32. ジャンダルの成長 /その②
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次の日、二人は使い心地を確認するため、戦神の神殿の訓練場を借り受けた。
まずそれぞれ、一人でいろいろ試し、盾の使い勝手を確かめる。
ファルハルドは今まで出会った敵や受けた攻撃を思い描い、様々な位置や角度で構えてみる。
ジャンダルの場合は盾を構えるだけではなく、実際に飛礫を打ち、盾が邪魔にならない革帯の長さを探る。二、三度長さを変えて試してみるが、結局最終的には最初の長さに戻った。
それぞれ一通り確認が終われば、次はバーバクとの手合わせ。さらにハーミとも手合わせを行う。
ハーミは近接武器で戦う専門家ではないが、並の兵士よりもよほど巧みに武器を扱う。いろいろな戦いを想定する意味からも、バーバクと体格や武器の違うハーミとも手合わせをすることには重要な意味がある。
ファルハルドの手合わせは特に意外性もなく終わった。盾の構えられる範囲が狭くなったことをつい失念し、最後に攻撃を受けきれず盾の届かない部位を叩かれた。これは本人が意識して感覚を覚え直すしかない。
ただ、盾を手放しても落とす心配がなくなったことから、モラードがしていたように武器の柄を交換し、両手でも持てるようにすることも一考する。
片手で扱うほうが自由度が高く使いやすい。だが非力さを補い、今後現われる強靭な敵に強い一撃を入れることを考えるなら、両手持ちは有効だ。機会を見てオーリン親方に相談することにした。
一方、ジャンダルの手合わせは前回とは全く違う展開となった。
前回はバーバク相手に一撃で壁まで吹き飛ばされ、まるで手合わせにならなかった。今でもジャンダルにバーバクの攻撃を受け止めることは難しい。
ならばと、今回は積極的にジャンダルから攻めていく。
かなり手加減こそしているが、まずは飛礫を打ち牽制する。
バーバクも実際に投げられてみて初めてわかったが、飛礫を打たれるとかなり攻めづらい。
今回のように手加減されているのなら、強引に前に出ることもできる。しかし、本気の飛礫打ちならそれはできない。確実に盾で受けるか避けるかしなければ、下手をすれば一撃で昏倒させられる。
そして、盾で受けるのはジャンダルも予想している。最初の飛礫を打つ段階で次の手順を決めている。
顔を狙って飛礫を打ち、防ぐために翳した盾でバーバクの視界が塞がったその瞬間を狙い、腰に巻いた鎖を引き抜き投げつける。
この戦い方のためには、やはり盾を手放し、両手で投げられるようにする必要がある。
足を絡め捕ろうと鎖が迫る。
この程度はバーバクも読んでいた。飛来する鎖を斧の柄で受ける。
だが、ジャンダルもそれを予想済み。鎖を投げると同時に身を低くし、飛び出した。バーバクの背後に回り込み、死角から鉄球鎖棍棒を振るった。
がら空きになった肩口を狙う。
が、熟練の挑戦者バーバクが一枚上手だった。鉄球の風を切る音で位置を把握。身を捩り躱しつつ、斧の柄でジャンダルの脇腹を打った。
「あいっちー」
脇腹を打たれたジャンダルは降参した。全層制覇を目指すにはまだまだ道のりは遠い。だが、それでも。
「随分、腕を上げたな。冷や汗を掻いたぜ」
前回は一撃で倒されたジャンダルが、今回バーバクに冷や汗を掻かせるまでくらいついた。それに飛礫や鎖を本気で投げる、もしくはナイフを投げていれば展開は変わっていただろう。それを考えれば見違えるほどの成長ぶりだ。
しばしの休憩の後、ハーミとも手合わせしたが似たような展開だった。
ファルハルドとジャンダルも力負けすることをなんとかすれば、今すぐ三層目に挑んでもよいくらいだ。だが、非力であるという欠点は変わっていない。それをどう改善するか。最初からの課題は未だ残っている。
「そうはいってもたいしたものだ。迷宮に潜り始めて半年とちょっとだったな。この様子なら、いずれ英雄豪傑と呼ばれる日も夢ではないの」
「おおー。確かにな。どれ、今のうちに握手でもしといてもらうかな」
「なーに言ってんの。どう考えても二人が呼ばれるのが先だっての」
ファルハルドも、笑ってこの遣り取りを聞いている。
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その時、不意に隣の区画を利用していた挑戦者から声を掛けられる。
「あんたら強いな」
隣の区画から視線が向けられていることには、とうに気が付いていた。
わざわざ訓練所を借り受ける者は強くなることに貪欲だ。そんな者なら他者の戦いぶりに関心を持つのは当たり前。ファルハルドたちも自身が手合わせをしていない時は、参考にと隣の区画の戦い方にも目を向けていた。
「前に見掛けたことがあるな。そっちもなかなかの腕前だ」
さすがに挑戦者歴の長いバーバクは顔が広い。前に話したことのある相手であることを思い出し、気楽に答える。
「ありがとよ。あんたとそっちの神官様とは、前に一度ミフルの岩間で話したことがある。そっちの二人とは初めてだな。俺はカルスタンってんだ。よろしくな」
最初に話し掛けてきた男性は名乗り、挨拶をする。オスクの戦士で戦鎚を使っていると言う。オスクにしては体格に優れ、もしウルスの血を引くと言われても信じられるほどだ。
他に連れが三人。
一人は、ウルスの戦士で斧使いのアズール。使っている斧はバーバクの斧とも似た、刃が上下に長い斧だ。
