30. 帰郷 /その③
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「はあー、凄ぇな。あんたらはそんな毎日を送ってる訳か」
「すっげー、兄ちゃんたち、すっげーかっこいい」
ニユーシャーとモラードは大興奮だが、ラーメシュとエルナーズは顔色が良くない。ジーラはよくわかってなさそうににこにこしている。とにかく二人といられるのが嬉しいらしい。
「あんた。そりゃ、凄いんだろうけどさ。なにもそんな危ない真似しなくても。なんだったらこの村で暮らしたっていいんだから」
「馬鹿言うんじゃねえよ。すでに成人した奴らが、命懸けてもやりたいことがあるってんだ。黙って認めてやるのが信頼ってもんだろ。お前ぇはこの二人を信じてねえのか」
「あんた……」
ラーメシュが恨みがましい目でニユーシャーを見るが、それ以上言うことはなかった。エルナーズもそう言われてしまえばなにかを言う訳にもいかず、不満そうだったが口を噤んだ。
「それで、二人はいつまでこっちにいられるんだ」
ニユーシャーは場を取りなすように尋ねた。
「明日一日ゆっくりして、明後日の朝出発だね」
「おいおい、随分忙しいな。せっかくだ。もっとゆっくりしていきゃあ、いいじゃねぇか」
「うーん、そうしたいんだけどね。一緒に潜ってる仲間の都合もあるから、しょうがないんだ」
「まあ、無理強いはしねえけどよ」
ニユーシャーは不満そうに口を歪める。それを見て、横からラーメシュが提案する。
「なら、明日はこの子たちと過ごしてやっておくれでないかい。あんたたちも明日は畑仕事はいいからさ」
元々ラーメシュたちの畑は狭く、子供たち三人で耕せば半日で終わるような畑だ。
普段は畑仕事を済ませたあとは、夕方からの店の手伝いをするまでは商売に使う字を覚えたり計数の練習をするか、村の子供たちと遊びに出かけていた。
畑の水やりぐらいは必要だが、それもラーメシュたちが行うということだろう。せっかくなので子供たちはファルハルドたちと一緒に過ごすことに決めた。
「俺、剣を教えて欲しい」
モラードが大急ぎで自分の遣りたいことを伝える。
前に二人からカルドバン村を立つ時に小剣を贈られ、基本となる握り方や振り方は簡単には教えられていた。
その後は村の大人たちに教わったりもしたが、悪獣と戦うファルハルドの姿を見たモラードとしては、やはりファルハルドから剣を教わりたいと考えている。
「いいぞ」
ファルハルドは二つ返事で引き受けた。
「私も石投げを見て欲しいな」
エルナーズも以前、ジャンダルの飛礫打ちの鍛錬に付き合って石投げを教わっていた。
住んでいた集落を賊に襲われた身としては、なにか自衛の手段を身に付けたいと考えていたからだ。剣を振るなどとてもできない身には、石投げは最適だった。
それでも直接飛礫を打つのはなかなか難しいということで、ジャンダルの薦めにより革紐を使った石投げの練習を行った。
いざというときにすぐ使えるよう、普段から投石紐を腰帯と一緒に巻いて身に付け、投げるための石も二つだけ袋に入れて腰帯にぶら下げている。使うときは投石紐を腰から外し、石を挟み回転させ素早く石を飛ばすのだ。
これなら直接石を投げるよりも、長い距離を勢いよく投げることができる。畑仕事や店の手伝いの合い間に石投げの練習を続けていた。その成果の確認と、改善点がないかを見て欲しいということだ。
ジーラは特になにがしたいとは言わなかったが、当然のごとくファルハルドたちにくっついて過ごすつもりだ。
その日はジーラがうとうとし始めたところでお開きとなった。
翌朝、日の出と共に目を覚ます。
皆、毎日日の出と共に行うことがあるため、たとえ前日に遅くまで起きていても必ず日の出と共に目を覚ます。それから農村の習慣に従い、朝食は摂らず水だけを飲みそれぞれの用事に向かう。
ファルハルドたちと子供たちは村外れになる山裾に向かった。
ファルハルドはモラードに剣の稽古をつけるため、まずはどの程度剣を扱えるようになったのか、確認に剣を振らせてみる。
