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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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39. 胸を焼く想い /その③



 ─ 4 ──────


 バーバクが霧氷の巨人の放つ冷気を魔法武器で断ち破る。そのまま、一気に右脇腹から左胸までを斬り裂き、返す刀で首をねた。

 通路を揺らし、霧氷の巨人が倒れた。激しい音を響かせて。


 霧氷の巨人は数ある巨人たちのなかでも最も手強い敵の一体だ。


 巨人は小さなものでもバーバクより頭二つは背が高く、なかには人の倍近い背丈のものもいる。そして、全ての巨人は人を越える膂力りょりょくと魔法への強い抵抗性を持つ。

 これと戦うには強力で緻密な魔法攻撃か、魔法武器による攻撃が有効だ。どちらも持たなければ、普通の武器による攻撃の繰り返しで削っていくしかない。




「お前ら、大丈夫か」


 好戦的な巨人たちは、顔を合わせれば巨人同士でも争いになるのか、たいていは単体で五層目を徘徊している。そのため、二体の巨人が同時に現れることは極(まれ)だ。


 そしてバーバクたちはその極稀な出会いにあたる。砂巨人と霧氷の巨人の二体に同時に鉢合わせし、さらにその二体を倒しきる前に背後からもう一体、別の霧氷の巨人に襲われた。


 なんとか三体の巨人を倒したが、この不運な連戦にバーバクたちは消耗しきった。全員が凍傷にかかり、特にバーバクとベイルは左腕が腫れ上がり、ひょうが当たった部分は皮膚も裂けている。


 即刻手当てを行うべきだが、ハーミもシェイルも力を使いきり身動きもままならない。


 もし今この時に、新たな敵がやって来れば一溜まりもない。早く安全域である休息所に向かうべきだが、移動できるだけの余力もない。

 一行は周囲を警戒しながら、ひたすら体力の回復を図る。幸いにも新たな敵は現れず、全員が歩ける程度には回復できた。ハーミとシェイルは回復した途端、仲間に治癒の祈りを唱え始めた。


「おい、馬鹿野郎。俺の治癒なんてあとでいいんだよ。あんたらの法術が頼りなんだから、今は力の無駄使いは止めとけ」

「馬鹿はお主だ。魔法武器を使うお主が戦えなければ、敵と出会った時に儂らの法術だけではどうにもならん。黙って腕を癒させんか」


 あいもかわらずバーバクとハーミは揉めている。といって、無駄口を叩いていられるほどの余裕はない。


「まったく、二人ともいい加減にしなさい。

 バーバク。いい、怪我人をほっとける神官なんている訳ないでしょ。黙って治されなさい。見てみなさい。ベイルは静かに私の祈りを受け入れているじゃない。

 ハーミも。あなたがそんなふらふらな状態なのに治癒の祈りを行おうとするから、そんなことになるの。先に自分の回復でしょ。ちゃんと後先を考えなさい」


 いつものように一番年下のシェイルが二人を叱りつける。

 二人は苦い表情をしながらも口をつぐんだ。


 ベイルはまだ腕が痛むが、にこにこしながら遣り取りを眺めている。ジャミールはうつむき、小さく笑い声を漏らしている。

 戦闘が終われば、危険な場所にいながらも笑っていられる。この図太さがあるからこそ、バーバクたちは強大な巨人たちが徘徊する五層目への挑戦を続けられるのだろう。


 ベイルは左腕を曲げ伸ばしし、回復具合を確認する。


「シェイル、ありがとう。もう充分だよ。さあ、皆。歩けるなら休息所に向かおう。いつまでもこうしていては危険だ」


 ジャミールも同意する。


「そうだ。敵が来ればまずい。急ぐぞ」


 一行は休息所を目指し、通路を進む。全員の疲労は濃く、その足取りは重い。




 休息所までまだ距離がある場所で、通路を伝わる振動を感じた。一行は動きを止め、耳を澄ませる。


 巨人の足音が近づいてくる。バーバクたちは駆け出そうとした。その時、巨人が通路を横切った。巨人は離れていく。誰からともなく、安堵あんどの息が漏れた。目を合わせ、忍び笑いをこぼす。



