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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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38. 胸を焼く想い /その②



 ─ 3 ──────


 その悲劇が起こったのはファルハルドたちがバーバクたちと出会う一年前。バーバクたちが五人組で五層目での挑戦を行っていた時だった。




 バーバクが初めてパサルナーン迷宮に足を踏み入れたのは、その時からさかのぼること八年。三人組で、だった。


 同じウルスの村で育ち、幼馴染であるバーバクとベイル。パサルナーンを目指す旅の途中で知り合ったハーミ。

 この三人でパサルナーン迷宮への挑戦を始めた。


 バーバクとハーミは出会った頃、なにかと喧嘩ばかりを繰り返していた。それでも力自慢のウルスの戦士とあらがう戦神の神官にはどこか相通ずるものがあり、旅の仲間となった。


 それには寡黙で穏やかな気質のベイルの存在も大きかった。ベイルは普段は食べるための家畜を絞めるのにも躊躇ためらいを見せるが、いざ戦いの場となれば一転して血に狂ったように暴れ回る。


 防御をおろそかにしがちなベイルに気を払い、普段の生活では逆に世話を焼かれるというのがバーバクとベイルの関係だった。

 その面白さと危うさにハーミはいつしか離れがたくなったのだ。


 パサルナーン迷宮に初めて足を踏み入れた時、バーバクとベイルは十八歳。ハーミは二十六歳だった。



 バーバクたちの迷宮への挑戦は最初こそ戸惑いがあったものの、一度迷宮での戦いに慣れた後は順調に進んでいく。三層目に到達するのに二年と掛からなかった。


 そして三層目の挑戦中に新しい仲間が一人加わった。バーバクたちの一歳下。試練の神に仕えるオスクの女性、シェイル。きっかけは酒場でシェイルから話しかけてきたことだった。


 その頃、バーバクたちは三層目の挑戦に行き詰まっていた。


 力自慢のウルスの戦士であるバーバクとベイル、抗う戦神の神官ハーミ。この三人では動きの素早い獣人たちに対応するのは難しく、どうしても苦戦を強いられることが多くなる。