ファルハルドが片手で扱う小剣も、子供のモラードにとってはまだまだ重い。両手で振れるように村の鍛冶屋で柄を長いものに交換してもらっているが、両手で振っても剣に振り回されている。間違って自らを斬ってしまわないだけましではあるか。
剣技がどうこう言う以前に、今は身体を作る段階だろう。これは完全にファルハルドの失敗だ。小剣を贈るのはいいとして、充分に振れるようになるまでの鍛錬用に木剣も渡しておくべきだった。
とはいえ、地道な身体作りだけではやる気の維持は難しい。取り敢えず、今日は立てなくなるまで打ちこませ、ぐったりと草臥れたあとに身体作りが必要だと伝えることにする。あとは、夜にでも木剣を削り出して、明日贈ればいいだろう。
エルナーズも、ファルハルドとモラードの稽古を途中まで眺め、石投げを始めた。
間違っても人にぶつけないよう開けた場所に的となる板を立て、石を挟んだ革紐をぐるぐる回し狙う。的に当たると十歩遠ざかり、また的を狙う。それを繰り返し、徐々に距離を取っていく。
まだまだ百五十歩を越えると命中率がだいぶ下がるが、わずか半年でエルナーズの投石はかなり上達していた。切実に身を守る手段を求めるエルナーズの真剣さの結果だ。
ジャンダルからわざわざ指摘するような問題点は特にはない。実戦で使えるよう、今後の練習方法を提案するぐらいだ。
まずは兎を獲るなり、鳥を落とすなり、動かない的ではなく動く生き物を狙う。ある程度上達すれば、歩きながら投げたり、より素早く投げたり、あるいはすぐ近くや届かせるのもやっとの遠くを狙う。
いろいろな状況でも当てられるようにする練習が大切だ。
「村を守るってことなら自分だけで練習するんじゃなくて、他の人にも教えて一緒に練習するのがいいかもね。一人一人は不慣れでも、大勢でたくさんの石を投げれば、そりゃもう有効だかんね」
すぐにジーラが自分もやると立候補した。
ジャンダル自身はジーラの年にはもう飛礫打ちを覚えていた。だが正直、今のジーラに行わせるのは少し怖い。人に怪我をさせるのもそうだが、間違えて自分に石を当てて怪我をしそうだ。
かといって、やる気を見せるところに駄目だと言うのも心苦しい。手始めということで今回は土を捏ねた泥の玉を使って練習をすることで手を打った。
そうこうするうちにモラードが地面に倒れこんだ。ファルハルドに打たれた訳ではなく、体力が限界に達して潰れたのだ。
少し休むうちに食事の頃合いとなる。
ファルハルドが疲れきったモラードを担いでラーメシュたちの店に戻る。それを見たジーラがジャンダルにおんぶをねだり、笑ってジャンダルはジーラをおんぶする。エルナーズは微笑ましそうに見ながら、揃って店へ帰った。
店ではニユーシャーが腕によりをかけて料理を用意していた。
野菜と鳥肉の煮込みに、刻んだ羊肉と野菜を葡萄の葉で包み茹でたもの。さらには乳をたっぷり加えた小麦粉の生地で、干し葡萄を中心に数種類の干し果物を包み込んで焼き上げた甘い菓子まである。
はっきり言って、店で出している料理よりもよほど豪勢だ。ファルハルドたちを歓迎する気持ちがわかりやすく表れている。決して手土産としてパサルナーンで買ってきた葡萄酒や珍しい布のお陰ではないだろう。
食卓の話題もパサルナーンのことばかりではなく、このカルドバン村での暮らしぶりなどエルナーズたちのことも話した。
食後はラーメシュたちは開店のための仕込みを始め、ファルハルドたちは子供たちと共に村内や周辺を見て回る。前にファルハルドたちがカルドバン村に滞在したおりに、親しく話した村人たちと挨拶を交わす。
口々にやっと帰ってきたかとか、これからはこの村で暮らすんだろとか言ってくるのには困らされた。どれだけ否定してもまるで聞いていない。
エルナーズと所帯を持つのはどっちだ、と真顔で聞いてきた村人には軽い威圧を向けておいた。
その日も閉店後、ジーラが限界を迎えるまで皆で話をした。
次の日の朝、ファルハルドたちが出立する際にも、子供たちは前のときのように涙ぐんだりしなかった。ファルハルドたちはまた来ると約束し、その約束は守られると素直に信じられたからだろう。
次話、「ジャンダルの成長」に続く。