 移動を再開する。その時、何気なく上を見上げたバーバクが鋭く声を上げた。


「上だ」


 バーバクの声に反応し、即座に全員が盾を構え後ろに跳び退いた。だが、わずかに間に合わない。毒の息を吸い込んだ。


 毒巨人が身体に比し長いその腕を使い、天井を伝い忍び寄っていたのだ。


 巨人たちは粗暴で獰猛な存在だ。その中で毒巨人は他の巨人たちと一線を画している。巨人のなかでは比較的小柄だが、力任せではなく隙を狙う狡猾な戦い方をしてくる。


 それでも、天井を伝って来るものなどかつて一個体たりともいなかった。

 こいつはなにかが違う。全員が言葉にせずとも、その脅威を感じ取っていた。




 ─ 5 ──────


 毒巨人は足音一つ立てずに飛び降りる。敵は一体。バーバクたちは五人。だが疲労は重く、その身は毒に侵されている。


 すかさずハーミが一行を包むように守りの光壁を展開し、シェイルが解毒の祈りを行う。毒巨人は守りの光壁の向こうからバーバクたちの様子をじっとうかがっている。

 怪物が光壁に触れたのなら、わずかなりとも消耗させることができるが、光壁に触れようとはしない。触れず、攻撃をしてこないが、立ち去る様子もない。淡々と光壁が解かれる時を狙っている。


 じりじりと光壁を展開するハーミが疲弊ひへいしていく。その様子を見て取り、解毒の完了を待ちきれず、バーバクが光壁から飛び出した。


「ちょっ、なにしてんの。この大馬鹿」


 騒ぐシェイルの声を背中で聞きながら、バーバクは斧を振りかざす。

 毒巨人は毒の息を吐き出し迎え撃つ。


 魔法武器である斧に魔力を通し、毒の息を断ち割った。

 が、そこにはすでに毒巨人はいなかった。毒の息を煙幕代わりにし、距離を取っていた。



 やはり、こいつは今までの相手とは違う。いくら毒巨人が狡猾とはいえ、あくまで巨人は巨人。巨人たちは避ける、かわすはあっても常に前へ前へと出て来る戦い方をしてくる。

 だが、こいつは後ろに退った。それも自身の攻撃手段を目晦めくらましに使って。


 バーバクは気を引き締め直す。今の攻防を見て、仲間たちも攻めに転じる。未だ完全な解毒はできていない。しかし、こいつは危険過ぎる。バーバク一人に任せていい相手ではない。


 ベイルが大盾と斧を構えて前に出る。迷宮での戦いを続けるうちにベイルも防御に気を払うことを覚えた。未だ攻勢に回ると防御を忘れることもあるが、五層目での戦いでは主に敵の攻撃を止める役をこなしてきた。

 大盾を構えたまま、毒巨人との距離を詰める。毒巨人も無限には毒の息を吐くことはできない。連続で毒の息を吐いた以上、しばらくは手足を使った攻撃しかできない筈だ。


 もちろん相手は巨人、油断はできない。ただの拳がそのまま恐るべき武器となる。

 さらに毒巨人はその全身が猛毒を帯びている。爪がかすりでもすれば、毒の息以上の猛毒を受けることになる。



 ベイルの後ろにバーバクとジャミールを挟み、シェイルもいつでも法術を使えるように集中する。最後尾ではハーミが前後の警戒をしながら、体力の回復に努める。


 ベイルが距離を詰め、互いの攻撃が届く範囲に入る。

 毒巨人が動く。毒巨人は床を蹴り、壁を叩きベイルたちの頭上を越えようとする。


 させない。ベイルがその斧の刃で腹を断ち割り、ジャミールの大剣が膝上を斬り裂く。


 かに見えたが、浅手にとどまった。二人の武器はあくまで普通の武器。一撃で深手を与えることは難しい。毒巨人のただれ黒ずんだ紫の肌に一筋の傷をつけただけだった。


 それでも頭上を越え、ハーミを狙おうとした移動は阻止した。また、バーバクは毒巨人の頭上を越えようとした動きを見たと同時に移動していた。ハーミを守るためハーミの前に立つ。