 防具をがっちりと固めていることとハーミの法術のお陰で大怪我こそ負うことはなかったが、防具の損傷による買い替えも多く挑戦はなかなか上手く進まない。


 酒場で管を巻きながら、その日の戦闘の愚痴を吐き出していたバーバクたちにシェイルが話しかけてきた。

 じゃあ、この私が手を貸してあげるわよ、と。


 後日、酒場からの弁償請求に頭を抱える羽目になるほどの、派手に備品を壊しまくる大喧嘩となった。そして日が昇る頃にはなぜか意気投合し、共に潜ると話がまとまっていた。



 シェイルの仲間入りで挑戦は格段に順調になった。


 守りの光壁や治癒の祈りなどは神官共通の法術だ。そしてそれ以外に、仕える神の違いにより神官たちには得意とする法術に違いがある。


 抗う戦神の神官であるハーミは防御を中心として、単純で力強い攻撃や防御用の法術が得意だ。

 対して試練の神の神官であるシェイルは敵の行動の阻害を中心として、敵の弱体化や味方の強化用の法術を得意とする。


 シェイルが仲間になることで、獣人の素早い動きに対応できるようになった。




 四層目への挑戦を始めてすぐに、さらなる仲間が加わった。バーバクたちの二歳上、大剣使いの剣士ジャミールである。

 当時、ジャミールは新しい仲間を探していた。それまで共に潜っていた仲間が諸事情から故郷に戻ることになったためだ。


 ジャミールの仲間探しは難航していた。腕こそ良かったが、ジャミールはウルスとオスクの混血で、子供時代の体験からオスクの人々を深く恨んでいた。

 オスクは最大種族である。当然、迷宮挑戦者にもオスクの者が最も多い。結果、声を掛けてくる者はいたが、どうしても上手くやっていくことができなかった。


 最終的に、以前からの知り合いだったバーバクたちと組むようになった。

 バーバクたちの間に忌み子をうとむ者はおらず、オスクの者もシェイルだけ。他の者たちと組むよりも、まだ軋轢あつれきが少なかったからだ。


 それでもジャミールの態度が原因で、シェイルとの関係は気まずいものだった。


 戦闘中はなんの問題もない。二人ともが優れた挑戦者だけあり、戦いに私情は挟まない。

 だが、休息所でも街中でもジャミールは決してシェイルに話しかけようとはせず、近寄ることもなく、目も合わせようともしない。


 仲間たちはあれこれ間を取り持とうとしたが、どれも上手くはいかなかった。


 それがある日を境に二人の関係性は変わる。



 三箇月続いた気まずい関係が好転したきっかけは、ジャミールが深手を負ったことだった。


 この頃のバーバクたちの四層目での戦いは、ときに苦戦することがあっても基本危なげないものだった。それでもどんな人間にも間が悪い時はある。


 この日ジャミールは床に広がる敵の血に足を滑らせ、体勢を崩したところに攻撃をくらった。繰り出される敵の爪をかわしきれず、防具の隙間を狙われ左腕を深く切り裂かれる。なんとか敵を倒したが、左腕は動かせず出血も止まらない。


 シェイルが駆け寄り、手を添え治癒の祈りを唱えようとする。ジャミールは身を引こうとした。それは意識して行った行動ではない。長年の習慣から無意識に身体が動いたのだ。


 シェイルは泣いた。通路の真ん中で。他の仲間がまだ戦っている最中に。ただ一言、仲間でしょ、とこぼして。

 ジャミールは身を強張らせた。傷も戦いも忘れて。シェイルが見せた悲しみに愕然がくぜんとして。一言、済まない、と謝った。


 この時から、次第にジャミールはシェイルから無理に距離を取ることはなくなった。自分から話しかけようとはしなかったが、話しかけられれば答えもし、隣り合って座ることも増えた。


 左腕は動かせなくなることもありえたが、シェイルの熱心な祈りの甲斐もあり、二月後には完治し再び戦えるようになった。

 この頃からジャミールとシェイルが笑い合う姿も見られるようになる。




 バーバクたちの挑戦は順調に進む。


 一年後には五層目へ歩を進めた。ここまで各層、約一年で踏破していた。

 五層目でとうとうその進撃が止まる。五層目の巨人たちはそれだけ手強かった。


 そして、他に理由がもう一つ。バーバクたちはこのパサルナーンの街に、自分たちの拠点となる建物を購入すると決めたためだ。

 それはジャミールとシェイルのためだった。


 この頃にはジャミールとシェイルはお互いを想い合うようになっていた。いったいいつからなのか、なぜなのか。本人たちにもはっきりとはわかっていない。気付けばいつの間にかそうなっていた。


 バーバクたちは今後のことを考え、二人に挑戦者を続けるかどうか尋ねた。危険な挑戦者としての生き方はもう辞めたほうが良いのではないかと考えながら。

 結果、再び酒場からの弁償請求に頭を抱える大喧嘩になった。前の時と同じ酒場だったのはなんの因果なのか。


 二人は頑として挑戦者を辞めることは拒否した。

 仕方がないとバーバクたちは話し合い、それまでの宿屋暮らしを止め、新たにパサルナーンの街に拠点となる建物を手に入れることにした。二人が気兼ねなく暮らせる『家』を用意するためだ。


 二人は反対したが、バーバクたちによるより一層の迷宮挑戦のために必要だからとの説得に折れた。そのため、バーバクたちも一緒に暮らすことにはなったが、そこは階を分けることで対応する。


 ただ、挑戦者が少なく素材が貴重になる五層目とはいえ、不動産を手に入れられるだけの額はすぐには溜まらない。実に丸二年が掛かり、その間は挑戦を進めるというより金を溜めることに専念する日々だった。


 やっと拠点となる建物を手に入れた時、バーバクたちは感慨深く胸が詰まる思いに満たされた。

 特に、ジャミールとシェイルは感極まり、涙を流して皆に礼を言う。バーバクたちがなぜ家を手に入れようとしたのか、その理由になど最初から気付いていたからだ。


 拠点を手に入れてからは五層目への挑戦を本格化させたが、挑戦は簡単には進まない。


 状況を打開するため、バーバクたちは魔法武器を手に入れると決めた。パサルナーンには魔法武器を造れる職人たちがいるが、決して簡単に造れる訳ではない。素材を集め、資金を集め、結果を待つも何度も失敗したとの報告が続く。


 結局バーバクが使用する斧型の魔法武器を手に入れるまで、また二年近い年月が掛かった。


 それでも、たった二年で魔法武器を手に入れられたバーバクたちは幸運な部類に入る。魔法武器を手に入れてからは五層目への挑戦がはかどりだした。




 そしてその半年後。そろそろ六層目に挑戦するかと話題にし始めた頃、バーバクたちは奴と出会った。

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