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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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36. 新たな決意



 ─ 1 ──────


 ピサラヴィの月の始め、晩夏に移り変わる頃。バーバクたちと出会って、もうじき一年となる。


 この頃までに、フーシュマンドに古代の話を聞いてから二度魔術院を訪ね、ジャンダルの演奏を実演したり、ファルハルドが母より教えられていたイシュフールの言葉を教えたりした。

 その度にフーシュマンドは子供のように目を輝かせて夢中になり、走り書きを山のように書きつける。


 一度などは用意していた羊皮紙や木の板が足りなくなり、長椅子を覆う高そうな布にまで書き始めた。これにはさすがに一同呆れ果て、思わず白い目で見てしまった。


 夏の間はフーシュマンドはまた調査に向かい、パサルナーンの街を離れている。帰ってくればぜひまた話を、と言い残して。




 ファルハルドたちの二層目に挑む日々は、大きくは変わらない。少しずつ二層目の敵への対処法も覚え、最初の頃よりは戦闘は楽になってきた。

 それでもまだ、ファルハルドもジャンダルも一人で相手できる二層目の敵は一体までだ。二体同時に相手取るのは難しい。まだまだバーバクやハーミに負うところは大きい。


 ファルハルドは装備を少し変えた。まず武器についてはべんと小剣を使うのは同じだが、柄を両手で持つことができる長さに交換した。柄が長くなった以外には変わりはない。


 他に鎧を新調した。ずっとヴァルカたちから譲られた胴の前面だけを覆う革鎧だったが、背中側まで覆う型の革鎧に替えた。腕や脚は鎧で守られておらず、鋼の板を張り付けた長手袋と深靴を身に着けているのは今までと同じだ。


 ジャンダルも同じく鎧を背中側まで覆う型に新調した。脇腹部分に六本の投げナイフを備える点は変えていない。

 それ以外に、腰の革帯に投げナイフを二本差している。いざという時に使うものとして、少しずつ飛礫つぶてよりも投げナイフを使う機会が増えてきたためだ。



 そして今、ジャンダルはその投げナイフを背後から迫る獣人に放った。

 四体の木人形、二体の泥人形との交戦中、背後から豹の獣人が忍び寄っていたのだ。


 一、二層目には意思持つ物体が現われるが、予想外の敵が現れることもある。話には聞いていたが、初めて現われた獣人にジャンダルは焦った。


 最初に感覚の鋭いファルハルドが、交戦中に背後から迫る新たな敵に気付いた。

 ファルハルドの、背後から敵、の声に反応し、咄嗟にジャンダルが投げナイフを放った。それは獣人の奇襲に対する牽制になった。だが同時に、それはジャンダルが戦っていた泥人形から意識をらし、背を向けることを意味した。