 毒巨人はベイル、ジャミール、シェイルとバーバク、ハーミの間に着地する。すかさずベイル、ジャミール、バーバクが両側から攻め立てる。シェイルはベイル、ジャミールに解毒の祈りを続ける。ハーミは膝をつき、そのまま体力の回復に努めている。


 毒巨人はバーバクと向かい合い、ベイルたちには背を向ける。すでに、誰が最も脅威となるのかをつかんでいる。ベイルたちの攻撃は当たるに任せ、バーバクの攻撃だけを避け払う。


 毒巨人は爪を振り翳し、バーバクを狙う。バーバクは斧を振りかぶる。

 毒巨人はバーバクの斧の側面を叩き軌道を逸らし、バーバクは毒巨人の爪を盾で受ける。

 いかなバーバクでも巨人相手では力負けする。体勢が崩れたバーバクに毒巨人はさらに襲いかかる。


 させない。ベイルは毒巨人の腰を狙い、斧を横薙ぎにする。ジャミールはバーバクを狙う腕目掛けて剣を振り下ろす。与えた傷は浅いが、バーバクを狙う腕の軌道を変えた。


 毒巨人はうるさそうに腕を振るう。無造作に振るわれる腕をベイルが全力で止める。

 ジャミールが膝裏を、バーバクが空いた脇腹を狙う。

 毒巨人はジャミールの剣を避け、バーバクの斧の柄を掴み受け止める。


 動きの止まったバーバクを毒巨人はその爪で貫こうとする。盾をかざすが間に合わない。

 間一髪、ハーミが光壁を展開し防ぐ。爪を防がれた毒巨人は斧ごとバーバクを持ち上げ、ハーミに向け投げつける。


 力を絞り、法術に集中していたハーミは避けられない。バーバクをぶつけられ気を失う。


 バーバクたちに向かおうとした毒巨人を、ベイルとジャミールががむしゃらに攻め足止めする。

 ハーミは気絶し、バーバクも足を痛め移動がままならない。毒巨人はベイルとジャミールの相手をしながらも、隙あらばバーバクたちを狙おうとする。


 毒巨人はベイルたちの攻撃を受けながら、その長い腕を振り回し、攻め込もうとしたバーバクに打撃を与える。バーバクは壁まで飛ばされる。


 毒巨人は邪魔なベイルたちを先に始末しようと狙いを変える。腕を振りかぶり、禍々しい爪をベイルに向ける。

 ベイルは盾を翳した。だが、やってきたのは爪ではなく、毒の息だった。



 後ろから見ていたシェイルは一瞬早く気付き、法術を解毒の祈りから守りの光壁に切り替える。

 ベイル、ジャミールは光壁で守ったが、バーバクたちまでには光壁の展開が間に合わない。バーバク、ハーミは毒を吸い込む。ハーミが毒に侵される苦しみで意識を取り戻すが、もはや戦う力は残っていない。


 バーバクたちに向かおうとした毒巨人を、シェイルが光壁で包み込み止める。長くは保たない。シェイルもまた限界が近い。もはや、一行は戦える状態にはない。


 光壁を展開するシェイルをジャミールが抱え上げ、毒巨人の横を擦り抜け皆でバーバクたちに駆け寄る。ジャミールはシェイルをベイルに任せ、自らはハーミに肩を貸す。

 一行は逃げ出した。シェイルは逃げながらもなんとか光壁を維持し、充分な距離を離れるまで足止めする。




 三度角を曲がり、毒巨人の姿が完全に見えなくなる。一行は息を乱しながらも足を止めない。

 通常、巨人たちは姿が見えなくなれば、それ以上は追いかけてこない。だが、あの毒巨人の行動は読めない。休息所に辿り着くまで安心などできない。


 角を曲がり、通路の先にやっと休息所が見えた。そこでバーバクたちの足が止まる。



 休息所の前にあの毒巨人が待ち構えていた。

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