34. 魔術師と忌み子 /その②
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「まず、現在言うところの法術とは、元々アルマーティーのかたがたの固有の術だったのではないかという説があります。
ただ、最も古い記録や資料にあたっても、すでに法術が拡がった後のことになりますので、確かなことはわかっていません。
神官のかたがたの間では、いかが考えられておられますか」
問われてハーミは考え込む。
「そうじゃの。儂ら神官の間では、法術はあくまで信仰心篤い者が身を浄め、厳しい修業を行った果てに神々の御心に適うことにより、神々よりの御許しを得て使えるようになると説かれておる。そこに種族の違いは関係ない。
ふむ。言われてみれば他種族よりアルマーティーに使える者が多い気もするが、そもそも『信仰篤きアルマーティー』だからの。
信仰の道に進むのも、より熱心に信心するのも、他種族よりアルマーティーの者が多い。単にその結果だというだけではないのかの」
どちらもありそうな話に聞こえる。フーシュマンドもハーミの意見に頷いている。
「充分あり得ますな。確認できないことには幾通りもの仮説が立てられますからな。だからこそ実地調査が必要なのです。
さて、次にイシュフールのかたがたについて申せば、目に見えない存在、所謂精霊の声を聴き、話をし、意思の疎通を行えることが固有の術とされておりますな。
イシュフールのかたがたが精霊と交感ができるというのは広く言われておりますが、残念なことに実態が確認できておりません。
なんといっても他種族からは遠く離れた土地に住み、交流もほとんどありませんからな。
暮らすと噂される場所はいずれも辿り着くことすら困難な場所となります。そのため、どのような暮らしを営んでいるのかなど、その正確な暮らしぶりは未だわかりません。
一説には、最大の居住地は闇の領域内の荒れ野であるとされることから『曠野の民』とも呼ばれますが、これも確かなことは確認されておりません。
ですので、こうしてイシュフールの血を引くファルハルド殿と知り合えたことは、望外の喜びなのです」
ファルハルドは少し言いにくそうに頬を掻く。
「期待に応えられず悪いが、俺はオスクの城で育ったから当たり前のイシュフールの暮らし方を経験していない。それに俺自身は、その精霊と意思の疎通をするという術は使えない」
この答えにフーシュマンドは肩を落とし、見るからに落胆した。
「な、なんと……。確かに残念ではありますが……、それでもこうして知り合えたのは貴重な機会です。可能な範囲で協力していただければと思います」
それでよければ構わない、とファルハルドも承諾し、フーシュマンドは気を取り直した。
「ウルスのかたがたの術はさっき話した魔法剣術ですな。
エルメスタのかたがたは独特の曲を演奏することで魔術に似た、しかし魔術とは別の原理の術を操ると考えられています。
私も旅先で実際に演奏を聞かせてもらいましたが、あれはなかなか貴重な体験でした。
その時聞かせていただいた曲を楽器が得意な別の者に演奏させてみましたが、全く効果を示しませんでした。
そこから曲そのものに現象を引き起こす作用があるのではなく、エルメスタのかたがたがその曲を演奏することに意味がある、という仮説が成り立つのです。
ジャンダル殿にはぜひ集めた曲の演奏や、ご存知の曲の披露をお願いしたいのです」
「いいけど、おいら曲は耳で覚えてるだけだから、楽譜は読めないよ」
この返答にフーシュマンドは一瞬途方に暮れた表情になるが、すぐに立ち直った。
「それでは、一度楽器が演奏できる者に集めた曲を演奏させましょう。それなら耳で覚えられますし、その場で二人の演奏による効果の違いを比較できます」
「おいらはそれでいいよ」
果実水に口をつけたハーミが、思い出したように口を挟む。
「たまにお主の笛を聞くが、特に不思議な効果などなかったがのう」
「好きで吹くのは普通の曲だかんね。特別な効果のある普通じゃない曲は、吹くと疲れるんで必要なときだけかな」
あっけらかんと答えるジャンダルに、バーバクが疑問を呈する。
「必要なときと言うが、迷宮でもそんな曲は吹いたことないだろ」
「そりゃそうだよ。迷宮内でそんなの吹いてる暇がある訳ないじゃん。敵と出会ったら即戦闘開始だし、おいらも援護っていうより直接戦うほうが多いんだし。演奏中は手が離せなくなるんだから、無理だよ、無理」
ファルハルドはジャンダルが眠りの笛を吹いた時を思い出す。笛を吹きながらナイフで追手の喉を掻き切っていたが、あれは例外なのだろうか。
確かに動きもゆっくりとし、それほど力を入れているようには見えなかった。演奏の邪魔をしない動作だったということだろうか。
悪獣との戦いの時はどうだったか。あの時はファルハルド自身に余裕がなかったので、はっきりとは思い出せないが、確かにジャンダルが飛礫を打つ際には演奏が途絶え疲労が増したように思う。
やはり戦いながら、存分に演奏するのは難しいのだろう。
ファルハルドが考え込んでいる間に、バーバクとジャンダルの間で話が進んでいた。
