35. 魔術師と忌み子 /その③
─ 3 ──────
「皆さんは『古代の大乱』、あるいは『魔人戦争』という名を聞いたことはありませんか」
フーシュマンドは一同に静かに問いかける。一同は軽く首を振る。ファルハルドは聞いたことがなく、他の者も同じだ。
「これはほとんどの資料が失われた時代の話です。検証できていない部分もありますが、我々魔術師の間で代々語り継がれた話や専門に調べ続けた者の研究成果を併せまとめた結果です」
─ 4 ──────
遥か古代、人の領域はこの世界の大部分を占めていました。
そう、今皆さんは世界と言えばこの大陸のことを指すと思っておられますが、昔は違いました。
この大陸、大陸とはとても大きな島のことだとお考え下さい。この愚者の集いし園のある小島が湖に浮かぶように、とても大きな島が水に囲まれ存在している。それが皆さんのいるこの大陸です。
そして、大陸はこの大陸だけでなく他にも存在しているのです。
断片的な資料しか残っておりませんが、古代には他の大陸と交流があったという記述が見られるのです。残念ながら他の大陸がどんな所なのかも、そもそもどこにあるのかも、そしてそこに行くための手段も今となってはわかりません。いつか知りたいものです。
話が逸れましたな。
現在、人の領域はこの大陸の半分を占め、人の領域を広げたと思えば奪われることを繰り返しています。
それが古代に於いては『暗黒域』、あるい『悪神の箱庭』の名で呼ばれるわずかな領域を除き、世界のほとんどが人の領域だったのです。
この大陸に於いては、現在のイルトゥーランとアルシャクスの西方にある高原と、エランダールより遥か南方の山岳地帯がその暗黒域であり、それ以外は全て人の領域でした。
古代は今よりも豊かで暮らしやすい時代だったのではないか、と考えられます。
当時の生活がどのようなものだったのか。はっきりと示す資料は存在しません。ただ、闇の怪物たちの脅威が少なければ、それだけで暮らしやすい時代であったと推測できます。
また、この時代には人同士の争いもほとんど見られなかったようです。
その理想の時代とも言える古代の終焉のきっかけとなったのが古代の大乱、あるいは魔人戦争と呼ばれる大規模な人の間の争いなのです。それは世界全域を覆う大規模な戦争でした。
そして、その戦争を契機として、人の世界の秩序は乱れました。
その結果、人々の闇に抵抗する力が弱まり、暗黒域より闇の怪物たちが溢れ出しました。人の世界は一度消滅の危機に陥ったのです。
きっかけとなった大乱を引き起こした人物、それがヒーサールムンド。魔人と呼ばれる人物です。
ヒーサールムンドは、元は十大神のいずれかに仕える最高位の神官だったそうです。高徳の神官であったヒーサールムンドが、なぜ世界を滅ぼしかけた争いを引き起こしたのか。その目的はなんだったのか。なに一つ伝わっておりません。
ただ、二つわかっていることがあります。
一つはヒーサールムンドこそが、魔術を創り出した我々魔術師の始祖だということ。
当時存在したあらゆる法術に精通していたヒーサールムンドは、法術の深淵を覗き込み、神々の御心によらず人の手のみで法術を発現する方法を求め、ついに新たなる術を創り出しました。
それこそが現在魔術と呼ばれる術なのです。大乱の原動力となったその術は『魔』の術と呼ばれ、魔術に携わる者は長く恐怖と憎しみの対象となってきました。
そして、もう一つわかっていること。
それはヒーサールムンドが人の五種族全ての血を引き、五種族全ての長所を併せ持つ稀有の人物だったということです。
魔人ヒーサールムンドへの恐怖から、異なる種族間の血の交わりは新たなる魔人を生み出す行為と恐れられ、混血児は忌み嫌われるようになったのです。
我々魔術師は古代の大乱に於いて魔人ヒーサールムンドに対抗する有力な戦力となったこと。その後世俗と距離を置き、人々との揉め事を避けたこと。さらに侵攻進む闇の怪物たちとの戦いに於ける重要な戦力であることなどにより、今では迫害の機運はほぼ消えております。