 猿の泥人形の爪がジャンダルの背中を切り裂く。ジャンダルは苦悶くもんの声を上げ床に倒れ込んだ。

 泥人形は止まらない。容赦なく、床に倒れるジャンダルに追撃をかける。ジャンダルは倒れたまま必死に鉄球鎖棍棒を振るい、泥人形の足を砕いた。


 泥人形は倒れたが、その隙を見逃さず豹人が爪をひらめかせ襲いかかる。豹人はジャンダルの首を狙う。


 ジャンダルは倒れた拍子に盾から手を放してしまっていた。盾は背中側に回っている。構え直していては間に合わない。せめて首だけは守ろうと、盾代わりに左腕をかざす。


 汚れた爪がジャンダルに迫る。


 ジャンダルに達する直前、ファルハルドの鞭が横から豹人の爪を払った。


 背後から新たな敵が忍び寄ることに気付いた時、ファルハルドは相手をしていた木人形をあと一歩まで追い詰めていた。


 声こそ上げたが対応が一手遅れ、結果ジャンダルが傷を負う。

 急ぎ目の前の木人形の頭を相打ち気味の一撃で砕き、振り返る動作でそのままジャンダルに迫る豹人の爪を払った。


 豹人は標的を邪魔なファルハルドへと変え、低い姿勢から鋭い爪による攻撃を次々と繰り出してくる。

 それを受けるファルハルドの盾は、先ほどの木人形の攻撃で大きな亀裂が入っていた。


 豹人はその亀裂を狙う。隙間から爪が刺し込まれ、ファルハルドの左腕が切り裂かれる。ファルハルドは形勢を変えようと激しく鞭を振るい、積極的に攻める。


 豹人は素早い。なんとか一撃は豹人の腕をかすめたが、後ろに下がられ他の攻撃は全て避けられた。

 掠めた時に感じた手応えでは、豹人は年末に戦った豹変した追手より、素早さこそまされども頑健さは大幅に落ちるようだ。


 敵が距離を取ったことで盾を捨てる隙ができた。ファルハルドは役に立たない盾を豹人に向かって投げつける。

 それを好機と見たか、豹人は投げつけられる盾を避けながら、爪を閃かせ一気に跳び込んでくる。


 ファルハルドは鞭を手放し、小剣の刃でその爪を受ける。跳び込んでくる勢いを利用し、そのまま肘近くまで斬り裂いた。


 悲鳴と共に痛みにのけ反る豹人の喉に、ジャンダルの投げナイフが突き刺さる。ファルハルドが小剣で豹人の爪を受けようとした時、先の流れを予想し投げナイフを放っていた。


 バーバクとハーミはファルハルドが豹人と戦い始めた段階ですでに他の敵を倒し終わり、いつでも援護に入れる体勢で見守っていた。初めての敵をファルハルドとジャンダルの連携で倒す姿にほっと息を吐いた。




 ─ 2 ──────


 バーバクは周囲に目を配りながら、素材の回収を行う。


 幸いジャンダルの傷は浅かった。革鎧は大きく切り裂かれたが、新調した革鎧によってその身は守られた。泥人形は毒を帯びていたが、ジャンダルの毒消しとハーミの解毒の祈りで、影響残さず毒は完全に抜けた。


 ファルハルドの左腕の傷は深かったが、深刻なものではなく動きに支障はない。


 ハーミが治癒の祈りで二人の傷を塞ぐ。ただ、ジャンダルの革鎧が切られ、ファルハルドの盾が割られたため、今日の挑戦はここまでにする。休息所でしばし休んだ後、地上に戻ることにした。



 ジャンダルは腰から水袋を外し、一息で飲み干す。


「いやー、焦った。階層違いの敵に初めて出会ったよ。しかも後ろからなんて、たまったもんじゃないね」


 バーバクも水を飲みながら話す。


「一層目、二層目の怪物は基本移動が遅いから後ろから襲われることは少ないが、他の階層じゃままあることだ。まあ、今回は一体だけだったのが幸いだったな」


「本当だよ。あんなのが束になってきたらかなわないっての」

「ファルハルドが接近に気付いて助かったの。なんにしてもお主らだけでよく倒したものだ」


 ファルハルドは思い出したように口を開く。


「年末の戦いの経験あってのことだ。あの時追手は戦いの途中に豹変し、獣人と似た状態になった。その記憶を重ねられたお陰だ。それにとどめはジャンダルが決めてくれたしな」


「にゃっはっは。なになに、ひょっとしておいら活躍しちゃった。頼りにしてくれていいんだよ」


 バーバクは見るからに悪い笑顔になる。


「なら今後は、全て頼りになるジャンダル様お一人にお任せするか」


 ジャンダルもわざとらしく慌ててみせる。


「いやいやいやいや、絶対無理。絶対無理だから」




 笑い合うなか、他の挑戦者が休憩所に飛び込んできた。三人組で三人共が傷だらけ。特にその中の一人は左腕が完全に潰れ、出血が酷い。

 見たところ三人組は全員戦士で法術を使える者はいないようだ。


 ハーミが駆け寄り、声を掛ける。


「そのままでは神殿での祈りも間に合うまい。治癒の祈りを行うぞ、よいな」


 ハーミは何度も祈りの文言を唱える。珍しく大粒の汗で顔を濡らす。それでも折れた骨は元には戻らず、傷口は完全には塞がらない。傷口は半分ほど塞がり、どくどくと流れていた出血は緩やかになった。