今度、一度一層目に潜る。直接の戦闘はバーバクとファルハルドが引き受け、ハーミが全体の援護とジャンダルの護衛を行う。その状態で、ジャンダルはエルメスタの特別な演奏を実行する。
迷宮の戦闘に役立つかどうか実際に試し、有効なら今後の挑戦で活かす方法を考える、とまとまった。
「なんと。迷宮で実演されると申されるのか……」
フーシュマンドがなにやら真剣に考え込んでいる。調査のために一行と一緒に迷宮に潜ると言い出しかねない。
上手くすればそれをきっかけに今後もずっと共に潜れるかもしれない。そうなれば魔術師を仲間に加えるという願いが叶う。その上、その魔術師はかなり高位の存在である。理想の展開と言える。
だが、ファルハルドには漠然とした不安がある。
きっとフーシュマンドは魔術に精通した強力な使い手だろう。しかしいざ戦闘となっても、観察を優先させ足手まといにしかならない予感がする。今までの話へののめり込み方を考えると充分過ぎるほどあり得る。
それでも一層目や二層目での戦闘なら、バーバクたちが全て面倒を見る方法もある。長年求めてきた魔術師を仲間にすることを優先するなら、それも一つの方法だ。
いったいどうするのか。息を潜めてファルハルドは成り行きを見守った。
「よろしければ、その際には私も同行させていただけませんか」
身を乗り出しながら、フーシュマンドは予想通りの言葉を口にした。だが、バーバクはこの要望をきっぱりと断った。
「ご遠慮下さい。我々挑戦者にとって迷宮は生き死にの場。いかに教導様とはいえ、覚悟のない者とは共に潜れません」
静かだが、毅然とした態度で言いきった。フーシュマンドも残念がる色は見えたが、怒り出すこともなく静かに受け止めた。ファルハルドはそっと息を吐いた。杯を手に取り、果実水を一口含む。
「残念ですが、仕方ありませんな。では、こういうのはどうでしょう。先々、私の弟子が挑戦者となったとき、あなたがたと共に潜ることは可能でしょうか」
バーバクは間を空けずに答える。
「そのかたが、調査を目的とせず、一挑戦者として迷宮に挑むのならば。また、強制されて潜るのではなく、自ら望んで潜るのならば。その時は喜んで共に潜らせていただきます」
フーシュマンドは微笑み頷く。
挑戦者が切実に魔術師を求めているのは、この街の者なら誰でも知っている。魔術師と知り合うことはとても難しい。それでも信念に反するなら揺るぎなく断る。一連の返答にバーバクを信頼したようだ。
「一つお伺いいたしますが、挑戦者志望のお弟子がおられるのですか」
「それとなく口にする者は一人、二人おります。とはいえ、まだまだ未熟者。世俗に出すには早過ぎます。学識を深め、せめて真理の一端なりを垣間見てからでなければ、とてもとても」
自分の興味に我を忘れる研究者の顔ではなく、弟子の心配をする師の顔を見せる。そんな顔を見せられれば、よりすすんで協力してもよいと思えてしまう。
和やかな雰囲気の中、ではジャンダル殿、ご存知の曲を教えていただけますか、とフーシュマンドは続けるが、ジャンダルは頷かない。
「ちょっとたんま。いい感じに話をまとめてるけど、まだ話の途中でしょ。オスクの固有の術を聞いてないよ」
フーシュマンドは破顔する。
「そうでしたな。ただ、オスクに固有の術があるかどうか、我々の間でも議論が続き結論が出ていないのです。私としては特徴はあるが、これが明確に術であると呼べるものはないと考えております。
法術や魔法剣術。その他、エルメスタのかたがたが発明したと考えられる鍛冶の技や商売の術。これらを学び、種族に関係なく身に付けられるように仕立て直したのがオスクのかたがただと考えています。
敢えて言うなら、各種族固有の術を普遍的なものにすることこそがオスクの固有の術だと言えます。
さらに言えば、オスクのかたがたが別種族の固有の術を学ぶ仲立ちをしたのが、忌み子と呼ばれる混血のかたがたではないかと私は睨んでおります」
ジャンダルは顔を歪めて笑う。
「なに? 忌み子と蔑まれるおいらたちが重要な役割を果たしたって? いいね。なかなか糞気分のいい話だね。その話が広まったら、忌み子なんて呼ばれなくなるかもね」
ファルハルドは興味のなさそうな様子で静かに座っている。バーバクとハーミはジャンダルの抱えているものを思いやり、気遣わしげな目で見る。フーシュマンドも悩める若者を見る年長者の顔付きになっている。
「そうですな。私としても忌み子などという呼び名がなくなり、再び混血のかたがたが当たり前に暮らせる世になって欲しいと思う。私の研究がその一助になればと願います」
一同、同意するように頷く。が、ジャンダルは違う反応を見せた。
「再び? 今、再び当たり前に暮らせる世、って言った? それって昔は今と違ってたってこと?」
フーシュマンドは意外そうに片眉を上げる。
「ご存じありませんか。忌み子などと言う呼び名は千年前に生まれた呼び方です。古代には混血のかたがたを忌む考えはなかったのですよ」
一同は驚愕し、目を見開き固まる。そんなことは考えたこともなかった。ファルハルドたちの中で、最もよくものを知っているハーミも初めて聞く話だ。
「せっかくなのでお聞かせしましょう。これはなぜ、血の交わりが疎まれるようになったのかの話。同時になぜ、我々魔術師が俗世と距離を置いて暮らすのかの話です」




