三回に一回くらいだったが、ファルハルドは何度行っても一度も成功しない。


 聞けばジャンダルは剣などより飛礫打ちのほうがよほど得意なのだと言う。今まで厄介な相手にからまれた際には主に飛礫で撃退してきたそうだ。



 森を出て半日進んだ場所に小さな集落があった。半農半猟で暮らす数家族の集まりだ。


 鹿肉には興味を示さなかったが、ジャンダルの笛の演奏はたいそう喜ばれた。旅人や行商人が滅多に訪れない寂しい場所なのだ。農作業の手を休め、大人も子供も皆集まり楽しんだ。

 もう一曲、あと一曲という要望に思わぬ時間を取られたが、貴重な塩を分けてもらえたのはありがたかった。


 行かないで、となつく子供にファルハルドは手を振ることもできず、ただぎこちない笑顔を向けただけだった。



 その後は人に会うこともなく国境に辿り着く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