それでも我々魔術師は頼られつつも、同時に恐れられる存在であり続けているのです。
そして残念ながら、混血に関しては古代の記憶が人々の間から消え失せようとも、血の交わりを忌む風習が強固に残り、未だ疎まれ続けているのです。
ですが、これでも現在はまだましにはなっているのですよ。
今より三百年前までは、混血児は誕生と同時に例外なく殺されていました。それが三百年前、パサルナーン迷宮を踏破し、神聖王国ネリオスを建国したべリサリウス王を契機として変わったのです。
べリサリウス王はアルマーティーとオスクの間の混血であったと伝えられています。本来、誕生と同時に殺されるところを産婆により匿われ、慈しみの下育てられました。
成人した後、地方豪族であった父親にその存在が知られ、命を狙う父親からの追求を逃れるため、免罪特権を求めてパサルナーン迷宮に挑んだのです。
その後の偉業については皆さんもご存知の通り、広く巷間に語り継がれておりますね。
混血であるべリサリウス王の活躍により、人類は闇の勢力を大きく押し返すことができました。結果、今では人と闇の怪物の勢力は拮抗していますね。
人々の間にべリサリウス王を栄光の王、あるいは神聖王と称える感情が湧き上がると共に、混血により生まれる子供には世界を変える英雄と成り得る可能性がある、との認識が産まれたのです。
忌避感を完全に払拭するには至らずとも、緩和する事にはなりました。
魔術師への恐れも、混血児が忌み子と疎まれることも、元を辿れば同じ一人の人物に端を発するのです。
─ 5 ──────
一同は痺れたように身動ぎひとつできない。それほどまでにフーシュマンドの話は衝撃的だった。
考えがまとまらない中、ハーミが最初に頭に浮かんだことをそのまま口にする。
「言われてみれば昔本山で修業した際、太古に世界が滅びかけた戦いがあったと耳にしたことがある。本山の神殿に納められている古代の魔法武器の来歴として、言い伝えられておるのだ」
「抗う戦神の本山なら『シイリイルの戦鎚』ですな。
確かに、古代の魔法武器とはそもそも魔人ヒーサールムンドと戦うために創られたものだ、とされています。言い伝えが残っていてもおかしくはありません」
「…………」
ハーミはより深く考え込む。ジャンダルも思いついたことを口にする。
「おいらも聞いたことがあるかも。リーシャントラ氏族の連中が吟う物語に古代の英雄たちの物語があるよ。
悪役は物語によって違うけど、邪悪な魔術師とか、悪神に魂を捧げた闇の神官とかが出てくるんだ。あれはその古代の大乱が元になってるのかも」
「そうでしょうね。大乱とその後の闇の怪物たちの侵攻によって人の世界が滅びかけ、資料がほとんどない時代が長く続きます。
その時代に記憶を繋いだのは口伝えの伝承だけなのです。歌を吟い継ぐエルメスタのリーシャントラ氏族のかたがたの間に、物語の形で古代の大乱の逸話が残っていても不思議はありません」
誰からともなく大きな溜息が漏れる。ジャンダルが額を押さえながら疲れきった声を出す。
「悪いんだけど、今日はもう帰ってもいいかな。ちょっともういろいろ驚き過ぎて、頭が回んないんだよね」
フーシュマンドも無理には引き止めなかった。次に訪問する日取りだけを決め、この日は拠点に戻った。出かける元気も、料理を作る元気もなかったので、この日は屋台の料理を買って帰り夕食はそれで済ませた。
話に衝撃を受け過ぎたのか、ジャンダルは次の日熱を出した。他の者も頭を整理し冷やすため、出かけることなく銘々静かに過ごした。
次話、「新たな決意」に続く。
次回更新は、9月20日。以後、二日に一度更新。
しばらくすれば、三日に一度更新、最終的に週に一度更新になります。
この物語にブックマークや評価、さらには感想までいただきありがとうございます。たいへん感謝、感謝です。
ただ、自分の執筆速度では週一更新がやっとなのです。済みません。