カルスタンとアズールは防具を重装備で固めている。盾はダハーの使っていたものと同程度の大きさで、ファルハルドの使っている直径一アレンの盾より二回りは大きい。そして、縁取りの金属も盾心も肉厚だ。
鎧は胸当て部分だけを板金に替えた鎖帷子を着こんでいる。籠手も脛当ても金属製だ。今は兜を被っていないが、隅に面当ての付いた兜が置かれているのが見える。
残りの二人はオスクの剣士と神官だ。
剣士はデルツ。装備はファルハルドと少し違うが、似ている。鎧は背中までを覆う革の胴鎧。武器は小剣ではなく長剣である。肉厚の剣で、ファルハルドよりも力があるのだろう。
神官のペールの装備はハーミと同じだ。鎧の上に着ている、神官服に縫い付けられた文様だけが違う。ペールは荒々しき戦神ナスラ・エル・アータルに仕えている。
カルスタンたちは現在、三層目に挑戦中で、次にいよいよ四層目に挑戦する。
そのため、各自の戦い方の確認と見直し、より良い連携の構築を行う目的で訓練場を借り、いろいろ試していた。
隣の区画のファルハルドたちの戦いぶりもなにか参考にできないかと観察していたが、その時耳に入ってきたファルハルドたちが潜り始めて半年とちょっととの発言に驚き、思わず声を掛けたのだった。
「そっちも随分強いねー。力も強そうだし羨ましいな。あ、おいらジャンダル。こう見えても大人だから。よろしくね」
全員、笑ってジャンダルに挨拶を返すが、剣士のデルツの笑顔だけが微かに歪んでいる。
ジャンダルの大人だという発言から、オスクとエルメスタの忌み子だと気付いたのだろう。他の者は気付いていないのか、なんとも思っていないのか。
ファルハルドたちにとっては、その表情は昔から見慣れたものだ。今更いちいち気に掛けることはない。
カルスタンは軽い調子で会話を続ける。
「半年でその腕前とは驚きだな。よかったら一度手合わせしてみないか」
このカルスタンからの申し出は、バーバクが即座に断った。
「悪いな。俺たちはこれから迷宮に潜るんだ。また今度にしてくれ」
カルスタンも特に機嫌を悪くすることなく頷き、無理にでもとは言わなかった。
「そうか。ならまた今度な。あんたらの武運を祈る」
「ああ、ありがとよ。あんたたちの幸運を願う」
ファルハルドたちは確認作業を止め、一旦拠点に戻った。
「なんなら一度くらい手合わせしてもよかったが」
皆で卓を囲み、昼食を摂りながらファルハルドが何気なく口にする。
「ないない。ありゃ、止めとくのが正解だ」
バーバクがひらひらと手を振って答える。ハーミも頷いている。
「そもそも、手合わせをすれば大怪我をすることだってある。よく知らぬ者との手合わせなど揉め事の元だ。好き好んで行うものではない」
「そうなのか。しかし、二人と初めて迷宮に潜る前、俺たちはバーバクと手合わせを行った。あれはまだよく知り合う前だった」
ファルハルドの当然のこの疑問に、バーバクがふてぶてしく笑って答える。
「これでも五層目到達者だからな。一層目で戦う新人相手なら、どうやったって大怪我させずに制圧できるさ。その自信がなきゃ、さすがにいきなりの手合わせなんてしてないぞ」
ファルハルドもジャンダルも苦笑するしかない。ファルハルドは一応勝ったと言えるが、あれは明らかにバーバクは本気ではなかった。
確かにあの頃なら、どうやっても大怪我する前にバーバクに取り押さえられていただろう。
「それに言いたくないが、アズールとデルツはお主たちを侮っておった」
「あれ? アズールも? デルツのことは気付いていたけど、アズールもそうだった?」
ジャンダルは首を傾げファルハルドを見る。が、ファルハルドも全く気付いていなかった。不審顔でハーミを見詰める。
「うむ。熟練の戦士として感情を抑える術に長けていたようだが、その目には侮る色が浮かんでおった。
生けとし生ける者は全て等しく神々よりこの大地を治める者として創られたというのに、まったく恥ずべきことよ」
皆がハーミの言葉に耳を傾ける。ハーミは熱い茶を一息に煽る。
「大事なのはその者が戦士であるかどうかだ。その生き様に於いて、あらゆる苦難や絶望に抗う戦士でありさえすればそれでよいのだ」
ハーミの力強い主張に一同、微妙な顔になる。最初に口を開いたのは、やはり昔から何度も同じ発言を聞かされ続けたバーバクだった。
「いやいや、神官様よ。その戦神の価値観は決して万人向けじゃないだろ。いいじゃねぇかよ、一々戦わなくったって。人生は楽しんだ者勝ちだろ」
「そうそう。それに病人や子供にも戦えってのは酷でしょ」
ジャンダルも呆れて付け加える。
「馬鹿者。戦士であるとは、なにも武器を振るって戦えということではない。己を害する様々な理不尽を黙って受け入れるのではなく、よりよく生きるために諦めず抗えということだ。
それこそが人生における戦いなのだ。いや、それこそが真の戦いであると言える」
ハーミがむきになって反論すればするほど、ファルハルドたちは可笑しくて堪らない。ついに堪えきれず、声を上げて笑い出した。
ハーミの言うことは別に間違っていない。ただ、そうはいっても日々の生活を戦いの場だと言われれば戸惑う者も多いだろう。
ハーミもわかってはいるが、戦神の神官としては言わずにおれなかった。それがわかるだけに、一同はハーミが真面目に語れば語るほど可笑しくて堪らない。
その日は迷宮に潜る気になれず、皆でだらだらとお喋りをして過ごした。
次話、「魔術師と忌み子」に続く。