 ハーミが声を絞り出す。


「儂にできるのはここまでだ。さあ、急げ」


 三人組は、済まん、この礼はいずれ必ず、とだけ告げ、急いで地上に戻って行った。


 ハーミは三人組の転移を見送り、床に横になった。バーバクが急ぎ、栓を開けた水袋を渡す。すぐに飲む元気はなかったのか、しばらく息を整えたあと口をつけた。

 バーバクがぽつりと呟く。


「おっさんのお陰で命は助かるだろうよ」


 ハーミは暗い顔で答える。


「あやつはもう挑戦者を続けるのは無理だの」

「それでも、命あっての物種だろ」


 重い沈黙が続くなか、最初にジャンダルが口を開いた。


「あの三人組、前に会った気がする。ほら、兄さん覚えてる。パサルナーンに着いた次の日に酒場で話した三人組。武器に迷ってた時にすいを教えてくれた人たちだよ」


「ああ、いたな。顔までは覚えていないが、話をしたことは覚えている」

「確か二層目に挑戦中って楽しそうに話してたけど、あんなことになるなんて……」


 バーバクは無表情に二人を見詰める。


「それが挑戦者の行く末だ。命が助かっただけ儲けもんだな。お前たちも辞めたいと思ったらいつでも辞めていいんだぞ」


 間髪入れずジャンダルもファルハルドも答える。


「おいらは辞めないよ。『混血により生まれる子供には世界を変える英雄と成り得る可能性がある』、でしょ。英雄豪傑と呼ばれるようになるんだ。そして必ず、全層制覇して栄光を掴んでみせる」

「俺も辞める気はない」


 バーバクは視線を外し、やれやれと頭を振る。


「英雄を目指す、ってか」

「いや、特段目指す気はないが……」

「ちょっ、兄さん。今、完全に目指すって言う流れだったでしょ」


「そうなのか。しかし、まるで興味がないんだが」

「えー」


 ジャンダルはまるで裏切られたと言いたげな目でファルハルドを見る。

 バーバクは肩をすくめた。


「ま、進むも退くも自分で決めるしかないがな」




 ─ 3 ──────


 ジャンダルは革鎧を補修に出し、ファルハルドは盾を新しく買い替えた。修理の都合で明日は迷宮に潜らず、休日に充てる。

 酒場で揃って食事を摂りながらのんびりと話す。


「今日のファルハルドと獣人の戦いを見ても思ったが、お前ら二人は一、二層目より、三、四層目のほうが楽に戦える気がするな」

「ん? それって、さっさと三層目に進んだほうがいいってこと」


「いやいや、逆だの。三層目には進まず、二層目でじっくりと実力をつけるべきだということじゃ。

 お主らが今後四層目までしか潜らず、それ以上を求めないなら、確かに三層目、四層目に進んだほうが安全だろう。だが、その先を求めるのなら、苦手を克服し長所を伸ばし、より実力をつける必要がある。


 お主らが今苦労している理由はなんといっても筋力が足りず、力負けしておるからじゃ。

 だがな。五層目に出てくる巨人は、二層目の怪物など比べ物にならないほど力強いぞ。それを頭に置いて実力をつけねば、いずれ行き詰まることになる」


 二人は顔を引き締め、静かに頷く。ジャンダルがふと思い出したことを尋ねる。


「そう言えば、出会った頃バーバクも怪我から復帰したばかりで体力が落ちてるって言ってたよね。もう戻った?」


 バーバクは麦酒片手に干し肉をかじりながら答える。


「体力は戻ったな。右足を引き摺る癖と、右肩が引っかかるのはどうにもならんな。それを踏まえた戦い方を身に付けてる途中だな」


 珍しくファルハルドがにやりと笑い、口を開く。


「つまり、俺たちは揃ってもっと強くなるということだな」


 一同が不敵に笑う。



 が、あいもかわらずバーバクが余計な一言を付け加える。


「まあ、おっさんはもう衰える一方だけどな」

「馬鹿者。神官の実力とは肉体の強さではない。より深く神の御心を知り、感じ取ることで力を増すのだ。儂も、もっともっと成長するぞ」


 一同は笑い合うなか、決意を新たにする。

次話、「胸を焼く想い」に続く。

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